五十話 亡くしたモノ
光葵と頂川は身体中に傷を負いながらも伊欲と戦っていた。
「頂川、まだイケるか?」
「ああ、イケるぜ! 日下部は環さんの方を助けに行け。こいつは俺が何とかする!」
光葵はこの言葉を聞き、実際は一瞬だが〝永久に近い悩み〟を感じた。環を助けに行けば助かる可能性は上がる。だがほぼ確実に頂川は死ぬことになるだろう。
俺は二人とも助けたい……!
「無茶承知で言う。二人ですぐに倒して環さんを助ける。それしか全員が助かる道はない!」
「クソ……やるぜ……!」
「クハハ。仲間思いだなぁ……! 安心しろ。全員あの世で会わせてやるよ……」
伊欲は冷酷に言葉を紡ぐ。
光葵も頂川も持ちうる全ての力を出す。しかし、手傷を負い、環にも意識が向いてしまっている光葵達は〝あまりにも弱かった〟――無慈悲に守護センサーが告げる。環の敗北を……。
「頂川……分かるよな?」
思わず声が震えているのが自分で分かる。
「俺らは勝てなかった……守れなかった……」
頂川は音が聞こえる程、歯を食いしばる。
(このままじゃ全滅だ! 主人格交代して! 僕の魔法で隙を作る。その間に逃げるんだ!)
(みっちゃん!!)
影慈が再度呼びかける。
(すまん。後のこと頼む)
――〝主人格交代〟瞳が琥珀色から陰のある黒へと変わる。
◇◇◇
「《合成魔法》《氷魔法×風魔法――氷刃》……!」
影慈の詠唱後、伊欲に風の速力の乗った無数の氷の刃が放たれ、動きを止める。
「おっ。なんだ? こんな技も隠してたのか……」
伊欲は思わぬ攻撃だったのか、氷刃をモロに食らう。
影慈は考える。マナも残り少ない、外にいる清宮を退けて逃走するしかない……!
「金髪君、君頼りの案でごめんね。残りの僕のマナで金髪君の足だけを高速で回復させる。残ったマナは全て《風魔法》で君の速力に変える。だから、僕を背負って逃げ切って欲しい」
影慈は頂川に逃走作戦を切羽詰まった口調で伝える。
「……了解だ」
頂川は静かに《雷纏》を足に集中させているようだ。
影慈は限界を超える程のマナ出力で頂川の足を回復させる。
意識が飛びそうだ……。
「環さんの付与魔法の効果がまだ残ってるみてぇだ。特に敏捷、マナ知覚アップが今の状況では役に立つ。敵の攻撃には意識を割かず『速力』を上げることにだけ集中できるか?」
頂川が影慈の目を見て真剣な表情で問いかける。
「了解。信じるよ!」
そこに、清宮が止めの一撃を狙いにやって来る……。
「行くぞ、日下部!」
一気にギアをフルに上げた迅雷の如き逃走が始まる――。
頂川、影慈に向けて、水の弾丸、水の大砲が複数回撃ち込まれるも全て躱す。
「こちらを見ずに完璧に躱している。しかもスピードは落ちていない……」
清宮は思わず声を漏らす。
このまま行けば、逃げ切れる……環さんの付与魔法のおかげだ……。ありがとう……。
敵影は見えなくなっていき、最終的に人混みのある商店街まで辿り着き、逃げ切れたと判断する。
「金髪君、ありがとう……。今回は本当に助かった」
影慈は疲弊もあり、声を何とか絞り出す。
「いや、日下部のおかげでもあるぜ。ありがとな……」
十秒程無言の時間が続く。
「環さん、殺されてたね……」
影慈は呆然としつつぽつりと呟く。
「生きてればと思ってたが、灰みたいになっちまってたな」
頂川は切ない表情で宙を見る。
「僕達はまだまだ弱いね。守りたいものがあっても見合うだけの強さがないと守れない……」
影慈は泣きそうになるのを何とかこらえる……。
「……そうだ……守れなかった」
頂川は俯いて声を震わせつつ呟く。
「このまま病院へ行こうか。二人ともボロボロだ。マナもほとんど残ってないし……」
「そうだな……。喧嘩してた時によく診てもらってた病院があるから、そこ行こうぜ……」
頂川の先導でその病院へと向かうことになる。道中は無言の時間が続いた……。
医師の診断で、入院して様子を見るように言われ、入院することが決まった。
主人格は光葵に交代した。




