第010話 『冒険者ギルド』①
「さてどうしたものかな」
『黒虎』が借りていた二階の個室から最後に出てきたソルは、考え事をしながら一階へと降りてゆく。
リィンとジュリアには先に帰ってもらった。
ソルが1人でいると絡んでくる冒険者はわりといるのだが、その煩わしさよりも優先すべきことがあったためだ。
「よおソル。マークとアランがなんか揉めながら出てったと思ったら、次はリィン嬢ちゃんとジュリア嬢ちゃんが深刻な顔して出てったんだが、お前らなんかあったのか?」
「スティーヴさん……」
その最優先事項である相手は、ソルが期待したとおりの行動をとっていてくれた。
1階で『黒虎』最後の一人であるソルを待っていてくれたのだ。
スティーヴ・ナイマン。
冒険者ギルド、城塞都市ガルレージュ支部の総責任者。
苦労したためか40代後半でほとんどが白髪となった濃いグレーの髪をオールバックに撫でつけ、銀の片眼鏡もあわせて鋭利な印象を与える細身のおじさまである。
見た目に違わず有能であり、定期的に王都の本部への出張も繰り返している冒険者ギルドにおける首脳陣の一人と看做されている実力者。
『黒虎』立ち上げ時からの主担当者でもあり、とある理由で他のメンバーよりもソルとはかなり懇意にしている。
もっとも日頃はそういった面を周りに見せるような迂闊者などではないので、酒場も兼ねているこの場でソルに話しかけることはめったにない。
ソルにしても自分だけが部屋に残っていたらスティーヴの方から来ると思っていたので、リィンとジュリアが出て行ってからかなり時間が経ってしまっていた。
「マークとアランはなにも言っていませんでしたか?」
「てこたやっぱりなんかあったんだな。明日からはA級におなりあそばされる『黒虎』のメンバー様方には、出来るだけ仲良くしていただきたいというのが我々冒険者ギルドの切なる願いなのでございますが」
「ははは、すみません。この度『黒虎』は解散することになりました」
強力なパーティーに安定して存続して欲しいのは、冒険者ギルドとしては至極当然のことだ。
だからこそギルドが身銭を切ってまで祝いの席を設けたというのに、まさかその場で解散を決められたとあっては立つ瀬がないにもほどがある。
「……ははは、じゃねえよ。ちょっとこっち来い」
自分が所属している冒険者ギルド支部の総責任者に隠しても始まらないので正直に告げた結果、ヘッドロックのような姿勢で一階奥の執務室まで連れ込まれるソルである。
今この場にいる冒険者やギルド職人たちみなが注目しているのをわかった上で、今の問答をあえてするためにスティーヴはこの場所でソルを待っていたのだ。
わざと注目を集めるようなリアクションもその一環。
つまりスティーヴは初めからある程度予測がついていたということだ。
「なるほどねえ……」
でなければ自分の執務室にソルを連れ込んだうえで、一通りの説明を聞いてこうも落ち着いていられるはずがない。
先刻自分でも口にしていたように、A級昇格が確定している有力パーティーが解散するなど、冒険者ギルドにしてみれば降って湧いた災厄以外の何物でもないからだ。
責任ある立場であるスティーヴとしては慌てて然るべき状況。
だがいずれ必ずこうなるであろうことを、スティーヴはかなり以前から確信していた。
A級への昇格を果たしたこのタイミングでの解散は、結構な確率で発生するかもしれないとも思っていたのだ。
「しかし頭が痛い話だな。お前さんはまあ……どうにでもなるんだろうけどよ。他のメンバーはどうするつもりなのか聞いてるか?」
溜息交じりでそう口にしたとおり、スティーヴは数少ないソルの能力である『プレイヤー』を、本当の意味で理解している一人なのである。
スティーヴは魔物と戦う能力には恵まれなかったが、事務方系統の『管理官』という希少能力を授かっている。
その『管理官』が持つ初期スキル『能力名判定』によって、他人が授かった能力名を知ることができるのだ。
本当にわかるのは名前だけだとは言え、その力は『能力』がモノを言うこの世界で、事務方系管理職をするのにとても向いている。
本人ですら自分が使えるスキルから漠然としかわかっていない『能力』がなんなのかを正確に把握することができれば、どんな組織でもうまく立ち回ることが可能だからだ。
例えば初期使用可能スキルがおなじ『強撃』であっても、それがただの『剣士』なのか、上位職と看做されている『騎士』や『重剣士』、『双剣士』などなのかによって冒険者ギルドの扱いが変わるのは当然だ。
それだけではなく貴重な戦力の育成補助や、パーティーの組み合わせアドバイスも最適なものを提供できるのは大きい。
だからこそどれだけ優秀な『能力』を授かっていても、下手を打てば育成初期段階であっさり死ぬことも当たり前なこの世界において、下手な戦闘能力などよりもよほど重宝されている。
希少とは言えユニーク能力というわけではなく同世代でも数人は存在し、今まで絶えたことはない。
判明した能力名と、その能力保持者ができることを情報として代々蓄積したことによって、今では能力名さえわかればある程度「なにができるようになるのか」がわかるようにまでなっている。
その力を十全に活かすことによって、スティーヴは冒険者ギルドという巨大組織において首脳陣の一人と数えられるまでに出世したのだ。
2年前にはすでに総責任者であったスティーヴが自ら『黒虎』の主担当者を請け負ったのも、その中でもソルとだけ特別懇意にしてきたのも、自らの能力によって『黒虎』の本当の姿を知り得たからだ。
『奇跡の子供たち』と呼ばれ、王立学院を圧倒的な成績で卒業してきた新進気鋭の有望パーティー『黒虎』
その実態がソルだけがスティーヴでさえも知らない『プレイヤー』という能力を持っており、他の4人はただの『村人』だと知った時には我が目を疑った。
だがハッタリでもなんでもなく、ただの『村人』でしかないはずの4人が拳闘士や魔法使い、治癒術士や盾騎士といった希少能力とされているスキルを平然と使いこなして見せたのだ。
つまり『プレイヤー』――ソルこそがそんなことを可能ならしめる、とんでもない能力に恵まれた『神に愛された子供』であることを理解せざるを得なかった。
となればソルと懇意にすることは、スティーヴの立場としては当然のことである。
最初は警戒していたソルだったが、『プレイヤー』であることを見抜かれた上でスティーヴが自らの能力を晒したことで、仲良くした方がメリットがあると判断した。
その結果としてすべてではないとはいえ、スティーヴは『プレイヤー』ができることについて今現在最も詳しいといっても過言ではない。
だからこそスティーヴは表面的なことはともかく、実質的には『ソル・ロック』という冒険者の扱いには細心の注意を払っているのだ。
本部にはその情報を隠匿することも含めて。
そしてそれはソル本人の意向とも合致していたため、今のところうまくいっている。
「リィンとジュリアは大丈夫だと思います。基本的には引退するつもりみたいですし」
「あのな、ソル。当ガルレージュ冒険者ギルド支部と致しましては『黒虎』の解散だけでもえらいこっちゃなんだ。その上『鉄壁』と『癒しの聖女』が冒険者を引退するってあっさり言われてもだな……」
「すみません」
「いや、お前さんに文句言う筋合いじゃねえのは百も承知してんだがな……」
「マークは軍に行くつもりみたいです。アランは大手クランに入るつもりじゃないかな」
「ああ、だから王都から近衛騎士団の分隊だの、最大クラン『百手巨神』のメンバーだのがガルレージュに来ているってわけか、なるほどな」
スティーヴとしては、立場上耳に入って来ていた情報の裏が取れたというわけだ。
たとえ『黒虎』が解散するとはいえ、マークとアランがたった2年でA級まで駆け上がったパーティーの物理攻撃役と魔法攻撃役であることに変わりはない。
ゆえに突然単独となってしまったとしても、好待遇で受け入れる話が白紙化することはないだろう。
『黒虎』というパーティー単位で取り込みたいのは軍も有力クランも言わずもがなのことであるとはいえ、逆に言えば一人でも戦力強化に直結する人材を確保できるのは僥倖ともいえる。
セットで動かれると、取り損ねた側は誰も得られなくなるのだから。




