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オリーブの花かげに  作者: 入峰いと
変わったお皿
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 その日の首尾もよくなかったことを、奥方様はもちろんご承知になっていた。お屋敷に帰って、略式の夕食をご相伴した後、改めて私にお話しがあった。


「ブルクスアイド、残念だけれど、先方はお話を進めるおつもりがなさそうね」


私は率直に、


「何が原因なのか、私にはわかりませんでしたが、どうやら私がお気に召さないようにお見受けいたしました」


とお答えした。奥方様は、


「あなたも、あなたですよ。もうちょっと愛想よくしてみてもよいのよ?」


と珍しく苦言を呈された。


「奥方様、お言葉を返すようで申し訳ないのですが、私はどうにも察しが悪い性分ですので、何がどうともおっしゃらずに、ただ不機嫌になられるような方を、うまく持ち上げることは、手に余りますわ。しかも、それを一生続けるのはきっと無理がございます。あの、こちらばかりが歩み寄るのを求められるのではなく、お互いに、と申しましょうか」


私は今日考えたことを、奥方様にお伝えしようとしたのだけれど、話しているうちに、だんだんと自分の方にも落ち度があったような気がして、尻すぼみになってしまった。今日の方だって、少なくとも最初は話しかけてくださっていたのだし、、、


 奥方様は私の話が続かないとみて、


「志を高く持つのは結構です」


と述べられた後、唇を曲げて、


「ただし、男というのは、本来思いやりがない生き物です。ないものねだりをしていては、ねえ、ブルクスアイド」


と遠回しな言い方をなさった。私は、ただ俯いた。思いやりのある男性くらい、いくらでも、と反論したい気持ちもあるけど、奥方様のご意向に沿える自分でありたいとも思う。それに、いつまでも高望みを続ける時間がないことくらい、私にもわかっていた。


 奥方様はそれ以上のお小言はおっしゃらず、私に退出するようにお命じになった。疲れた気持ちで自室へ向かっていると、執事のスナイスさんに呼び止められた。


「ブルクスアイド嬢、あなたにお荷物が届いていましたよ」


「それは、どうもありがとうございます」


 スナイスさんに教えられたとおり、私は階下の事務室を訪れて、両手で持てるような平たい包みを引きとった。実家からなにか送ってくれたのかしら、と思ったが、よく見たら差出人はベアトリスになっている。自室で包みを解くと、中には一回り小さな平たいボール箱が入っていて、その中身は厳重に固定された一枚のお皿だった。あちこち傷がついて、膠で繋がれた白っぽいお皿の真ん中に、細い線で古代ギリシャの服装の人物が描かれている。


 私は同封されたベアトリスからの手紙を開いてみた。先日の展示会の後、古代熱に浮かされたマーティン叔父様が首都のどこかでこの皿を買ってきたらしい。


『私は偽物だと思うのですが、父は掘り出し物を見つけたのだと言い張っています。それで、先日の展示会の折に焼き物について熱心に話されていた、ビートンさんのことを思い出しました。オリビアから、ビートンさんに見ていただくように、お願いしてほしいのです』


 ベアトリスの手紙にはそんな依頼がかかれていた。私はあらためてお皿を取り上げて眺めてみた。描かれた女性は、椅子に腰かけ、片腕を宙に伸ばしている。衣服の襞が均等に広がって、何となく、堅苦しい感じを受けた。


 そういえば、シーゲル卿の秘蔵の盃、ビートンさんがご領地に持っていかれていたという例の品に描かれていた絵も、椅子にかけた女性だった。あちらは黒い背景に強弱のない白い線で、もっと鋭い絵だったけれど、構図はとても似ている。お皿は古そうだけれど、例えば100年くらい前の模作だったとしても、私には、判断できない。ベアトリスに頼まれた通り今度ビートンさんがおいでになったら、お目にかけることにしよう。私はお皿をなるべく元通りに包みなおして、箪笥の奥におさめた。


 それにしても、古代の品物について相談するなら、近くにいる私の父に頼ればいいのに、わざわざベアトリスがこちらに送ってきたのは、どういう風の吹き回しなのだろう。マーティン叔父様は父と仲が悪いわけではない。ただ、これまで、父のことを骨董趣味などと呼んでからかうようなことが多かったので、今更頼りにするのは気恥ずかしいのかもしれない。私はそんな風に結論付けた。


 数日後、ビートンさんが展示会の撤収のために上京してこられた。私は今回は会場には参らなかったので、ビートンさんとはお屋敷で、夕食の折にお会いした。


「やあ、ブルクスアイド嬢、おかわりなさそうですね」


ビートンさんは気さくにお声かけくださった。奥方様がお出ましになると、ビートンさんはさっと立ち上がってお辞儀をし、


「これは奥方様、おかげさまで、牧師夫人は元気に活動しておいでです。ご心配なく」


と、先手を打つかのように報告された。これには奥方様も笑って


「それは何よりね」


とおっしゃるしかなかった。夕食は和やかな雰囲気で進んだ。果物が出ると、ビートンさんは私に向かって、


「以前、アメリカのお嬢さんを発掘現場の見学にお連れするお約束だったでしょう。あの手配がつきましたよ」


と仰った。


「ありがとうございます。バイゼリンク嬢へお知らせしなくてはなりませんね」


「そうですね。あなたから手紙を書いてもらえますか?」


私は念のためシーゲル卿のほうを確認した。卿は


「電話を使いなさい」


と口添えしてくださった。私はお二方に向かって


「承知いたしました」


とお答えした。場所は私の実家やメイストーン子爵の領地がある州の北の方で、海の近くだそうだ。来週の水曜、金曜、その次の週の月曜のどこかで、ということになった。


「上等の靴を履いてこないように、と言ってやるのだな」


とシーゲル卿がからかうようにおっしゃった。


「あの方なら、その辺りは先刻ご承知でしょう」


ビートンさんも、笑って応じたうえで、


「バイゼリンク嬢は、アメリカの女子大学で歴史を学ばれたそうでして」


と、奥方様のために説明を付け加えられた。


「その方はお独りでお見えになるの?」


奥方様のお尋ねに、私はできるだけ急いで答えた。


「メイストーン子爵のご次男のロウフォードさんとご一緒の予定です。彼は、私と遠縁になりますの」


奥方様は、ちょっと眉を上げられた。私の言い方が、性急すぎたのかもしれない。それでも、私との関係をお伝えしたおかげで、カスターの悪い評判について云々されることはなかった。奥方様との会話では、機先を制するのが大事なのだ、と私は心に刻んだ。

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