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オリーブの花かげに  作者: 入峰いと
発掘を見に行く
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 牧草地は、薄い緑の牧草が茂ったり掘り返されて黒い土を見せていたりで色合いは一様ではなく、それぞれ異なる匂いが心地よく感じられた。羊が放牧されている区画があり、ローズは小さく歓声を上げたが、羊のほうはただ草をはみ続けて私たちにはまるで無関心だ。


 しばらく進むと、稜線の一番高い所にこんもりと樹木が茂っているのが見えてきた。道は稜線の手前で農家にぶつかって、稜線と平行するように向きを変える。ビートンさんは片手を額にかざして木立の方をご覧になった。  


「あそこがそれらしいですが、道が途切れてしまいましたね」


 私はビートンさんと反対に、農家の方を覗き込んだ。納屋の戸口で、おばあさんが大きな木桶の中身をかき混ぜる作業をしている。家畜の餌か肥料だろう。


「ごめんください、シェピンピックの発掘現場へは、どう行けばよろしいのですか」


私が問いかけると、彼女は前掛けで手を拭いて、


「はいはい、シェピンピックはこちらでござんす。穴掘りの先生を訪ねて見えたんで?」


と、事情を心得た様子だった。ビートンさんもこちらに来られて、彼女に帽子を上げて挨拶し、


「あの尾根の方へ上る道はありますかね」


と尋ねられた。おばあさんは敷地と道の間を塞ぐ横木を持ち上げて、人が通れる隙間をあけると


「納屋の裏から、岩室へ上がれますので、どうぞお入りなさい」


と招きいれてくれた。彼女についていくと、農家の裏は緩やかに登る草地になっていた。さらに上の木立との間は垣根で区切られている。垣根のちょうど正面に踏み越し段が設けられていて、通り抜けられる。


「岩室はあの上です」


とおばあさんは踏み越し段を指差した。


「その岩室、というのは、何にお使いになるものなんですか?」


とカスターはおばあさんに尋ねた。


「あたしは結婚してここにきたもんで、よくは知らないんですけど、連れ合いの話じや昔は若い人の肝試しやおまじないやらでよく上がったそうですよ」


と彼女は教えてくれた。ローズは両手を握り合わせて


「由緒のありそうな場所ですわね」


と目を輝かせた。先頭に立って草地に踏見込みかけていたビートンさんは振り返って、


「その由緒を探る調査というわけなのです。実際はどんなものか、その目でご覧になってください」


とローズに呼びかけられた。ローズは


「ええ、楽しみですわ」


と答え、草に残った雨水で濡れないよう、フレアスカートを少し絡げて彼の後を追う。私とカスターもそれに続いた。


 踏み越し段はそれほど高くはなかったが、私の幅の狭いスカートで跨ぎ越すのは難渋しそうだった。


「すみませんが先に行っていただけます?」


と私が頼むと、ローズは心得て、カスターの腕をとって、木立の方へ連れて行ってくれた。その隙に、私はお行儀悪くスカートをたくし上げ、ふくらはぎを顕にして段を越えた。少し小走りすると、すぐに前をゆく三人に追いついた。


「…柏に櫟、古くから人間に利用されてきた樹木だと思いますが…」


というカスターの声がする。それに対して、  


「その通り!」


とビートンさんが応じた。


「もしかして、この林は古代からずっと残ってきたものなのかしら?」


とローズ。私が追いついたことに気づいた彼女はにこりとして、私に手を差し伸べ、隣を歩くようにさせた。


「それほど古いとは思えないな」


カスターはひょいと手を伸ばして、葉の色を秋のそれに変えつつある木の幹をノックした。


「そうですね、木材の利用のために近年に植えられた林も多いです。林の見た目からはいつからあるものか判断はするのはまったく難しいもので…」


ビートンさんはそこで言葉を切ると、


「あ、あれですよ」


と前方を手で指しながら私たちを振り返られた。私たちが登ってきた斜面の一番上には、木々に囲まれて大きな岩が積み重なっていた。これがビートンさんが話されていたドルメンなのだろう。秋の陽射しが木々の梢を透かして岩の表面にあたり、まだら模様を作っていた。岩の根本がぐるりと掘り起こされている。ローズが以前発掘現場は道路工事のようだと言ったとおり、あちこちに麻の袋や杭、ロープなどが積上げられている。手前で人夫らしき人が土を篩にかけていた。彼はビートンさんに気づいて身を起こすと


「先生、お客がおいでですぜ」


とドルメンに向けて呼ばわった。すると重なり合った岩の間の狭い隙間から、一人の紳士がひょっこりと上半身だけをのぞかせてこちらを向いた。彼は


「おお、ビートン君、久し振り」


と言うと苦心して狭い岩の隙間をくぐり抜けて出て来られた。30代くらいかと思われる、髭と頭髪を伸ばした学者らしいスタイルの方だった。ビートンさんは彼の手を握った。


「今日はありがとうございます。こちらがアメリカからおいでのローズ・バイゼリンク嬢です。考古学に大変関心をお持ちです。こちらは、バイゼリンク嬢が滞在されているメイストーンのカスター・ロウフォード氏。お二方、この方は古代の祭祀が御専門のマシューズ教授です。ご親切に参観を許してくださいました。」


ローズとカスターは教授と握手した。私は紹介されなかったが、二人を案内するようにシーゲル卿からご指示いただいている立場なので、正式な参観者というわけでもない。少し脇へよけると、カスターは私を振り返った。すかさずローズが


「こちらは私と仲良くしていただいているオリビア・ブルクスアイドさんですわ。今日は案内していただいてますの」


と、私の手を再び捉えてマシューズ教授に引き渡した。


「ブルクスアイド、オリエント協会に所属のブルクスアイド氏のご親族ですかな?」


「ええ、それは父ですわ」


私は簡単に挨拶して引き下がった。


ビートンさんは


「さて、このドルメンの調査の状況はいかがでしょうか?岩は除去する予定はないとのことでしたね」


と教授に問いかけられた。


「そうですね、このドルメンの背部の土台となっている岩石は、丘陵地の岩盤と繋がっていますで除去することはまずできません。正面の入口を作り上げている二つの岩は、岩盤とは分離していますが同様の組成でして、自然に風化により割れたものか、或いは人工的に切り出されたものかは不明です。天井となっている岩があったのですが先月実測のため持ち上げたんですよ。」


彼は岩を囲むように掘られた溝から這い上がって、私たちにその平たい岩板を示した。枯れ草の上に、無造作に置かれた岩は私が手足をあまり広げなければ楽々と寝そべることができそうな大きさだった。


 「加工の痕跡はいかがでした?」


 ビートンさんはかがみ込んで岩肌に触れながら教授に尋ねる。


「やはり風化があって、痕跡らしいものは見つけられませんでしたが、土台の岩とは色合いから異なっているでしょう?」


私たちはドルメンを振り返った。天井の岩は、単調な濃い色で、土台の岩より均質であるように見える。


「この斜面のものではないということですの?」


ローズの質問に教授は頷いた。


「内陸から、運ばれてきたように思われますね」


「それは、いつ頃の出来事なのでしょうか」


ローズは重ねて尋ねた。誰もが知りたがるような、ごく単純な疑問だ。しかし教授が


「それは難しい質問です。」


と答えられたことに、私は少し驚いた。

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