68話 怯んだら駄目だ
「ルームメイトは解消だ、舞」
そう言われるんじゃないかって、少し思っていた。
あたしは告白して、一花はそれを振って、
だから、
ルームメイトでいることは出来ないって。
「その方が、お前にとってもいいだろ」
あたしよりも辛そうに目元を歪めている一花がいる。
「あたしもそっちの方が気が楽になる」
……なんで。
なんでさ?
なんで、
一花の方が辛そうなのさ?
「このままルームメイトを続けてもメリットはどこにもない。ただただお前が苦しくなるだけだ」
それっぽいことが一花の口から出てくる。どこか他人事で、全然知らない人の事情を言っているように聞こえてきた。
なんか、だんだん腹が立ってきた。
なんで勝手に決めてんの?
メリット? そんなこと考えて、あたし、一花とルームメイトとして生活していたわけじゃないよ。そりゃあさ、ラッキーって思ったよ。一花と一緒に住めるって、色々アピールしていくんだって。あたしのこと好きになってくれるかもって。
だけどさ、
何より、楽しかったんだよ。
一花に怒られたり、一緒にご飯食べたり、お喋りしたり。
そんな毎日が楽しかったんだよ。
あたしが苦しい?
そりゃあ苦しいよ。一花に振られたんだからさ。自分の気持ち受け入れてもらえなかったんだって、悲しいし苦しいよ。
だけどさ、
そんなことより、一花と一緒にいられる喜びの方が勝つに決まってんじゃん!
それを、何さ!?
これから苦しくなるの決定みたいなこと言って!
そんなの、分からないじゃんか!!
「だか――」
一花の言葉が続く前に、ビリッと、テーブルの上に置かれた部屋替え希望の紙を取って、勢いよく裂いた。
目の前の一花が「は?」と間抜けた声を出している。でもそんなの知ったこっちゃない! キッと一花を睨みつけるように視線を上げたと同時に、裂いた紙をバンッとテーブルに荒々しく置いた。さらに一花が目を丸くしている。
「あのさ……」
「な、なんだ……?」
「一花にこれ、決定権ないから!」
「は?」
「だから、これ! この部屋替えの決定権、一花にないから!」
バンバンとその紙ごとテーブルを叩くと、一花が紙とあたしを交互に見てくる。見るからに混乱しているけど、いやいやないんだよ!
「あのさ、一花……忘れてると思うけど、あたしが寮長なんだよね!」
「……は? いや、え? 今更?」
「今更でもなんでもないし! 歴とした事実だから!」
これが事実! あたしが寮長! この部屋替え希望の紙に最終的にハンコを押すの、あたしだから!
「だから、これは無効! あたし、承諾しないし! 一花がこれに偽のあたしのサインを書いたとしても、最終的に承諾するか否かはあたし! よって、承諾しない!」
「いやいやいや、何を言い出してるんだ、お前は!?」
「一花がいきなり変なことを言ってきたからじゃん!? そもそもさ、メリットって何!? 一花はあたしとルームメイトでメリットを感じてたわけ!? 苦しい!? 一花が決めることじゃないじゃん!」
「待て待て待て待て……いいか、舞。よく聞け?」
頭が痛そうに一花がこめかみを指で押さえてる。いや、まだ混乱してる。
「あのな……現状をよく考えろ? 昨日、お前があたしに告白した、違うか?」
「違わないね」
「それをあたしが振った、覚えてるか?」
「そりゃあ忘れないでしょ。めっちゃ泣いたもん」
「ああ、うん、そうだよな……それはちょっとあたしでもどうしようもないから、何とも言えないんだが……そうなると、だ。このままルームメイトを続けても、お前もあたしも気まずいだろ?」
「そんなの分かんないじゃん」
「分かるだろ!?」
いやいや、分かんないって。そんなの暮らしてみなきゃ答え出ないよ。
確かにさ、ここに来るまで緊張したし、この部屋に入った瞬間に気まずい空気流れてたの分かるよ。実際自分も気まずいと思ったし。
だけど、それをぶち壊したの、一花じゃん。
あたしはこんな状態で、ルームメイト解消なんて嫌だし!
ハアと盛大に大きな溜め息を、目の前の一花がついていた。
「待て待て、落ち着け、自分……何でこうなってんのか分からなくなってる場合じゃないんだよ……」
「別に分からなくなってないでしょ? あたしの答えはノー一択」
「お前じゃないだろ!? あたしだよ、ノーと言ったのは!」
はっ! そうだよ! 違うじゃん! あたしが聞きたいのは、こんな話じゃないんだよ!
「そうだよ、一花! そうなんだよ!」
「……何がだ?」
「あたし、一花にちゃんと聞きたいことがあるんだって!」
「はあ?」
いや、『はあ?』じゃないでしょうが!? なんで『何言ってんだ、こいつ』みたいな顔してんの!?
「ちゃんと昨日の答えを聞かせてよ!」
「……お前、ついにおかしくなったのか? 昨日ちゃんと告げただろうが。さっき自分でも言ってたじゃないか、泣いたって」
「そうじゃなくて!」
テーブルの向かい側にいる一花の方に、身を乗り出して近づけさせると、一花が反射的にとでもいう感じで、上半身だけ器用に後ろに引かせている。
でも、そうじゃないんだよ、一花!
「あたしが聞きたいのは、一花の気持ちなんだよ!」
それが今一番聞きたいことなんだって!
予想外のことを聞かれたのか、ますます「はあ?」とでも言いそうに、一花が目をパチパチと瞬かせていた。
「だから、言っただろうが……」
「言ってない!」
「いや、言っただろ? お前の期待には応えられないって」
「期待とかそんなんじゃなくて、ちゃんと一花の気持ちを知りたいんだよ!」
応えるとか、応えないとかじゃない。
あたしは、今、
一花があたしの事を好きか嫌いかを知りたい!
次第に、さっきまで想定外とでも言いたそうな顔をしていた一花の顔が、考え込んでいるように変化していく。
「……期待には応えられない。それが答えだ」
……だぁかぁらぁ!!
やっと絞り出したかと思えば、さっきと変わらない一花の答え。段々と、イライラとしてきたんだけど!?
「そっちの答えを聞きたいんじゃないんだってば、一花! 一花は、あたしのことを好きなの?! 嫌いなの!? どっちなのさ!?」
焦りからか、ついつい自分でも声を荒げてしまう。そのことを聞きたいんじゃないんだよ! 少しは分かってよ!
「……何度聞かれても、答えは同じだ。変わらない」
はっきりとあたしはイエスかノーかで聞いた。
好きか嫌いか。
それだけを聞いた。
なのに、なんで答えが同じなのさ!?
一花だって分かってるはずじゃん! あたしが今聞いた問いかけが、一花が今伝えてきた答えじゃないってことに!
「変わらないわけ……ないじゃんか!」
「変わらない。あたしがお前に言えるのは同じ答えだ」
目を開けた一花が、今度は真っ直ぐにあたしを見てくる。
その目が、これ以上は聞いてくるなと訴えかけているように見えた。
それと同時に、あたしから逃げているようにも見えてくる。
そんな一花を見て、ちゃんと答えてくれない一花への苛立ちから少しだけ冷静になれた。スウッと軽くあたしも息を吸って吐く。
一花は答えない気だ。
きっとそう。
このままルームメイトを解消して、あたしとの関係も終わらせようとしている。
そんな気がする。
――駄目だ。
このまま、一花の言うとおりにしちゃ駄目だ。
一花はなんでも背負い込む。
葉月っちのことも、一花が昔葉月っちにしたことも、レイラのことも全部全部全部。
そんなの駄目だ。
絶対駄目だ。
ここであたしが怯んだら駄目だ。
「一花がちゃんと教えてくれないのって、何?」
「ちゃんと伝えている。お前の期待に応えられない。それはつまり、お前とそっちの関係にならないっていうことだろ」
「一花も分かってるよね? あたしが今聞いてるのは、一花があたしと恋人になるかどうかじゃないんだよ。さっきも言ったとおり、あたしを好きか嫌いかどっちかなんだよ?」
「同じ答えだろ」
どう聞いても、一花が頑なにその答えを言ってこない。
あたしのことが嫌いなら、嫌いって言えばいい。
あたしのことが好きなら、恋愛方面では見れないって言えばいい。
あたしのことを恋愛対象で見てたら、ちゃんとそう言ってくれればいい。
だけど一花は答えない。
必死に頭の中を巡らせる。
一花が言ってこない理由は?
こんなはぐらかすように言ってくるのは何で?
思い出すのは、病院でのさっきのお姉さんの話。
一花は苦しんでいる。
自分に重い十字架を背負いこんで、苦しむことを選んだ。
それって……みんなで幸せに笑いあう未来を、一花は望まないってこと?
だから?
だから一花はあたしに言わない?
一花のその選択と今のあたしへの返事は、関係している?
「……あのさ」
「……今度はなんだ? あたしからの答えは変わらな――」
「一花があたしへの好きか嫌いかを言わないのって、葉月っちに昔したことが関係してるの?」
ついそのまま、あたしは一花に問いかけた。
気になるから。
ちゃんと知りたいから。
すると、見る見るうちに一花の目が見開かれていく。
「お前……?」
「聞いたよ、あたし。一花が昔、葉月っちに何をしたのか」
それで一花が苦しんでる事も。
「……誰に?」
「お姉さんに」
まだ驚いているのか、すごく静かに一花が聞いてくる。それから黙ってしまって、顔を下に俯けた。
「……姉さんから何を聞いたかは知らないが、それと今回の件は関係ない」
とてもそうには聞こえない静かな声で、一花が話す。
だけど、今ので分かった。これ、関係してるんだ。
「本当?」
「本当だ」
「嘘だよね?」
「嘘じゃない」
頑なだ。間髪入れずに返答してくる一花は、まだ顔を上げてこない。
今だ、と感じる直感を感じた。
ここを逃しちゃ駄目だ。
一花の本心を聞くこの機会を。
「……一花が苦しんでるって、お姉さん言ってたんだよ」
「……」
「見てられないって」
「…………」
「助けたいって」
最後のはあたしが思っていることを言ったけど、一花が少し肩を震わせたのが分かる。
「あたしもさ、葉月っちにしたこと、一花がそこまで思い悩むことじゃないって思ったよ。その時の状況の時のことも聞いたけど、それって――」
「やめろ」
ゾクッと、今までに聞いたことがないくらいの低く冷たい声が聞こえて、あたしも言葉が止まった。
ゆっくりと一花が顔をあげて、今までに見たことないくらいに恐い顔で睨みつけてくる。
……これがきっと、一花の地雷だ。
お読み下さり、ありがとうございます。




