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ルームメイトは乙女ゲームのヒロインらしいよ?  作者: Nakk
番外編 中編(一花Side)
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51話 気づいてしまった

 


「待ってくれ、沙羅さん。今日いきなりっていうのは――」

「もう十分待ったでしょう。3年よ、一花」

「だが急にあなたが来たら葉月だって困惑する。約束のこともある。それを破ったら、あいつは頑なにあんたたちをさらに拒否する。分かってるだろう?」

「その約束も、あの子の方が破っているでしょう」

「――それに、あそこには事情を知らない人間もいるんだよ」

「だからこそよ。それだったら、葉月も逃げられないでしょう」


 全く聞く耳を持たないのは、葉月の叔母の如月沙羅さん。なんとか帰ってもらうために色々と言ったが、沙羅さんの言葉に反論も出なくなった。


「それに……私もあの子の顔が見たいわ」


 いつもは自信たっぷりなのに、車の中で呟く沙羅さんの淋しそうな声に言葉が詰まってしまう。


 そんなことを言われたら、こっちだって何も言えなくなるじゃないか。この人も、葉月が屋敷を出てからは全く会えていない。葉月が嫌がるから。


「この前も……無茶をしたのでしょう?」

「それは……」


 この前、葉月は一人になりたがった。ストレスが限界だったのも目に見えていた。危険なのは分かっていた。


 だけど……最近のあいつは我慢が出来ていたから。

 中等部の時と違って、花音に気を遣ってか、我慢できていたから。


 だから、コーヒーを一人で飲みにいくのを許可した。たまにあったから、それで一時的に落ち着くのも知っているから。


 でも、その限界は、あたしが思っているより超えていて、葉月は自分に絡んできた男女数人を病院送りにした。


 その被害者とも言える人達に会って葉月のことを聞いたら、異様に怖がっていた。部下たちから報告を聞いて、葉月があの連中にした行為を聞いて、ついていかなかったことを後悔した。


 あいつはあの連中を使って、試したんだ。

 どれぐらいの傷をつければ死ねるかを。

 どれぐらいの行為をすれば、周りの監視達に止められるかを。


 その時のことを思い出して、自分の不甲斐なさに膝に置いた手をギュッと握りしめる。


「お父様は何も言わない……でもね、本当は一番会いたがって、心配しているのよ。一目でいい、会わせてあげたいの。私はたまに魁人から聞いてるし、遠目で葉月の様子は見てるけど……お父様は約束を守って、動こうとしないの」

「沙羅さん……」


 確かに会わせたいってあたしも思う。あの人が一番葉月を心配しているのも分かってる。


「このままだと……葉月はずっと会わない気だわ」


 決定事項のように沙羅さんが言う。


 そうかもしれない。

 そして、もしかしたらいなくなるかもしれない。


 それはあたしが間に合わなかった時だ。

 止められなかった時だ。


 そうなったら、もう二度と源一郎さんは葉月と会えずに終わってしまう。


 ……都合がいいのか、今は葉月もこの間の件で大分ストレスを発散させたはずだ。

 高等部に上がってからの葉月は花音の影響なのか、中等部の頃よりはちゃんと意識して我慢できる状態だ。


 今がいい機会なのかもしれない。

 豹変することなく、あいつも源一郎さんと話せるかもしれない。


 いや、大丈夫だ。

 もし豹変しても止められる。

 すぐこっちに、現実に戻せる。


 中等部での3年間で、あたしは前よりはっきりそれを出来るようになったんだから。


 グッと決意を込めて、沙羅さんの方に顔を上げた。


「……わかった」


 あたしがそう言うと、沙羅さんも少し表情を緩ませる。やっぱりあたしの許可もちゃんと取りたいと思ったんだろう。


 本当は、沙羅さんは強引にだって葉月を連れ戻せる。でもそれをしないで、ちゃんとあたしに確認をしてきた。あたしのことも大事にしてくれている。


 ちゃんと葉月をこの人たちと向き合わせたい。


 それは紛れもない本心だ。


「じゃあ、あたしから葉月に――」

「何言ってるの? 今から行くわよ」


 ――は? 今から?


 きょとんとする間もなく、沙羅さんは車から降りた。いやいや、はあ!? 今!? 今って今!?


 慌てて車から降りると、沙羅さんの部下の人たちも一緒に降りてきた。この人たちも慌ててるんだが!?


「ちょちょっ……!? 沙羅さん、ちょっと待ってくれ!? 今はさすがに――」

「あのね、一花。こういうことはさっさとやるのよ」

「いやいやいや、待ってくれ!? まずはあたしから葉月に説明する! だから!」

「だめよ。それだとずっと引き延ばされるだけだもの」


 ツカツカツカと沙羅さんの足は止まらない。一直線に寮の玄関口に向かっている。そんな沙羅さんの行く手を遮るように体を忍ばせるが、沙羅さんは揺るがないように、ヒョイッとあたしを避けてまた進んでいく。


 ちょっとは止まれ! なんで、鴻城家の面々はこうと決めたら揺るがないんだよ!? 行動が早すぎる!! しかも止まらないんだよな! 美鈴さんと葉月もそうだが、この人も間違いなくその部類なんだよな! 子供の時も、何度も母さんに美鈴さんとセットで怒られていたもんな! 


 そんな昔の記憶を引っ張りだしている内に、あっという間に葉月と花音の部屋の前まで辿り着いてしまった。


 ――案の定、いきなり現れた沙羅さんを前にして、葉月は暴れた。



 ◆ ◆ ◆



「美味しいですわ。こんなお店があったのですわね」

「あら、レイラちゃん、ここで食べたことなかったのね? ここ、昔からあるお店よ」


 全く知らなかった様子のレイラは、衝撃! と表すのがピッタリな表情で沙羅さんに視線を向けていた。何故か鼻の頭にご飯粒をつけた状態で。


 葉月が渋々了承して鴻城家に向かう途中、この飲食店に入った。お昼手前だったからな。


「いっちゃん、先に車戻ってる」

「……平気か?」

「うん」


 隣で食事をしていた葉月がさっさと食べ終わって、誰よりも先に店から出て行く。さっきの感じだと大丈夫だとは思うが……運転手から鍵奪って、変なことしないよな。


「葉月っち、機嫌悪いね……」


 つい窓から見える葉月の車に乗り込む姿に視線を向けていると、向かいの席に座って食べていた舞が、ボソッと呟いた。


 そうだよな。そりゃいつも葉月の悪戯を見ているが、葉月があんな風に暴れるとは思っていなかっただろう。


「すまない……2人には迷惑をかけたな」


 舞の隣で心配そうに葉月が乗り込んだ車を見ていた花音にも声をかける。本当はあんな葉月の姿を見せたくはなかったんだが、沙羅さんの葉月を源一郎さんに会わせたいっていう思いも分かるんだ。


「そんなの、一花のせいじゃないじゃん」

「そうだよ、一花ちゃん。それに……一緒に来たいって言ったのは私と舞だし」


 怖い、とは思ってなさそうな舞と花音がそう言ってくれる。それがありがたいし、嬉しくも思う。


「私も先に車に戻ってるね」


 花音も早々に食事を切り上げて、沙羅さんにお礼を言って店を出ていった。その後ろ姿を見て、少し不安が込み上げてくる。


 このまま、本当に2人も一緒に鴻城家に行っていいんだろうか。

 葉月はきっと、源一郎さんに会ったら、さっきみたいに暴れるだろう。


 もしくは……死のうとするかもしれない。

 もちろん、葉月が正気を失いそうになったら、止める。あそこにはメイド長もいる。確実に止められる。


 だが、そんな葉月の姿を、2人に見せていいだろうか。

 さらに怖がらせることにならないだろうか。


 視線だけを、まだ食べている舞に向けた。


 今からでも、遅くはない。


「舞」

「ん?」

「寮に戻るか?」

「え?」


 パチパチと目を瞬かせる舞は、あたしの問いかけに本当に驚いているようだ。でもすぐにムッと眉を顰め、珍しく不機嫌そうな表情になった。逆にこちらが驚いてしまう。


「あのさ、一花」

「なんだ?」

「そうやってさ、あたしをのけ者にしないでよ」

「は?」


 のけ者? なんでそう思ったんだ?


「あたしさ、これでも葉月っちのこと心配してるんだよ。さっきみたいなの初めて見たし」

「そりゃあ……そうだろうな」


 そうだろう。葉月のあの行動は正気を失う一歩手前だ。だからこそ、正気を失うかもしれない葉月を見せるのは不安に残る。学園であいつがやらかす悪戯なんて非じゃない。


 そんなあたしの心配をよそに、舞は乱暴に頼んだコロッケを口の中に放り込んでいた。


「あたしにとって葉月っちは友達。もちろん一花も。だから、邪魔者みたいにしないでよ」


 邪魔者……。

 少し寂しそうに呟く舞は、それを紛らわせるようにコップに入った水を飲んでいる。


 そんなこと思ってたのか? いつもバカみたいに葉月と一緒に遊んでるから、そんな風に思っていたのは気づかなかった。


 それに、


「お前……葉月と友達だって思ってたのか?」

「は? 当たり前じゃん」

「嫌じゃ、ないのか? あいつ、大分迷惑かけてるのに」

「嫌だったらとっくに葉月っちと離れてるって。何を今更言ってるんだか」


 ハッキリ言う。

 そうか。

 お前にとって、ちゃんと葉月は友達か。


 それが嬉しく思う。

 あいつを大切にしてくれる友達がいることが、怖がらずにいてくれることが。


 そんな安堵の息をつい漏らしたら、何故かまた不機嫌そうに「あのさ」と舞が声をかけてきた。


「一花もだからね」

「……なんだ、いきなり?」

「一花も、あたしの友達」


 あまりにもハッキリ伝えてくる舞に、少し茫然とした。


「ちゃんと分かってる?」

「いや、分かってるが……」

「大事だから」


 真剣なその声と眼差しに、『何をそんなことを真面目に言ってるんだ』と茶化すことも出来ない。


「一花のこと……大事だから」


 ……なんで、そんな目で見てくる?


 その目は、何かを訴えたいかのように見える。

 ジッと目を逸らさないで真っ直ぐ見てくる。


 気づきたくない事実に、気づかなきゃいけなくなる。



「だから、邪魔者扱いしないで」



 また寂しそうに言って、舞は視線を逸らした。黙々とご飯を口に運んでいる。その様子に少しモヤモヤした気分になってくる。


 邪魔者扱いしたわけじゃない。

 そんな風に思って、お前とルームメイトを続けているわけじゃない。


 大事、か。


「なあ……舞」

「……帰れって言われても帰らないからね」

「そうじゃない」

「じゃあ、何?」

「お前、葉月も大事だって思ってくれているか?」

「……当たり前じゃん」

「そうか……」


 当たり前なんだな。


 その返事に安心する。

 その言葉を聞きたかった気もする。


 さっきの舞の『大事』と言葉は変わらない。

 そう、変わらない。


 その『大事』に、別の意味はないと言い聞かせる。


「舞、屋敷に着いたら、あたしから離れるなよ」

「……え?」

「いいか。絶対だ。言うことを聞け」

「う、うん……」


 少し強めに伝えると、舞は少し怯んだ様子でコクンと頷いてくれた。


 大事だと言ってくれている。

 そんな舞に、葉月を怖がってほしくはない。


 本心だ。

 ちゃんと、本心だ。


 違う意味なんてない。

 あの眼差しも、あたしの勘違いだ。


 ある考えが頭に浮かんでくるのを振り払う。


 ありえない。ありえるはずがない。

 あたしは何もしていない。


 だから、

 舞の『大事』の意味が、


 その感情が、



 あたしに向けての特別な好意であるはずがない。



 何度も何度も自分に言い聞かせる。


 そうしないと、駄目な気がした。

 そうしないと、今のこの時間が終わる気がした。




「怖かったのは、あなたじゃないの?」




 屋敷でやっぱり少しだけ正気を失った葉月を追いかけたら、花音のそんな言葉が聞こえてきた。


 その言葉は、葉月に問いかけたものだったのに、

 何故かあたしの脳内に響いてくる。


 葉月の行為に慣れたとはいっても、条件反射で震える自分の手を見つめる。


 思い出すのは、舞の顔。


 怖い。

 怖いと思っている。

 あたしは怖いと思っている。


 あの好意を向けてくる舞の眼差しが怖いんだ。


 ギュッと震えている自分の手を無理やり握った。そのまま自分の額にその拳を押し付ける。ズルズルと壁を背にして、その場に座り込んだ。


 気づきたくなかった。

 あいつの視線の意味に。


 だから言い聞かせた。

 それは友達としての『大事』だと。


 でも、今までの生活で、そう想像することが多くて。

 違う意味での視線だと、思わざるをえなくて。


 あいつは笑う。

 嬉しそうに笑う。


 あたしが怒っても、呆れても、何をしても、

 ただただ嬉しそうに笑う。


 その好意に、気づきたくなかったんだ。


 気づいたら、終わってしまう。

 あたしは、舞の好意に応えるわけにいかないんだ。


 あたしは、誰かに好意を向けられる人間じゃない。


 唯一の親友を殺そうとした。

 自分の意思で、殺そうとした。


 今でも覚えてる葉月の喉の感触。

 手に沁みついている命を消す感覚。


 忘れるわけにはいかない、自分の罪。


 親友でも関係なく、誰かを傷つけることを選ぶ自分。


「そんなの……ダメだろ……」


 だから、受け入れるわけにはいかない。

 舞の好意を受け入れるわけにはいかない。


 葉月を置いて、自分だけ楽しい毎日を過ごすわけにいかないんだ。

 いつか、その楽しさを忘れ、傷つける可能性を見過ごすわけにいかないんだ。


 バカみたいに騒いで、

 笑って、

 昔を思い出せる舞との生活が、馴染んできていても。


 どんなに、



 あいつとの生活が居心地がよくても。



「……気づいていない」



 舞は、気づいていない。


 自分の気持ちにあたしが気づいたことを、


 気づいていない。


 力を込めて握っていた手を緩めた。

 指を開いて、震えが治まった手の平をジッと見つめる。


「まだ……大丈夫だ……」


 きっと、大丈夫だ。

 まだ間に合う。


 まだルームメイトでいられる。


 だって、舞は一言もあたしを好きだとは言ってないんだから。

 あたしとどうしたいかを言ってないんだから。


「だから、大丈夫だ……」


 気づかなければいい。

 あたしに告白してこなければいい。


 そうすれば、あたしも、まだルームメイトでいられる。


 まだ続けられる。



 あの、夢のような居心地のいい場所にいられる。



 舞との生活は、


 舞と笑いあう日々は、



 あたしにとっても、もうかけがえのないものになっていた。



お読み下さり、ありがとうございます。

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