第108話 『固有№武装』②
「うわー」
「…………いいな」
自分もこれ着なきゃダメなの? という表情を隠そうともしないジュリアはひいている。
一方でリィンとフレデリカの充分に成長した女性らしい曲線を、衣装による誤魔化しや誇張なく目の当たりにしたエリザは自身のそれと比べて思わず本音を呟いてしまっている。
目のやり場に困って泳がせている、ソルの様子を見てしまえばそうもなるだろう。
自分の場合では、とてもソルにこんな「男の貌」をさせられないだろうと思うと少し寂しいのだ。
「人の雌はホントに躰の線が出るのを嫌うのじゃな。貧相ではないのだから堂々としておればよいのだ」
「♪~」
一方でルーナは、リィンとフレデリカの二人がなにをそこまで恥ずかしがっているのかが分からないらしい。
竜種であるからには、真躰の際は常に全裸が当たり前なので当然なのかもしれない。
実際、家では裸になりたいルーナなのだが、ソルからお叱りを受けるので我慢しているというのが現状なのである。
それでも今の少女形態である分身体の控えめさと比べて「羨ましい」という思いはあるようで、素直にふんぞり返ればよいのにと思っているのだ。
ソルを赤面させられるほどの戦闘力を自身が有しているのであれば、素直に誇ればよいのにといったところだろう。
ルーナ自身はなぜかソルから一度見せた「成長形態」になることを固く禁じられているので、なおのことである。
もちろんアイナノアはなんのことやら理解できていない。
一度お留守番してからはルーナにくっついているのもお気に入りになったと見えて、今もルーナの浮かんでいる小躯に、自身も浮かんだままじゃれついては邪険にされている。
そのやり取りが楽しいようで、最近は飽きもせずに繰り返しているのだが。
『某は一応雄なのですが、目を閉じておいたほうがよろしいでしょうか?』
「アヴはもう女性陣のアイドルだから、まあいいんじゃない?」
邂逅以降、常にソルの足元に付いて回るようになった神獣アヴリールは、己が雄であることを気にしている。
自分が助けを求めているソルの側付きの女性たち、そのあられもない姿を見てはいかんのではないかと要らん心労を抱えているのだ。
だがアヴ――すでに定着した神獣の愛称――の女性陣における人気は絶大なものだ。
隙あらば抱っこをしたがるし、フレデリカやジュリアなどはなにがいいのかソルにもアヴにも理解できないが、許可があれば吸いさえするのだ。
人間の男であればともかく、アヴがこの場にいることに羞恥を覚えることはないだろう。
まあいかに人語を解するとはいえ、人の女性が小動物の雄を前にして恥じらいを覚えるという感覚は、この千年で完全に消滅している。
獣人種が数多く存在していた千年前であれば、魔獣側はともかく人側には羞恥があるのも当然だったのだ。
その時代を知るアヴにしてみれば自身も立派な雄であり、獣人族の守護神もやっているからには人の女性たちから「可愛い」扱いされていることには忸怩たる思いはあるらしい。
『御身がそう仰られるのであれば、某はなにも言うことはございませんが』
己が主と仰ぐことになる相手に、同じ男――雄として扱ってもらえていないのは少々物悲しいが、自身の真躰を取り返すまでは愛玩動物扱いもやむなしと割り切ったらしい。
「心配しなくてもそれは基礎装備ってぇやつだ。そいつに登録が完了したら、今までの自分たちの装備を着込んでくれてかまわねえ。その邪魔にならねえようにそのカタチになってんだ。苦労したんだぜ? そいつにゃちっと前の儂なら何のことやらわからんレベルの技術と素材がつぎ込まれてる。他意はねえぞ?」
アヴとは別の意味で、爺は「男」扱いじゃねえんだな、とこちらも少々物悲しいガウェインが二人の羞恥装備についてきちんと説明する。
冗談ではなくエロ装備として作ったわけではないのだ。
結果としてエロ装備にもなってしまっただけで。
通常時は今まで同じような魔導装備を身に付けて通常戦闘をこなせつつ、領域主級やそれ以上の強敵と接敵した際にはそれぞれの『固有№武装』を召喚して使用可能とするための、文字通り基礎装備。
それゆえに他の装備の自由度を最大限まで高めるために、まるでボディ・ペイントのような魔導基礎衣類となったのだから。
これから本当の魔導基礎衣類の個人登録が始まるのである。
「うう……」
「そういうことでしたら」
リィンもフレデリカもその説明を聞いたからとて恥ずかしいという気持ちが消えるはずもない。
だがソルがそういう欲を持ったのであれば、いつでも部屋に呼べばそれで済む立場である。
ガウェインについては言うまでもなく、ベストコンディションを保つために必要な寝る時間と喰う時間以外のすべてを『固有№武装』製作につぎ込んでいることは二人も知っている。
必要とされる性能を発揮するためであれば、少々の見た目のハシタナサなど、職人にとっては取るに足りないということもまあ理解はできる。
それに日頃身に付けている肌着類よりも着心地はずっとよく、今のままでも寒くも暑くもなく調整されているので高性能な肌着だと思えば十分にアリなのだ。
その恰好でソルの前に出なければいけないことに抵抗があるだけで。
となれば意味はまだ理解できないまでも、さっさと「登録」とやらを完了させて、はやくいつもの装備に戻りたいところである。
「初期登録と稼働承認をまずせにゃならんから勘弁してくれ。というわけでまず戦闘態勢になってくれ。あとはその魔導基礎衣類が自動でやってくれる」
「やっぱり下着なのですね……」
ガウェインが口にした単語に反応して、王族であるフレデリカはうなだれる。
恥ずかしい云々もあるが、王族たる己が人前に下着姿を見せているのだという事実には、思うところもあるのだろう。
だが今さら詮無いことでもあるので、素直にガウェインの指示に従う。
すでにレベルが4桁に至っているリィンとフレデリカが戦闘態勢に移行すれば、膨大な内在魔力が人としての器を上回って体外へと吹き上がる。
それに反応した魔導基礎衣類が自身の装着者の内在魔力を記憶し、己を起動可能な内在魔力を固定する。
艶やかな漆黒の表面に何本もの魔導線が錯綜し、リィンとフレデリカでまったく違う幾何学模様と各所へのマークや細かい魔導文字による刻印が刻まれる。
これで初期登録は完了した。
以降、別人がこの魔導基礎衣類を身に付けたとしても、すべての機能は封印され起動することはなくなったのだ。
リィンとフレデリカ、それぞれの専用装備になったわけである。




