68話 ストレス発散
「いっちゃ~ん、暇~」
「頭を乗せるな。くっつくな。鬱陶しい」
ベッドに腰掛けながら、いっちゃんの頭に顔を乗せて後ろからひっついてると、いつものように罵声が浴びせられる。
「葉月っち。葉月っちも勉強したら?」
「そうだよ、葉月。皆で一緒にやろ?」
「葉月がやるはずありませんわ。諦めた方がいいですわよ、皆さん」
今は私と花音の部屋に皆で集まって勉強会だ。何故かレイラもいるけど。何でまたいるの?
体育祭の次の日。いっちゃんに強制連行されて一応精密検査を受けた。結果は異常なし。今はもう包帯も取れてる。花音がすごく安心してた。約束通りオムライス作ってくれたよ。美味しかった。だけど、玉ねぎサラダも食べさせられたよ。むー。
「ねー、なんでレイラもいるの?」
「舞が誘ってくれたんですわ。何か文句でも?」
「舞が誘ったって言うか、花音のお菓子目的だろ、お前は?」
「ふん! わたくしが庶民のお菓子を頂く訳ないでしょう?」
「あれ、レイラはいらないの? じゃあ、レイラの分あたしにちょうだい、花音」
「いらないとは言ってないでしょう!? わたくしの口には合わないかもしれませんが、ちゃんと頂きますわよ!」
「あはは……ちゃんと皆の分を用意してあるからね」
え~、レイラの分は私が食べるよ? それにしても暇~ホントに暇~。
「葉月、お前な。いい加減に頭をどけろ」
「いっちゃん、暇なんだよ~」
「最低限範囲だけでも頭に入れろ。鉛筆コロコロして、この前みたいに最下位取るんじゃない」
「やだ~」
ハァといつものように溜め息をつくいっちゃん。皆も呆れた目で見てくる。花音だけが心配そうな顔だったけどね。レイラが肩を竦めて、ペンを動かし始めた。
「皆さん、葉月のことは放っておくのが一番ですわ。付き合ってる時間が勿体ないので」
そう言って皆を促して、勉強し始める。私は暇すぎて、いっちゃんから離れて床をゴロゴロ回り始めた
あ~、やばい~。モヤモヤする~。
色々したい。でも我慢するってこの前決めたからな~。
でもな~、モヤモヤするんだよ~。無理~。
ゴロゴロしてたら、いっちゃんが私を踏みつけてきた。
「ええい! 本当に鬱陶しい!」
「だって~……」
いっちゃんが鋭い目で睨みつけてきた。これは、あれだ。ストップの目だ。
「……お前……かなりキてるな……」
皆がきょとんとした顔を向けてくる。
いっちゃんにはバレてるっぽい。でも事実なんだよな~。
「……無理そうか?」
「多分?」
「我慢しろ……」
いっちゃんはそう言うよね~。そうだよね~。そう言うしかないもんね~……どうしたもんかな~。そうだな~。
「いっちゃん」
「……何だ?」
「出掛けてきていい?」
「……“今のお前”がか?」
「気晴らしだよ、いっちゃん」
「…………」
考え込むいっちゃん。
「コーヒー飲んでくるだけ。それならいい、いっちゃん?」
更に私を見ながら考え込むいっちゃん。コーヒー飲むぐらいならいいよね?
「…………危険すぎる。だめだ」
いっちゃんの結論はノーだった。むー、信用ないな。当たり前だけど。
「いいじゃありませんの、一花」
と思ったら、レイラから援護が入った。
「そこでゴロゴロされても邪魔なだけですわ。それだったら、どっか行ってもらった方がわたくしたちも集中出来るんじゃありませんの?」
「いや……だが……」
「そうだよ、一花。いんじゃない? 葉月っちも気分転換したいんでしょ?」
「…………」
また考え込むいっちゃん。
「……だったら、あたしも一緒に行こう」
「さすがに過保護すぎない、一花?」
「大丈夫だよ、いっちゃん。いっちゃんは皆と勉強してて?」
「………………仕方ない……ちょっと待ってろ」
そう言って、いっちゃんが電話を取り出して、ドアの向こうに消えていった。あー……あの人たちに連絡してるんだ。
ちょっとすると、戻ってきたいっちゃんからオーケーが出た。皆が不思議そうにしてたけど。
でもホント今やばいんだよね~。ちょっとしたことでも抑えが利かなくなってるっていうか。まぁ、コーヒーでも飲んで気分を落ち着かせよう。そうしよう。
こういうときはコーヒーが一番なのだ。
□ □ □ □
寮を出て、前に花音と初めて会った時の喫茶店に向かった。あそこのコーヒーおいしかったんだよね。あれから、たまにいっちゃんに我儘を言って行かせてもらってる。
喫茶店に着いてコーヒーを飲むと、ちょっとだけモヤモヤがスッとした。
これこれ。これが効くんですよ。気分がモヤモヤした時はこれに限るのだ。
前世でもよくモヤモヤしたときはコーヒー飲んでたからさ~。もはや習慣だね。
ゆっくり時間をかけて3杯飲んで、喫茶店を出た。んーっと腕を伸ばして背伸びをする。大分時間経っちゃったなぁ……でも、ちょっとはスッキリできたかなぁ。
時刻は夕方。あ、花音からメッセきてた。全然気づかなかった。何々? 今日のご飯、何がいいだって? ん~、そうだな。あ、オムレツ食べたいかも。そう返信すると、了解のスタンプが送られてきた。
じゃあ帰りますかねっと思って、バス停に向かった。
途中、男女数人に絡まれた。
□ □ □ □ □
あ~大分スッキリしたな~、と思いながら寮の廊下を歩く。
おや? 部屋の前でいっちゃんが腕を組んで壁に凭れながら、私を待っている。
「いっちゃん。ただいま~」
ヘラヘラと近付くといっちゃんが鋭い目つきで睨んできた。
これは、あれだ。
怒ってる目だ。
「……やっぱり1人で行かせるべきじゃなかったな」
「ん~?」
「……『発散』は出来たのか?」
「あ~おかげさまで~」
「そりゃそうだろうな……」
ドンっ!
いっちゃんに胸倉を掴まれて、壁際に押し付けられた。
間近で凄まれたけど、私はニコニコと返してあげた。
「……6人も病院送りにしたら、そりゃ発散も出来るだろうさ」
ニコニコと私は返す。
いっちゃんは、真っ直ぐ私の目を見てきた。
「……誤解だよ~、いっちゃん。これは不可抗力だよ?」
「……葉月」
「あの人たちがさ~、先に仕掛けてきたんだよ~? 高価な時計持ってるって~、お金ちょうだいって~」
「葉月、やめろ……」
「正当防衛だよね~?」
「葉月っ……!」
ニコニコしながら、いっちゃんを見つめる。
いっちゃんが辛そうに目元を歪めた。
スッと私は笑みを消した。
「……あの人たちが悪いんだよ? 今の私に近付いちゃってさ」
「っ……!」
「あの人たちの運が悪かったんだね?」
「お前っ……!」
「大丈夫だよ……? そこまで大きな怪我は負わせてないよ?」
胸倉を掴んでるいっちゃんの手の力が強くなる。
「散々試してきたんだから……加減を間違える馬鹿はしないよ?」
いっちゃんがグッと歯を食い縛っている。
大丈夫のはずだよ?
いっちゃんにも連絡きたんだよね?
だって私が1人で行動する時は、監視が付くんだから。
いっちゃんの手の力が弱くなっていく。
私をしっかりと見つめながら、弱くなっていく。
「…………次はないからな」
「わかってるよ、いっちゃん?」
今回はホントにイレギュラーだからね。本当にコーヒー飲むだけだったんだよ? 監視の人たちに後は任せてきたけど、あの人にも連絡はいくだろうし。というか、私を止めにきた人にも「別に報告していいよ」って言っておいたしね。
「なぁ、葉月……」
いっちゃんが顔を歪める。
泣きそうな顔で、辛そうな顔で私を見てくる。
「お前……今……どこにいる……?」
いっちゃんが先生と同じことを聞いてくる。
いっちゃん。
大丈夫。
そんなの決まってる。
私はそんないっちゃんを見て、ゆっくり口を笑みの形に変えてから、先生に答えるようにいっちゃんにも答える。
「やだなぁ……いっちゃん……」
いっちゃんの頭を撫でながら、こう答える。
「私はちゃんと『ここ』にいるよ……?」
いっちゃんがジッと見てくる。
探るように、確かめるように。
「あれ? 葉月っち帰ってきてたんだ?」
ガチャっと部屋の扉が開いて舞が出てきた。私といっちゃんを交互に見ている。
「舞~ただいま~」
「お帰り、葉月っち。一花もこんなところで何やってるの?」
「……何でもない」
「そう? 今、一花のこと呼びにいこうと思ってたんだよ」
「……そうか、悪かった。戻る」
いっちゃんが手を完全に離して、部屋の中に戻っていく。
舞が首を傾げながら、いっちゃんの後を追った。
目を閉じる。
いつもの日常に戻っていく。
今日で大分『発散』できたから、当分持つだろう、『衝動』がくるのは。
いっちゃんには心配かけちゃったけど。
大丈夫。
深呼吸して中に入る。
花音が私に気づいて、柔らかく微笑んだ。
「おかえり、葉月」
私は演じる。
花音が望む『優しい人』の仮面をつける。
「ただいま~花音~」
お読み下さり、ありがとうございます。




