百二十四話 夜月影慈 父との別れ①
光葵と影慈は星の代理戦争に勝利し、〝代行者〟となった。
その後、影慈の父に別れを告げにいく物語。
◇◇◇
主人格を交代し、今は影慈が主人格となっている。
「家……か。数か月ぶりだ……。お父さんはどうしてるかな……」
影慈は正直家に帰るのが憂鬱だ。
(影慈……。しんど過ぎるようなら、やめてもいいと思うぞ)
光葵が心配そうに声を掛ける。
「……でも、これが正真正銘、最後に挨拶できる機会だ。一応、一目だけは見て代行者として活動したい……」
影慈は本音を言えば、今まで暴力などを受けていた父に会うことにかなりの抵抗を感じている。
それでも、もう二度と会えないという状況のため、一目は見ておこうと思ったのだ……。
(そうか……。影慈のそういう真面目なところ俺は好きだ。行こう、影慈。しんどくなったら、最悪俺に主人格交代してくれてもいいし!)
光葵は、そんな影慈の考えを察したのか、後押しする言葉をくれる。
「あはは。頼もしいよ。ありがとう。みっちゃん!」
影慈は思う。光葵と一緒にいられることで、どれだけ救われているかと……。
◇◇◇
影慈家に入る。
「ただいま……。いる? お父さん……?」
影慈はゆっくりとリビングに向かう。
酒の臭いがしている。見たところ、飲んだ酒の片付けもしていないようだ。
机に突っ伏す形で父が眠っている。
「はぁ……。やっぱり帰ろうかな……」
影慈が呟いたとき、父が起きる。
「……影慈……? 影慈なのか……⁉ よく帰ってきてくれた!」
父は酒に酔っている訳ではないと見受けられる。
見た目は光葵だが、特徴的な天然パーマのせいか、完全に影慈だと思い込んでいるようだ。
だんだんと近づいてくる。
「それ以上近づかないで!」
影慈は叫ぶ。
「お父さんは今まで僕にしてきたこと忘れたの……? 僕は忘れたことはない……!」
影慈の瞳に怒りが宿る。
「影慈……。すまなかった! 全部、全部俺が悪かった! 本当にすまない!」
父は土下座して謝り始める。
「……何を今更……」
影慈は思わず呆れてしまう。
「俺がおかしかった。母さんが死んでから、俺は生きる理由を失った。いや、本当は影慈のために生きるべきだった。それを……それを俺は放棄した。それどころか、お前に何度も何度も暴力や暴言を吐いた。最低な父親だ……」
「……その通りだよ。お父さんは最低な人間だ。……何で今謝ってるの?」
影慈は冷酷に返答する。
「それは、俺が間違っていたことに、気づいたからだ!」
「嘘をつくな! あんたは近くに『依存対象』がいなくなったから、焦っているだけだ! 仮に僕がここに戻ってきたら暴力も暴言も吐かないのか⁉ そんなことはないだろ? 今は反省したふりをしても、あんたは暴力を振るう。今まで何度も経験してきたことだ!」
影慈は身体を震わせ、声を張り上げる。
「影慈……すまない。俺が、俺が不甲斐ないばかりに……」
父はうなだれる。
「……お父さんに会いにきたのには理由があるんだ。僕は……人間じゃなくなった……。人間の一次元上の存在になったんだ」
影慈は機械的に説明する。
「影慈……? それはどういうことだ……?」
父が焦っているのが分かる。
「そのままの意味だよ。……人間の一次元上の存在になった証拠を見せるよ。《火炎魔法》……」
影慈は、父の目の前で、炎を発生させる。
「うおっ。なんだ……それ……?」
父は驚いている。
「分かったでしょ? 詳しい内容は言えないけど、地球を守るための戦いに勝った。それで、僕は人間の一次元上の存在になった。今日、帰ってきたのは、お父さんの『記憶』と『僕の痕跡』を消しにきたんだ」
影慈は自覚する。きっと、無表情で言葉を吐いているんだろうと……。
「ま、待て。落ち着け影慈。お前は俺のもとへ帰ってきてくれるんだろ……?」
父は露骨に焦り始める。
「何をおめでたいこと言ってるの? そんな訳ないじゃん。さっきも言った通り、『記憶』と『僕の痕跡』を消しにきただけだよ」
影慈は怒りの色を混ぜながら、すぐに返答する。
「え、影慈……。俺は……俺はどうしたらいい……? これ以上、母さんだけじゃなくて、影慈まで失うなんて耐えられない……!」
父は頭を抱え始める。
「……どうしようもないよ……。僕は人間の一次元上の存在になったんだ。それに、どれだけ後悔しても時は戻せない……」
影慈は淡々と言葉を返す。
「……分かった。分かったよ、影慈……。だったら……いっそ殺してくれ……」
父の瞳に暗さが差し込む。
「あんたは最後まで身勝手だ! 実の息子に殺してくれなんて頼むなんて……!」
影慈は腕を振り、身体をぶるぶると震わせる。
ふざけるなよ……!
「違う! 勘違いしないでくれ! 俺が今思いつく贖う手段がコレしかないんだ! 信じてくれ! 俺は死んでもいいと思うほど後悔してるんだ! 影慈がいなくなって、影慈の大切さに気づいたんだ!」
父は焦ってはいるが、真剣な表情なのがわかる。
「そう……。だったら、今みたいな生活をせず、人の役に立って。人を助けて。それがお父さんができる償いだよ」
影慈は静かに言葉にする。
「分かった。そうする! そうするから、もう少しだけ話させてくれ! いや、話さなくてもいい、近くにいてくれ!」
父は懇願するように声を上げる。
「お父さんは本当に身勝手だね。僕から話すことはもうない。記憶と痕跡を消しておしまいだよ……」
影慈は怒りすら感じながら、父に言葉を返す。




