二十九話 回復のプロ
「おい、おっさんまだ諦めんのは早いぜ」
頂川がニヤリと笑みを浮かべる。
「えっ?」
平田がきょとんとした顔をする。
「こっちには回復のプロがいるんだよ。なあ、治せそうか?」
頂川は影慈の方に顔を向ける。
「もう……プロとかじゃないよ。でも、今すぐ《回復魔法》を使えば助かるかもしれない。とりあえず回復します」
影慈は魔法の準備を始める。
「いやいや、でもそんなことして、もし僕が攻撃とかしたら……」
「おっさんの顔見てたらそんな奴じゃねぇって分かるよ。それに、俺らまだ動けるしな」
頂川は腕を曲げてみせる。
「あはは、君達みたいな子と組みたかったよ……。申し訳ないけど、回復お願いできる?」
「大丈夫です。もう準備してます」
そう言い、平田、頂川、影慈の順に回復していく。
「平田さん、漆原って人のこと分かる範囲でいいんで教えてもらえませんか?」
影慈は丁寧な口調で尋ねる。
「君達は彼を探してたみたいだもんね。名前は漆原怜。真面目そうな子に見えて気を許してたけど、演技だったみたいだね。あ、ごめんね。知ってることはそれくらいだなぁ」
「そうですか。分かりました。ありがとうございます」
影慈は軽く頭を下げる。
「いえいえ、こちらこそ回復ありがとう。……で、どちらに降伏すればいいかな? 僕は全力で戦ったうえで負けを認めているし、多分降伏も通ると思うけど」
平田は真面目な表情だ。
「日下部のおかげで助かったようなもんだ。『固有魔法の奪取権』はお前が持つべきだ」
頂川は真っ直ぐに影慈を見る。
「……金髪君がそう言ってくれるなら。平田さん……」
「ああ。日下部君、君に降伏するよ」――。
その瞬間、意識が……いや、肉体、心、魂が〝別の次元〟に飛んで行ったような感覚になる。目の前に広がるのは〝宇宙のような所〟だ。
そして、選択肢が用意されている。倒した相手の持っている固有魔法の種類だ。
平田は誰も倒していないため、固有魔法の選択肢は一つしかなかった。
《氷魔法》を選びたい、そう念じると光に包み込まれ、〝元いた世界〟に戻ってきた。
「日下部、もう終わったのか? 一秒も経ってないけど」
驚いた様子で頂川が顔を覗き込む。
「あ、そうなんだ。固有魔法を選ぶ場所は時間軸が今いる世界とは違うのかもね」
「う~ん? 何か難しいこと言ってるな……」
頂川は頭を捻る。
「あはは、説明するのも難しいようなことだから気にしないで」
影慈は微笑みかける。
そういえば、〝あの場所〟から戻ってきてからマナの存在の認知が上がった気がする。なんというか、自分の中を巡るエネルギーや、その辺にある石ころからもエネルギーの存在を感じられているような……そんな感覚がある。
これがメフィさんの言っていた〝マナの知覚度〟が上がったということなのだろう。
「痛た……ん? なんで僕こんな所で寝てるんだ……」
平田がむくりと起き上がる。
「おっさん、気がついたか? 降伏した途端気を失ったからびっくりしたぜ」
頂川がすぐに声をかける。
「え? おっさんって失礼だな君……。というか、僕服ボロボロだね……。え? 何? 追い剝ぎ……⁉」
平田は震え始める。
「おいおい、何言ってんだよ。さっきまで話してたろうが?」
頂川は状況が飲み込めず、更に質問を繰り返す。
「こ、怖い……。まさか、追い剝ぎに遭うなんて……」
平田は絶望的な顔をして、いつ逃げようかと準備しているようだ。
「金髪君……もしかしたら、代理戦争を降りたら〝代理戦争に関する記憶〟が消えるのかも……」
影慈は推測を頂川に伝える。
「……なるほどな。それなら、この状況も説明がつくか……。おっさん、追い剥ぎなんてしねぇよ。倒れてたあんたを俺達が見つけたんだ」
頂川は手早く嘘をついたようだ。
「そうです。ついさっきあなたを見つけたんですよ。道端で寝てると危ないですよ」
影慈も優しく声を掛ける。
「……そうだったんだね。すみません……。というか、君達もボロボロだけど大丈夫?」
平田は自分の服と影慈達の服を見る。
「僕らはさっき喧嘩してたもので……ははは。もう夜ですしお互い帰った方がいいですね」
影慈も手早く嘘をつく。スムーズに話を進めるにはこれがよいだろう。
「そうですね。そうします」
そう言い、平田は帰っていった。
「僕らも帰ろうか」
頂川の方に顔を向ける。
「おう。でもあのゲス野郎、仲間を囮に爆撃して自分は逃げるとか漢のすることじゃねぇな」
頂川は怒りを顔に出す。
「そうだね。同感だよ」
影慈の放った魔法はかなりのマナを込めたものだった。
実際、漆原は両腕と身体の前面に相当な熱傷を負っていた……。
仮に回復魔法が使えないなら、少なくとも数週間はまともに動けないだろう。
これで連続殺人が止まってくれればいいんだけど――。




