安心できる場所(花音の実家編②) ―花音Side
「ここ?」
「そうだよ」
自宅に着いて、葉月が家の様子をキョロキョロと見渡していた。
大丈夫かな? がっかりしてないかな? と不安に少し思う。やっぱり葉月の実家のことが頭に過るから。どっかの王宮なのかなと思うぐらいのお屋敷だしね。
私の家は普通の一軒家。お父さんが今もローン返済の為に仕事を頑張ってくれている。駐車場のスペースだって一台分だけしか停められないし、お庭もあるけど、かなり小さい。
だけど、私にとっては誇らしい家だ。いつでも帰ってこれる安心できる家。待っててくれる家族がいる家。
その家があるから、家族がいる家があるから、星ノ天学園に行っても頑張ろうって思えたんだから。
でも、葉月がどう思うかは分からないわけで。
チラッとまた葉月を見ると、目元を緩ませて微笑んでいた。
「いい家だね」
嬉しくなる言葉をくれる葉月に少しドキッとしてしまう。たった一言だけど、これ以上ない褒め言葉。
本当に葉月は私を喜ばせるのが上手いなぁ。
「花音、中入らないの?」
「え? あ、うん。そうだね。入ろっか」
つい熱くなってしまった頬を手で煽りながら、玄関に足を動かした。車がないから、お母さんが買い物でも行ってるのかな? 何時に着くとまでは言ってなかったもんね。
鍵を開けて玄関のドアを開くと、ドタドタと足音が廊下の奥から聞こえてきた。
「ただい――」
「ねえちゃんだ!」
「お帰り、お姉ちゃん!」
ただいまを言い終わる前に、あっという間に詩音と礼音が突進してきた。荷物を持ったままだから受け止めきれず、あわやそのまま後ろに転んでしまうかと思ったけど、その後ろにいた葉月が体を支えてくれた。助かった。
「ありがとう、葉月」
「え、葉月さん?」
「あ、おこられてた人だ!」
「二人とも、久しぶりだね~」
ニコニコと葉月が挨拶すると、二人は聞かされてなかったのかきょとんとした顔を向けてくる。礼音も詩音も葉月のこと覚えてたみたいだね。それは良かったけど、さすがにずっとしがみつかれたままだと私も動けない。
「葉月さんがなんでいるの?」
「お母さんから聞いてなかった? 葉月は遊びにきたんだよ。ここに泊まるからね」
「ほんと!? じゃあ、ゲームやろ!」
切り替えが早い。礼音は遊び相手だって思ったんだろうな。詩音はまだ不思議そうにしてたけど。
葉月は膝に手を置いて屈んでから、礼音と目線を合わせてくれていた。こういう気遣いが優しいなって思うんだよね。
「ふふ、いいよ。早速やろっか」
「うん! このまえおとうさんがかってくれたんだ! それやろ!」
「礼音、待って。着いたばかりなんだから少し休ませて? それよりお母さんは?」
「もうすぐ帰ってくるよ。今、買い物行ってるの」
「そっか。じゃあ、帰ってくるまでお茶でも飲んでようか。ほら、二人とも。中入って。ずっとここにいたら葉月も入れないからね。葉月も今お茶淹れるから。一応あのハーブティーも持ってきたからね」
ずっと玄関先でお喋りしてたら落ち着かない。詩音と礼音に中に入るように促すと、素直にパタパタと家の中に戻ってくれる。葉月も知らない場所に来たんだから、緊張してるだろうし……してないかもしれないけど。
ダイニングに続くドアを開けると、いつも通りの自分の家の光景が広がる。安心できるんだけど……礼音、玩具片付けてない。詩音もテーブルの上に色んな漫画とか置きっぱなしだし。窓からは洗濯物が干している様子が見える。
お母さんが買い物に行ったからだろうな。自分達の好きな事やってたのが手に取るように分かった。全くもう。葉月にこんなとこ見られて少し恥ずかしいよ。でも先に葉月に休んでもらうのが先かも。
「ごめんね、葉月。適当に座ってて。すぐにハーブティー淹れてくる」
自分の荷物をソファ近くの床に置いてから、キッチンに向かう。葉月も好奇心からか部屋の中を見渡してからソファに座っていた。寮の部屋も広いから普通の一般宅というのが珍しいのかもしれない。
まずは葉月が安心できるようにあのハーブティー淹れてあげよう。
キッチンに行くと、お昼ご飯後の食器が水に漬けられていた。きっとこれ、詩音にお母さんが洗うよう頼んでいたんだなぁ。後でやろうとでも思って忘れたに違いない。
「ねえ、葉月さん。何か聞いてる?」
「うん? 何を?」
「ねえちゃん、このまえかえってこなかったんだよ」
「この前?」
「春休み! 楽しみにしてたのになぁ! お母さんは何も言ってくれないし!」
礼音と詩音が葉月を挟んで春休みのことを聞いているのが耳に届いてきた。ちゃんと用事があるから帰れないってあの時電話で説明したのに。そんな質問されたら葉月も困っちゃうよ。
「私がちょっと怪我しちゃったからかな~。お世話してくれたんだよ」
「葉月さん、怪我したの!?」
「うん。今はもう大丈夫なんだけどね」
「けが? いたい?」
「もう痛くないよ~」
お湯が沸いて、いつものように葉月が気に入っているハーブティーを淹れてから、カップをテーブルに持っていった。ごめんね、葉月。気を遣わせちゃって。
「二人とも、あまり葉月を困らせちゃ駄目だよ。あと礼音はちらかってる玩具片付けて。詩音も洗濯物入れてちょうだい」
詩音と礼音にそれぞれやるべきことを伝えて、葉月を解放してあげた。二人が少し不満げな顔で動いてくれる。もっと葉月と話したかったんだろうなと思うけど、それよりもやることはちゃんとやらないとね。
葉月に「これ飲んでちょっと休んでて」と言ってから、自分もキッチンに戻ってさっきの汚れた食器を洗ってしまう。後で詩音にちゃんと言っておかないとな。
ふうと息をついてから葉月のところに戻ると、温かい目で礼音が玩具を片付けている様子を眺めていた。
「ごめんね、騒がしくしちゃって。洗い物も溜まってて」
「ん~ん。なんか落ち着く」
「そう?」
「うん」
なら良かった。葉月にとっては慣れない場所だし、今は一花ちゃんもいない。少しでもリラックスしてもらえるなら私も安心だし。
私も葉月の隣に腰掛けて、また息をつく。
私の方が緊張してたのかも。葉月に家を見せたり、家族の日常を見られてどう思うのかなって考えてたし。
でも、ここが安心できる場所でもあるんだよね。
礼音が持ちきれない玩具を床に落として、詩音がそれを見て「ちゃんと持てる分持つの!」って言って怒っている。そんな二人のやり取りがずっと私の日常だった。
その日常を、葉月に受け入れてもらえるのは素直に嬉しい。
葉月にとっても落ち着ける場所になればいいな。
詩音たちから葉月に視線を戻すと、あの優しい笑顔を浮かべていた。
これ、今きっと自分の家族のことを思い出してるんだろうな……。
一番好きな、だけどまだ慣れないその笑顔が目に焼き付く。
「……無自覚だけど」
「ん?」
「なんでもないよ」
本当にその無自覚な笑顔困る。他の人に絶対見せないでほしい。礼音と詩音はまだ子供だからいいけど、他の皆が葉月に恋しちゃう。
いや、葉月のご両親のことを思い出してほしくないというわけじゃなくて、むしろ思い出せるようになったのは良い事だし……かといってその笑顔を独占したい自分がいるわけで。
矛盾する自分の気持ちにハアと溜め息が零れると、葉月が『え、なんで!?』っていう顔をしていた。私がヤキモキしているの分かってないんだろうな。
「ただいま。花音、帰ってるの?」
玄関のドアの音と共に、お母さんの声が響いてきた。帰ってきた。きっと荷物も一杯。
立ち上がる時に葉月の顔が視界に入る。ちょっと表情が強張っているように見えた。もしかして、緊張してるのかな?
パタパタと詩音と礼音が先にお母さんの所に走っていった。ドアの向こうから「お帰り」っていう二人の声が聞こえてくる。
立ち上がった葉月の手を握ると、パチパチと目を瞬かせてこっちを見てくるから、少しおかしくなっちゃった。ちょっと葉月の手が汗ばんでいたから。こういう時って、葉月でも緊張するんだ。
大丈夫だよって言おうとした時に、お母さんが二人を連れてダイニングに入ってくる。年末以来のお母さんは変わらない。でも葉月を見て目を丸くしていた。
「お帰りなさい」
「ふふ、あなたもお帰りなさい」
いつもの柔らかい笑った顔で迎えてくれるお母さんに、私も安心する。詩音と礼音もそうだけど、お母さんに『お帰りなさい』って言われると、帰ってきたんだって実感するから。
私に向けてくれた視線を今度は葉月の方に動かした。
「あなたが、小鳥遊葉月さんですね? 娘からよく聞いてます」
うわ、私もドキドキしてきた。お母さんはどう思うかなとか、葉月も大丈夫かなとか、つい交互に見てしまう。
だけど、私の心配は杞憂だったみたい。
葉月がお母さんに釣られてか、どこか嬉しそうに微笑んだから。
その姿を見て、私もだんだん嬉しくなってくる。
「そう。彼女が葉月だよ」
手を繋いだまま葉月に寄り添って、お母さんに紹介する。
私の大好きな人。
幸せな気持ちにしてくれる人。
その葉月をお母さんに紹介できるのが嬉しい。
自慢するように言ったのが分かったのか、お母さんが楽しそうに笑ってくれた。
「花音がいつもお世話になっています」
軽く会釈をすると、葉月もそれに倣うようにお辞儀する。
その姿を見て、あれ? と思ってしまった。
葉月、こんな風に誰かにお辞儀してることあった?
不思議に思っていると、その次の葉月の言葉にさらに驚いてしまった。
「鴻城葉月です。こちらこそ花音さんにはいつもお世話になっています」
あ、あれ?
葉月がまともに敬語で話してる?
しかも、『鴻城』の方?
見たことない葉月の改まった話し方とその振る舞いで混乱している私を置いて、葉月はフワッと柔らかい笑みをお母さんに向けていた。
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