75話 逆恨みじゃん!
「ありがとうございました」
ニッコニコの店員さんに軽く会釈してから、店の入り口に向かった。
良かった。ここで色々と揃ってたよ。おしゃれなお菓子もあるし、絶対後輩君とかが面白がって食べそうな味のものも。多種多様だわ、この店。しかも当日に直接配達してくれるっていうから便利。他のお店も当たろうとか思っていたから、本当良かった。
あ、花音も今度連れてこようっと。値段もお手軽価格だったから、気兼ねせず買えるでしょ。
打ち上げ準備も出来たし、寮に帰ったら一花にもう一回好きだって伝えてみようとか考えていた時だった。
「……てめぇ……よくそんなご機嫌で俺の前に現れたな」
自動ドアが開いたと同時に、ものすごくあたしを睨みつけてくる奴の姿が視界に入ってくる。
げ……なんでこいつがここに?
「っていうか、邪魔なんだけど?」
「は? 開口一番それかよ。お前のせいで俺がどれだけ大変な目に遭ったと思ってんだ?」
いやいやそんなの知らないし。というか、店の前でそんなガンつけられても困るんだけど。ほら、お店の人が心配そうに見てくるじゃん。こんなの絡まれてる風にしか見えないって。
大丈夫でーすって伝える為に、振り返って店員さんにニッコリと笑顔でまた会釈すると、全然信じてなさそうな顔をしていた。なんであたしがこの男のフォローをせにゃならんのだ。ったくもう。
グイグイとそのまま彼の体を店外に押すと、「は!? 触んな!」とか文句言ってくる。触んなじゃないんだよ、触んなじゃ! あたしだって、あんたの服とか触りたくないわ!
「お前、ふざけんなよ!」
「あのさぁ……状況見なよ。店員さんがめちゃくちゃ疑わし気にあんたのこと見てんだって」
「はあ!?」
「店の入り口でこんな可愛いあたしを睨んで文句言ってるの聞こえてきたら、誰がどうみてもあんたがあたしに絡んでるようにしか見えないって事!」
「誰が可愛いって!?」
え、あたしですが? 何か?
でも彼はやっと店員さんの怪しそうな視線に気づいたのか、口を噤んだ。
はあ、ま、これで学園に通報されるとかはないでしょ。さすがに月宮学園の生徒と星ノ天学園の生徒が喧嘩してるなんて噂にされても困る。
「ここじゃなんだからさ、ちょっと違う場所行こうよ。なんかあたしに文句あるんでしょ? 仕方ないから聞いてあげる」
「なんでお前が上から目線なんだよ!?」
「別にあたしはいいんだよ? このまま大声で『きゃあ! この人痴漢です!』って叫んでも。そうしたら、絶対そっちの学園に通報されて、そっちの生徒会長さんブチギれるんじゃないの?」
「っ……てめぇ……最悪だな」
どっちがさ。難癖付けられて困ってるのはこっちの方だっつうの。本当はさっさと帰って一花の反応を見たくて仕方がないのに。
だけど、さすがにそんな恨みがましく見られると気になってくるじゃん。前々から思ってたけど、こいつはあたしに何の恨みがあるっての? いい加減うんざりだし、それに今年はまだ月宮学園と合同で文化祭とかクリスマスとか、合同でイベントやることになってるし。
このまま恨まれて絡まれてだと、楽しさだって減るってもんじゃんか。
さっき最悪だとか言ってた割に、彼は「ちっ」と舌打ちして歩き出した。あたしの提案に乗ったってこと? それかあたしにちゃんと文句を言いたいってこと? 分からん。
しばらく歩くと、近くに公園らしきものがあった。お、自動販売機。喉乾いたしちょうどいい。
「ここでいいっしょ? てか、あたし喉乾いたから、文句言うのそれからにしてもらっていい?」
「自由すぎるだろ!? お前、立場分かってんのか!?」
「立場の意味が分かんないって。というかあんま大声で怒鳴りつけてこないでよ。まーた周りの人に誤解されるんだけど?」
「うっ……」
人の目が気になるのか、あたしがそう伝えると、バババッと周りを見渡している。こいつ……こんなに周囲の目が気になるタイプだったの? 体育祭ではあんまり気にしなさそうなイメージだったんだけど。
ま、いっか、と思って、さっさとジュースを買った。後ろからは「くそっ」とまた盛大に舌打ちしている声が聞こえてくる。仕方ないな。何をそんなに苛ついてるのか全く分からないんだけど、これじゃあ今までみたいに意味不明な文句を投げつけてくるだけ。少しは冷静になってほしいから、嫌嫌ながらこいつの分のジュースも買って投げつけた。
「は?」
「それでも飲んで、少しは気分落ち着けなって。あたしは逃げも隠れやしないからさ」
あたしに投げつけられたジュースとあたしを交互に見てくる。ま、飲まないなら飲まないでいいんだけど。
状況が分からなそうにしている彼を放っておいて、自分はさっさと自分のジュースを口に付けた。甘いの染みこんでくるぅ。よしよし、さっきこいつにいきなり怒鳴られてモヤっとしてたの消えてきた。
「よし、文句どうぞ!」
「は?」
「いやいや、『は?』じゃないでしょ。その為にここに来たんじゃん」
「いや、そうだけど……」
えー。なんでいきなり尻込みしてんの!? さっきまでの勢いどうした!
「あのさぁ、文句ないなら帰っていい? これでもあたし忙しいんだよね」
「お、お前がいきなりこんなの渡してくるからだろ! お前に文句なら山程あるっつうの!」
え、ジュース渡しただけじゃん。
「さてはお前……」
「ん?」
「俺に気があるってことか?」
「…………は?」
意味わからんこと言い出した。
あまりにも予想外のことを言いだした彼を見てると、わざとらしく長い髪を搔き上げて、口元をニヤつかせている。キモイ。
「こんなもんで俺がお前に惚れるとでも思ってんのか? バカじゃねえの。お前みたいな女、こっちから願いさ――」
「そのバカげた妄想、すごすぎるんだけど。たかがジュース上げただけじゃん。そもそも名前も覚えてないのに」
「まだ思い出してなかったのかよ!? そっちの方が驚きだわ!」
叫んだせいか、彼が顔を真っ赤にさせてハアハアと息を荒げていた。記憶にないんだから仕方ないじゃん。というか、だから大きな声で叫ぶなってば。そんなちょっと叫んだぐらいで息切れって、どんだけ肺活量ないのよ。
「この前といい、さっきといい昔といい、本当苛つく女だな!」
「あのさ、さっきっていうのも分かんないんだけど、この前の体育祭も昔って言うのも全部分かんないし」
「お前、さっき店に入る前に俺を無視してただろうが!」
え、そうだったの? 全っ然気が付かなかった。
「この前の体育祭のやつも! あんな頭おかしい奴を俺にけしかけてよ!」
「葉月っちのこと?」
「そうだよ! 後で聞いたら、お前の知り合いだって言うじゃねえか!」
「知り合いも何も友達だね」
「そいつが俺のこと殺そうとしてたんだぞ!? お前が言ったからだって!」
「はあ? 葉月っちが?」
なんであたしが葉月っちにそんなバカげたこと言わないといけないのさ。それに後輩君、そんなこと言ってなかったはずだけど。
「あたしはあんたが花音のことバカにしたから、葉月っちがブチギレしたって聞いたんだけど?」
「俺はただ庶民風情がって言っただけだ!」
いや、それだよ。間違いなく葉月っちのブチギレポイントそこだよ。
ハアと呆れてしまって溜め息が出てしまう。それを煽られてると感じたのか、彼はますます顔を真っ赤にさせていた。葉月っちが暴れた理由分かってなさそう。
「あのさぁ、大事な人をバカにされたら誰だってキレるって。葉月っちのやり方は到底あたしら普通の人間が考え付くことじゃないけど、先にバカげたことを言ったあんたが悪いじゃん」
「俺は常識を言っただけだ!」
「いやいや、よく知りもしない他人に『庶民風情』って言うの、常識じゃないから」
どこをどうやったら常識になるのかさっぱり分かんないんだけど。どんだけ周りの人間を下に見てんの、こいつ?
このまま話を続けても、全く話が通じる気がしないわ。常識の基準があたしと違いすぎてるし。さっさと話を進めよ。
「葉月っちのことはともかく、さっきっていうのは?」
「お前……店に入る前に俺の事を無視しただろうが!」
「え? いたの? ごめん、全く気が付かなかったわ」
「はあ!? 気が付かなかった!? あんだけ笑顔振り回しておいて!? 俺にやっと謝れると思ってたんだろ!?」
っていうか笑顔だったの、あたし!? 一花のこと考えてはいたんだけど、もしやそれが顔に出てた!? 何それ、めっちゃ恥ずかしいんですけど! いやいや、待って。謝る? 誰が? 誰に?
「そもそもさ、なんであたしがあんたに謝らなきゃいけないわけ? 逆じゃない?」
「なんで俺がお前に謝んないといけないんだよ!?」
初顔合わせから体育祭の時まで、謝られる内容てんこ盛りなんですけど?
今までの自分の言動に全く気付いていないのが心底不思議だわ、とか思っていたら、彼があたしが謝る理由を話してくれた。
「お前のせいでな、あれから謹慎処分くらったんだよ! 少しは反省しろってな!」
…………完全なる逆恨みじゃん。
あまりにも自分勝手な理由で茫然としていたら、彼が苛立たしそうに「ちっ」と激しく舌打ちしている。なんで全部あたしのせいになるのさ? 全っ部、自業自得なんだけど!
「……謹慎処分くらったって、あんたが悪いんでしょうが。体育祭の時はあたしに絡んできて、しかも初対面なのにあたしの家族を侮辱してきてさ」
「お、おま……どんだけ鈍感なんだよ!? まだ俺が誰か分かってないってのか!?」
「だからさ、さっきも言ったけど、名前も知らないって言ってるじゃんか?」
「ふ……ふふふふざけんなよ!!」
今までで一番の怒鳴り声。
やばー……、これはめっちゃ怒ってるわ。でもさ、本当知らないものは知らないんだよね。
「あー……その、ごめん? いや、最初にあんたが昔とか言ってたから面識あんのかなとは思ってるんだけど、全く覚えてないんだよね」
「て、てめぇ……」
そんな恨みがましく見られても、覚えてないんだってば。
「で? あんたはどこの誰?」
「てめえのせいでぶっ潰れた鍵宮だよ! お前の父親が媚びを売って、東雲家に手を回させたせいでな!」
今こいつ、なんて言った?
鍵宮……いや、その名前は知らないんだけど……パパが媚び売った? 東雲家に?
「なんでそこで東雲家が出てくんの?」
「はあ!? とぼけんな! 昔お前が分不相応にあのパーティーにきやがって、そこで親切丁寧に教えてやっただろうが! 成金が来るところじゃないってな! そうしたら東雲家のあのチビッ子がお前を助けてたじゃねえか! そのせいで、親父が色んなところから縁切りされたんだよ!」
パーティー。
成金。
一花があたしを助けてくれた。
思い出すのは、一花と初めて会った時のこと。
あたしは初めてのパーティーで、
パパも初めて呼ばれて嬉しそうにしていて、
なのに、
そのパーティーで何人かのバカ男子に絡まれて、
『そういや神楽坂っていうお前の父親も新参者だよな? 名家でも何でもない』
あのニヤニヤして見下してくるバカ男子の姿が脳裏に浮かぶ。
「あの時のせいで、親父の会社は縮小された! どんだけ惨めな思いをしたか分かるか!? 親父にも散々責められて意味分かんねえし! そもそも、お前があのパーティーにきたのが間違いなんだよ! そうすりゃ、俺の方が東雲家に気に入られてたってのに!」
ただの逆恨みを延々とほざいてくるけど、それどころじゃない。
お、
お、
お、
おお、
お前かぁぁぁい!!!!
お読み下さり、ありがとうございます。




