第102話 『支配者』③
ソルは手近な喫茶店などと思っていたが、せっかくなので王立学院時代にソルの幼馴染たちみなが贔屓にしていた店まで足を延ばすことに変更した。
学生が贔屓にできた店なのだ、それほど高級店というわけではない。
それでも当時は存在していたことすら知らなかった個室へと丁寧に案内され、おすすめの紅茶とケーキのセットを頼んだら、この店でもっとも高級な組み合わせを用意されている状況である。
ソルとリィンがなにげに嬉しかったのは当時のオーナーがいまだ健在であり、今のソルの立場を知りつつも昔と変わらぬ態度で接してくれたことだ。
つまり相変わらずそっけなかった。
今ほどではないとはいえ当時から「ロス村の奇跡の子供たち」として有名であったソルたちに対して、フラットに接してくれるからこそマークやアランも含めてこの店が好きだったのだ。
時が経ち、立場が変わっても好きな店とその理由が揺らいでいないのはありがたいことなのである。
「みんなにはまた改めて説明するけど、僕が今焦っている……というよりも急いでいるのはリィンが感じたとおり間違ってない」
「うん」
相変わらず美味しいセット――ソルは紅茶、リィンはケーキに対する感想――を一通り味わい、ソルがリィンの質問に対して答え始める。
わりと真剣な話題であるにも拘らず、ソルは左斜め前に座っているリィンにちょっと見惚れていたりもする。
ソルにとって、リィンのスタイルや容貌は見慣れているといっても過言ではない。
だがここのところずっと魔物支配領域の解放に専念していたため、非戦闘時の格好、それもフレデリカとジュリアが入念に用意した「お洒落をしたリィン」を目にするのは久しぶりなためもあるだろう。
思えばソルの女性の基準はずっとリィンなのだ。
まだ「プレイヤー」というとんでもない力を与えられる前からなぜか好意を寄せられ、ソルとしてもジュリアと並んで村の可愛い子という評価からやがて綺麗な女の子へ、王立学院へ入学する頃には年相応の欲望を刺激するだけの魅力を持った、どきどきさせられる女性へと変化している。
ちなみにジュリアはソルにとっては少々奔放で色気過多。
エリザは火傷を治したら美人さんでびっくりしたが、妹枠とでもいうべき小さい女の子としか思えない。
当時のフィオナさんや、本物のお姫様であるフレデリカに対してはどうしてもお姉さん枠に感じてしまうし、なんというか好きになる相手としての現実感に乏しい。
まあ現実感が乏しいという点では、最近常にソルと共にいる二人のとんでもない美少女たちの方が上ではあろう。
だがルーナはどれだけ美しかろうが、相棒としてはともかく女性としてはエリザと同じく小さい子でしかない。一度だけ目にしたお姉さんバージョンに対しては欲望オンリーなので除外する。
アイナノアもその美貌はとんでもなく、目を奪われれば欲望も刺激されるが、その中身は幼いとさえ言えない、なついてくる子犬のようなモノでしかない。
やはりソルにとって等身大の女性、好きになったり年相応の欲望の対象に見たりしてしまうのは、どうしたっていつもリィンなのだ。
それがお洒落な個室で二人っきり、その状況で斜め前――一説によれば最も親密感を感じやすいらしい――の至近距離に座っていれば、要らんことを考えてしまうのも無理はないだろう。
いや「デート」であるからには、それこそが正しい反応とさえいえるのかもしれない。
正直に言えば事態がこうなって以降、望めばリィンがそういう相手になるという事実に対して、妙に生々しく感じてしまっているソルなのである。
後宮の話と同じで、ソルがそうと決めれば感情面などすっ飛ばされてしまうというのがいけない。
けして悟られるわけにはいかないが。
「もったいぶっても意味がないからはっきり言うけど、その理由は僕が「プレイヤー」の力を持っているうちに、最低でも地上の魔物支配領域の解放だけは済ませておきたいからなんだ」
そんなことをおくびにも出さず、ソルは最近自分が考えていたことをリィンに端的に伝える。
「無くなっちゃう、の?」
ソルのその言葉に対して、リィンが愕然とした表情を浮かべてしまうのは無理もない。
今自分たちが置かれている状況のすべての土台とも言える、ソルの「プレイヤー」という能力が失われるかもしれないと本人から告げられれば当然のことだろう。
「――その可能性は充分にある、と思っている」
「どうして?」
「僕がそうできるから」
当然の疑問に対して、ソルの答えはシンプルだ。
ソルはプレイヤーとして仲間たちに与えることができるその一切を、自分の気分次第でいつでも取り上げることも可能なのだ。
それは強化を経て経験値の蓄積も可能になった今の状況であれば、スキルや各種能力値、H.PやM.Pのみならず、それらを使用してその対象者が得た経験値すらも含まれるようになっている。
つまりソルがその気になりさえすればリィンであろうがジュリアであろうが、まったく魔物との戦闘を経ていない、ただの「村人」に戻すことすらも可能だということだ。
そしてその能力――『プレイヤー』はそもそも12歳になる年の1月1日に神様から与えられたということになっている。
もちろん今ではそんな伝承を頭から信じているわけではないとはいえ、何者か――少なくとも「神」と言われても納得してしまわざるを得ない存在から与えられたということだけは間違いない。
今のソルも千人単位で力を与えられるようになっているとはいえ、その何者かは毎年それ以上の人数に似たようなことを今もなお行い続けているのだ。
そんな存在が、ソルにできることをできないと考えるのはさすがに無理がある。
あくまでも可能性の域を出ていないとはいえ、ある日突然ソルの「プレイヤー」という能力を神とやらに取り上げられてしまってもおかしくはないということだ。
悪意を以て嘲笑することが目的なのであれば、もっともソルの立場がこの世界において神と同義にまで上り詰めた瞬間こそを狙うだろう。
一連すべてが暇を持て余した神々の戯れだというのであれば、その可能性はけして否定できない。
そして本当にそうなった場合、『全竜』と『妖精王』に対するなんらかの介入も確実にあると考えた方が自然だ。
ソルの力を取り上げることが目的なのであれば、『プレイヤー』だけを没収して、今やソルの両翼と見なされている二人を放置しているのではほとんど意味がないからだ。
「そ……っか」
そのことを理解できたリィンは、同時になぜソルが急いでいるかも同時に理解できた。
つまり今のうちにできるだけ事を前に進めておきたいのだ。
「だからまあそうなるかもしれないとして、それまでにできるだけ環境を整えておきたいんだ」
それは地上の魔物支配領域を解放して、人の脅威となる領域主だけでも始末しておくというご立派な意味だけにはとどまらない。
それよりも強大な領域主を倒すことによって得られる希少魔物素材と核魔石を可能な限り入手し、「プレイヤー」の能力に頼らなくとも迷宮深部の魔物たちを倒し得る強大な装備を整えるという意味合いの方が強い。
あくまでもソルは、自分の夢を叶えるためにこそ、できることはすべてやっておきたいというだけだ。
そのついでに世界が救われ豊かになるのは良いことだとは思いはしても、けしてそのために動いているわけではないのだ。
その考えに基づいているからこそ、ここしばらくソルが魔物支配領域の解放とバッカス武具店に籠っての装備作成を、やつれるほどのレベルで繰り返していたのだと今なら納得できるリィンである。
ちなみに今やバッカス武具店は、現代における最新技術の集結点となっている。
ソルが確保する膨大な量の希少魔物素材と巨大核魔石が積み上げられ、聖教会の秘匿組織であった『逸失技術局』と『奇跡認定局』のあらゆる機器と最高技術者たちが集結している。
あらゆる思い付きを試すために必要な莫大な資金は、ソルの名において無制限に供給されている。
それらすべてを稀代の『魔導鍛錬師』ガウェイン・バッカスが束ねることによって、今までにはなかった『№武装』――『禁忌領域』の領域主たちの希少魔物素材と核魔石を、聖教会の逸失技術を以て制御する超武装が生み出されつつあるのだ。
『九頭竜』や『有翼獅子』という強大な領域主たちの特徴を生かした、それと合致した職に特化した専用装備群。
現在はまずソルの1stパーティーと見做されているリィン、ジュリア、エリザ、フレデリカ、それぞれ専用のものが最優先、最高速で作成に入っている状況だ。
万が一ソルから『プレイヤー』の力が失われたとしても、それらを以て迷宮の最深部へも人が挑めるようにするために。
それこそがリィンとフレデリカが感じた、ここ最近のソルの焦りの正体なのである。




