私を否定しないで2
――何をやってるんだろう。
夜の静かな森の中で穴を掘りながら、エリクは自問していた。ウルリカが貴族の番だと判明した時からずっと、感情に任せた行動しかしていない。
ベルトルドの依頼を無視してウルリカを隠したことで、もうテーレにはいられなくなった。狩人ならダンジョンがある町へ行けば仕事にありつける。いずれにせよテーレから出ていくつもりだった。ウルリカが番のところで幸せに暮らしているなら、近くで眺めていたくない。
目標の深さまで掘った穴に、荷物を一つ入れた。荷物は乾燥させた魔獣の皮で厳重に包んであるため、深緑の塊にしか見えない。皮は頑丈かつ水を弾く性質で使い勝手も良いのだが、沼地に生息している大ガエルから剥ぎ取っているためか、好んで使う者は少ない。
荷物に土を被せ、穴を掘る前に削り取っておいた表土を乗せる。掘った形跡を消すために穴の周囲を丁寧にならすと、近くの木に目印を付けておいた。
「待たせたね。行こうか」
エリクは繋いでいた馬に声をかけた。乾燥させた野菜を出して馬の機嫌をとり、森から街道へ出る。周囲には誰もいない。馬に乗ったエリクはテーレがある方角へ向かった。
最初に見えてきたのはダンジョンの入り口がある丘だ。今は昼夜を問わず狩人が出入りするため、ダンジョンの入り口には松明が掲げられている。出入りする者を監視しているのは、ヘルニウス伯お抱えの私兵たちだった。エリクが迂闊に近づけば、番を隠していた罪で捕まるだろう。
今日は霧が出ている。うっすらと視界が霞む程度だが、深夜になればもっと濃くなりそうだ。
――もしウルリカが幸せにしているなら、潔く帰らないと。
未練たらしく縋りついたところで、番しか見ていない者の心は変わらない。
――また会いに行くって約束したから。
まだウルリカの答えを聞いていなかった。だから彼女のところへ行かなければ、次へ進めない。
短い間だったが、ウルリカには「普通の幸せ」を教えてもらった。
仕事以外で誰かと会って、食事をするなんて久しぶりだった。彼女の家では隣に座って話しているだけで、時間がすぐに過ぎていく。キッチンに立っている彼女を眺めるのが好きだったのは、エリクのために料理をしてくれていると知っているから。でも眺めているだけでは寂しくて、手伝いを口実にしてそばにいた。
狩人などという、ダンジョンに潜って日銭を稼ぐ流れ者とは対極にある暮らしは、全てウルリカに会えたから実現したことだ。
残念ながら長続きしなかったが、別れた理由が番の本能なら仕方ない。誰も悪くないのだ。おそらく。
エリクは見つからないように丘を迂回し、ヘルニウス伯の屋敷を目指した。正面から行くなんて馬鹿なことはしない。屋敷の裏にある崖へ近づき、まず馬を木に繋ぐ。青々と茂った枝葉は上からの視線を遮ってくれる。馬を隠すのにちょうどいい。
崖は一見すると天然の防壁になっていたが、よく観察してみると上まで登れそうな道がある。非常時の脱出路として使うのだろう。人一人が通るのがやっとの幅しかなく、油断すると下まで落ちそうだ。エリクは身軽に崖を上り、屋敷の外壁に身を寄せた。
ここから先は時間との勝負だ。
「舞え、夢幻蝶」
霧の中から蝶の影が次々と現れ、三回ほど羽ばたいて消える。幻の蝶はエリクを中心に屋敷の敷地内に飛んでいく。これで周囲からエリクの姿は見えない。
ウルリカを店長のところへ連れて行く時も、同じ魔法を使って狼獣人たちを欺いた。絶対に見つからない方法ではない。貴族の屋敷を守っている私兵は精鋭揃いだ。少しの違和感でも見逃さず、侵入者がいれば連携して追い詰めてくるだろう。滞在時間が長いほど、見つかる確率が高くなる。
――何を見ても動揺するな。ウルリカの幸せを邪魔しちゃ駄目だ。
外壁の上に飛び乗ったエリクは、まず敷地内を警戒している狼族を探した。彼らの戦闘能力は侮れない。取り囲まれたら無傷で逃げるのは難しいだろう。おおよその位置を確認したあと、屋敷に近づいた。二階の窓が一つ空いている。あそこから侵入できないだろうか。
一階の窓枠に足をかけて上へ体を引き上げたとき、開いている窓からウルリカの声がした。話し相手はベルトルドだ。二人が同じ部屋にいる事実に、胸がざわつく。
二階に到達したエリクが見たのは、ウルリカをベッドに押し倒すベルトルドの姿だった。




