第109話 『固有№武装』③
「よっしゃ、それで基本的には完了だ。ソル様から聞いてる王女様とリィン嬢ちゃんの魔力量なら問題ないはずだが、次は起動実験といこう。今は『起動』の文言で登録してある。本人の声にしか反応しないから安心してくれ。ちなみに起動文言は変更可能だから、希望があったらあとで言ってくれ」
逸失技術と魔導技術、その双方を極めた粋。
それを目の当たりにしたこの場にいる者はみな、科学も魔法も行きつくところまで行きつけば、人にとっては同じような「理解はできないがなんだか凄いモノ」に落ち着くのだということを実感しているだろう。
理解できないことをここであれこれ聞いても始まらないことは、リィンにもフレデリカもわかっている。
ゆえに素直にガウェインに言われたとおり、『起動』とそれぞれが口にした。
その瞬間。
二人の頭上に光輪が浮かぶ。
その光輪は疑似魔導器官と呼ばれる逸失技術の結晶。
その起動中は装備者の内在魔力――M.Pを常時消費する。
だがそれを代償として常に膨大な外在魔力を吸収し続け、領域主たちの魔物素材から生み出された魔導兵器へと注ぎ込む。
どれだけレベルが上がろうとも本来は人の内在魔力では起動、駆使することが不可能だったはずの超兵器を成立させるのだ。
世界に再び外在魔力が満ちた今でなければ、成立しない仕組み。
『固有№武装』を起動、駆使するために必要な膨大な魔力は外在魔力で補うが、そのために必須である疑似魔導器官である光輪は内在魔力でしか構築、維持ができない。
とはいえ人の内在魔力でもある程度の時間であれば継続可能な程度の消費魔力量であり、量産できさえすれば『プレイヤー』の加護を得ずとも、人が迷宮深部の魔物とも戦えるようになることを目的として開発されたのが『固有№武装』なのだ。
頭上の光輪がひときわ強い光を放ち、魔導基礎衣類がリィンは白、フレデリカは桜色に染まってその周囲に防護ユニットを召喚、装着させてゆく。
瞬く間に魔導基礎衣類をベースとした装甲積層式の鎧の如く変化するが、その神髄は装備者の防御力向上などではない。
膨大な外在魔力を以て常は異相空間に格納されているそれぞれの『固有№武装』を、浮遊魔法を駆動させつつ装備者の周囲へと現出させる。
リィンの場合は九つの巨大な機械式大盾。
フレデリカの場合は、自身をすら凌駕する巨大な機械式外腕が両腕の外側に浮かぶ。
双方とも高レベル者であれば持ち上げることはともかく、きちんと取り廻すことなどとても不可能なほどの巨大さを誇っている。
それらはそれぞれの鳩尾近くにはめ込まれた巨大な核魔石によって制御され、装備者の意志に従って自在に駆動するのだ。
1つで人一人を余裕で護れる巨大な9つの大盾はリィンの意志に従ってかなりの広範囲を自在に動く。
九頭竜それぞれの頭に在った第三の目を大盾の核としており、両義五行の属性防御に特化した7つの盾と、残りの2つの盾砲は他の七つの盾と合体させることによって、それぞれの属性息吹を照射することも可能となっている。
巨大な外腕はフレデリカの動きに追従し、拳闘士としてのスキルを数十倍に増加して反映させるばかりか、必要に応じて巨大な飛び道具として自身が強力な破壊兵器ともなれる。
百腕巨人を素材にしているだけあって、100発討ち尽くせばそれまでだが、最終兵器として100発同時にこの巨大な外腕ミサイルを叩き込めるというのは強力としか言えまい。
二人ともまだそこまで自在に使いこなすことは当然できないが、魔導基礎衣類と光輪の補助によって自分の躰の一部のように扱えるので、後は実戦で慣れてゆくだけである。
「王女様は桜色で、リィン嬢ちゃんは白か」
その全容を見せ、まずは問題なく起動した『固有№武装』に対して、ガウェインは満足そうである。
「これは……」
「すっごい」
羞恥などすっ飛んでしまったリィンとフレデリカがそう口にするのも無理はない。
正直なところ、ちょっと嫌そうにしていたジュリアとエリザも自分たちの専用装備はどんなものなのかに興味を持たざるを得なくなった様子。
『起動』させるまでは今までどおりの装備による戦闘が可能で、とてもではないがそれでは通用しない魔物と接敵した場合にはこの『固有№武装』を召喚して戦えるのだ。
いわばこれは『勇者』だけがその身に纏うことが可能であった『神殻外装』を、領域主レベルの魔物素材で成立させた『魔殻外装』とでもいうべき代物である。
いかにも冒険者然とした装備と、もはや時代錯誤なほどに進化した技術兵装の併用。
それが人跡未踏の迷宮深部へまで、現代の冒険者が至るために必要だとガウェインが判断した「武器」の在り方というわけだ。
「いやホントにすげえんだよ、こいつは。そこらの魔物程度であれば相手にならん事は保証するが、迷宮深部での実戦証明は任せるしかねえ。ここまでくると盾とか剣とかいうよりも魔導兵器の域なんで、定期的な整備と全般検査が必須になるが、まあ起動回数が三桁にならなきゃ設計上は大丈夫なはずだ。まあできれば一桁の内に一度戻してくれると有難い」
饒舌にガウェインが説明してくれるが、それ以上に興奮しているのはソルである。
これだけの兵器を使って、人が迷宮深部を攻略する様を想像したらじっとしてはいられない。
「まずは一度戦闘したら戻りますよ」
「正直助かる」
だがまずは実戦証明が必要なのだ。
ここまで精密機械のような代物になったからには、実戦でどのように挙動し、どんな風に摩耗するのかを確認しておくことは絶対だ。
その上で全員分の『固有№武装』を揃えてから、万全の体制で本格的な迷宮深部攻略は開始する必要がある。
全竜や妖精王の力を借りて『固有№武装』の素材を確保し、人の力ででも迷宮深部の攻略を可能となさしめる。
攻略に伴う装備の更新ルーチンを、全竜や妖精王の力を借りずとも可能になればそれが一番理想だろう。
そのためにもソルは、可及的速やかに四大迷宮を含むすべての迷宮を攻略したい。
最終的には『塔』へ挑めるだけの戦力を構築するためにも。
「で、ソル様よ。ソル様と直接話すにゃ、序列を与えてもらわなきゃなんねーのか?」
起動実験に成功して、一安心したらしいガウェインがソルに声をかける。
「いえ、ガウェインさんが必要だと判断したのであればかまいませんよ。だよね? フレデリカ」
「あ、はい。それは問題ありません」
どうやらソルに会わせておきたい相手がいるらしい。
序列保有者がそう判断したのであれば、ルール上もソルに会わせることに問題はない。
「じゃあこいつを紹介しとくわ。クリード! ソル様と直接話してもかまわねえってよ」
それを聞いて安心したガウェインが、大声でクリードという名を呼ぶ。
その瞬間、ガウェインの背後にその人物――いや魔族があたりまえのように転移で顕れた。
「感謝致しますガウェイン様」
魔族の中でも数少ない魔神級の長寿個体。
千年前から存命し、『虚ろの魔王』の助命と引き換えに聖教会に仕え、魔族を指揮していた大物。
現在ではガウェインに従い、魔導技術とその兵器転用を担当する技術者の筆頭でもある。
クリード・インヴィワース。
その彼がソルの眼前へと進み、恭しく頭を下げる。




