五十五話 憧れの魔法少女
漆原の捜索中に光葵とルナ姉、綾島は休憩も兼ねて公園で話をしていた。
「綾島ちゃん、危険な敵を探すことになるけど大丈夫? 不安じゃない?」
ルナ姉が優しい笑みを浮かべ尋ねる。
「……不安ではある。でも危険な人を野放しにしてたらダメだと思う」
綾島は小さく答える。
「そうよね……。いざとなれば私が綾島ちゃんを守るから安心して! 日下部ちゃんもいるし!」
「俺も全力で戦う! これ以上被害を増やしたくないしな!」
光葵は語気が強くなる。
「うふふ、頼りにしてるわよ。ただ、無理はしないでね」
ルナ姉は微笑む。
「押忍。無理はしないけど、全力は出します!」
「私も戦えるから、協力しましょ! そういえば、綾島ちゃんは何で代理戦争に参加したの? どっちかというと争いは嫌いな感じがするけど」
ルナ姉は純粋に思いついた疑問を投げかけたようだ。
「…………笑わないで聞いてくれます……?」
綾島は少し迷った後に、意を決したように言葉にする。
「笑わないよ」
光葵とルナ姉が同時に答える。
「……私、小さい頃から『魔法少女』になりたかったの。テレビで悪者をやっつける姿を見て憧れた……。『私の生きる現実』ではできないことをやってた。それがかっこよかった」
綾島は少し声のボリュームが上がる。
「そうだったのね。いいじゃない、魔法少女! 綾島ちゃんなら実際になれるよ!」
ルナ姉が明るい声を届ける。
「……私は魔法が使えたとしても、憧れてた魔法少女とはかけ離れてる……。彼女達は他者のために魔法を使って必死に戦ってる。……私は自分を守るために……『復讐』のためにしか魔法を使えなかった……」
綾島の髪が長く表情は見えないが、雰囲気が薄暗くなっていくのを感じる。
「復讐……? 綾島ちゃん……それって……?」
ルナ姉がやや焦りつつ問いかける。
「…………私、高校に上がってからいじめに遭ってたの。ブスだから気持ち悪いからっていう理由だった……。学校に行く度に水をかけられたり、持ち物を隠されたり、悪口を言われ続けた。途中から不登校になったんだけどね……。代理戦争の契約の話があった時に思ったの。憧れてた魔法少女になれる……それ以上にあいつらに『復讐』できるって…………」
光葵とルナ姉は言葉を発さず綾島の話の続きを待つ……。
「二人とも何も言わないの? 私は魔法を使い『代理戦争に無関係な人』に危害を加えたかもしれないのに……」
綾島は声を大きくする。
「……綾島ちゃんとは会ってから一週間くらいしか経ってない。でも、綾島ちゃんが自分の復讐のために魔法で人を傷つけてるとは思えないのよね。完全に私の勘でしかないけどね」
ルナ姉はごく真面目な顔で言葉にする。
「あはは……。そんな風に言ってくれるんだ……」
綾島は涙を流し始める。
「復讐自体はしようと思っていじめの主犯の所には行った。固有魔法の《光魔法》で脅したよ。今までしてきたことを後悔させてやろうと思った。でも手を上げることはできなかった……。その子が許しを乞うからじゃない、力を得た途端に自分の気に食わない人を虐げる『同種』の人間になるのが嫌だったから…………」
綾島は俯いて言葉を紡ぐ。
「綾島ちゃん!」
そう言い、ルナ姉は綾島を抱きしめた。
「ルナ姉、何して……」
綾島は急な事態に焦って声を上げたようだ。
「嫌だったらごめんなさいね。でも、あなたが今まで遭ってきた苦しみ、葛藤を考えると今すぐにこうするべきだと思った。今まで本当に本当に頑張ってきたのね……」
「ルナ姉……」
綾島はそう言いルナ姉の背中に手を回し、すすり泣く。
――数分が経った。
「ごめんなさい。急にこんな暗い話をして。それと二人とも私の話を聞いてくれてありがとう」
綾島の表情は見えづらいが、どこか吹っ切れたような雰囲気を感じる。
「いいのよ。私こそ言いにくいこと質問しちゃって、ごめんなさいね」
ルナ姉は潤んだ瞳で綾島を見据える。
「綾島さん……すごい苦労してきたんだな……」
光葵は、今の話に影慈の〝父に否定され続けて生きてきた気持ち〟が共感していることもあり、自然と涙が溢れて止まらなくなっていた。
「初めてこんなこと他人に話した。気持ちが楽になったよ……。ありがとね。漆原って人探さなきゃだし、そろそろ行こっか」
綾島は立ち上がろうとする。
「そうね……。あ、そうだ。余計なお世話だったらごめんね。もし見た目を気にしてるんだったら、私がメイクを教えてあげられるわ。外見だけで人の価値は決まらないけど、工夫することで変われるものもあると思うの」
ルナ姉が優しい声色で提案する。
「……メイクか。考えたこともなかったな。でもブスな私がメイクしても……」
「ブスとか自分を下げるようなこと言わないで」
そう言い綾島の長い前髪をルナ姉が上げる。
「えっ! ルナ姉、髪は上げないで……」
綾島がまたも焦った声を上げる。
「あなたは美しいわ。人の痛みも分かるし見た目も私は好きよ」
ルナ姉は真っ直ぐに、綾島の目を見つめる。
「……そんなお世辞はいらないですよ……」
綾島は、ルナ姉の眼差しから目を逸らすように下を見る。
「お世辞じゃないわ。『私は』あなたの見た目も心も好き。これは私の気持ち。誰にも曲げられないし、変えられない本心よ」
ルナ姉は一切の嘘が無いと瞳で語っているように見える。
「……ルナ姉は不思議な人だね……。ありがと。また時間がある時にメイク教えてくれる?」
「もちろんよ! 髪型も変えちゃうのもいいかもね」
ルナ姉は明るく応える。
このやり取りをしている間も光葵は涙が止まらなかった。




