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オリーブの花かげに  作者: 入峰いと
お仕事、婚活
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 その後、御前様は出てゆかれ、ビートンさんとのお電話が結局どうなったのか、気にはなったものの、詮索するのは不躾な気がして、私からはその話題に触れることはできなかった。仕方なく私は、他の品だけを先に梱包してしまうことにした。しかし、すぐ翌日には、御前様から、


「例の長杯は、ビートンの手許にあるそうだ。彼奴に直接会場へ持ってこさせる」


と、ご説明いただいた。梱包作業を進めておいて問題なかったわけだ。


「見つかってよろしゅうございました」


「今後、持ち出すときはブルクスアイドに伝えるように言ってあるのでね、何か記録簿を拵えてくれ。君は得意そうだ」


御前様は私に小さくうなずかれた。思いもよらず、私の仕事ぶりを認めていただけたようだ。喜びで、鼓動が早くなった私は、


「かしこまりました」


と、勢い込んでお答えしてしまった。


 その次の週には、奥方様からお話があったとおり、某夫人のお茶会でRさんとご一緒することになった。ご招待いただいた邸宅のサロンにて、長椅子に私とS嬢が並んで座ると、R氏は横手の椅子に腰を据え、S嬢のお相手のTさんが卓を挟んでRさんと向かいあう形になった。まずはお茶をいただいて、無難な会話を続ける。


 その時に気づいたのだけれど、Rさんのお話は、あまり無難ではない、というか、以前聞かせていただいたイタリアのお話をまた繰り返されているばかりだった。まさかに、<そのお話は以前うかがいました>と指摘することもできない。おまけにたいてい批判的な口調なので、笑顔でうなずくのがよいのか、眉根を寄せるべきなのかわからなくて困ってしまう。私が困惑している間に、S嬢は、にこやかな方を選択なさったらしい。


「左様ですの、大変嘆かわしいですわね」


とひたすら笑顔で答えられていた。私も同調して、二人して同じようなお返事をするのは間が抜けているかしら。ところが、ここでTさんが大胆な戦術をとられた。


「全く許せないよな、ところで許せないって言えば、僕が先日狩猟に招かれたときなんだけどさ」


と、ものすごく強引に話題を奪い取られたのだ。S嬢は話し手が変わっても相変わらずにこやかに、今度はTさんの話に相槌をうっておられるが、Rさんに対する機械的なお返事とは異なって、巧みに話を引き出してゆかれる。私にはとてもできそうにない、高等な技術だ。

 

 置き去りになった形のRさんは、内心いらいらなさっているようだ。しばらくTさんに対して、厳しい口調で問い詰めたりなさっていたが、どこかのご令嬢が、ピアノの演奏を披露なさったのを機に、私だけに向かって、


「やれやれ、かわいらしいお嬢さん芸だ。あなただってあのくらいはお弾きになるんでしょう?」


と話しかけてこられた。私はRさんにお返事しないわけにはいかない。Tさんのウズラだかツグミだかのお話は、聞き逃しても構わないが、私のピアノの腕前は、きっとRさんのお気に召さないだろうから、気が進まない。


「いえ、私は、ほんの形ばかりお稽古した程度ですから、あの方の足元にも及びませんわ」


「大体、現代では若い女性に音楽を習わせるなんて無駄ですよ。家庭で音楽を楽しみたければ、これからはまあ、蓄音機の時代になりますな。そっちのほうがよっぽど上手だ。プロが演るわけですから」


「確かにおっしゃるとおりですわね」


私自身が批判されたわけではないので、力をこめてうなずいて差し上げたのに気をよくなさったのか、Rさんは勢いに乗って話し続けられる。


「婦人の教育は、時代に応じた改善が必要です。ところであなたはこれまで何を勉強なさいました?」


おかしな具合だけれど、サロンの隅で紳士に向かって、ちょうど父を相手に行ったように学業の成果を報告する羽目になった。


「フランス語と図画、ダンス、ピアノ、」


お裁縫と続けようとしたところでRさんが、


「それ、何の役にも立たないじゃないですか」


と決め付けられたので、私は言葉を切った。カップを口に運んで、味わいながら適切なお答えを考える。


「かなうことなら、私ももっと違う勉強をしたいと思っておりました。ラテン語とか」


あたりさわりないようにお答えしたつもりだったが、Rさんはあきれたように、


「それこそ役に立たないでしょうが」


と言い放たれ、その後は、お開きになるまで不機嫌そうにため息をついたり天井を見上げたりなさるばかりで、私はずっと居心地の悪いまま、黙っていることしかできなかった。帰り際に、恐る恐るご挨拶をしたところ、口の中でなにか、うなるような声を立てられただけで、どうやら大変にご機嫌を損じたらしかった。


 後で奥方様がため息混じりに教えてくださったのだが、Rさんはささいなことで立腹なさる性質で、これまでも何人もの令嬢をお断りなさっているらしい。


「家柄も財産も結構ですが、気難しい人なの。ブルクスアイドなら、高ぶったところがないから、と思ったのですけれど、まあいつもの調子だったわね。さて、次はどうしましょう」


「奥方様、申し訳ないのですが、しばらくは、御前様の展覧会がございますので、あまり出歩くわけには‥」


「あら、そう?間が悪いこと」


奥方様は、それほど残念そうでもなかった。もしかしたら、私を連れ歩くのがご負担になっているのではないだろうか。私は、PさんともRさんともうまく合わせられなかったし、たとえばTさんとお話してもきっと楽しくは感じられないだろう。実家にいれば、「従妹に比べると、どうしても見劣りして」といういいわけができたけれど、よい条件に移していただいてもこの結果だ。つまりは、私自身が至らないのだ。


 展示会の準備で、これまでとは違う細々とした用事を沢山で命じられるようになって、忙しいのは

事実だけれど、私はこれまで以上に社交の場に気後れを覚えていた。


 展示会の日までに私の新しい帽子はできあがらなかった。本来の目的でいえば、ビートンさんが杯をギャラリーに持ってこられて準備は万全となった。前日には、関係者を集めた会が開かれ、父も出席するはずだ。私はビートンさんのエスコートで出向くことになった。 


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