26話 また変なやつが出てきた
「あなたがこうじょうけのむすめですの?」
花壇の隅でいつものように本を読んでいたら、まだ舌足らずな口調でいきなりそう言われた。
本から視線を上げると、立派な縦巻ロールの髪をした、いかにも小生意気そうな女の子が腕を組んで見下ろしてくる。
こうじょう? ああ、葉月の苗字だな。
ちなみにあいつは今いない。手を洗いに行かせた。土塗れの手を舐めようとしたんだよ。止めるだろ。
葉月との出会いから1年経った。
すっかり葉月の行動や鴻城家との付き合いも慣れてきた頃、この子が現れた。
「人違いだ」
「そんなはずありませんわ! じょうほうしゅうしゅうはわたくし、かんぺきですもの! ここでいつもなにかをしていると、おおくのもくげきじょうほうがあります!」
一体何の本を読んだんだ、この子? それにそんなはずないって言うなら、確認してくるなよ。多くの目撃情報って、そりゃあるだろうよ。みんなからこの場所丸見えだよ。それと情報収集出来てないじゃないか。あたしは葉月じゃないんだが。いや、そもそも二言目でこれだけ心の中でツッコませるなよ。
そんなあたしの心の中なんて露知らず、その子はふふんっと鼻を鳴らしながら偉そうにしてきた。
「あのろうじょう......しょうじょう......こうじょうけのむすめなら、わたくしのゆうじんにふちゃわ......ふさわしいですわ!」
めちゃくちゃ噛み噛みじゃないか。さっき淀みなく言えたのは奇跡か。難しい言葉使わなくてもいいと思うが、いや、その前にその言葉の意味ちゃんと分かってるのか?
「いっちゃ~ん! いっちゃん、いっちゃん! 見て~カエルとったよ~!」
呆れてその子を見上げてたら、その後ろからカエルを手に掴んだ葉月が駆け寄ってきた。あいつ、また素手で掴んでる。手を洗いに行かせた意味全くないな。
トタトタと近くに来た葉月を、その子は訝し気に見つめていた。
「あなた、ここはかのゆうめいなほしのそららくえんですのよ。はしたなくはしりまわるなんてどうかしてますわ」
「え、外なのに?」
「それに、なんてものを持っているんですの!? 近づいてこないでくださいな!」
カエルをその子に近づけた葉月が、不思議そうにあたしとその子を見比べてくる。学園と楽園じゃ大きな違いだが......という指摘は置いといて、あたしもよく分かってないんだ。ただ、分かっているのは。
「お前と友達になりたいらしいぞ」
「私と?」
「なにをいってますの?? わたくしは、しょ、ろう、こ、こうじょうけのむすめと」
「こいつがその鴻城家の娘だぞ?」
あたしがそう告げると、その子がぎょっとしたように目を見開いて、今度は葉月とあたしを交互に見てきた。
「なんで!? カエルをてづかみでもってる、これが!?」
カエルを手掴みで持ってることに関しては、なんで? と同じことを思うが、初対面でこれ呼ばわりは失礼じゃないか? そっちの方がびっくりだよ。
葉月もよく分かってないのか、カエルをまたズイっとその子に近づけていた。
「食べるとおいしいよ?」
「たべる!?」
「おい、葉月......お前、それ食べようとしてたのか?」
「おいしいもん」
それは前に食べたことがあるってことか!? 今世......いや、あの母親がさすがにそれを食べさせるわけないか。いや待てよ? 美鈴さんなら「ちょっと試しに食べてみよう」とか言い出しそうだな。いやいや、やっぱりさすがにないか。じゃあ......前世か!? なんてもの食べてたんだよ!?
あたし自身も内心動揺してたら、何かを思いついたのか葉月がグイグイとその子に近づいて、あっという間に、その子の立派な縦巻ロールの髪の中にそのカエルを放り込んでいた。
「ぎぃやぁぁぁぁあああ!!! ななな何しますのよぉぉおおお!? ひぃぃぃ! とって、とってぇぇぇ!!」
「おお。いっちゃん、全然落ちてこないよ!」
「本人、思いっきり泣いてるぞ......」
ブンブンブンとものすごい勢いで髪を振り回しているその子の叫び声で、大慌てで保育士のお姉さんが駆け寄ってきてくれた。葉月はしれっと「カエルがあの髪の中に入った」とか言ってたが、お前が入れたんだよ!?
「とって! とってぇぇ!」
「れ、レイラちゃん。とってあげるから、動かないで。ね?」
「「あ」」
葉月と一緒に声をあげてしまった。
カエルが下に落ちたんじゃなく、縦巻ロールの入り口からピョンっと飛び出てきたからだ。
全員でそのカエルの優雅な地面への着地を見て、無言でピョンピョン跳ねて去っていくのを見届けていると、隣の葉月がポツリと呟いた。
「旅立った......」
「違うわ!? 逃げたんだよ!」
「はっ! じゃあ、捕まえなきゃね!」
「いいんだよ、捕まえなくて!?」
「いっちゃん、カエルっておいしいんだよ?」
「お前、どれだけ食べたいんだよ!?」
純粋なその目を向けてくるな!? あたかも誰もが食べたいと思っているという目をするな!? 今、この場ではお前だけだよ、食べたことがあるやつは!
葉月の常識がいつもの通り分からなくなっていたら、近くで「びえぇぇぇぇぇ!!」と大きな泣き声が響き渡る。視線を向けると、さっきの子がその場にしゃがみこんで蹲っていた。少し遠くでボール遊びをやっている園児たちも、こっちに注目してくる。ああ、うん。ショックだったのは分かるつもりだが......。
「もう、およめにいけませんわぁぁぁぁ!!」
それ、使い方間違ってるぞ!? カエルが髪の中に入り込んで使う言葉じゃないんだが!?
こっちはこっちで訳が分からないことを言って泣き喚き始めたら、またきょとんとした顔を葉月がしていた。
「なんで泣いてるの~?」
「お前が嫌がらせしたからだよ!?」
「びえぇぇぇ!!!」
自分の行動の意味を全く分かってないのか、心底不思議そうな葉月にツッコまずにはいられない。ちょっと泣いているこの子が不憫に思えてきた。
その後も一向に泣き止まないから、保育士さんがその子を抱き上げて建物の中に入っていってしまった。
「いっちゃん、結局あの子なんだったの~?」
「さっきも言っただろ。お前と友達になりたいらしいぞ」
「だれなんだろうね~?」
「さあ? でも、今のお前の嫌がらせでその気は無くなったんじゃないか?」
「ふ~ん」
保育士のお姉さんは『レイラちゃん』って言ってたけどな。お嫁にいけないとか訳分からない勘違いをしてるから、これ以上関わってこないだろ。
それにあたしは今忙しい。前世の乙女ゲームの記憶を必死で思い出してるんだからな。この本に書かれてる地図で、主人公が住んでいるところや、今後イベントで起きる場所を把握しておかないと。
「いっちゃんいっちゃん。ママがね、今日うちに来いって言ってたよ」
「美鈴さんが? なんでだ?」
「珍しい本見つけたから、いっちゃんに知らせたら喜ぶって言ってた」
珍しい本? 何の本だ?
少し興味が出てきた。美鈴さんはあんな性格だが、薦めてくる本が全部面白いんだよ。この前は違う国の神話の物語で面白かった。前世では知らない神話があるからな、この世界。当たり前だが。
どんな珍しい本なんだ、とすっかりそっちに関心がいってしまって、さっき絡んできたあの子のことなんて、もはや頭の中から消えていた。
◆ ◆ ◆
「わたくしもいきますわ!」
「「は??」」
すっかり存在を忘れていたあの縦巻ロールの子が、何故か園の入り口で仁王立ちしている。即座に分からなかったが、ああ、そういえば、葉月が泣かせた子だと思い出した。
だが、私も行く? もしかして葉月の家にか?
昼間に保育士さんに頼んで連絡してもらって、兄さんに迎えに来てもらった。母さんがやっぱり一人では鴻城家には行かせたくないらしい。うん、その心配は尤もだ。あたしも兄さんに一緒に来てもらえば、少し安心できる。今でもあの屋敷のトラップは骨が折れる。
その兄さんと、一緒に迎えにきた今は葉月を肩車している魁人さんも、不思議そうにその子を見下ろしていた。兄さんも訳がわからなそうに首を傾げていて、あたしを見下ろしてきた。
「一花、この子は?」
「あー、うーん......なんと言えばいいか......」
葉月が泣かせた子? いや、違う。葉月と友達になりたがってる子か?
何と言えばいいか悩んでいるあたしをよそに、魁人さんが頭上の葉月に「新しい友達かい?」と聞いていた。
「ん~? 知らな~い」
葉月、即答するな。見ろ。その言葉を聞いて、見るからにショック受けてる顔してるぞ。ああ、でも何か訴えたい顔になったな。ムッとした感じで、魁人さんの上にいる葉月を見上げていた。
「ちゃんと、せきにんをとってもらわないとこまりますわ!」
「何のこと~?」
「わたくしの髪にあんなことしたのに!」
「かみ~?」
「わたくし、にんしんしたんですのよ!」
あたしと兄さんと魁人さんが「「「は?」」」と固まった。
......どんな常識だよ!? 髪にカエルを放り込んで、妊娠するわけないだろうが!? どこからの情報だ!? いや、違う! 誰だ、こんなバカげた情報をこの子に与えたのは!!?
「にんしん......妊娠? はっ! いっちゃんいっちゃん、私、子供出来たよ!」
「出来るか!?」
お前もお前ですんなり受け入れるな!? カエルを髪に入れて子供出来たら、世の中大変だろうが!!......あれ? なんか明後日のツッコミじゃないか、これ?
自分自身で自分のツッコミにツッコミを入れていたら、葉月が魁人さんからヨジヨジと降りだした。絶対自分でも意味を分かっていない発言をしたその子のところに駆け寄っている。
「子供、できたの~?」
「そそそうですわよ! だから、せきにんとってもらわないとこまりますわ!」
「どうやって~?」
「きまってますわ! わたくしのゆうじんになりなちゃっ! っ......!! っ......!?」
最後に舌を噛んで痛かったのか、口を慌てて押さえてるその子を、葉月と兄さんたちは茫然と見ていた。あたしも見ていて哀れになったぞ。痛かったんだな、うん。
それにしても、まだ諦めてなかったのか。めちゃくちゃ泣いてたのに、それでもこいつと友達になりたいのか、この子?? どうしてそこまでしてなりたいんだか。
「べつにいいよ~」
「!? 本当ですの!?」
葉月があっさりとそう言うと、その子がパアっと明るい表情になって葉月に振り返っている。いいのか? え、いいのか? 本当に葉月と友達になっていいのか?
「おい......本当にいいのか?」
つい、これから現実と向き合うであろうこの子に同情して声を掛けると、二人がこっちを見てきた。
「だっていっちゃん。責任取らないといけないんでしょ~?」
「そ、そうですわ! せきにんとってもらわないと!」
何の責任だよ。子供、出来てないからな? というツッコミは封じて、ハアと思いっきり溜め息をついてしまう。
知らないぞ。あたしは知らない。葉月と友達になるっていうことは、あの非常識な屋敷と母親にも慣れなきゃいけないってことなんだが......。まあ、今、この子に言ったところで通じるわけないか。
「ねえ、名前何~?」
「レイラですわ! えんじょうレイラです! このわたくしとともだちになれたこと、ほこりにおもうがいいですわ!」
「埃、ついてないよ~?」
「今にわかりますわ!」
おっほっほと笑うレイラに対し、葉月は自分の髪をグシャグシャと手で搔いていた。全く会話が成り立ってないぞ。
「いっちゃん、埃ついてる~?」
「葉月、ほこり違いだぞ......」
「ん~??」
「しかたないから、あなたともともだちになってあげますわ! こうえいにおもいなさいな! おーほっほっほっ!」
全力で断りたいんだが。「おっほっほ」とか笑うし、変なことを勘違いして信じてるのを、友達にしたくないんだが。
何故か自分にかなりの自信を持っているその子をジトって見つめると、やっぱり「おっほっほ」と笑っていた。兄さんと魁人さんに「二人に新しい友達できたなぁ」ってどこか微笑ましそうに言われて、どうにも断ることもできなくなったじゃないか。
葉月も十分変なやつなのに、さらに変なやつが何故かあたしの友達になった。嘆くしかない。自然とまた深い深い溜息が出てきた。
こうして、レイラがあたしと葉月に引っ付いてくるようになったわけだが、
この後、鴻城の屋敷でレイラの泣き叫ぶ悲鳴が木霊したのは言うまでもない。
お読み下さり、ありがとうございます。




