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幸せな夢を ―花音Side

 

『*$&……』


 ああ、まただ。


 スッと重い瞼を上げていく。

 暗闇が広がっていて、何も見えない。


『##……』


 声は隣から。見えないけど、ゆっくりと顔を動かした。

 段々と暗闇に目が慣れてきて、葉月の顔の輪郭が分かってくる。


 そっと寝ている葉月の頬に手を当てた。汗ばんでいる。


『*$&……』


 分からない言葉が葉月の口から洩れてくる。

 涙も一緒に。


 その涙を指で軽く拭ってから、寝る位置を変えて、葉月の頭ごと自分の腕の中に抱きしめた。ゆっくりと髪を梳くように撫でながら。


「大丈夫だよ……」


 自分の心臓の音を聞かせるようにして、小声で囁く。


「大丈夫、大丈夫……」


 震える手で、葉月は恐る恐る私の背中に手を伸ばしてきて縋りついてくる。私も葉月を起こさないように、ゆっくりと背中と頭を撫でながら、「大丈夫」と繰り返してあげる。


 暫くすると、葉月の震えていた手の力が抜けて、スウスウと腕の中から寝息が聞こえてきた。


 これで、今日はもう大丈夫だね。


 ちょっと体勢を崩して葉月の顔を覗き込むと、可愛らしい寝顔になっていた。

 安心して、そのまままた抱きしめる。


 葉月がルームメイトに戻って、しばらくしてから葉月はたまに魘されるようになった。


 いつも決まって私の知らない言葉を口にして。


 多分、前世の言葉。


 でも、葉月は何も覚えていない。


 最初魘された時、次の日に葉月に聞いてみた。『覚えてる?』って。でも葉月はきょとんとした顔で『何を?』って返してきたから、本当に覚えていないみたい。どんな夢だったのか聞いても、うーんと考えてから『分かんない』って言われちゃったよ。


 実家に帰った時は魘されることはなかったから、落ち着いたと思ったけど、さすがにやっぱり緊張してたのかな。この寮に帰ってきて、一花ちゃんに会ったから緊張がほぐれたのかもしれない。


 一花ちゃんにももちろん相談した。


『どんなのか覚えてないって?』

『そう。でも魘されて泣いてるんだよね』

『その時、花音は何かされるのか?』

『何も。ただ必死にしがみついてくるかな』


 一花ちゃんは初めこそ真剣な顔をしていたけど、何もされてないのことで安心したのか、昔の葉月みたいにはなっていないって結論を出したみたい。無差別で攻撃してくるって言ってたものね。うん、多分、死のうとしての行動じゃないと思う。


『せめてなんて言ってるのか分かればなって思うんだけど……私じゃ分からないから、一花ちゃんなら分かるかなって』

『それはつまり、あたしも一緒に寝る時にいろと?』

『あ、ううん。録音したのあるから聞いてみてくれない?』

『……録音してるのか?』


 いやいや、気になってだからね!? なんでもかんでも録音してるわけじゃないからね!

 って誤解をしているような一花ちゃんに『違うから!』と言いつつ、葉月の寝言を聞いてもらった。



『……ごめん、だな』



 その言葉を教えてもらって、ギューって胸が締め付けられた。


 葉月はどんな夢を見ているんだろう。

 前世の記憶って、どんな記憶なんだろう。


 私の知らないその記憶は、想像することしか出来ない。


 前に葉月は『みんないなくなった』って言っていた。独りぼっちになる夢なのかな。それとも謝っているから、守られたことに罪悪感を感じているのかな。


 そう思うと、どうしようもなく切なくなってくる。


 魘されて泣きながら、葉月はいつも震える手でしがみついてくる。その姿は懇願しているようにも見える。


「いなくならないよ」


 聞こえてるのか聞こえていないのか、私がそう言うと、葉月の体の震えは止まってくれた。


 魘されるようになって、最初は戸惑ったよ。だって胸元に顔を埋めてくるんだもの。あの葉月がこんなに積極的にって心臓バクバクだったけど、震えて涙を流しながら寝ている葉月を見て違うって思った。


 心臓の音を聞いているんだ。


 その音を聞いて、葉月はきっと今自分が手に掴んでいる私が生きていることを確認している。


 夢の中の葉月が、そう感じてくれているのかもしれない。

 それで安心してくれているのかもしれない。


 そんな考えが浮かんでから、魘される葉月に心臓の音が聞こえるように抱きしめるようになったら、すぐに寝息が届くようになった。


 柔らかい髪を梳くように撫でていく。

 腕の中の葉月はもう魘される様子はなくて、安心しきったように寝ている。


 その寝ている姿を見て、愛おしくなって、私もまた抱きしめる。


 少しでも葉月が安心できるならいいな。

 怖い夢を見ていないといいな。


 そう願いながら、目を閉じて、葉月の温もりを感じる。


 葉月。

 あなたが安心して眠れるなら、いつでも抱きしめてあげるよ。

 これは片想いの時から変わらない。ううん、去年のあの雨の日に初めて抱きしめた時からかも。


「ここにいるからね」


 いなくならないで、ちゃんとそばにいるからね。


 夢の中の葉月も怖がらなくていいからね。


 どうか夢の中で、


 葉月の周りで大好きな人たちが笑っていますように。



 葉月が笑顔でいられる、幸せな夢を見ていますように。



 そんな願いを込めて、私も眠りについた。



お読み下さり、ありがとうございます。

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