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45話 ……まだまだ秘密があるみたい —花音Side

 

「……えっと、ここ? 一花ちゃん?」

「そうだ。今、車椅子を持ってくるから待っててくれ」


 え、え? 車椅子!? 大げさすぎるよ、一花ちゃん!

 止めようとしたけど、彼女の行動の方が早かった。あっという間に持ってこられた車椅子に乗せられる。


「それでは、一花様」

「ああ、後はいつも通りで大丈夫だろう。どうせあいつは今日寝ているはずだ」

「かしこまりました」

「何かあったらすぐ連絡を」


 そう一花ちゃんが言うと、車を運転してくれた人はその車で消えていった。


 ただでさえ連れてこられた一花ちゃんの実家の病院の大きさで驚いてたのに、今の人と一花ちゃんのやり取りでさらに混乱してしまった。な、なんであの人一花ちゃんに従っている感じなんだろう?


 あと、これが病院? 広い、大きい。地元の病院なんて目が霞んでしまう。


「やっぱり痛むか?」

「へ? あ、いやいや。大丈夫だよ、うん」


 心配そうに、車椅子を押してくれる一花ちゃんが見下ろしてきた。痛みはその、さっきより引いているっていうか。


 キャンプ場からここに来るまでの間に、一花ちゃんが包帯とか巻き直してくれた。足の固定もしてくれて、葉月の言った通り一花ちゃんは上手かった。不思議。


 皆と合流した時、舞とナツキちゃんとユカリちゃんが私の姿を見て、ショックを受けているように、でも喜んでいるように抱きつこうとしてきた。葉月が避けてたけど。


 3人には心配かけてしまったから、後で謝ろう。それと生徒会メンバーにも。会長と月見里(やまなし)先輩なんか「ちゃんと隅々まで確認するべきだった」と自分たちを責めていた。大丈夫ですって言ったけど、気にしないでくれるかな?


 その後は碌に話も出来ずに車に押し込められて、ここ、東雲病院まで連れてこられたという訳だ。少しキョロキョロしながら見てしまう。でもこれ、どこ向かっているんだろう。


「一花ちゃん、これどこ向かっているの?」

「……不本意だが、あたしの姉のところだ」


 え、一花ちゃんのお姉さん!? どうしてそんなに嫌そうなの?


「腕は確かだから心配するな………………腕は」

「腕は?」

「あと、他は目を瞑ってくれると、非常に……非常に助かる」

「え、えっと……わかった」


 かなり神妙な顔つきで言われてしまって、思わずわかったと答えるしかなかった。


 しばらくするとどこかの部屋の前につく。ここが診察室? ハアと息をついて、何故か決意を込めた感じで一花ちゃんがノックした。


「姉さん、き――」

「いやぁぁぁん!! 一花ちゃぁぁぁぁん!! 久しぶりぃぃぃ!!」

「うぐぅぅぅ!!!???」


 一花ちゃんが声を掛けると同時にドアが開き、勢いよく何かが飛び出して、そのまま一花ちゃんごと反対の壁にぶつかってしまっている。


 な、何事? 一瞬の出来事で、ソロっと後ろを振り向いたら、絶世の美女と言えばいいんだろうか。大人の色気たっぷりのお姉さんが一花ちゃんを抱きし――いや、もう腕で締めて頬ずりしている光景が目に入ってきた。


 ……えっと? この人が一花ちゃんのお姉さん? え、あの、すごい……一花ちゃんの頬にキスしてる。


「やめんか、このバカ姉が!!!」


 茫然としてたら、一花ちゃんの蹴りがお姉さんのお腹に入った……と思う。一気に元いた部屋まで飛ばされてたから。


 ハアハアと息を荒げながら、キスされたところを腕で嫌そうにゴシゴシやっている一花ちゃん。疲れている。


「あ、あの、大丈夫? 一花ちゃん?」

「え? あ、ああ……すまない。いつものことだから気にするな。とりあえず入るぞ」


 平静に取り繕いたいんだろうけど、上手くいってないみたい。とても気まずそうに眼を逸らしている。こんな一花ちゃん、初めて。


 部屋……ううん、その中は診察室だった。あ、すごい。お付きの看護師さんが面倒臭そうに医療道具を全部避けていた。お姉さんはふうと髪をかき上げて、椅子に座り直している。キッとまた一花ちゃんを見つめていた。復活早い。


「じゃ、もう一発お願いね。今の蹴り痺れちゃった」

「やらんわ。さっさと診ろ。花音が困っているだろうが」

「……わかったわ。じゃあ、それが終わったら抱かせてちょうだい」

「何も分かってないな!? あとそんなサラッと言うな!? 断固お断りだわ!!」

「あーはいはい。一花ちゃんも先生もいい加減にしてくださいよ。患者さんが困ってますよー」


 ……気になる。一花ちゃんとお姉さんの関係って一体?


 ポカンとしていたら看護師さんが仲裁に入ってくれて、こっちに目線を合わせてくれる。


「気にしちゃだめですよー。先生は一花ちゃんを溺愛しているだけですからねー」

「何を言っているのかしら、近藤? 私は“激愛”しているのよ!」

「いいからさっさと診てあげてくださいよー。あ、この人は妹ラブの変態ですけど、腕は確かなんで安心してくださいねー。じゃ、一花ちゃん、いつもの一言お願いしますねー」

「……お姉ちゃん、大好き……だから友達治してください……」

「あーもう! 一花ちゃん! 私も大好きよ! もう任せて! すーぐ治しちゃうからね!」


 ……どこにも安心できる要素が見当たらないんだけどな。一花ちゃん、目が死んでいる。それにそんな気持ちが籠っていない大好きを初めて聞いたんだけど。詩音と大違いなんだけど。あと、溺愛の上の言葉があったなんて知らなかった。


 でもその一花ちゃんの言葉で上機嫌になったお姉さんが、やっとこっちに向き直ってくれた。え、さっきと全然目が違っている。


「それで? 落ちたんだって、山の中から?」

「えっと……はい、私の不注意で……」

「ふーん……ふんふん」


 じーっと私の体を触りながら見てくる。


「ちなみに一花ちゃんの診断は?」

「全身打撲と各所の軽い裂傷。足が一番酷いが……骨まではいってなさそうだ」

「正解、もうさすがね。ほんっと優秀すぎて困っちゃう。……なのに本当何を考えているのかしらね、お父様とお母様は……いくら親友だからって……」


 ブツブツ何かを言い始めてしまった。そして「あら?」っと何故か私と一花ちゃんの後ろを見ている。


「そういや葉月はどうしたのよ? 一緒じゃないの?」

「置いてきた」

「置いてきた? え、置いてきた?」

「心配ない。大層疲れているはずだから大丈夫だ」


 あ、そっか。一花ちゃんと葉月の家は古くからの付き合いだっていうから、このお姉さんも葉月を勿論知っているんだ。


 でも、どうしてそんなに置いてきたことを驚いているんだろう? それに、疲れているから大丈夫って? 思わず一花ちゃんを見たら、ハアと呆れた目でお姉さんを見ている。


「それより一応検査してくれ。内臓までは分からん」

「大丈夫だと思うけどね。私が見た所もさっき一花ちゃんが言った通りの診断だけど、まあ、いいでしょう。それで一花ちゃんの不安が取れるなら是非やりましょうか」

「え、え?」

「後は私特製の湿布と、痛み止めの薬も出しておいてあげる。それで一日腫れが引かなかったらまた連れてきてちょうだい。じゃあ、近藤。この子よろしく」

「はいはーい。じゃあ行きましょうねー」

「え、え、ええ? いい一花ちゃん?」

「大丈夫だ。ただの検査だからその人に任せておけばいい」


 え、え、ええ? ま、任せておけばいいって!? 完全に置いてけぼりなんだけどな!?

 でも勝手に車椅子押されるから何も出来ない!


 あっというまに近藤さんていう看護師さんが、診察室から私ごと飛び出していた。


 カラカラと車椅子を押されながら、茫然とするしかなかった。て、展開が早すぎる。「ふふ」っと頭上からいきなり笑い声が聞こえてきた。


「大丈夫ですよ。あの人の診断なら的確ですし、あの人お手製の薬とかは効くと思うので、すぐに怪我も良くなります。まあ、一花ちゃんも分かっていたみたいですがね。妹ラブの変態ですが、そこだけは保証しますからね」

「え、は……はい」


 展開に追いついていない私にかけてくれるその声には、信頼が滲んでいる気がする。腕は確かだって、一花ちゃんも言ってたもんね。


「それにしても電話で聞きましたが、葉月ちゃんのルームメイトなんですか?」

「え? あ、はい。そうですけど……」


 この人も葉月の事知っているんだ。


「そうですか。元気ですか、あの子は?」

「あ、はい。元気です」


 あ、あれ? 葉月、そういえば大丈夫なんだよね? 葉月もボロボロだったんだけど、怪我とかしてないんだよね? あ、でも一花ちゃんが一応診てたよね。彼女が大丈夫だって判断したから、置いてきたのかな。


 一瞬、そっちのことに思いを馳せていたら、頭上から「それは良かった」と安心したような声が降ってくる。


「あの、葉月のことご存じなんですか?」

「それはもう嫌ってほどに。あの子は悪戯っ子ですからね、苦労しました」


 その時のことを思い出したのか、ハアと溜め息が聞こえてくる。それ、いつの事なんだろう? 子供の時とか? まあ、今も悪戯はしょっちゅうしているけど。


「あの子と同じ部屋だと色々と大変でしょうが、頑張ってくださいね」

「えっと、その……頑張ります」


 どこか親みたいな発言。とても親しみが込められている。


「……それと、何か変だなと感じた時はすぐに一花ちゃんに言ってください」

「え?」

「一花ちゃんが葉月ちゃんのスペシャリストですから」


 言い含めるように、諭すように言われてしまった。


 それは一花ちゃんにも言われているけど……でも何かあったらって言われている。変だなって感じた時? どういう意味だろう? スペシャリストって、ストッパーのこと?


 だけど、それ以上近藤さんは何も言ってこなかった。


 すぐに全身検査してもらって、そして結果もすぐに出た(こんなに早く出るものだろうか? という疑問は封じた)。異常なしの診断だったからホッとする。

 包帯もお姉さんに丁寧に巻き直してもらって、あと固定してくれた。……これ巻き方絶対関係しているよね。なんで、こんな一気に楽になるんだろう。


 そして一花ちゃん。ものすごくキスマークが顔中についているんだけど……大丈夫?


 帰り際、そのキスマークをつけた張本人が、親しみを込めて愛する妹の名前を呼んでいた。ものすっごく嫌そうに一花ちゃんが振り返っている。


「……何だ?」

「嫌になったら、いつでも帰ってきなさい?」

「……自分で決めたことだといつも言っているだろう?」

「それでも、よ。悪いけど、葉月より私は愛する妹を優先したいの」


 そう言ってポンとあるものを一花ちゃんに投げて寄越していた。一花ちゃんがいとも簡単にパシッとそれを取っていたけど。なんだろう?


「それの効き目薄くしといたわ。けど、回数は飲めるようにしてある。だけど、毎日はだめだって伝えなさい。効かなくなるから」

「……伝えておこう」

「……負担はかかる。どうしてもというなら一花ちゃんが物理的にやりなさい」

「検討する……」


 ……何の話かは分からない。だけど、一花ちゃんが握っているのがプラスチックのケースだったから……あの薬のことなのかな、と一瞬思った。


 そして葉月の話なんだということも。


 今の話がどういう意味なのか、なんて分からない。けど、お姉さんも一花ちゃんも真剣な顔つきだった。


 帰り、松葉杖を一応借りて一花ちゃんがまた用意してくれた車に乗るため、夜の病院の廊下を歩いていく。


 ……私、何か出来ないのかな?

 葉月に助けて貰ってばかりで、何も出来ないのかな?


 だけど、葉月はきっと知られたくない話。


 …………でも。


「一花ちゃん」

「何だ? やっぱり車椅子の方が良かったか?」

「……さっきのって……葉月の話?」


 立ち止まって、目を丸くしながら振り返ってくる一花ちゃん。大丈夫、詳しい話を聞くんじゃないの。ただ。


「私、何か出来ることあるかな?」


 知らないままでも、何か。出来る何かを。


「……聞かないのか? あいつのことを」

「葉月にはいっぱい秘密がありそうだね」

「秘密……ということではないがな」

「でも知られたくないんでしょう?」

「本人は嫌がるだろう」

「だったら聞かない」


 ハッキリそう言うと、目をパチパチとさせて見上げてくる。思わず苦笑してしまった。


 気になるよ。

 本当は何を飲んでいるとか気になるよ。

 それを知っている一花ちゃんに、聞いてみたい気持ちもあるよ。


 だけど、それ以上に葉月が知られたくないんだったら聞かない。

 話してくれるまで待つよ。家のことも、薬のことも。


「けど、知らなくても何か出来ることないかなって」


 いつも助けてくれるから。

 笑顔を見せて安心させてくれるから。


 少しでも恩返ししたいなって、

 そう思ったの。


 目を丸くしていた一花ちゃんは、複雑そうに少し口元を綻ばせていた。


「……感謝する」


 そのお礼が、どんな意味を持つかは分からない。でも、一花ちゃんが少し泣きそうな顔になっていたから戸惑ってしまう。顔をそれきり俯かせていた。


「いつも通りで良い。上手いご飯作ってやってくれれば、それでいい」

「……うん、わかった」

「でもあまり甘やかすな。あいつはどんどん図に乗るからな」

「えっと、気を付けるね」

「……花音」

「ん?」


 名前を呼んで、一花ちゃんが安心したように顔をあげてくれた。


「あいつのルームメイトを止めないでくれて、ありがとう」


 それは、私のセリフだよ。

 本当は、一花ちゃんは心配だから、葉月の傍にいたいんだよね?

 本当は、ルームメイトだって、学園のクラスのように融通利かせられるんだよね?


 だけど、今でも無理に部屋変更をしていない。


 葉月がどんなことを抱えているかは分からない。

 けど、今の葉月を知っていこうと思ったから。


 ずっと傍にいた一花ちゃんが、いつも通りでいいと言うなら、そうしよう。

 葉月が美味しいって言ってくれるような料理を作っていこう。


 病院からの帰り、中華料理屋さんに一花ちゃんと一緒に行って食べた。足を怪我しているから、帰ってご飯作るの大変だろうという一花ちゃんの心遣い。


 ……さ、さすがにこんな高級食材の料理は作れないんだけどな。それでいいのかな。と思って聞いたら、珍しく呆れた様子で見てきた。誰もこんなの作れとは言ってないだろうとのこと。少しホッと安心した。一花ちゃんは美味しそうにエビチリ食べてたけど。


 前より一花ちゃんとも仲良くなれたかな。少し嬉しい。


お読み下さり、ありがとうございました。

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