66話 応援、受け取りました!
後編は基本、舞Sideでお届けしようと思います。
一花Sideの時は『一花Side』とつけますので、それを目安にしていただければ幸いです。
『一花ちゃんのこと知る覚悟、本当にある?』
一花のお姉さんが昔の話をする前に言った言葉が、今頃になって胸に響いてくる。
「強がってるけどね……あの子は誰よりも弱いのよ」
全てを話し終わったとでもいうように、お姉さんは息を整えるようにコーヒーを口に含んでいる。ギュッと自分のスカートの上に置いた手を握った。
向かい側にいるあたしはそれどころじゃない。
ずっと、一花は強いと思っていた。
一花は何でもできる。
何でもすぐに解決できる。
女の子を蔑んでくる男の子相手でも、
怖そうな大人相手でも、
それこそ、あの葉月っちの悪戯に関しても、
すぐに、いつも解決してきた。
最後には「仕方ないな」って言いながら、困ったように少し笑って。
なのに――。
「……バカですわ、一花は」
隣にいたレイラが辛そうにポツリと呟くと、お姉さんが溜め息をついてカップをテーブルに置いていた。
「レイラを巻き込みたくなかったのよ」
「っ……だからって、なんでいつもいつも背負いますのよ!?」
「じゃあ、あの時のあんたに言えば良かったの? 『実は自分も葉月を殺そうとしたんだ、自分も苦しいから助けてくれ』って? 部屋から出られなくなった9歳のあんたが、一花ちゃんを助けられたっての?」
「それはっ……! それ、は……」
尻すぼみになっていくレイラに、お姉さんは「責めたいわけじゃないわ」とフォローするみたいに言ってくれる。
あたしもレイラは悪くないと思う。葉月っちの過去は、正直誰も背負えない。
あたしだって、もしその時葉月っちと友達になっていたとしても、避けるかもしれない。友達が死ぬことを望んでいて、しかも発狂までして、自分には止めることも出来ないから、それを絶対気に病んでしまうと思うよ。
「誰も悪くないのよ。誰もね。でも、一花ちゃんはずっと自分を責めている。責め続けているの。家族の私たちが見ていられないくらいに」
それを、一花は背負ったんだ。
殺そうとしてしまった負い目もあるから。
一花の家族は、そんな一花をずっと支え続けてきたんだ。
それはどんなに苦しい事だろう。
家族でもない、恋人でもない、幼馴染でもないあたしは、それを想像することしか出来ない。悔しい気持ちが胸の中一杯に広がっていくのを感じる。
あたし、全然気づかなかった。
一花がそんなに悩んでいることも、思いつめていることも、背負っていることも。
ずっと一花に振り向いてほしかった。
たまに見せてくれる優しさとか、笑ってくれた顔とか、怒っている顔とか、色んな一花を傍で見れて、やっぱり好きだなとかしか考えていなかった。
……バカすぎるでしょ、自分。
一花の気持ちを全く考えていなかったなんて。
自分の気持ちを押し付けるばかりで、勝手に告白して、振られて、落ち込んで、それでも諦められなくて、一花の家族の所にまで押しかけてきて。
でも、結局それも、自分の気持ちを受け入れてもらいたい為でしか考えていない。
なんでこんなことに気づかなかったんだろう。
なんでこの一年ずっとそばにいたのに、一花のこと考えてこなかったんだろう。
そんな自分に悔しさが溢れ出てくる。
気づく機会は一杯あったはずなんだよ。
葉月っちと花音がルームメイトを解消した時だって、冬休みの時だって! スキー旅行の時だって! 他にもたくさん!!
なのに……
この一花かっこいいとか、可愛いとか、優しいとか、
そんな自分のことしか考えていなかった。
その時に自分のことを考えてくれているかなとか、自分勝手なことしか考えてこなかった。
一花は、苦しんでいたのに。
きっと、今も。
「だから……知っても意味ないって言ったのよ」
黙り込んだあたしとレイラを見かねてか、お姉さんがハアと溜め息をついているのが聞こえた。
「忘れなさい」
「……え?」
「今私が言ったことは忘れなさい。そうよね……こんなこと馬鹿正直に教えた私が馬鹿だったわ。まだまだクソガキのあんたたちが何かを出来るわけないもの」
く、クソガキ……。
お姉さんのその悪びれもしない本音に、一瞬でさっきまで考えていたことが吹っ飛んでしまう。
い、いやいや、確かに色気溢れるお姉さんと比べたら、あたしたちはクソガキかもしれないんですけどもね!?
「はっきり言って、一花ちゃんと葉月が異常なのよね。前世とかいうものの記憶のせいか、大人でも耐えられないようなことを耐えてしまうんだもの。……葉月は違った方でも異常だけど」
葉月っち、何かお姉さんにまで言われてるよ!?
「レイラももう忘れなさい。あんた、髪型はともかく、普通の高校生なんだから。無理よ、一花ちゃんのことを何とかしようとするのは。絶対何も出来やしない」
「……なんですって?」
髪型はともかくってなんですか?! いや、確かにここまで立派な縦巻ロール、漫画でも見ないけどさ!? ねえ、レイラ!? 今そっちに怒っていたりしないよね!? お姉さんも、今はそっちの話じゃなかったですよね!?
今は一花の話で――とか違うことをつい考えてしまっていたら、何故かお姉さんは呆れたようにフリフリと手を振っている。
あれ……? なんかさっきまでの様子と違うような――
「一花ちゃん自身が前向きに考えなきゃ、誰かに何を言われても、あの子は苦しんでいくだけなのよ。頑固なの。父さんに似て」
「だからってっ……!」
「止めなさい止めなさい。無理無理。あんた、昔からポンコツなんだから。いっつも葉月の遊び道具にされてたじゃない。一花ちゃんにだって適当にあしらわれてたし」
「っ……」
レイラは言葉を噤んでしまったようだけど、煽るように言ってくるお姉さんに、少し違和感を感じてしまう。
さっきまであんなに辛そうに話していたのに……いきなりどうして?
「だからって……このまま終われるわけありますか!」
隣のレイラがいきなり立って大声でお姉さんに叫んだから、ついついポカンとレイラを見上げてしまう。
「れ、レイラ?」
「ええ、ええ! そうでしょうね! わたくし、確かに葉月と一花と比べるとポンコツかもしれませんわ! 認めますわよ! 葉月はそのバカげた発想力で作った遊び道具でわたくしを追い掛け回してきましたし!? 一花は一花でまるで餌を与えるみたいに、わたくしを葉月に差しだして、助けてくれるわけでもありませんでしたし!? そんな2人にいっつもいいようにあしらわれてきましたし!?」
「れれ、レイラ!?」
それ、聞いているこっちが悲しくなってくるんだけ――
「ですが!! わたくし、あの2人の幼馴染なんですのよ!!」
一際大きい叫びが、部屋中に木霊した。
レイラの目元には雫が溜まっているようにも見える。
「わたくし、わたくしは!! あの2人の幼馴染なんですの! 助けたいと思って、何が悪いんですの!?」
……うん。
「確かに、怖くて何も出来なくて、あの時2人から離れましたわ! でも! だからこそ! 今のわたくしで、助けられることがあるかもしれないじゃありませんの!」
うん。
「いっつもバカな道具でわたくしを振り回してきて! いっつも泣いているのに知らん顔してお茶飲んで! だけど、だけど楽しかったんですのよ!」
それをあたしは知らないけど、
「だから、今度こそ、助けてやりますわ! ええ、ええ! 絶対ですわ! そうして、一花のことを、そんなことを考えてバカで残念ですわねって、鼻で笑ってやりますわよ!」
でも、助けたいって思うレイラに大賛成だよ、レイラ。
「あーそう。出来るものならやってみなさい。一花ちゃんに結局逆に鼻で笑われる未来しか見えないけど」
「そんなの分からないじゃありませんの! ふん! 今に見ときなさい! 行きますわよ、舞!」
「え!? あ、ちょっと!?」
呆気にとられていると、レイラがそそくさと部屋から出て行ってしまう。でもすぐに、廊下の方から「ふぎゃ!?」とか変な叫び声が聞こえてきた。
……ちょっとレイラの啖呵を切る姿にかっこいいとか思ってたのに、なんか台無しなんだけど!? 感動したのに! そうだよね、って思ったのに!?
「あーあ、あれ、絶対また迷子になるわよ」
「はい?」
「あんたも早く行ったら? 一花ちゃんを好きだとかなんとか抜かしていたけど、どうせあんたも泣いてもう無理ですとか降参することになると思うし」
出てけと言わんばかりにお姉さんが手を振ってくる。
さっきから、いきなりお姉さんはあたしとレイラを煽りだしている。
でも、お姉さんはわざとこうやっているとしか思えない。
「降参ですか? あたしが?」
「すぐにでもね。どうせ、重すぎるから自分には無理とか言いそう」
……重すぎるから無理?
そんなの、そんなの、
「絶対、ありえませんから!」
さっきのレイラのように、あたしも立ち上がってお姉さんに向かって叫んだ。面食らったように、お姉さんは目を丸くしている。だけどさ、本当、ありえないから!
「ぜぇぇぇっっったいに、ありえません!」
確かに、重いとは思ったよ!
でも、それだけ!
それだけなんだよ!
ぎゅっと自分の胸元を掴んだ。
「あたし、一花が好きですから!」
精一杯の気持ちを声に出したけど、でも不思議と、さっきお姉さんに伝えた時とは違う。
緊張もないし、恥ずかしいとも思わない。
「重いとか、軽いとか、そんなの関係ないくらいに好きですから!」
好きだから、気づかなかったことが悔しい。
好きだから、やっぱり何とかしたいって思う。
好きだから、
「助けたいって、思います! 前向きにさせてやります!」
あたしに振り向いてほしいとか、そんなんじゃなく、
純粋に今、
一花のことを支えたいって思うよ!
「ふーん……」
興味なさそうにお姉さんは、頬杖をついて立っているあたしを見上げてきた。
「……一花ちゃんを傷つけたら、絶対に許さないから」
「望むところです!」
「一花ちゃんは助けてほしいなんて微塵も思っていないわよ」
「そんな一花に笑顔になってもらいたいから、頑張るだけです!」
「あんたに何が出来るの?」
何が?
あたしはにっこりとお姉さんに笑った。
「そんなの、出たとこ勝負ですよ、お姉さん!」
体当たりで、その場で考える!
つまりはノープラン!
だって、あたし、考えるの苦手だし!
あたしのその一言で、明らかに頭が痛そうにこめかみに指を置いた。おお、一花とそっくり。
「……本気で今この場で行動不能にしたくなってきた……」
……いきなり怖い事言わないで!?
「ちょちょちょ、それは困ります! だけど、安心してください! 一花のこと、絶対笑顔にしてやりますから!」
「ノープランのあんたが言っても説得力ないんだけど?」
「そこはほら、なんとかなりますって!」
「こういう時は具体的なことを言って、少しはあの子の実の姉を安心させてあげるとか思わないわけ!? 仮にもあんたの好きな人の姉よ、私!?」
「お姉さんの信頼に答えるために頑張ります!」
「聞いてないわね!? 誰も信頼しているなんて一言も言ってないんだけど!?」
いやいや、聞いていますよ!
信頼してくれているから、レイラにもあたしにも煽って、気持ちを奮い立たせてくれたんでしょ?
「バッチリ、エールは届きました!」
「……何、この既視感……まるで葉月と話している感じなんだけど」
また葉月っちと一緒の扱い!? 心外すぎる!
でも、本気でその応援、受け取りましたよ!
「じゃ、あたしもそろそろ行きます! 今日は本当にありがとうございました!」
「……とっとと行って。さすがにもう返す気力がないから」
あ、そうだよね。お姉さん、さっきまで手術してたって言ってたし。あたしがいつまでもここにいると、お姉さんも休めないか。
若干疲れ気味のお姉さんに背中を向けて、あたしも部屋から出る事にする。レイラを追いかけなきゃ。迷子になってるってお姉さんも言ってたし。
あ、そうだ、と思ってお姉さんの方を振り向くと、既にソファに寝そべっていた。早っ。
「お姉さん」
「……あんたにお姉さんと呼ばれる筋合いはないんだけど」
「今後とも、どうかよろしくお願いします!」
「誰がよろしくするか!? さっさと出てって、盛大に一花ちゃんに振られろ!!」
「あっはっはっ、実は昨日振られてますけど! あ、でも諦めないんで! お姉さんに協力してもらえたら百人力だなぁ、とか思っちゃったり――」
「予想外に図太いわね!? でも誰が協力するか! 一花ちゃんを渡すわけないでしょうがぁ!」
「いやいやいや、ちょちょちょぉぉ!? カップを投げるのは反則すぎますってぇぇ!?」
「とっとと出てけぇぇ! こっちは疲れてんのよ!?」
「ぎぃぃやぁぁぁあああ!! すいませんでしたぁ!!」
さすがに近くにあったコーヒーカップやらポッドやら花瓶やら投げつけられてきたから、慌てて部屋の外に出た。
こっわ! 一花のお姉さん、こっわ!
ぐ……でもさすがに、協力はしてもらえそうになかったか。少し残念。
だけど、さっきとは打って変わり、今の自分の気持ちは晴れやかだ。
絶対絶対、一花を前向きにさせてやる。
普通に笑って、過ごせるようにしてやる。
一花、
あたし、一花が好きだよ。
だから、笑ってよ。
苦しまないでよ。
その為に、
今の一花の気持ち、教えてよ。
お読み下さり、ありがとうございます。




