小さい葉月①―花音Side
唐突ですが、追加SSです。
三話だけですが、お楽しみいただければ嬉しいです!
「おきて~」
高い声と一緒に、ペチペチと頬を叩かれる。
「おきて~おきて~」
またペチペチと頬を叩かれる。
誰の声?
「むー……ここどこぉ?」
少し泣きそうな声だ。というより、子供の声?
ん、と重い瞼を上げていった。
「ママぁ~? パパぁ~?」
パチッと目が覚めた。
「あ、おきた~!」
目の前に広がる光景が信じられなくて、何度も目を瞬かせる。
え、あれ? ええ?
「ね~ここどこ~? お姉さん、だぁれ~?」
ベッドの横で、四、五歳ぐらいの女の子が、私を見て目を丸くさせていた。
短くて黒い髪。
だぼだぼの服に包まれている。
でも、その服には見覚えがあって。
「……葉月?」
「そだよ~はづきだよ~。知ってるのぉ~?」
いつもの葉月のパジャマに包まれて、その女の子ははっきりと肯定した。
◇◇◇
遡る事数時間前。
「ふんふんふ~ん♪」
「楽しそうだね、葉月?」
帰ってきてから、ずっとご機嫌の葉月。「みゃみゃ」と手を出しているゴロちゃんは葉月が持っている擂鉢に興味津々だ。
それにしても、一体さっきから何を作っているんだろう? 葉月はずっと擂鉢の中で何かを潰している。色合いからして葉っぱだとは思うけど。
「えへへ~、これね~いっちゃんをおっきくするお薬だよ~」
葉月の言葉で、あ、これ絶対一花ちゃんに怒られるやつだと思った。
「おっきくって……身長をかな?」
「うん! あ、ゴロンタだめ~! ゴロンタ用じゃないの~!」
「みゃ」
ゴロちゃんが舐めようとしているのを手で止めているから、代わりにゴロちゃんを抱っこしてあげた。うん、危なすぎる。葉月自身が言っているから、ゴロちゃんには食べさせないのは正解だと思う。
それに、葉月の笑顔がいつもよりキラキラしすぎているから、絶対これは悪巧みも兼ねている。でもその楽しそうな顔が可愛すぎるから、どうにも怒る気になれない。
「一花ちゃん、怒るんじゃないかな?」
「喜ぶ用ですが?」
確定だね。一花ちゃんが絶対怒るものだね、これ。
どうしよう、先に教えておこうかな? それとも玉ねぎで止めさせようかな? なんて考えていたら、あっという間に「で~きた!」とこれ以上なくワクワクさせた声を葉月が出していた。
「早速いっちゃんに飲ませてこよ~!」
「何を飲ませる気だ、何を」
タイミングよく一花ちゃんが部屋に入ってきた。舞も後ろから「え、なになに?」と顔を覗かせている。今日は皆でご飯の予定だったからね。それにしてもタイミングが良すぎる。
葉月がどこからかミキサーを出して、さっき擂っていた葉っぱらしきものと、バナナとか果物を入れていた。いつの間に用意してたんだろう?
「お前、そんなものを見せられて何であたしが飲むと思ってるんだ?」
「え、飲むよね?」
「飲まんわ! なんだ、その意味不明な色合いしたジュース! そもそもお前、何を入れたんだよ、これ!? なんで紫色になってんだよ!?」
ああ、うん。一瞬で毒々しい見た目になったよね。
一花ちゃんのツッコミにめげずに、葉月がニコーっと笑って、ミキサーから出した液体が入ったコップを一花ちゃんに差し出していた。
「さあさあ、グイっとな!」
「だからいかんわ!」
「……いっちゃん、悲しいよ。いっちゃんの為に作ったんだよ、これ?」
「誰も頼んでないんだよ!?」
「あのさぁ、葉月っち、それは何が入ってるのさ?」
もっともな質問を、でも関わりたくないんだろうなと思わせる頬を引き攣らせた舞が葉月に聞いている。これ、いつぐらいに止めに入ろうかな?
「いっちゃんが喜ぶものだよ!」
「嘘だな」
「葉月っち、分かりやすすぎるわぁ……もう少し上手いこと言えばいいのに」
間髪入れずに二人が否定してるね。そうだね。分かりやすいかもね。見た目からして美味しくなさそうなジュースになっちゃってるしね。
「むー! とりあえず飲んでみなよ! 絶対いっちゃんが嬉しくなることが起きるから!」
「絶対あたしが阿鼻叫喚する未来しか見えんわ! そんなに言うならお前がまずそれを飲んでみろ!?」
「あ、そうだね。それはそれで面白いかもね」
「え?」「は?」「葉月っち!?」
「グイッとな! ゴクゴク!」
舞と一花ちゃんと私が同時に声を出したと同時に、葉月がそれを飲んでしまった。
「ぶへっ……まずぅ~。花音~、お茶~」
「お、おい、葉月?」
「葉月っち、大丈夫なの!?」
口の周りを紫色に染めながら、葉月がむーっとしながらお茶をせがんでくる。いや、あの、本当に大丈夫なのかな? 得体のしれない飲み物を飲んだから、さすがに心配になるよ。考えてないで、先に止めればよかったかも。
「本当に大丈夫、葉月?」
「うへぇ、思ったより苦かったぁ」
「いやいやいや、お前は何で飲んじゃったんだよ!? っていうか、何が入ってた!? 言え!」
「いっぱいの葉っぱ!」
「余計不安になるんだが!?」
元気いっぱいに答える葉月を見ると、大丈夫そうには見えるね。一花ちゃんはサーっと顔を青褪めさせているから、油断はできないんだけど。
「マジで何を飲んだ!?」
「いっちゃんいっちゃん、まあ、落ち着きたまえよ」
「なんで葉月っちがそんな落ち着いてるのさ!?」
「え? 作ったの自分ですが?」
「知ってるけど!?」
「とりあえず吐け! 今すぐ飲んだもの吐け!」
「いっちゃん、何言ってるの? もう飲んじゃったよ」
「見てたよ! だから言ってるんだよ! 今すぐ病院行くぞ! 兄さんに連絡入れておくから!」
「まあまあ、いっちゃん。大丈夫だって。それに本当に効果が出たら楽しそうだもん」
「効果って何だよ!?」
「えへへ~、身長が一晩でびょーんと伸びるやつ~!」
「はあ!?」
ケロッとした感じで、それはもう楽しみで仕方がないっていう顔をしている葉月を見て訳が分からなそうにしている二人が、私の方をゆっくり見てきた。ああ、いや、その……実は私もよく分かってなくて。というか、二人とも、絶対そんな効果が出るとは信じてないよね。
「なんで花音は止めなかったのさ?」
「いや、えっと……」
「よせ、舞。花音に聞いても無駄だ。どうせ楽しそうにしてたから止められなかったんだろ」
あ、バレてるね、これ。葉月の笑顔には弱いんだよ……。あんな楽しそうにされたら、もうちょっとこの葉月を見てたいなとは思ってました。
「とにかく、今すぐ兄さんのところに行くぞ」
「え~やだ~! いっちゃん、本当に大丈夫だってば~」
「お前の大丈夫を何よりも一番信じてないが?」
「舞~いっちゃん止めて~。病院やだ~嫌い~」
「葉月っちの自業自得だと思うから、無理!」
葉月の襟元を引っ張って連れて行こうとする一花ちゃんを見て、舞は諦めている様子。うーん、でも私もちょっと心配かな? 先生に診てもらうのは賛成かも。
「葉月、私も心配だからちゃんと診てもらおう?」
「花音まで~。本当に大丈夫なのに~」
「玉ねぎ食べる?」
「さっき入れたもん」
え!? あのジュースの中に入れてたの!?
「えへへ~。食べれるようになったら花音が褒めてくれるかな~って思った」
何その可愛い理由!? しかも満面の笑み! 予想外の所からの破壊力がエグすぎるよ、葉月!
「一花、花音脱落っぽい」
「いつものことだな」
「いっちゃ~ん、は~な~し~て~! 分かった! 明日行く! 明日ならいいよ!」
「なんで明日なんだよ?」
「効果が出るか見てみたいんだもん! 朝起きたらこの天井付近まで伸びてるかもしれないじゃないか!」
「そんなバカげたこと起こる訳ないだろうが。いい加減、その机の脚から離れろ! 自分の体の事を少しは大切にしろ、馬鹿野郎が!」
「大丈夫ですけど?」
「あんな毒々しいジュースを飲んで、どの口が言ってんだ!?」
「この口」
「お前は全く変わらないな!? その減らず口をいい加減直せ!」
「無理」
「そこも変わらず即答すんなよ!? っていうか、はぁなぁれぇろぉ!!」
「い~や~で~す~!」
「ああ、もう! 二人とも少しは落ち着きなって! 花音もいい加減復活してよ! あたしじゃこの二人を落ち着かせるの無理すぎるんだけど! た~す~け~て~!」
舞の言葉でやっと我に返った。葉月の可愛すぎる理由と笑顔に意識が持っていかれるところだった。
顔を上げると、いつも通りの一花ちゃんと葉月の攻防に慌てふためく舞の姿。ゴロちゃんは関係なく私の腕の中でゴロゴロ喉を鳴らしている。あ、ごめんごめん。今は撫でるのちょっと待ってね。
「葉月、本当に心配なんだよ。ちゃんと調べてもらおう?」
「……むー。大丈夫なのに」
机の脚に縋りついている葉月のそばにしゃがみこんで懇願してみると、渋々という感じでやっと頷いてくれた。ああ、もう可愛い。ちゃんとお願いすると素直に聞いてくれるの可愛すぎる。
堪らずゴロちゃんを床に降ろしてから、ギューっと葉月の首に腕を回して抱きしめると、葉月も抱きしめ返してくれる。
「いやいや、なんでいきなりイチャつき始めてんのさ!?」
「あたしらもいるんだがな?」
……一花ちゃんと舞の存在を一瞬で忘れてました。ってあれ?
抱きしめてる葉月の腕が緩んでる。あ、これ、やってしまったかも……。ソロっと顔を覗き込むと案の定葉月が寝ちゃっていた。いや、あの、葉月? 起きて? 一花ちゃん、そのジト目やめてほしいなぁなんて。
「……仕方ない。明日にするか」
「え、いいの、一花?」
「寝ている今がチャンスだとも思うが、もうこんな時間でもあるしな。それに、どうやら本当に大丈夫そうだ」
一花ちゃんはもう手際よく私の腕の中で眠っている葉月の脈を取ったり顔色を見たりして、息をついていた。一花ちゃんの様子を見ていると、本当に大丈夫な気がしてくるから安心しちゃうんだよね。
「一晩ぐらい様子見でも大丈夫だとは思う。まあ、葉月が取ってきた葉っぱとやらも、どうせ道端に生えてたものだろ。兄さんが昔ここいら一帯の植物は調べつくしているから、変なものは入っていない筈だ。心配だから明日は強制的に検査させるがな。兄さんにも連絡しておく」
「いやいやいや、待って、一花? 一花のお兄さんが何を調べたって?」
「……あの人は興味があることには徹底的に調べる癖があるんだ。気にするな」
「気になるんだけど!?」
確かに先生の研究室、色んなものがいっぱいあったものね……。ハーブティーの葉っぱも研究して自家栽培しているぐらいだし。なるほど。
そんなことは知らない舞の動揺には目もくれず、一花ちゃんは葉月の頭をポンポンと叩いていた。
「夜中、何か変だなって思ったらすぐに部屋にこい。一応、いつでも病院にいく手配はしておく」
「うん。ありがとう、一花ちゃん」
やっぱり頼もしすぎる一花ちゃん。一花ちゃんがいてくれてよかった。
とりあえず、葉月は寝かせて、自分達だけでご飯を食べ、葉月が眠るベッドの中に入って、大好きな葉月の寝顔を見て幸せな気持ちになりながら、明日の検査、何ともなければいいな、なんて思って瞼を閉じた。
――と思ってたのが昨晩のことだったんだけど。
◇◇◇
「ね~え~。起きてる~?」
目の前で小さい手を振らせている、葉月のパジャマを来た女の子にハッとする。
「……えっと?」
「あ! しゃべった~!」
嬉しそうに笑顔で「わーいわーい! しゃべった~!」と無邪気にしているから余計頭がこんがらがってきた。えっと……なんでこの子はこんな大きなパジャマ着てるの? いやいやそもそも――どこの子??
「あ! パパとママ!」
「え?」
この部屋に!? と寝起きの回っていない頭だから思ってしまったけど、その子の視線はある場所に釘付けだ。
葉月と、ご両親が一緒に写っている写真に。
いや、え? パパと、ママ?
え、え?
「えへへ~、これ、おいしかった~!」
その写真を手に取って、満面の笑顔で「またたべた~い!」と嬉しそうにしている姿を見て、やっと起きていなかった頭が回り始める。
写真を手にしているその女の子と、写真に写っている幼い葉月。
点と点がつながるように。
「……葉月なの?」
パチパチと大きな目を瞬かせて、コテンと首を傾げてくる。
「そだよ~。お姉さんはだぁれ~?」
間違いないらしい。
この子は、子供の葉月だ。
……
…………
一花ちゃん、この場合はどうすればいいの!?
お読み下さり、ありがとうございます。




