48話 こいつは何を言ってるんだ?
『そうか。上手くいっているならよかったよ』
ホッと安堵しているような声が電話の向こうから聞こえてくる。
電話の相手は源一郎さんだ。最近の葉月の様子を、こうやって電話で報告している。主に桜沢さんとの生活の事だ。
『桜沢さんが生徒会に入って、何か困る事とかは出てきてないかい?』
「それは大丈夫だ。まあ、あいつのストレスも大分溜まっているがな」
『優一君のところへは、やっぱり?』
「ああ、嫌がるんだ」
『そうか……』
思案するような源一郎さんの声に、あたしもハアとまた溜め息をつくしかない。
葉月は兄さんとのカウンセリングも嫌がる。無理やり体の検査も兼ねて行かせているが、本当に無理やりだ。兄さんとのカウンセリングは疲れるみたいで、その日はよく眠ってくれるから、本当は定期的に行かせたい。魁人さんに手伝ってもらって病院に行かせたこともあるしな。
それに、魁人さんが葉月に会うための口実でもある。
「魁人さんに来させればいい。沙羅さんじゃどうしても不安が残る」
『そうだね……なんとか時間を作るように言っておこう』
沙羅さんじゃ、葉月が豹変した時に対処できない。いや、出来るには出来るがリスクが高い。まだ魁人さんだったらいざという時に力尽くで抑え込める。
魁人さんで慣らして、ちゃんと源一郎さんたちに会わせたいものだが。
『一花ちゃん』
「ん?」
『無理はしちゃ駄目だよ』
ハアとまた溜め息をついたのが聞こえたのが分かったのか、いきなり心配された。
大丈夫さ。あたしは無理なんてしていない。それに、最近は桜沢さんに嫌いな食べ物を出されるのを嫌がって、あいつも無茶はしないしな。
あいつの嫌いなものを知って、ふと気になった。
「源一郎さん」
『なんだい?』
「葉月が、玉ねぎを嫌いだって知ってたか?」
『ああ、それか。いや、知らなかったよ。ふふ、まだまだ私たちも葉月のことを知らないみたいだ』
電話の向こうから源一郎さんの嬉しそうな声が聞こえてくる。そうなんだよな。しかも源一郎さんたちより、今は一緒にいるはずのあたしも知らなかった。それを桜沢さんが気づいたことも嬉しく思うし、さすがは主人公だからかとも思う。
こうやって、どんどん葉月の中に入り込んでくれればと、期待が膨らむ。
今なら、少しは葉月も源一郎さんたちに向き合うかもしれない。
「葉月にもちゃんと電話をするように言っておく」
『さっきも言っただろう? 無理はしなくていいからね。こうやって葉月が少しでも元気なことが分かれば、私はそれでいいんだ』
そうは言っても、もう3年だ。たまに写真を送ったりしてるが、あいつは中等部の三年間、一回も源一郎さんと会話していない。源一郎さんのことを思うと、あたしも気に病むってものだ。
そんな源一郎さんにどんな言葉が慰めになるか考えていたら、舞が風呂から上がって部屋に入ってきた。電話しているあたしを見て、目を丸くさせている。長く電話しすぎたな。
「じゃあ、また連絡する」
『ああ。いつも本当にありがとう、一花ちゃん』
お礼を言われるようなことは、あたしはやっていないんだがな。
電話を切ってついついまた自然と息を吐いたら、向かい側に座った舞がジュースを飲みながらチラチラ見てきた。というかいつも思うが、露出多くないか? いくらもうすぐ5月だからといっても、さすがにキャミソールだけじゃ風邪引くんじゃないか?
「おい、舞。お前、もう一枚ぐらい着たらどうだ? さすがに湯冷めするぞ」
「え? いや、まあ、そだね」
「それと、ちゃんと髪も乾かしてこい。風邪を引いても知らないからな」
葉月じゃあるまいし。あれ? そういえばあいつ、ちゃんと髪乾かしてるのか? あいつのことだ。桜沢さんに髪乾かしてもらってそうだな。桜沢さんは生徒会に正式に入って忙しくなるんだから、そういう自分で出来ることは自分でやらせないと。
「あのさ」
「ん?」
「電話の相手って?」
「ああ、葉月の家の人だ」
「葉月っちの?」
「あいつ、まだ連絡してないんだよ」
電話をかける前に置いていた自分のグラスに口をつけると、もう氷が溶けて味が薄くなっていた。ハア、お茶でも飲むか。いや、舞も上がったから、先に風呂に入るか。
「ああああのさ!!」
「ん?」
空になったグラスを持って立ち上がろうとしたら、何故か舞が身を乗り出して声を出してくる。なんでそんなに声が上擦ってるんだ? と、不思議に思っていたら、
「い、い、一花って! 葉月っちのこと、好きだったりする!?」
………………は?
「い、いや、あのさ! 一花ってほら、なんか葉月っちのこと滅茶苦茶気にしてるっていうか! 葉月っちの家の人とも仲良さそうだしっ!」
尚も意味不明な事を言っているが、
いや、
いやいや、
こいつは何を言ってるんだ?
好き? は? 好き?
「だから、その、好きなのかなぁ? とか思ったり……まさか、恋愛の方? とか思ったり……」
恋愛???
「い、いや、違うならごめんなんだけどさっ!」
あははと何かを誤魔化すように笑っているが、あたしはもうそんな舞をポカンと見るしか出来ない。
「どこをどうやったら、そんな結論に至るのか分からん……」
「えっ!? あ、あっはっはっ! だよねっ! そうだよね! そりゃそうだよね! ごめんごめん、変なこと聞いて! さささーて、あたしも先に髪乾かしてこよっかな!」
「は? お、おい?」
あたしが止める間もなく、舞はパタパタとまた洗面所に戻っていく。それをまたポカンと見てしまった。
じゃあ、風呂はもう少し待つか。一体いきなり何だってあんなことを言いだしたんだか。
ハアと息をついて、ベッドに背中から倒れ込んだ。
恋愛。恋愛ね。
あたしが葉月を?
「いや、あり得ないだろ!?」
ガバッと起き上がって、ついつい声に出してツッコんでしまった。
だがしかし! これがツッコまずにいられるか!
あの葉月だぞ!? 子供のころからあたしを色んなことに巻き込んで、こっちの都合なんてお構いなしで、しかも今は自分の自害行動を押さえつけるので精一杯で不安にさせてくる奴なんだぞ!?
そんな奴を好きになるか? 否、ならない!! あいつが異性だとしてもならない!!
そもそも、そんな素振りをあたしがあいつに対してしたことあるか!? 否、ない! 断じてない!!
「ありえなさすぎる」
どこをどうやったら、そんな風に見えるんだ?
こっちはあいつがゲテモノを食べるたびにうんざりしてるのに。
ハアとまた溜め息が出てきて、また背中からボフっとベッドの上に倒れ込む。
まさか舞にそんな風に思われてるとは。まあ、確かにあいつのことは特別だし、それ以上も以下もない。過保護にならざるをえないという事情も、舞が知る由もないしな。
「恋愛、ねぇ……」
そんなことを気にする余裕もなかったな。唯一、主人公の桜沢さんが会長と上手く行くかどうか……というより、会長ルートに入るのかは気になるが、だがそれだけだ。自分が誰かを好きになるとか考えたことなかったな。
前世でも、今世でも、今までそんなものとは無縁だった。
舞はそういうの好きそうだもんな。よく生徒会メンバーのこともイケメンだなんだと騒いでいる。
あれ? でもさっき葉月に対して恋愛感情があるのか聞いてきたな? 同性同士だぞ?
いや、待て。確かにこの世界ではそこら辺はまだ緩いか。前世では差別的だったが、同性同士のカップルもよく見かけるし。
ん? それって、舞は同姓でも気にならないってことなのか?
今の世界の現実を考えていたら、ふと、ある突拍子もない考えが頭を過る。だけど、すぐにないと思ってフリフリと頭を振った。
ない。
ありえない。
そんなことあるはずがない。
でも、時々あたしを見る舞の目が違うのを思い出す。
ずっと不思議だった。
どうして、そんなに嬉しそうなのか。
さっきの舞の発言を思い出す。
『い、いや、あのさ! 一花ってほら、なんか葉月っちのこと滅茶苦茶気にしてるっていうか! 葉月っちの家の人とも仲良さそうだしっ!』
それは、嫉妬にも思える。
……そんなわけあるか。
あいつとはまだ浅い付き合いだ。
そんなに一緒にいるわけでもない。
だから、ありえない。
舞が、あたしにそんな感情を向けているなど、ありえない。
そんなバカげた発想をした自分に少し呆れていると、舞が部屋の中に戻ってきた。「お風呂、一花の番だよ」とアイスの袋を開けながら、どこかさっきより嬉しそうに話してくる。
そんなわけないと、さっきの自分で考えていたことを振り払ってお風呂に行こうとしたら、葉月のバカが何故か窓から現れたから、とりあえずとっ捕まえて説教した。お前はいつの間にその道具を作り出した!?
「あ、舞~。何そのアイス~? 私も食べたい~!」
「ん? いいよ。ほれ、一口」
「人の話を無視するな、この馬鹿野郎が! それと舞も説教している時にこいつを甘やかすなよ!? この状況に慣れすぎだ!」
「何々、一花も食べたかった? ほい、口開けて?」
「なんでそうなる!? いらんわ!! お前ら、二人ともとりあえず正座しろ!!」
「「えええ~」」
「見事にハモるな!?」
だから、なんでそこで意気投合するんだよ!? こっちだって好きで説教してるんじゃないわ!!
その後、桜沢さんに頼んで生の玉ねぎを出してもらったら、何故か桜沢さんは少し嬉しそうだった。葉月は少し泣きながらそれを食べていたから、少しスッキリした。
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