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オリーブの花かげに  作者: 入峰いと
再会の展示会
15/28

15

 ローズ・バイゼリンク嬢は、離れてゆくベアトリスとカスターの姿から、急に私のほうに向きなおって、なにか言いたげな表情をされた。私が、どうしようか考えていると、


「ご親切ね。ロウフォードさん」


と言われたので、私も勢い込んで


「そうなんです。いつだって思いやりのある方で」


とお答えした。


「彼はアン伯母様の、えっと、従弟なんだっけ?」


私の従兄のジョージが尋ねた。アンというのは母のことだ。


「血縁はありませんの。母の弟がロウフォードさんの姉上と結婚していますので」


 そのような話をしながら、私たちは展示されたものを並べたテーブルの周りを廻った。すっかりさびてしまった剣の、柄に細かく金で施された飾りの跡だけが残っているのを、バイゼリンク嬢が感心して眺めている。私からも、なにかお話をしなくてはいけない。私は悩んだあげく


「あの、バイゼリンク嬢は、大学で歴史を学ばれたそうですね」


と、呼びかけた。発言したうえで、唐突だったように思えて、あせっていると、彼女はにっこりして


「そうです。でも、よろしければ、わたしのことはローズと呼んでくださいません?こうお願いしても失礼ではございませんよね?」


「もちろんです。で、では私のことも、ただオリビアと呼んでいただけますか」


「よろしく、オリビア。あなたとはお友達になりたいと思っていましたの」


バイゼリンク嬢、ではなくてローズはジョージの腕から手を放して私に差し出した。彼女は、今日は茶色のスーツを着ていて、襟や打ち合わせのところだけ、茶色でも少し違う色調になっているのが、すっきりして、とてもよく似合っていた。新鮮なデザインだ。きっとパリの流行なのだろう。


「こちらこそ、あの、よろしくお願いします」


恐る恐る、手を握り返すと、ローズは楽し気に言った。


「ロウフォードさんから、あなたのお話を伺いましたのよ。歴史家のシーゲル卿のところで研究のお手伝いをなさっているんですって?面白そうだわ」


「研究のお手伝いといえるほどのことは致しておりませんわ。お部屋の片づけだの、文章の清書だの、そんな程度ですもの。最近、やっと、お皿のかけらをつなぐ作業をさせていただけるようになりました」


ジョージが


「そりゃあ、なんとも刺激的だね」


とからかうように言った。


「何千年も前の破片が、正しい位置にぴったりはまるときは、とても不思議で、本当に面白いと感じますの」


ちょうど近くに展示されていた、絵の描かれた壺の、膠でつないだ跡を示しながら、私は一生懸命に話した。


「まさに、歴史のひとかけらにじかに触れるというわけね。素晴らしいと思いますわ」


ローズは賛同してくれたようだ。さらに彼女は話を続ける。


「アメリカにいると、現代の私たちと、昔の人とのつながりが、ずっと遠い、というのかしら。歴史の本を読むだけでは、他人事のようで…。本当の古代の品物に触れられる機会も限られていますし、こちらの方がうらやましいわ」


「昔の人とのつながりねえ、普段あらためて考えたこともないな」


ジョージは首をひねった。


「あんまり、ありふれているから、お考えにならないだけよ。贅沢すぎだわ」


ローズはいたずらっぽく笑った。


 一通り展示を見終えて、元の部屋に戻ると、シーゲル卿がマーティン叔父様と話しておられた。私たちに気付いたマーティン叔父様は、会話を切り上げて、ローズをシーゲル卿に引き合わせた。


「アメリカから来られた、ローズ・バイゼリンク嬢です。メイストーン子爵のところにご滞在ですが、歴史がお好きでいらっしゃるので、今日はお誘いしたんですよ」


ローズはシーゲル卿に挨拶した。


「初めまして。本日は貴重な品々を拝見できて、たいそう感銘をうけました。オリエントには本当にいろいろな様式のものが残っていましたのね。」


「これはどうも。オリエントというのは、それこそ創世記に描かれたような昔から栄えた地域ですから、たくさんの民族や国家が、各時代にこう、いったりきたりした証拠でしょうな」


ローズは臆さずにシーゲル卿と会話している。やはりちゃんとした教育を受けた人は違うものだ。少し下がったところから、私は感心して眺めていた。


 部屋の反対側に、ベアトリスとカスターも戻ってきた。それを見た従弟のジョージが、周囲に聞こえないような小声で、私に話しかけてきた。


「あのロウフォードというのは、噂ほどいいかげんな奴ではなさそうだね」


「そう、ですの?」


私は、どう答えればいいのかわからず、ぼんやりと返事をした。


「遊び人だというから、最初は心配したが、ベアトリスにも普通に礼儀正しかったよ」


母の口からも、カスターの行状について、あまり良くない話を聞いていたけれど、どうしても私には<女性に対して失礼なカスター>というのが想像できない。


「何かの誤解ではないのかしら、噂なんて、あてにならないものでしょう」


ジョージは肩をすくめて、


「そこはお役人だもの、やっかまれることもあるんだろう」


と、答えた。カスターをとりなしているのか、皮肉なのか、どちらなのだろう。私は少し悲しかった。


 そのとき、シーゲル卿の上機嫌な笑い声が聞こえて、ジョージと私の会話はなんとなく立ち消えになってしまった。


「いや、バイゼリンク嬢、まったくあなたは女性には珍しく、実に良い視点をお持ちだ。確かに当地では、古代の遺構というのは、身近にありふれています。実は先日、私の地所でも、建物の基礎工事の為に地面を掘ったところ、出たのですよ」


「まあ、出たっておっしゃいますと、神殿とか石像のようなものがございましたの?」


ローズが目を見開いた。私も、初めて耳にするお話で、シーゲル卿に目が釘付けになってしまう。


「いやいや、そんなに壮大なものではありません。地面を突き固めて、石を並べて古代人が建物を建てたのでしょうな。こう、環状の土手のようなものです。何に使われたものか、判断する根拠がありませんが、規模からみて、ただの住居の跡でしょう。どうも、水はけや日当たりを考えると、人間が家を建てる場所というのは似通ってしまうものですからな」


「何千年経っても、変わらないことがございますのね。ご自宅に古代遺跡をお持ちだなんて、なんて素敵なのかしら」


ローズはうっとりして、両手を組み合わせた。


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