80話 ネジ飛んだ?
「ああ! くそ、くそ! 苛つく!」
叫び終わったのか彼がその場の地面を荒々しく蹴っていたが、あたしはそれどころじゃない。
いやいや待て待て。さっきの言葉は要するに……あたしを好きってことじゃないの!?
動揺しているあたしを余所に、彼がまたあたしのことを睨みつけてくる。
「俺はな! お前なんか全っ然好きなんかじゃねえからな!」
「いやいやいやいや、あたしとしてもそうであってほしいけど、無理がある!!」
こいつ、自覚ないだけじゃんか!
はっ、いやそれよりも、まずはちゃんと訂正しないと! それでこいつが勝手に勘違いしたわけでしょ!?
「あたしはあんたにカッコいいなんてこと言ってないからね!」
「はあ!? 記憶の捏造してんじゃねえよ! 俺にちゃんと言っただろうが! あのパーティーで、俺のこと見てカッコいいってよ!」
記憶の捏造してるのそっちなんだけど!? 本当にそんなこと言った覚えがまるでないんだよ! でもこいつ、自信満々みたいだし。
……よ、よし。ちょっと思い出してみよう。
目を瞑って「うーん」と唸りながらそのパーティーの時のことを思い出す。頭に浮かぶのはやっぱりあたしを助けてくれた一花の姿。
「うん! あんたじゃない!」
「覚えてないとかありえねえんだけど!?」
マジでそんなこと言ってない。というか、あの時の一花の姿思い出すだけで、本当に胸キュンなんだよね。カッコよかったなぁ、一花。
「つまり、あんたには言ってない」
「言ったっつってんだろ!?」
さりげなく事実をまた言っても、頑なに反論してくるな、こいつ。ああ、でもまあ、そうか。あたしがそんなことを言った(言ってないけど)から、こいつはあたしを可愛いとか思っちゃったわけね。顔もあたし、可愛い部類に入るわけだし。
これは……ちゃんと振らないと、やっぱりこいつが可哀そうなままなのでは?
自分でそんなことを思いついて、ジッと怒っている彼の顔を見ると、何故かどんどん動揺した感じでキョロキョロしてくる。「み、見んな」とか言ってるから、なんだなんだ? あたしに見つめられて、恥ずかしくなってきたのか? その気持ちは分かるよ! というわけで!
「ごめんなさい!」
「なんの謝罪だよ!? ふざけんな!」
「いや、ちゃんと振ってあげようと思って」
「はあ!? 振るも何もお前のこと好きでもなんでもないって言ってんだろうが!」
うっわぁ、面倒臭っ!! 自覚してないって面倒臭いわ! 葉月っち並みに鈍感って事!? 花音、よく葉月っちに自覚させたね、自分の気持ち! ちゃんと振りたいのに、本人に自覚ないから振れないんだけど!
「あのさぁ……あんたがどう喚こうが構わないんだけど、あたしはさ、ちゃんと振ってあげたいんだよね」
「はあ!?」
「今のあんた、めっちゃ面倒くさいんだよ。もうハッキリ言ってあげる。あんた、あたしのこと好きなんでしょ?」
「んなわけねえだろ!?」
「分かるよ。分かる分かる。あたしってほら、こぉんな可愛らしい見た目してるし? 性格も自分で言っといてなんだけど、良いと思うんだよね」
「聞けよ!? っていうか自分で言うなよ!?」
バリエーションがないツッコミをしてるところ申し訳ないんだけど、そこに惚れたわけでしょ? カッコいいとか言ってはいないし、全っ然記憶にないけど、あたしあのパーティーではさ、周りに対して愛想良く振りまいてたと思うんだよね。なんたってパパの印象よくしたかったから。
娘のあたしが変なこと言ったら、パパに対しての評価が変わるじゃんって子供ながらに考えていたわけよ。
最初はパパと一緒に挨拶回りみたいなことしてたし、そこで挨拶したおじさんおばさんたちからは、「まあ、よく出来た娘さんですね」なんて褒めてもらってたんだから。
そこでこいつは、そんなあたしにズキュンと胸をときめかせたわけだ。
記憶にあるのは、こいつのパパへの侮辱のことだけなんだけども。
一花に会ってからは、やっぱり明るい子の方がいいよね? とか思ったりして、常にポジティブに考えるように心掛けたし、やっぱり可愛くみられたいから見た目にもめっちゃ気を遣ったり、ファッションのことも勉強したりした。ファッションとかメイクとかは個人的に好きだったからっていうのもあるけど。
「今でもあたしが可愛いのはさ、全っ部一花の為なんだよ!」
「いきなり何言ってんだ、お前!?」
あ、頭の中でずっと考えてたから、最後の部分しか声に出なかったや。途中から全くこいつのこと考えてなかったから、なんだか少し申し訳なく思ってしまったんだけど。ちゃんと言わなきゃね。
「いや、つまりさ。あんたがあたしをどれだけ好きだろうが、振り向くことはないってことなんだよ」
「お前、人の話を全く聞いてねえな!? 俺は一言もお前のこと好きだなんて言ってないんだよ!? ふざけんな! なんで好きでもない女にいきなり振られるんだよ!?」
「あーもういいから。そういうのいらないいらない」
結局振り出しに戻っちゃってんじゃん。無自覚って、めっちゃ面倒くさい!
どうすりゃいいの? とか思ってたら、何故か彼がハッとしたように、目を開かせた。
「……ああ、なるほどな」
何がなるほど?
「お前、ああ、そういう……ははっ! なんだそれ!」
いきなり笑い出したぞ。え、大丈夫?
「お前、どんだけ俺の気を引きたいんだよ」
意味わからんことを言いだしたんだけど??
「そうやって俺の気を引いて、自分のことを見てほしいんだろ? なんだよ。俺がお前を好きでいてほしいってアピールってことかよ」
「違うけど!?」
「ムキになってんじゃねえか。ああ、はいはい。そういうことならそう言えっての」
「だから違うんだけど!?」
ある意味すごい都合良い解釈すぎる! どんな思考回路してんの、こいつ!?
ハッキリと振ったのに、そこに行きついた頭にある意味あっぱれという拍手と困惑とで一杯になっていると、彼は『やれやれ仕方ねえな』とでもいうように、フッと鼻で笑ってニヤついている。ごめん、気持ち悪い。
「最初っからよぉ、そう言えば良かったんだよ。俺のことが好きってよ。確かにお前のことなんか大っ嫌いだしムカつく奴だけど、お前がそう言うならいいぜ? 俺の玩具にしてやっから」
「バカなの……?」
「ああ、はいはい。そうやって噛みついてくるのが、お前の主張ってことだろ? お前、マジ面倒臭いのな」
「あんたがね!?」
全く話が通じない!! これ本当にどうすりゃいいの!? 何を言っても、こいつにとっては全っ部あたしからの告白みたいな感じで捉えてるってこと!?
このまま逆恨みされ続けるのもネチネチと絡まれ続けるのも嫌だけど、振る事もできないのも辛すぎる! っていうか、こいつの家族にめっちゃ同情する!
「じゃ、お前の連絡先教えろ。俺の気分いい時にでも呼び出してやっからよ」
「はあ!? 嫌に決まってんじゃん!」
「だから、そういうのいいっつうの。内心嬉しいんだろ? 俺に構ってもらえるもんなぁ」
「構ってほしくないんですけど!?」
「うわ……マジで面倒臭いな、お前。いい加減素直になれって」
「あんたの方が百倍面倒臭いんだって! なんで気付かないの!?」
「ちゃんと気づいてやっただろうが。俺も勘違いしてたわ。あの時からお前の気持ちに気づいてやれば、お前も東雲家に頼ったりしなかったよな。わりわり」
会話が会話になってないんだけど!! なんか変な方向に考えがいっちゃってない、こいつ!?
気持ち悪くニヤニヤして、離れていた彼がどんどん近づいてくる。うわ、なんなの、こいつ!? つい彼が近づく度に、一歩一歩後退っている自分がいる。
「ほら、さっさと携帯出せって」
「は、はあ!?」
「俺だってさ、暇じゃねえんだよ。この後、クラブに用事あるしよ」
知らないよ、そんなの!! っていうか、近づいてくるな!!
「用事あるなら、さっさとそっちにいけば!? もうあたしからは何もないし! あと、ちゃんとまた言っておくけど、あたしはあんたを好きじゃない! あたしが好きなのは別の人だから!」
「だからよぉ、そうやって俺の気を引こうと必死になってんじゃねえよ? 分かったって、お前が言いたい事。さっさとよこせ、あんま手間を取らせんじゃねえよ。あとでたっぷり構ってやっから」
ぎぃやああああ!! 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い! 今までねじ曲がってねじ曲がりすぎた人生送ってきたから、そんな残念な頭になったわけ!? 今世紀一番構われたくない相手なんだけど!!
「ちょちょちょぉぉ!! 落ち着きなって! 冷静にあたしの言葉をそのまま受け取ってくれればいいんだってば!」
「だから、ちゃんと分かったって言ってんだろ?」
「分かってない! 全く分かってない! あたしはあんたと付き合うとか、玩具になるとか勘弁なんだってば!」
「何度も言わせんなって。その俺のこと嫌いですアピールいらねんだわ」
「アピールじゃなくて、事実なんだってば!」
「必死すぎだっつうの」
何を言ってもだめなのか、彼はただただ気持ち悪く笑ってくる。今のも絶対、『こいつ、必死すぎ。俺にそんなに構われたいってか?』って好意的に受け取ってる! あたしよりポジティブシンキング!! さっきまであたしにムカついていたはずなのに、ネジ飛んだ!?
考えている間にも、一歩一歩彼は近づいてくる。
どうすりゃいい!? 逃げる!? 逃げるしかない!?
いやでも、このまま逃げても言いのか、あたし!? 逃げたところで、こいつの中で『あいつ、照れてるってことか?』みたいな考えにならない!? そうなるの怖いんだけど!
終いには、こいつの中で、あたしが恋人みたいなことにならない!? 勝手に付き合ってるとかにならない!? あたしの想像力がたくましすぎ!?
そんなことが頭の中で高速に駆け巡っていく中、彼がもうあと二歩というところまで差し迫ってくるから――足を縺れさせて、その場に転んでしまう。さ、最悪……痛いけど、正直怖くなってきた。
そんなあたしに構わず、彼が手を出してきて――
「ほら、さっさと出――げふぅっっっ!!!!」
一瞬の内に視界からいなくなった。
――は?
「なんだ、あの低能そうな馬鹿野郎は?」
聞こえてきたのは、そして彼の代わりに現れたのは、一花の声と姿。
い、一花?
なんでここにいるはずのない一花が急に現れたのか分からないから、つい目をパチパチとさせていると、視界の端でさっきまで迫ってきていた彼が「うぐぅ……」と唸りながら地面に蹲っていた。
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