49話 え、婚約者? —花音Side※
「よっし、花音! 帰ろ!」
帰りのHRが終わって、舞が元気よく席を立った。朝から楽しみにしてたもんね。
今日は生徒会の活動がお休みで、葉月と一花ちゃんと舞で一緒に晩御飯。一花ちゃんの大好きなエビフライを作る予定。ユカリちゃんとナツキちゃんが少し羨ましそうにしていた。
ユカリちゃんは同じ寮だから誘ってみたんだけど、やっぱり葉月に苦手意識があるみたい。残念だけど無理強いは出来ないからね。でも今度この4人で休みの日にお昼ご飯食べようって話になったから、その時に存分に振る舞うつもり。
2人と別れてエントランスホールに向かうと、葉月と一花ちゃんはもう待っていた。2人のクラスの方が早くHR終わったみたい。
「ねえ、花音? エビだけ? 他にはないの~?」
「んー、そうだなぁ。カキとか? でもなぁ……一花ちゃんは他に食べたいのある?」
「あたしはエビだけでも十分だと思うが」
「いっちゃん、エビ好きだもんね~」
「そうだな、あれは旨い」
「あっはっは! 一花は食堂でいつもエビ入ってるの食べてるもんね~」
「ふふ。じゃあ、フライの方じゃなくてソースの方、色々考えてみようかな」
それでバリエーション増やせば、エビだけでも楽しめると思う。4人で色々と好みのソースの話をしながら、校門を曲がった時だった。
何故か葉月がピタッと足を止めてしまった。
どうしたんろう? 思わずぶつかりそうになっちゃった。
舞と一緒に葉月に声を掛けるけど、返事がない。ハアと葉月の隣の一花ちゃんは葉月の腕を掴んでいた。それを放そうとしているのが分かる。露骨に顔を横に向けてるけど、どうして?
「葉月」
え、男の人の声? その声の方を見ると、1人の男性が近くに来ていた。
葉月の知り合いの人? 名前呼んでたからそうだとは思うけど。でも葉月は「お兄さん、だ~れ?」と聞いている。知り合いじゃない?
その男の人が息を吐いてから、掛けていたサングラスを外した。わっ。凄い整っている顔立ち……あれ? どこかで同じようなことを思ったような……。
思い出そうとしていたら、その人は一花ちゃんに視線を向けていた。
「……久しぶりだね、一花ちゃん」
「そうだな。もう少し早く来るかと思っていたけどな」
「すまない……僕もホントはもう少し早く帰ってきたかったんだが、仕事が長引いてしまってね」
とても親しそうに話していた。一花ちゃんの知り合い? いや、でも葉月の名前呼んでたから、葉月の知り合いでいいのかも。
その葉月は一花ちゃんの手を放そうと腕をブラブラさせて「この人だ~れ? というより放して~?」と一花ちゃんに抗議しているけど。
「葉月、白々しすぎる。それぐらいにしておけ」
白々しい……やっぱり知り合いなのかな? その男の人と一花ちゃんは、少しむーっと頬を膨らませている葉月を見て深い溜め息をついていた。
「一花ちゃん、すまないな、葉月が……」
「気にするな、いつものことだ」
「ね……ねえ、一花? このイケメ――じゃなくて、この男の人は?」
「舞~? 知らない人だよ~?」
「葉月の言う事は無視しろ、舞。大丈夫だ。この人はこのバカの身内みたいなものだ」
「葉月の身内?」
え、え? 身内? 葉月の? この人が?
つい葉月とその人を交互に見てしまったら、その人が苦笑して向き直ってくれた。あ、ごめんなさい。ジロジロと見てしまった。
「ああ、いつも葉月がお世話になっている。僕は如月魁人。この子の兄みたいなものだ」
優しい声音で、そう自己紹介をしてくれる如月さん。ああ、この笑った雰囲気、確かに似ているかも……そっか、さっき整っているって思ったの、葉月にも思ったことだ。
でも、みたいなものってどういうことだろう? 苗字も違うし。隣の舞は如月に反応してた。どうしてだろう?
「ところで、桜沢花音さんというのはどっちかな?」
「え? あ、はい。私ですけど……」
「そうか……君が……」
えっと、私のこと知っているんだろうか? あ、葉月のルームメイトだからとか?
勝手に推測してたらいきなり頭を下げてきた。え、え、ええ?!
「君には特にお世話になっていると聞いているんだ。いつも葉月が迷惑かけてしまって、本当にすまない」
「え!? い、いえ! 迷惑なんて掛けられてませんから! あの、頭を上げてくださいっ!」
本当、本当に迷惑なんて掛けられていませんから!! 頭を下げないでください!!
オロオロと戸惑っていたら、「もっと下げれば~?」と葉月が言って、場が固まってしまった。
は、葉月。家の人とは喧嘩しているみたいなこと言ってたけど……ここまで露骨に嫌がるとは思ってないよ。さすがに言葉が出てこない。
一花ちゃんがさすがに咎めているけど、葉月はより一層不機嫌になっているのが分かる。そんなに、嫌なんだ。いい人に見えるけど。
咎めている一花ちゃんを止めて、如月さんが葉月に一歩近づいた。葉月は不機嫌さを隠さないで、その人を睨んでいる。
「葉月。何で一回も連絡してこない?」
「知らな~い」
「心配してたんだぞ……?」
「知らな~い」
「先生のところにも行ってないと聞いている」
「何のこと~?」
「連絡はしてある。今日一緒に行くからな」
「え~やだ~」
「葉月」
一回も連絡していないんだ。この前会長が言った後もしていなかったんだね。それに先生? 何のことだろう。一緒にいく?
また葉月の分からないことが増えた。
「お前が寮に入る条件だったはずだ」
寮に入る……条件?
でもその如月さんの一言で、葉月が口を閉じた。
「自分で言ったことを忘れたのか?」
「……」
「先生のところには必ず顔を出す」
「…………」
「ちゃんと連絡をいれる」
「………………」
「家に連れ戻してもいいんだぞ、葉月」
その言葉に私の方がビクッとなってしまう。
連れ戻す? 葉月を? 条件のことより、そっちの方が頭に響いてくる。そうすると、この生活も終わっちゃう……よね。
「花音~」
そのことを考えていると、葉月がいつの間にかいつものニコニコした笑顔をして、私を見ていた。さっきまで、恨みがましそうに如月さんを見ていたのに。
その変化についていけなくて、「な、何、葉月?」と詰まらせながら返事してしまう。
「ごめんね~、今日は遅くなる。また違う日にエビフライ作って?」
「そ、そっか。わかった……」
「今日の私の分のご飯は大丈夫だからね~。ねえ、カイお兄ちゃん?」
さっきまで知らないフリをしていたのに、一気に親し気な呼び方に変わっていた。どこに、行くんだろう?
それに……今の葉月、いつもと違う。
いつもみたいにニコニコしているけど、いつもと違う気がする。
……帰ってくるよね?
一花ちゃんに後のことを頼んだ葉月は、如月さんのであろう車に乗り込んで、あっという間に2人は行ってしまった。何も言えずに、そんな葉月を見送るしか出来なかった。
「……全く世話の焼ける」
2人を見送っていた一花ちゃんがボソッと呟く。それより一花ちゃん、さっきの人、葉月の身内って言っていたけど。
聞こうと思うより前に、舞の方が先に一花ちゃんに聞いていた。
「一花、まさか……だけどさ……如月って……」
「ん? ああ、お前が思っている如月で間違いないと思うぞ」
「ま、マジで!?」
え? なんでそんなに驚いているの、舞? 如月って、有名なのかな?
「あの、舞? 有名なの?」
「有名も有名だよ!! 如月って大財閥じゃん!!」
だ、大財閥!? そうなの!? え、え? じゃあ、葉月の兄みたいって言ったのは!?
「葉月っちとどういう関係なのさ!? 何、身内って!?」
あ、舞が全部私が思ったことを聞いてくれている。一花ちゃんは面倒臭そうに見ていた。でもすぐに目を逸らしている。何で?
「……まあ、子供の時に冗談で婚約の話は出ていたが」
……今、何て?
こんやく?
え、婚約?
じゃ、じゃあ……葉月の婚約者?
思わぬ言葉に頭が真っ白になる。
「こ、婚約!? 如月のあんなイケメンと!?」
「あー……落ち着け、舞。それは子供の時の冗談でな。あの人は葉月の――」
一花ちゃんが、何かを言っている。
でも、全然頭に入ってこなかった。
そのまま茫然としてしまって、どうやって寮に帰ったのか覚えていない。
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