22話 鴻城家との出会い
あいつとの出会いは、3歳の時だった。
「ふふん、蘭花。悪いけど、一花よりも私の葉月の方が百倍可愛いから!」
「あーはいはい。もう聞き飽きたわ~」
あたしの母親らしい人が知らない美人と話しているのを、他人事のように聞いていた。
この夢は妙にリアルだ。
知らない人間が、はっきりと自分の意思で喋っているように聞こえる。
あたしの体も小さい。子供の姿になっている。鏡を見ても知らない自分だった。赤ちゃんの時にも不思議に思ったものだ。
でも、これは夢だ。
目が覚めると、やっぱりあたしは前の姿で、会社に行く準備をしてた。
だけど、向こうで寝るとこっちでも目が覚める。
そうすると、今度はこっちの生活が始まる。
変な夢を見続けている感覚だ。
こっちで目が覚めると、手を繋いでいるこの人が母親だった。でも夢だから、あー明日は朝一から会議の資料作らないとって、この時も思っていた。
「一花ちゃん、ご挨拶できるかな? 葉月ちゃんよ」
「?」
母親に促されて前を見てみると、向こうの母親らしい人間の後ろから顔を覗かせて、髪を背中まで伸ばし、キラッキラの目で見てくる女の子がいた。
なんだ、この子。めちゃくちゃ美少女。こんな女の子が存在するとか、この夢すごいな。いや、待て......夢に出てくるのは、あたしの記憶からじゃなかったか? こんな可愛らしい女の子、あたしの記憶上存在しないと思うが......。
「はづきだよ」
「ん? ああ、こ......じゃない、一花だ」
あたしの傍に近づいてきてたその子から自己紹介されて、一瞬自分の本当の名前を言おうとしてしまった。違う違う。この夢でのあたしの名前は一花だった。
「いっちゃんだ!」
「は?」
「ママ、いっちゃんだよ!」
「も~う、葉月ってばすごい! いきなりあだ名つけれるとか、天才か!」
どこが天才なんだ??
いきなり馴れ馴れしくあだ名みたいのをつけられて唖然となっていたら、向こうの母親は『はづき』とかいう自分の娘を抱き上げて、ギューギュー抱きしめていた。その光景をやっぱり茫然と見てしまった。
「それにしても、しばらく見なかったけど......一花の喋り方、そんなだった?」
「そうなのよね~......気が付くとこの喋り方になってて。誰の影響受けたのかしらって今でも不思議なのよね~。まあ、支障ないからいっかって思って」
あたしのことを見ながら二人が不思議そうに話している。またか、と思った。
いいじゃないか。どうせあたしには、普通の女の子みたいな可愛らしい喋り方なんて似合わない。どんな容姿に変わろうと、それだけは変わらないさ。
「いっちゃん、あそぼっ!」
どうでもいい、どうせ夢なんだから。とか考えていたら、母親の腕から抜け出したはづきが、トテトテとまた近寄って来た。今こいつ......あそぼうって言ってきたのか?
「あそぼう! だれかとあそぶのはじめて!」
「いや、あそぼうって......今から入園式だぞ?」
「にゅうえんしき?」
いやいや、なんでそんな不思議そうに首を傾げてくる!? ちゃんと制服着てるじゃないか!!
その疑問に対して疑問に思っていたら、あたしの母親(だと思う)がしゃがんで、はづきと目を合わせていた。
「葉月ちゃん、今からこの星の天学園幼等部の入園式なのよ~。あそぶのはそれからにしようね~」
その名前を聞く度に、向こうでハマっている乙女ゲームを思い出す。
暇潰しにやってみたら、ストーリーがめちゃくちゃ良かった。あたしの推しはやっぱり鳳凰翼ルートだな。終盤のあの水族館デートで、主人公とかなりいい雰囲気になるんだよ。よし、戻ったらあの場面をやろう。
「ねえ、蘭花。それだったら、式が終わったらウチにこない? 葉月も一花と遊びたがっているみたいだし」
「そうね~。急患がなければお邪魔しようかしら~。一花ちゃんにも同世代のお友達と仲良くしてほしいしね~」
ワイワイと式の後の予定を母親二人が決めている。あたし、別に友達いらないんだが......。夢で友達欲しがるとか、どれだけ寂しがり屋なんだよ。
「いっちゃん、くる~?」
「そうよ、葉月。お屋敷のお外でいっぱい遊んでいいわよ。どうせだったら、鍛えてあげなさい。引き籠ってそうな顔してるじゃない。太陽に当たってない顔だわ、これ」
「ちょっと~美鈴~。一花ちゃんは本が好きなのよ~。人には得手不得手があるの~。というか、鴻城の常識に当て嵌めないでちょうだい、人の娘を。上の2人がこれまた非常識に育ってるものだから、一花ちゃんだけは普通に育てたいのよ、私は」
おや? あたしの母親の口調が一気に変わったぞ? こんな現象、初めて見たな。いつもおっとり話すイメージだったんだが。
「鴻城の常識じゃないわよ。子供は外を駆け摺り回って大きくなるものじゃない。私も蘭花もそうだったでしょう?」
「あれのどこが駆け摺り回るって言うのよ!? あんたに連れ回されて、挙句の果てにはゴリラから追い掛け回されて大変だったでしょうが! そもそも、鴻城のお屋敷の外で何でゴリラ飼ってるのか不思議で仕方なかったわ! 一花ちゃんをそっちの道に引き摺り込むな!」
「ばっかね~、蘭花。あれ、結構楽しかったじゃない」
「楽しくないわよ!? 命の危険だから!」
「でもそのおかげで、動物に襲われても生き延びる手段を得られたじゃないの!」
「そんな手段はいらないんだけど!? この平和な国でそんな状況になる方がおかしいでしょう!? 気づきなさいよ!」
「蘭花......いついかなる時も、知識って大事よ?」
「必要ない知識を一花ちゃんには教えないって言ってるんだけど!? さっき楽しかったって言ってた口で何を言ってるの!」
ゼーハーと息を切らせながら、向こうの母親に噛みついているあたしの母親。すごいな。いつもニコニコと笑顔を絶やさないあたしの母親をおちょくってるぞ、この人。この二人、昔からの付き合いだったのか。夢とはいえ、ここまでおちょくる人間、見たことないんだが。
はづきははづきでニッコニコと嬉しそうにあたしの手を取って、ブンブン腕を振ってきた。
「えへへ~。いっちゃん、くる~」
「行かないぞ?」
「いっちゃん、いっちゃん、何してあそぶ~?」
「だから、行かないぞ?」
「パパのね、おかしもおいしいんだよ~。この前ね、こんっな大きなほっとけーき作ってくれたんだよ~!」
「全く聞いてないな!?」
親が親なら、子も子だな!? なんだ一体、この夢は!
その後、式が終わってからあたしとあたしの母親は無理やり車に乗せられて、鴻城家に招待された。あたしの母親が何故か予定を変えて家に戻ろうとしていた時に、見事な速さでこの親子に引っ張られていったさ。あたしの父親はハンカチを振って見送ってたよ。助けないらしい。はづきの父親は困ったように笑っていた。
なんだ、この屋敷......アニメか何かで出てくる王宮か? と思わざるを得ないだだっ広い鴻城家で、あたしは走り回された。ゴリラじゃないが、何故か子供の豹がいた。この時、ちょうど飼っていたらしい。
あたしの母親の「一花ちゃぁぁん! ごめぇぇえん!!」という謝罪が響き渡り、豹に追い掛け回されているあたしを見つけたはづきの父親が「怖い思いさせてごめんね」と、その豹を押さえつけてくれて、事なきを得た。
この疲れ具合、夢なのにリアルすぎるだろ。まず、なんで豹が普通に屋敷の中を自由に散歩してるんだよ!? おかしいだろ!
はづきとその母親に「楽しかったでしょ?」と満面の笑顔で言われた時に、初めて人を殴りたいって思ったよ。
その後、はづきの父親がお詫びにホットケーキを作ってくれた。それはおいしかった。後ろではあたしの母親がはづきの母親を説教してる声が響いていたが、その説教、目の前でおいしそうにホットケーキを頬張っているこいつにもするべきじゃないか?
それがこの鴻城家との出会い。
幸せそうに笑っている葉月との出会いだった。
お読み下さり、ありがとうございます。
幼稚園児はここまで流暢に喋らない……というツッコミがここから数話ほど出てくると思いますが、そこは大きく目を瞑ってくれると大変大変助かります!!




