41話 発見
ハァッハァッハァッ! 息を切らして、必死で足を動かした。
焦りと不安で潰されそうだ。
ダンダン! と階段を一気に駆け上がる。
あたしの後ろからも何人か部下が付いてきた。
目標の屋上にまで辿り着き、バンッ! と躊躇いなくドアを開けると、
そこには、今にも飛び降りそうになっている葉月の後ろ姿。
「こ、のっ!! 馬鹿野郎がぁっっ!!」
届くか、届かないか、あたしは必死に駆け寄って手を伸ばす。
だが、間に合わない。
葉月の姿が消えた。
落ちた。
ガンッと背丈が高い柵に手を思いっきりついた。
ハアハアと息を荒くして、茫然としてしまう。
嘘だろ、間に合わなかっ――
「ほっほ~い!」
――――何故か葉月が下から飛び出てきた。いや、いやいや――は?
空中に葉月がいる。
足に何か巻き付けている。
部下たちと一緒に、そんな葉月を茫然と見上げた。
「いっちゃぁぁん!! これ、た~のし~よ~!」
また「あ~ぁあ~!」とか楽しそうな声をあげながら、葉月が落ちていった。
「「「………………」」」
部下と一緒に言葉を失った。
チラッと足元の柵に視線を落とすと、そこにはさっき葉月の足元に巻き付いていたものと同じようなものが巻かれている。これ、ゴムか? 最近何か作っていると思ったが……この為かぁぁぁ!!!
「一花お嬢様、下に待機していた者から連絡です。ゴムの反動は落ち着き、葉月お嬢様が下着丸出しで一階窓付近にぶら下がっているとのこと」
その報告と一緒に部下から渡されたカッターナイフで、柵に巻かれていたゴムを切ってやった。「ぶべぇ」という葉月の声が聞こえた気がするが知らん。無事に地面に落ちたんだろ。
「撤収だ。あとは通常通りの監視体制に戻れ」
「「畏まりました」」
部下に指示しつつも、ハアアと深い溜息が出てくる。
葉月が屋上から飛び降りたせいか、下の校舎の方から生徒の悲鳴が聞こえてきた。そりゃそうだろう。窓に落ちている人間がいるんだ。悲鳴の一つや二つ出るだろうさ。
額に浮かんでいる汗を袖口で拭い、あの馬鹿野郎への説教をどうするか考えながら、さっき開けた屋上の扉の方に向かった。
中等部に上がり、本格的に葉月との寮生活が始まった。
葉月は中等部に上がってから、無茶な行動をするようになった。無茶とは言っても、ちゃんと葉月の自我がある状態での無茶だ。
ホースで水を教室中に巻き散らしたり、何故か寮の庭で土の中に埋まって生首状態になったり、最近じゃカエルを庭で食べてたな。
とにかく、よく悪戯をするようになったんだ。
周りに危害を加えたりはしていないが、傍からみたら迷惑極まりない行為だ。
その中で、一つだけ発見があった。
その悪戯をした時、葉月は夜に眠れるみたいだ。
眠れた後は、葉月のあの自我のない時の行為が減った。
まだまだ葉月は不安定だ。正気に戻って以来、あいつは眠ることが少なくなった。
夜中、あいつはいきなり目を覚ます。そして何かをしだすんだ。その時のあいつは、鴻城の屋敷にいた時みたいに正気じゃない。瞳が濁っているんだ。ずっとそばにいたから、あたしには分かる。だがすぐに葉月は我に返るようで、息を荒くしながら、合図に答えていた。
つまり、寝ていないんだ。正気でもそうじゃなくても、葉月は常に起きている状態だ。
だけどちゃんと眠れば、葉月は自分を傷つける行為をしないと分かった。
これは大きな発見だった。
兄さんに相談したら、葉月の中のストレスが解消されているのかもしれない、とのことだった。
だから姉さんに眠れる薬を貰った。栄養剤も兼ねての姉さん特製の睡眠薬だ。けれど、渡された時に注意された。飲みすぎると、脳に負担がかかるんだとか。
用量を間違わないように、慎重に葉月には飲ませるようになった。あいつも渋々と言った感じで納得していたな。
あとは、悪戯をさせるようにした。
あまりにも周りに迷惑がかかる場合は、それもあたしが止めるようになったけど、少しでも葉月のストレスがそれで解消されるなら仕方ないとも思った。ある程度の悪戯だったら、あたしも止めるのを遅らせた。
けど、限界がある。
その悪戯の内容は、小さいものもあれば大きいものもあった。今回のがそうだ。屋上からゴムをつけた状態とはいえ、あいつは躊躇いなく飛び降りた。
いくら正気だとはいっても、葉月の中で、間違いなくまだ死への欲求があることは明白だ。
今回はたまたまだ。もしかしたら、ゴムが切れて大惨事になっていたかもしれない。
葉月のことをもっと理解しないといけないんだ。
何を考えているのか。
何をしようとしているのか。
いつでも止められるようにしないといけない。
……でもな、葉月の考えてることはあたしのいつも斜め上のことなんだよ。さすがにそれは予測できない。それは子供の時からだし、あの教育をしてきたんだもんなぁ。美鈴さんたちの影響が大きすぎるのも、今の悩みの種だ。
とりあえず、今回の件はみっちり説教してやろう。
人の心配を返せと言ってやらないと、このイライラは治まらない。あいつはきっと「え? 危なくないのに?」とか不思議そうな顔をするに決まっているが。いや待て。どうせあいつに言ったところでそう返されるんだから、説教は違うことにするか?
「あのね、小鳥遊さん……なんでこんな危ないことをしたの?」
とか考えていたら、寮長である東海林先輩の声が聞こえてきた。
ちなみに“小鳥遊”というのは葉月の苗字だ。この中等部に来るときに、あいつが鴻城の苗字を使いたくないと言ってきた。それを聞いた源一郎さんはやっぱり悲しそうな顔をしていた。分かったんだろう。それすらも葉月は拒んでいることを。
中等部に上がってから、あいつはまだ一度も源一郎さんたちに自分から連絡していない。
母さんは、葉月が自分から源一郎さんたちに向き合うのを気長に待つべきだと言った。だから、あたしも特にあいつに言ってはいない。理由はいまだに分からない。問い詰めたところで「いいんだよ」とあの時みたいに返されるのがオチだろう。
源一郎さんたちのことを考えると、何とかしてやりたいとも思うが……今、あたしがやると決めたのは葉月を止めることだ。
それと、葉月に説教している寮長みたく、葉月に考えを改めさせることか。ああ、葉月があたしに気づいたな。
「あ、いっちゃ~ん」
「いっちゃ~んじゃない! この馬鹿野郎が!」
「げふっ! 理不尽!」
とりあえず蹴り飛ばしてやったわ。ゴロゴロと寝転がっていくあいつを見て、少しスッとしたな。そんなあたしと葉月を見て、寮長が頭を痛そうに額に手を当てている。
「あのね、東雲さん……暴力はダメよ、暴力は」
「寮長……見ている側に確かに悪い影響を与えて済まないと思っているが、あいつにとって、こんなのは暴力の内に入らないんだ」
「いっちゃん、いっちゃん! そこにおいしそうなバッダが飛んでたよ!」
「ほら、な?」
「ええぇぇぇぇ…………」
ケロッとした顔で、手にバッダを持った葉月がキラキラの目をした笑顔で走ってきた。こいつ……この虫を捕まえてくる時だけは、子供の時と同じ目をするんだよな。腹が立つ。
寮長は何とも言えない表情になった。その内慣れるだろ。心労かけて申し訳ないが。
「いっちゃん、揚げるのと焼くのどっちがいい?」
「まず食べないんだよ! さっさと捨てて来い!」
「いっちゃん、何を言ってるの? 捨てたら食べられないじゃないか!」
「だから食べないって言ってるんだよ! あと、先に謝ることがあるだろうが!」
「は! そうだね、いっちゃん! ごめんよ、この1匹しか捕まえてないんだよ! いっちゃんにあげられない!」
「そっちじゃないわ!?」
葉月はさっきの屋上からのバンジージャンプで少しストレスが解消されたのか、昨日よりは晴れやかな顔になっていた。人の気も知らないで、全く腹が立ってくる。
寮長はまた深い溜息をついて、「生徒たちに大丈夫だと伝えてくる」とその場から去っていった。あの人、生徒会の副会長だもんな。少し遠くに出来ている生徒たちの人だかりの方に、疲れた背中をしながら向かっていったよ。……申し訳ない。この馬鹿野郎がやったことで、みんなに衝撃を与えているから。
隣にいる葉月をチラッと見上げると、「ちぇ、仕方ない」と言いながら、手に持っていたバッダを逃がしていた。
「おい、葉月」
「ん?」
「…………今日は眠れそうか?」
「……うん」
そうか。
なら、いい。
そうやって、少しでも傷つける行為がなくなればいい。
少しでも、お前の中の死にたい欲求がなくなればいい。
今回は危なかったが……それは反省だ。
それまで、あたしがちゃんと止めてやる。
「えへへ、いっちゃん」
「なんだ?」
「いっちゃん、いっちゃん!」
「だからなんっ――!? いきなり抱きついてくるな!」
いきなりガバッとあたしに抱きついてきた。もうあたしより大分背が高いから、覆い被さるように頭を腕で抱え込まれる。
「大好きだよ、いっちゃん!」
「やかましい! 離れろ!!」
「照れてるいっちゃん、可愛いよ!」
「うっさい! そうやってからかって楽しむな!」
「それが今の趣味ですが?」
「タチ悪いわ!?」
からかってるのは一目瞭然だったから、とりあえず一本背負いで葉月を投げ飛ばしてやった。
ご承知かとは思いますが、屋上からのバンジージャンプは絶対に真似しないでください。物語だからこそできる行為であると、ご理解いただきますよう、お願い申し上げます。
お読み下さり、ありがとうございます。




