16話 返事
「あたし......一花が好き」
一花が好き。
その気持ちが、勝手に言葉にも出ていた。
一花は茫然としたように見下ろしてくる。ゆっくりと、あたしの頭から手を下ろして体を起こし、一歩下がった。
その動作で、少し我に返った。
あたし......あたし今、好きって言っちゃった?
勢いに任せて、告白しちゃった?
サアアアっとまた血の気が引いていくのが分かった。内心、自分でも動揺しまくりだよ!!こんな告白するつもりなかったのにぃ! どうする!? どうしよう!!
あれ、でも一花、なんにも言わないな? はっ、まさか! あの時の葉月っちと一緒か!? 花音に告白されて友達の好きと勘違いしてたよね!? 一花も鈍感っぽいところあるし! え、勘違いされるのは困る!
「ちち違うから!!」
「は?」
慌てて言うと、またまた目を丸くさせながらあたしを見てくる一花。あれ、勘違いしてないっぽい?
「違う、のか?」
「え!? 違くないです!」
「......どっちだ?」
違うんだよ! そんな変なモノを見るような目で見ないでよ! 友情と勘違いしてるって思ったんだよ! でもこれ、勘違いしてないっぽい! う、うう~!! こ、こうなりゃヤケだ!! めっちゃ緊張してきた!
「す、好き! 好きだった! ずっと一花のこと好きだった!」
い.............言った......言った!!
言ったよ、花音!!
絶対、今のあたしの顔は真っ赤だ。夜だから見えてるか分からないけど、ライトの下だから分かるはず!!
言ったからには、一花の反応がほしい!
予想外のことを言われて「はあ!?」とかって顔を真っ赤にさせたい!!
でも、あたしの予想とは真逆に、一花はどんどん暗い表情になっていった。
あ......これ......。
ザワザワと嫌な感覚が、恐怖がどんどん積もっていくのを感じる。
あたし、これ、早まっ......
「お前が......言ってくるとは思わなかった」
「へ?」
──あれ? なんか予想していた答えと違う言葉が出てきたぞ??
目の前の一花はふうと息をついて、真剣な表情で見下ろしてくる。ついつい地面なのに正座に座り直してしまった。なんであたし正座しちゃった? いや、どうにもいつも説教されるみたいな空気感が漂っているからなんだけど。
「お前は、ヘタレだから絶対言ってこないと思っていたが」
「ヘタレ!? って、ん???」
え、ん? これ、どういう状況? ヘタレって思われてたのにもショックなんだけど、なんか一花の様子が予想と違いすぎて混乱してるんですけど???
あたし、告白したよね?
勇気出してしたよね??
あたしの予想だと『え、好き!? あたしを!?』みたいな反応で、そのあと振られるか、両想いになるかっていう返事がくると思ってたのだけれど??
「このまま言わないだろうと考えてた............油断したな」
ハアと疲れたようにいつもの溜め息をついている一花に、さらに混乱してしまう。
今の言葉って、一花はずっとあたしの気持ちに気づいてたって事???
「あ、あのさ、一花? もしかして......気づいてた??」
「一緒に生活してて、気づかない方がどうかしている。葉月と一緒にするな」
あっさり肯定されてしまって、茫然としちゃったよ。気づいた素振り、全然なかったじゃん!!? そっちの驚きの方が強くて、さっきまでの緊張感が無くなっちゃうんですけど!?
「な、なんで言ってくれなかったのさ?」
「お前は今の関係のままで都合がいいんじゃないかって思ってたんだよ」
「そんなわけないじゃん!! あたしだってイチャイチャしたいし!!」
ずっとずっと変えていきたいって思ってた。
このまま只のルームメイトなんて嫌だった。
一花とちゃんと恋人同士になってそれで......ちょっと待って、なんか変だな?
今の関係のままで都合がいいって思われてたから、一花は黙ってた?
それって......関係が変わっても、一花にとっては大丈夫って捉えることも出来ない?
あれあれ?
じゃあ、じゃあさ?
あたしが一花を好きだって知っていて、だけど振ることもしていない。
それはつまり、一花はもしかしてあたしの告白を待っててくれ──
「あたしも、都合が良かったんだ」
ズシッと一花のその言葉がのしかかってきた。
もしかして一花もあたしのことを好きなんじゃっていうパアっとした明るい考えが、一気にどん底に突き落とされた。
一花も、都合が良かった......。
ドクンドクンとまた嫌な感じに心臓の鼓動が耳に響いてくる。
つい無言になって、不安に思いながらギュッと一回目を瞑って、
ゆっくりまた開けて一花を見た。
後悔、した。
真剣に、だけど辛そうに、あたしのことを見てきたから。
「このまま、お前が何も言わなければいい......そう思っていた」
......言われたくなかった............そう続きが聞こえてきた気がする。
「......そうだよな。恋人作りたいと......あれほど言ってたもんな」
......そうだよ。
一花と、一花と恋人になりたいんだよ?
どこか自嘲したように力なく笑った一花に、そう言いたいのに、だけど言葉は出てこない。
......聞きたくない。
これ以上、一花の言葉を聞きたくない。
心の中が、虚無感でいっぱいになっていく。
「.....................すまない」
今まで聞いたことない小さな呟きに、
胸がギュッと締め付けられた。
一花......こんな小さい声で喋れたんだって......どうでもいいことを考えてしまう。
「あたしは、お前の期待には応えられない」
一花の小さい、だけどはっきりとしたその答えに、
ああ、
終わっちゃったって、思ったよ。
「いっちゃん.....」
葉月っちの声が聞こえた。
花音も隣に立っていた。
ゴロンタが葉月っちのパーカーの中から顔だけ出していた。
一花は苦しそうにあたしをジッと見てから、踵を返してそのまま葉月っちの横を通り過ぎて、一人だけ先に歩いていった。
それもボーっと見るしか出来ない。
葉月っちもまた、そんな一花の歩いていく背中を眺めている。
「舞、とりあえず帰ろう?」
花音が近寄ってきて膝をつく。心配そうに顔を覗き込んできた。
「舞の好きなコロッケ、作ってあるよ」
その優しい声が耳に響いてきて、さっきの一花の答えがまた思い出される。
さっきの一花の言葉が事実だったって、思い知らされる。
じわっと、引っ込んでいた涙がまた込みあがってきた。
「花音......」
「ん?」
「あたし............」
「うん」
「あたしっ......」
ポンポンと慰めるように頭を撫でてくる。
その優しい手が、さっきの一花の手とまた違って、そこでまた悲しくなってきた。
ボロボロと涙が出てくる。
止まらない。
さっき以上に止まらない。
「振られっ......ちゃったよっ......」
はっきり、
応えられないって、
言われちゃったよ。
あたしの気持ちは、一花には届かなかった。
それが悲しくて、
苦しいよ。
花音はそれから何も言わず、少しの間ポンポンと泣きじゃくるあたしの頭を撫でてくれた。
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