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ルームメイトは乙女ゲームのヒロインらしいよ?  作者: Nakk
番外編 中編(一花Side)
292/368

33話 止められなかった

ここから37話まで流血シーンが頻繁にあります。

自害を連想させる描写を使っております。

苦手な方は、無理をしないで37話まで飛ばしてくださいますよう、お願いいたします。

37話の前書きに簡易なあらすじをつけさせていただきます。

 


 あいつは、二人が大好きだった。


 いつも幸せそうに笑っていた。


 いつもバカやって、

 こっちが想像していない斜め上の物を作って、

 あたしやレイラを巻き込んで、


 あの二人の間で、



 美鈴さんと浩司さんに抱きしめられて、笑っていたんだ。




「葉月ちゃんっ! 葉月ちゃん! 聞こえてるっ!?」


 切羽詰まっている母さんの声が、部屋に響き渡る。


 メイド長と、兄さんが、葉月の周りを囲んでいる。



 葉月がいる床は、血で汚れていた。


 カタカタと震えている自分の体。

 動かなくなった、自分の体。

 ハアッハアッと息も荒くなっていく。


 だけど、目はしっかり床に倒れている葉月を視界に捉えていた。





 葉月が退院した。

 あの目覚めた日以来、葉月は一言も喋らなくなった。

 二人が死んだショックからだと、そう教えられた。


 あいつに元気になってほしかった。


 前みたいに、笑ってほしかった。


 だから、毎日この部屋にきたんだ。


 あいつに話しかけて、

 あいつが好きな甘いお菓子とか持って行って、


 誰かを励ますとか、自分でも慣れていないけど……できるだけやろうと思ったんだ。

 あいつは、何も反応しなかったけど、でもまた笑うようになるって思ったんだ。


 いつか……いつか葉月は二人の死を乗り越えるって、信じていたんだ。


 それまで、あの二人の分までそばにいようって思っていたんだ。




 この日も、あたしは母さんたちとこの部屋に来た。

 兄さんも一緒に来た。


 部屋を開けた。いつも通りに部屋を開けた。

 葉月は今、返事が出来ないから、勝手に部屋を開けた。



 いつもいる葉月のベッドの上に、あいつはいなかった。



「葉月ちゃんっ!?」


 母さんが、部屋の奥に視線を向けていて、いきなりあいつの名前を呼んだんだ。

 自然と、あたしもそっちに視線を向けたら壊れた机が転がっていて――


 ――身体が、動かなくなった。


 あいつは――倒れていた。

 赤い血の上に倒れていた。


 なんで……?


 頭が真っ白になった。

 そんな疑問しか浮かんでこなかった。


 立ち尽くしているあたしをよそに、母さんと兄さんが慌てて救命措置をしだした。メイド長も母さんの指示を受けて、てきぱき動いているようだった。


 だけど、あたしは動けなくて。


 なんで、なんでだ?

 なんで、葉月……血……?


 動かない頭で、そんな疑問をグルグルと浮かばせていたら、次々とこの屋敷の使用人が入ってくる。


 メイド長が何かを言ってる。

 母さんと兄さんが必死に何かを葉月の腕に巻いている。


 力が抜けて、ペタンと床に座り込んだ。

 カタカタと肩が震えだす。


 葉月のそばに、ナイフみたいな形の物があったから。


 それでやっと、何が起きているのか分かったから。


 ……嘘だ。

 嘘だ、嘘だ。

 そんなわけない。あいつが、そんなわけ……そんなことするはずが……。


 グルグルと頭の中で否定しつつも――葉月が何をしたのか、想像してしまったから。


「っ!? 優一、一花ちゃんをっ!」

「一花っ!?」


 気づいた母さんと兄さんが、あたしに視線を向けてくる。慌てた兄さんが近寄ってきて、あたしを抱き上げ、部屋の外に連れ出された。


 兄さんの手は――あいつの血で汚れていた。



 ■ ■ ■


「助かったよ、蘭花さん……」


 沈んだ声で、源一郎さんが母さんにお礼を言っているのが聞こえた。


「いえ、間に合って良かったです……」


 返事をした母さんの声も重かった。


 あたしは、二人がいる葉月の部屋の外の廊下で、それを聞いていた。


 兄さんに無理やり押し込まれた部屋から抜け出して――あまり力が入らない足を無理やり動かして――葉月の部屋に向かったら、会話が聞こえてきたんだ。


「これを……」


 今度はメイド長の声が聞こえてきた。


「葉月が自分でやったのか……」

「……そうみたいです。あの机を壊したんでしょう」


 なんの話なのか、嫌でも分かった。

 自分のさっき見た記憶にあるからだ。


 あの、ナイフみたいなもののことだ……。あいつ、自分で……。


 さっきの光景を思い出して、

 葉月が何をしたかを、思い出して、


 背中を壁に預けて、あたしは蹲った。


 中ではまだ何かを母さんたちが話していて、でもあたしは、自分の膝を抱えるようにしてその腕に顔を埋めた。


 信じたくない。

 信じたくない、信じたくない。


 自分の腕が震えている。

 さっきの光景を思い出して震えている。



 ――――怖くなった。


 怖くて、怖くてたまらない。


 あいつがした意味を想像したら、怖くてたまらない。




「葉月……お前は、そこまでして美鈴たちに会いたいのかい……?」




 源一郎さんのその悲しそうな声が聞こえてきて、さらに怖くなった。


 それが事実だったと、そう告げている気がした。


 ザワザワと、自分のさっき想像したことと重なって、胸の奥が苦しくなってくる。



 あいつは……葉月は……。




 ………………死のうと……したんだ……。




 その事実が、何よりも苦しくさせてくる。


「一花」


 大きい手が頭に乗った。


「一花、こんなところにいたんだね。探したよ」

「っ」


 優しい兄さんの声が聞こえてくる。けど、あたしは何も言えない。ギュッと自分の腕を手で掴んで、源一郎さんのさっき言った事実に震えていた。


 何も出来なかった自分が嫌で嫌で仕方がない思いもある。

 あいつに、美鈴さんたちみたいなことをしてあげられなくて、悔しい思いもある。


 それ以上に――怖くて、怖くて、仕方がないんだよ。


 いなくなるかもしれないって思うと……怖くて、仕方ないんだ。



 それを選んだあいつに……してあげられることが……何も浮かばないんだ。



「一花、大丈夫だよ」


 兄さんが、ふわっと優しく抱きしめてくれる。

 怖くて震えているあたしの頭をポンポンと撫でてくる。


「葉月ちゃんは、ちゃんと生きてるからね」


 色々な感情に振り回されているあたしに、ちゃんと教えてくれる。


「大丈夫だから」


 宥めるように、兄さんは優しく声を掛けてくれた。


 だけど、何も言葉が出てこない。


 葉月が、美鈴さんたちのところに行きたがっている。

 あの二人に会いたがっている。

 淋しがっている。


 そのために、死のうとしたんだ……兄さん。


 その事実が体にも伝わって、一向に震えは止まらない。

 恐怖が止まらない。


 いつも笑っていた。


 幸せそうに笑っていた。


 あたしの、現実が、


 あたしの、親友が、




『楽しみだね、いっぱい』




 あたしと同じように、明日を喜んでいた葉月が、



 死ぬことを選んだんだよ。



 明日を望まなかったんだよ。



 それが苦しくて、悲しくて、


 涙が出てくる。


 その感情を吐き出すかのように、どんどん流れてくる。


 そんなあたしを、兄さんは優しくまた抱きしめてくれた。

 母さんも廊下で泣いているあたしに気づいて、兄さんと代わるようにそっと抱きしめてくれた。


 背中を撫でてくれる手が温かくて、


 だけど、葉月に申し訳ない気持ちになった。


 自分がこの温もりを与えられていることが、申し訳なくて、苦しくなって、涙が次から次へと溢れてくる。


 美鈴さんたちを求めている葉月を想うと、止まらなくなる。


 会いにいこうとしたあいつに、悲しくなる。


 なあ、葉月。

 もう明日はいいのか?

 お前、もういらないのか?


 そんなに、



 そんなに、あの二人のところに逝きたいのか……?



 しばらく泣いた後、落ち着いてから母さんに「葉月に会いたい」と無理を言って部屋に入った。ベッドで眠らされている葉月を見下ろした。


 あどけない寝顔で、葉月は目を閉じている。

 その手首には、さっきこいつが自分でした行為の跡が残っていた。包帯で丁寧に巻かれている。


「お前……楽しみだって……言ってたじゃないか……」


 あの二人が守ってくれた……命じゃないか。


 ギュッと葉月の手首近くにある布団を握りしめた。


「どうしてだよ……葉月……」


 お前だったら、分かるじゃないか。


 この世界が、あたしらにとって、どれだけ優しい世界かを……分かるじゃないか。


 葉月は答えない。

 眠っている。


 このまま……目を覚まさないんじゃないかって、また怖くなる。


「……大馬鹿野郎だ……お前は……」


 ギュッと目を瞑った。


 どうしてか……なんて聞かなくても本当は分かってる。


 知ってるさ。

 分かってるさ。

 お前が、どれだけあの二人を好きだったか。


 ずっと見てきた。

 幸せそうに笑っているお前を見てきた。


 だけど、


 だけどな……。



「認めるわけに……いかないんだよ」



 美鈴さんが、

 浩司さんが、


 お前の事を愛していたことも、あたしは知っているんだ。


 みんなが、知っているんだ。



「みんな……お前が大事なんだよ……葉月」



 だから、死のうとしないでくれ。


 あの二人を求めないでくれ。


 あの二人に会いに逝こうとしないでくれ。



 前みたいに、明日を楽しみにしてくれよ。


 前みたいに、笑ってくれよ。



 心の底からそう願った。

 美鈴さんたちに、葉月を連れて行かないでくれって、そう願った。


 その願いは自分の為なのか、純粋に葉月を想ってのことだったのか分からない。

 この時のあたしは、色んな感情で一杯で、その感情に振り回されていた。


 葉月が生きることを諦めたことが、

 美鈴さんたちがここにいないことが、


 怖かったし、悲しかったし、苦しかった。


 それだけで心の中は一杯で、どうしようも出来なかった。


 それでも、


 グチャグチャで思考がまとまっていなくても、



 思い出すのは葉月が笑っていた時のこと。



 美鈴さんたちと一緒に幸せそうに笑っていた時のこと。



 だから、あたしはまたその笑顔を見たいって、願ったんだ。



 けれど、


 その願いは届かない。



 それからしばらくして聞いたのは、




 望んでいたものではない、葉月の嗤い声だった。



 ここから37話まで、かなりシリアスなので、苦手な方は無理をしないでください。

 次話から葉月の発狂シーンも入ってきます。

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