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77話 花音の問いかけ ― 一花Side

 

 カチカチカチ、と部屋に置いてある時計の秒針の音がやけに耳に響いてくる。


「いっちゃん! 見て! ゴロンタが自分のしっぽを追いかけてグルグルしてるよ!」

「そうか」

「いっちゃん! ゴロンタが前転してるよ!」

「そうだな」

「……花音、いっちゃんが反応してくれない」

「よしよし」


 何故か花音と葉月の二人があたしの部屋にいるが、それでも秒針の音が響いてくる。


 今の時刻はもう夜の七時。花音は舞が言ったとおり早めに寮に帰ってきた。葉月のお腹がもう空いていたから、さっきあたしも誘われて夕飯は食べている。


 その後に部屋に戻って新しい本を読んでいるが、花音と葉月がゴロンタを連れて、お菓子を持ってきた。花音が淹れてくれたハーブティーを飲みながら本の一ページを捲っていると、向かいではゴロンタと遊んでいる葉月と、それを見守る花音の姿。


 自分達の部屋でイチャつけばいいものを、何故か目の前で花音が葉月の頭を撫でていた。部屋でやれ部屋でと思いながら、ハーブティーを一口飲もうとした時だった。


「そういえば一花ちゃん、今日舞がみんなの前で一花ちゃんに告白したって聞いたんだけど?」

「ぶふっ!!」


 ハーブティーが変な所に入ったんだが!?

 ゲホゲホと咳き込んでいるあたしを余所に、葉月が「そうだよ~」と花音に返している。お前も普通に返すなよ!?


「舞、すっごい大きな声でいっちゃんに『好き』って言ってたよ」

「そうなんだ。ユカリちゃんが帰ろうとした時に見てたらしくて、さっきランドリールームで『どういうこと?』って聞かれたんだよね」


 衣川さんもあそこにいたのか!? いや、衣川さん以外にもいたが! くそ、あんな大勢いるところで舞があんなこと言い出すから……しかも走り去っていくし! あの場に残されたあたしがどれだけ周囲の目にさらされたと思ってるんだ! 恥ずかしいことこの上ない!


「それでどうするの、一花ちゃん?」

「は?」

「だって、もう皆にもバレてるんでしょ? だから返事どうするのかなって」


 いかにも興味津々って顔で花音が聞いてくる。珍しい。花音が好奇心でこんなこと聞いてくるなんて。いや、さすがに全然進展してない舞とあたしを心配してるのか。


「あのな……あたしはもう何度も断ってる。あいつが頑なにその答えを受け入れないだけだ」

「うーん……私も舞だったら受け入れないかな?」

「は?」


 花音まで何言い出すんだ? 

 ゴロンタの背中を撫でながら、クスクスと笑っている花音をジト目で見つめた。面白がってないか? 葉月は花音とあたしをキョロキョロと交互に見てくる。こいつは状況を分かっていないな。


「葉月がもし一花ちゃんと同じ理由で告白を受け入れなかったら、私も受け入れないよ」

「んー?」

「だって、やっぱり好きな人からどう思われているのかを知りたいもの。自分がいると不幸になるからとか、傷つけたくないからとか、そんな理由だったら、私も舞みたいにしつこく諦めないと思う」


 ふふって葉月に笑いかけながら、でも言葉をあたしに届けてくる。


 それは……確かに花音が諦めないでいてくれたから、葉月を本当の意味で止められた。葉月の中で覆らなかった決定事項を、花音が覆した。ちゃんとそれは分かってるが……。


「好きな人の気持ちを知りたいだけなんだよ、一花ちゃん。付き合えない理由を聞いてない。受け入れてもらえない理由を聞いてない。一花ちゃんがそうやってずっと濁している限り、舞は諦めないと思うよ」


 これ以上なくはっきりと伝えてくる花音に返す言葉が出てこない。

 そこまで重要だと自分では思ってないから、あたしの中でもモヤモヤとして、はっきりと伝えられないんだと思う。


 分かってはいるんだが……。


「ごめんね、一花ちゃんを責めるつもりはないの。ただ、一花ちゃんにはちゃんと考えてほしいなって思うんだ」

「それは……」

「私はね、葉月が私のこと少しでも考えてくれるだけで嬉しかったんだよ」


 花音の隣にいる葉月はまだ分からなそうにして、コテンと首を傾げている。花音がそんな葉月を見て、どこか懐かしむように目元を和らげていた。


「葉月に貰ったプレゼント、すごくすごく嬉しかった。花飾りもネックレスも」

「ほしいの? 買ってくる?」

「ううん、そうじゃないよ。それを買ってくれた時、葉月は私のこと考えてくれたんだなって思って嬉しかったの」


 いきなり惚気話か? というか、その話はさすがにあたしも知らないぞ。お前、いつの間にそんなプレゼントを花音にしてたんだ?


 やることはいつの間にかやってたんだなって思いながら葉月を見ていると、花音は大切そうに首元からさっき言ったネックレスを取って、手の平に乗せていた。


「好きな人が自分のことを考えてくれている。それだけで嬉しいんだよ。舞も今はそうじゃないかなって思う」

「あいつが?」


 答えを欲しがってるじゃなくてか?


「ずっと葉月のこと優先にしてた一花ちゃんが、最近は自分のこと考えてくれてるんだよ? 嬉しいに決まってるよ」

「それだと……あいつの欲しがる答えは出てこないのにか?」

「考えて考えて、その先にある答えを欲しいんじゃないかな、舞は」

「どんなに考えても……あたしの答えは変わらないぞ?」

「そうかな?」


 意味ありげに、微笑んで花音が見てきた。なんだ?


「私もね、一花ちゃんが舞をどう思ってるかは分からない。一花ちゃんが納得できる気持ちを見つけてほしいなって思う。それが舞にとっては悲しい答えだったとしても。一花ちゃんのことも、私は大切な友達だと思ってるから。でも最近、一花ちゃんのこと見てて気づいたよ」

「気づいた?」

「一花ちゃんの中で、本当は舞への気持ちがはっきり出てるんじゃないかなって」


 ……気持ちが出てる?


「何度も時計気にしてる」


 花音がいきなりそんなことを言ってきて、パチパチと目を瞬かせた。


「舞の帰りが遅いの、心配してるよね?」

「それは……そうだろ。もう夜だぞ?」

「うん、心配だよね」


 どこも心配してなさそうに、花音は笑っている。何が言いたいのかさすがに分からん。


「何を言わせたい?」

「心配なら、迎えにいってあげればいいんじゃないかなって思って。舞のご飯用意しておくから」

「なんであたしが?」

「葉月を第一に考えているはずの一花ちゃんが、葉月の悪戯に気づくことなく、ソワソワと落ち着かなそうにしているからかな」


 葉月の悪戯?

 バッと葉月のことを見ても、きょとんとした顔を向けてくる。ゴロンタのお腹を触っているだけだが? 飲み物か? いや、どこもおかしい色もしてないんだが?


「いつもだったら気づくのに、一花ちゃん気づかない事多くなったよ、最近」


 ちょいちょいとカップを差してくる花音の指先を辿ると、うっすらと色の変化に気づいた。いつの間に。


「葉月、お前……何を入れた?」

「いっちゃん元気ないから、甘い方がいいと思って」


 つまりはハチミツか。こいつの入れる量を考えたら、三倍……いや、四倍は多く入れたんだな。さっき口に入れた時は分からなかった。


「一花ちゃんの目の前で入れてたんだけど、一切気づいてなかったよね。舞が心配で」


 クスクスと花音が満足そうに笑ってくる。確かに少し気になってたが……でもそれはあいつがこんな時間まで帰ってこないからだろ?


「ただ帰りが遅いから心配しただけで、それがあたしの気持ちがはっきり出てることには繋がらないだろうが」

「それは、一花ちゃんの拒みたい理由があるからだよね?」


 その理由も大方舞から花音は聞いているんだろう。


 けれど、それが全てだ。

 だからあたしは舞を受け入れない。


 何も答えないあたしに、花音はいつもの優しい笑顔を崩さなかった。



「私はね、一花ちゃんにも舞にも、二人が満足する答えに辿り着けばいいなって願ってるよ」



 お前が望んでいるのは、きっとあたしが舞を受け入れる事なんだろうな。


 だが――そうはならない。


 どんなに願われても、

 花音が望もうとも、

 舞が望もうとも、


 あたしが自分を信じることができないのは変わらないんだから。


 どの道、舞が傷つく答えしか思いつかない。


 ……だから、早く舞に諦めてほしいんだがな。これじゃ堂々巡りだ。同じところをグルグルと回っている。ハアと自然と溜め息が零れてくる。


 花音はそれ以上の追及を止めたのか、暖かい目でゴロンタと葉月がじゃれ合っている姿を眺めていた。そこまであたしに早く答えを出せと言いたいわけではないのか。ただただ心配してくれてるんだろうな。


 だからといって、あたしの答えが変わるわけではないんだが……どうしたものか。



「お邪魔しますわよ!」



 一息つこうかと思った矢先に、勝手にレイラが入ってきた。


 そういや、鍵掛けてなかった。舞が葉月たちの部屋に誰もいなかったら、こっちに来ると思って。まあ、あたしを見たら、絶対今のあいつはまた言い逃げでもしていくんだろうが。


 そのレイラは目の下に隈を作った顔で、「なんで向こうに誰もいませんのよ!?」とかなんとか叫んでいる。いや、お前こそなんでいきなりこんな時間に来てるんだよ? ここ、お前の部屋じゃないからな?


 花音の追及が終わったと思ったのに。レイラの出現で今度はなんだと疲れた心を落ち着かせようとして、間違って葉月が大量に入れたハチミツ入りのハーブティーを飲んでしまった。


 とりあえず甘すぎて咽かけたので、レイラを放っておいて、先に葉月の頭にハリセンを一発かましてやると、「なんで!?」と本当に驚いているような表情をしてくる。いやいや葉月、「なんで!?」じゃないんだよ。お前、こんな甘すぎるのものを飲ませて、あたしを糖尿病にでもしたいのか?


「ちょっと二人とも! なんでわたくしのこと無視するんですのよ!?」

「お前が勝手に来ただけだろうが……」

「レイラ~、今日はいっちゃん疲れてるんだよ~」

「わたくしの方が疲れてますのよ! だから花音のご飯を食べにきたのに、あんまりですわ!? ちょっとは労いなさいな!」

「「知らん(ないよ~)」」

「んなぁっ!?」

「あはは、まあまあ、レイラちゃん。今簡単に出来るもの作ってきてあげるから」


 いやいや花音、あんまりこいつを甘やかすなよ。ほらみろ。調子にのって「おーほっほっ、さすがは花音ですわね!」とか内容のない褒め方しだしたぞ。


 舞の放課後の言い逃げといい、花音の珍しい追及といい、さらにはレイラまで。


 次から次へと、今日は本当に目まぐるしいんだが……いやだから葉月、それ以上ハチミツを入れてこようとするなよ。


お読み下さり、ありがとうございます。

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