24話 変なやつ
「おとめげーむ?」
「ああ。どうやら、あたしらは≪桜咲く光を浴びて≫っていう乙女ゲームの世界に転生したみたいだ」
園の花壇の端っこ。そこで、あたしは今の自分達の現状について葉月に話す。
あれ以来、きっちりあれが夢だと分かるようになった。夢には見るが、あっちが現実だと勘違いはしない。毎日ここで葉月の顔を見るからだ。
その夢で胸が痛み、目を覚ますと母さんが心配そうに覗き込んでいた時もあった。ああやって、あたしの様子をこれまで見守ってくれていたのかもしれない。魘されていたらしい。
『怖い夢なの?』
あたしが「母さん」と呼ぶようになってから、聞かれたことがある。
前世の記憶があると言うと逆に心配されると思って黙って頷くと、それ以上何も聞かずにいつも温かいココアを淹れてくれた。その甘さと温かさが、すごく安心する。母さんは最近よく一緒に寝てくれるから、その温もりがまたホッとした。今は3歳児だ。許してもらおう。
母さんはきっと、あたしが何か秘密を抱えてることを知っている。だけど無理に聞き出そうとはしない。それがすごくありがたい。見守ってくれて抱きしめてくる。その手が優しいから、一緒に寝てくれると前世の夢を見なかった。
母親ってこういうものなのか、って驚いてもいる。
前世の母親はあたしに無関心だった。常に鬱陶しそうにしていたし、食事も少ないお金だけ渡されてそれで買ってこいって言われた。......今考えてもよくしのいだなって、自分に感心する。
再婚して義父と義兄が出来てからも、その扱いは変わらなかった。挙句の果てには、自分たちの料理も作らされていたな。渡される金額は多くなったけど、いつも「料理もまともに出来ないのか」と文句をつけてきた。言い返せば何されるか分かったもんじゃないから、必死で耐えた。あたし、よくやってたな。
こっちの母さんは、その家族たちと違い、よく褒めてくれる。
本を読んでも、手を普通に洗っても、お手伝いしようとする時も。
いつも大袈裟に褒めてくるから少し反応に戸惑う。こういう時、どうリアクション取ればいいんだ? って顔に出てるのか、そんなあたしの様子を見て、嬉しそうにまた褒めてくる。父さんも兄さんも姉さんも一緒になって、また褒めてくる。慣れていないから、今は慣れるのに必死だ。
そして、あたしは改めて今の世界のことを調べ始めた。
まずはこの星ノ天学園。
やっぱり、あのやっていた乙女ゲームの舞台になった学園だ。
それと、攻略対象者達。
鳳凰翼を始め、他にも月見里怜斗や九十九綜一、阿比留宏太もいた。身近にいたからすぐ分かった。子供姿だからすぐには分からなかったが、よく見ると面影がある。
どうやら、あたしと葉月は主人公と同じ年齢みたいだ。
「あたしのいた所では、乙女ゲームに転生するって物語がよくあったんだよ。それがあたしらにも起こったらしい」
「その乙女ゲームっていうのが分からないよ~」
「お前、本当に転生者か?」
「だって知らないもん」
パチパチと目を瞬かせながら、葉月はきょとんとした表情を向けてくる。結構世界的に有名だったと思うがな。海外のファンがコスプレしてたし、『海外でも人気なんです』とかってニュースで取り上げられて、見たりしたこともあったんだが。
「いつも殺し合ってたし、わかんない」
「殺し合ってた?」
「銃で撃ちあってた」
葉月の口からは突拍子もないことが出てきた。
殺し合ってた? 銃で撃ちあってた? こいつ、どんな前世なんだよ。もしかして、戦争してたとかか? 確かに戦争やってる国もあったし、不思議ではないのかもしれない。しかも英語使ってたしな。
こいつの前世......もし詳しく聞いたら、あたしより酷そうなのが聞こえてきそうだ。
「でも不思議だね~。そんな世界に転生か~」
また花壇の土を掘りだした葉月のその言葉に、確かにと思ってしまう。葉月は土いじりが好きなのか、時々こういうことを普通にやる。そこに関してはもうツッコまないと決めている。その手で触ってこなきゃいい。
「じゃあいっちゃんは、この後どんな人生になるか分かるってこと~?」
「そんなのは分からん。ただ、鳳凰翼を始めとした攻略対象者たちがいるんだ。もしかしたら、イベントが起きるかもしれない」
そこまで確定じゃない。確かにあの乙女ゲームの世界と世界観は似ているが、主人公がちゃんといるのかも今の段階では分からない。こんな転生が自分に起こるなんて夢にも思っていなかったんだ。しかも年代も一緒なんて出来すぎてる。
こんな摩訶不思議な状況、あの物語に出てくる登場人物たちはよくすぐに順応したな。
「なんでこんなことが起こってるのか......原因はなんなのか......調べても答えなんて出てくるわけないか。いやでも......」
「いっちゃん、小難しいこと考えてるね~」
「お前は気にならないのか?」
「そんなの神様にしかわからないよ~」
あたしがあれやこれやと考えていたことを、その一言で一蹴された。
いや、まあ、そうなんだけどな? 神様に転生させてもらったとかそういう小説もあったわけだけど、現実では実際、その神様がいるのかも分からないわけだし。
「考えても分かんないんだから、それでいいんだよ~。私はママとパパがいるからいいしね~」
「それは......まあ、そうだな」
「えへへ~。今度ね~海に行こうって言ってた~。綺麗なのかな~? 川とかで泳ぐとかはしたけど、海は見たことも泳いだことないんだよね~。楽しみ~。いっちゃんは楽しみある~?」
「そうだな......」
もし見れるなら......生で見たいなって思うんだ。
折角、乙女ゲームの世界にきたんだ。攻略対象者たちがいるのももう分かってる。
これで主人公もいて、イベントも起きるんだったら、それを見てみたい。ファン心理だ。
「イベント、見てみたいな......」
「いべんと~?」
「主人公と攻略対象者達のイベントだ。もし見れるなら、見てみたい」
あの主人公、理不尽だと思ったことにはハッキリ言うんだよな。それがかっこいいと思っていたし、見ていてスッキリした。しかも優しい。攻略対象者に寄り添う姿も、こんな人が近くにいたら、そりゃ惚れるだろって思った。こんな主人公になりたいなって、憧れもあったんだ。
......この世界にあの主人公もいたとして、同じ性格かも分からないが。
「それ、楽しい~?」
「そうだな。楽しみではあるな」
「じゃあ私も楽しみ~」
「なんでお前まで楽しみにするんだよ?」
「いっちゃんが楽しいと、私も楽しいから~」
葉月は満面の笑顔でそう言って、土塗れの手を近づけてきた。だから、その手で触ってくるな!?
ペシッと叩き落してやったら、何が面白かったのかまた近づけてくる。それをまた叩き落す。なんでどんどん目をキラキラさせていくんだよ!? 前から変だとは思ってたけど、こういう行動も変だな、こいつ! 顔だけは可愛らしいのに!
「いっちゃん、いっちゃん! ほら、こっちだよ~!」
「あたしは猫か!? 誰がするか!」
「なるほど! これが噂の猫パンチなんだね!」
「違うわ!? というか、さっさとその土を洗い流して来い! その手で触るな!」
ペシペシと叩き落すと、猫扱いしてきた。真面目な話をしていたというのに、なんなんだ、こいつは!? そもそも、こいつも前世の記憶があるんだよな!? なんでこんな子供っぽい思考......いや、行動なんだよ!
「お前、本当に前世の記憶があるんだよな?」
「ん~? これがそうだって言うなら、あると思う」
知らないアニメのこと知っていたし......間違いないとは思うが。
諦めたのか、また土を弄り出している。いや、掘っている。そんなに掘ってどうするんだか。
「いっちゃん」
「なんだ?」
「えへへ、いっちゃん」
「だから、なんだ?」
いきなり笑い出した。不気味だ。
そしてまた、満面の笑みでこっちに顔だけ振り向かせた。
「楽しみだね、いっぱい」
その葉月の言葉が、
心の底からそう思っている言葉で、
聞いているこっちまで、
そう思える表情で、
「ああ、そうだな」
つい、自分も口元が綻んだ。
この世界は、今のところ自分達に酷くない。
優しい両親がいる。
優しい兄姉がいる。
葉月もそうだ。
あの両親がいる。
楽しみだ。
この世界で、どう生きていくのか。
どんな人生になるのか。
きっと葉月もそう思っているんだ。
葉月の前世もきっと、さっき聞く限りでは酷い人生だったんだろう。
土ばっかり掘ってる変なやつだけど、
だけど、これからの人生に期待を込めた言葉だった。
あたしも、そう思う。
本当に楽しみだ。
また人生を歩むことが、楽しみだ。
そう思えることが、幸せだって思った。
お読み下さり、ありがとうございます。




