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オリーブの花かげに  作者: 入峰いと
再会の展示会
14/28

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 展示室は、本来ならば壁に絵を飾るためであろう、細長い部屋だ。今日は転々とテーブルが並べられて、その上に彫像や壷、装飾品などの古代オリエントの美術品が配置されていた。


 来賓の方々は、テーブルを巡りながらあれこれとささやき交わしておられる。皆様、しっかりした知識や鑑賞眼をお持ちの方ばかりなのに違いない。けれども、私は臆する必要はないのだ。父がいれば、わからないことをなんでも尋ねることができる。父は古美術が好きで、自分でも古代ローマを中心に蒐集している。古美術品に描かれた神話や歴史について、父は私が小さい頃から、折に触れて話してくれたものだ。


 私は、鼻が父に生き写しだと言われるが、古代への関心も父から受け継いだ。そういえば、父とマーティン叔父様は目が似ていて、従妹のベアトリスも同じ仲間だ。その兄のジョージの方は、マーティン叔父様の口元とそっくりだ。一人ひとりは違う特徴があるのだけれど、集めて正しく並べれば、同じ一族だとわかるに違いない。シーゲル卿の論文には、焼き物について同じようなことが述べられていたはずだ。ブルクスアイドの面々が一列に並べられて、鼻の高さや眉毛の幅なんぞを計測される様子を思い浮かべて、私はつい、カルダゴの英雄像の前でクスクス笑い出してしまった。


「なんだい、オリビア」


父にいぶかしまれて、私はあわてて、空いたほうの腕に抱えていた名簿で笑いを押さえ込んだ。


「ごめんなさい、何でもありませんわ。お父様、この展示会には、ただの焼き物なんかはございませんのね」


「うん?ただの焼き物?」


「私、卿のお手伝いで、古代の割れたお皿や壷なんかを、毎日見ていますの。破片のつながりを見つけるのが、すっかり得意になったんですのよ。本当に膠でつなぎ合わせるのは苦手ですけれど」


「そうか。まあ、そういう破片にも学術的価値はあるだろうが、お客は集まりそうにないね。眺めてそれほど楽しくもないだろう」


父は帽子で展示室を示して


「それに、ここは<協会>のお歴々のコレクションを自慢する場だからね」


と、冗談めかして言った。


「確かに、出品なさった方のお名前が書かれていますわ」


テーブルには大きく時代や場所を示した札がピンで留められており、さらに個々の品物の前には題名と、出品者が示されている。周囲の人の会話を小耳に挟むと、展示品自体ではなく出品者についてあれこれ話されているほうが、むしろ多いくらいだ。それも案外と俗っぽいお話が多くて、私は少しばかり失望した。


 展示品はどれも立派なものだったけれど、父はあまり語らず、注意して見るべきところを、さりげなく教えてくれるくらいだった。他の来賓の方に聞こえるところで、批評めいたことを話すわけに行かないのだろう。私もうかつなことを口走らないように、気を引き締めないといけない。


 奥の展示室まで進むと、展示物を並べたテーブルから離れた壁際に、見覚えのある後姿がならんでいた。従兄のジョージとカスター・ロウフォードだ。二人と向かい合っていた女性が父と私に気づいたように、何か言った。ジョージとカスターが振りかえる。


「これは、バイゼリンク嬢、どうも」


父が手を伸ばすと、彼女はその手を握って明るい笑顔を浮かべた。受付に、ジョージと一緒に来ていた女性が、このローズ・バイゼリンク嬢だったのだ。先日はカスターと一緒だったけれど、今日のカスターはベアトリスをエスコートしていたから。私も彼女と握手を交わし、ジョージとカスターには会釈をするにとどめた。


「ベアトリスは?」


父に尋ねられたジョージは、


「ここにいますよ」


と、横手の、ギリシアの絵皿のテーブルを示した。そこでベアトリスは、なぜかビートンさんと一緒に展示を眺めていた。ビートンさんは展示品を指差しながら熱心に話されているけれど、聞き手のベアトリスの方は、時々ぎゅっと唇を結んでいる。内心、退屈しているけれど礼儀上断れないのではないだろうか。ベアトリスは歴史に無関心だし、男性の裸像は下品だと思っていたはずだ。


 私が父に、どうにかしたほうがよいのでは、と申し出ようとした時、父は


「なんだ、ビートン君じゃないか」


と声をかけた。ビートンさんは顔を上げて眼鏡を押し上げると、


「ブルクスアイドさん、どうも。オリビア嬢もご一緒ですか。いまちょうどベアトリス嬢にご挨拶していたところです」


と言って、ベアトリスにうなずいてみせてから、机を周って来て父と握手した。父とビートンさんが話し込みはじめたので、開放されたていのベアトリスも、こちらの人の輪に戻ってカスターの横に位置を占めた。私に気づいて声をかけてくれる。


「オリビアも来たのね。受付はもういいの?」


「ええ、たぶん‥」


私は後ろめたさで、語尾を濁してしまった。カスターが説得してくれたのに、思い切りよく答えられないのは、カスターに対しても申し訳ない。私はカスターの表情を見ないように気をつけた。ジョージは笑って、


「ベアトリス、お前にはいい勉強になっただろう」


とからかうような言葉をかけた。ベアトリスはそんな言葉は聞き流して、私にむかうと


「あの方、ビートンさんもシーゲル卿の助手をなさっているんですって?オリビアと一緒に働いていらっしゃるの?」


「ビートンさんはご領地にいらっしゃって、時々上京なさいますの。学識も経験も豊かで、私にとっては指導役のようなお立場ですわ」


「本当に、お皿についてはよくご存知だったわ。私には難しかったけれど。申し訳ないけれど、どこかに掛けて休んでいてもかまわないかしら」


すると、バイゼリンク嬢が


「あっちに長椅子があってよ。でも、私は展示を全部拝見したいわ。オリビア嬢もまだ全てご覧になっていないんでしょう。ジョージさん、カスターさん、オリビア嬢も一緒に周ってくださるよう、お誘いしてください」


と言い出した。それではベアトリスを独りで置いていくことになってしまう。


「いいえ、私」


反対しようと私が声をあげかけると、カスターは静かにベアトリスに腕を差し伸べて、


「では、私たちは一休みしましょう」


と告げた。ベアトリスは嬉しげにその腕にもたれた。ジョージはほっとした様子で、


「じゃあまた後で。バイゼリンク嬢、オリビア、ご一緒に」


と言った。バイゼリンク嬢はジョージの腕をとって、


「では」


とつぶやき、私たちは会釈しあって二組に分かれた。

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