15話 やっぱり、胸が熱くなるのは
「ゴロンタぁ~......いない......」
ハアと溜め息が出てきてしまう。
寮からゴロンタを探しに出てきてしまったはいいけど、どこにもいない。自販機の裏にでもいるかな? とか思って、見てみたけどいなかった。
もうあたしの心は真っ暗な闇の中だよ。
どうしようって思いと、見つけなきゃって焦りでいっぱいだ。
諦めるわけにはいかないから、周囲をキョロキョロと見渡す。
もうすっかり日が落ちている。花音たち、もう帰ってきたかな? ゴロンタいなくて心配してるだろうな。
携帯を持ってくるの忘れたから、街灯だけが頼りだったりする。財布も持ってきていないから、喉乾いたけど、この自販機でジュースを買うのは無理だ。
でも、このまま帰るわけにはいかない。
自分がちゃんと見ていなかったから、ゴロンタがいなくなったの気づかなかったんだもん。
このまま見つからなかったら、とか嫌なことも考えてしまう。どんどん不安が出てきて、すぐにでも帰って一花たちに言わなきゃとも思う。
「奇跡でもいいから、今すぐゴロンタ出てきなよ......」
自分でもしょぼくれた声だと思ってしまったけど、これが今のあたしの本音だよ。
車が通るたびにビクッと肩を震わせた。その車の先を慌てて見ている。ゴロンタがいきなりでてきたらどうしようって思いが強くなって、いないことが分かってホッとしてる自分に嫌気がさす。
何かが動いたって思って、急いで駆け寄るとタダのゴミ。誰さ、このコンビニの袋をこんなところに捨てたのは! って違う怒りも出てきた。
走って歩いて、そしてガックリと肩を落とす。疲れた。
見つからなかったら、どうしよう......やっぱり葉月っちは責めるよね。花音は許してくれそうだけど、でもゴロンタのことをずっと心配するだろうな。というより、ショック受ける葉月っちを心配しそう。
一花は......。
一花は、あたしにガッカリとかするのかな?
猫の世話も任せられないって、今度こそ見放されたりして......。
今度こそ......
ルームメイトも解消したりして......
そんなのやだ。
そんなのやだよ。
ブンブンと慌てて顔を振って、嫌な予想を消そうとする。違うことを考えよう。
「ゴロンタ......お腹空いてるだろうな......」
そうだよ......まずはゴロンタだよ。あのおやつから、まだ何も食べていない。きっとお腹を空かせている。
ゴロンタにも罪悪感でいっぱい。
あたしがちゃんと見てれば、今頃帰ってきた大好きな葉月っちにご飯食べさせてもらえてたはずなのに。
「出てきなよ......ゴロンタ」
暗い声で呟くけど、辺りはシーンと静まり返っている。聞こえてくるのは風で揺れる木々の音だけ。それが一層不安になるし、寂しくなってくる。
──駄目だ。こんなんじゃだめだ。
ゴロンタだって今頃不安なはず! 寮じゃないから葉月っちにも会えないし、周りは知らない人だし! いや......人は大丈夫かもしれないけど。人見知り全然しないから。いやいや、でもその人にもし拾われちゃったら、葉月っちとは離れ離れになっちゃう!
無理やり顔をあげた。
見つけるんだ。ちゃんとゴロンタに葉月っちを会わせてあげるんだ!
重くなった足を、無理やり動かした。
犬の散歩している人とか、すれ違う人にも声を掛けた。
でも、そんな猫は見ていないという答えが返ってくる。
その度に不安がまた襲ってくる。
前に花音の弟妹と遊んだ広い公園も満遍なく探した。ここだったら寮からも離れていない。木の辺りとか、ベンチの下とか。
暗いせいで、見るのにもかなり目を凝らしたから、すごい目が疲れた。
「......どうしよ......もう21時すぎちゃってるよ」
公園にあった時計の針が21時を回っていた。あたしの帰りが遅い事でも、花音たちに心配を絶対かけているはず。
あたしもお昼前に食べたおやつだけだから、お腹が空いている。でも、ゴロンタはもっとお腹が空いているはず。
見つけなきゃ。
見つけなきゃ。
不安と焦りと空腹で、やっぱりどんどん心細くなっていく。
自分の不甲斐なさで悔しい気持ちと弱気な気持ちが胸の中に押し寄せてくる。
「ふぅっ......」
だめだ。泣いたら駄目なのに。
あたしが泣いてどうすんのさ。
不安なのは、ゴロンタの方なのに。
でも、一度流れると止まらなくなってくる。
止めるためにゴシゴシと目を擦った。だけど意味もなくどんどん出てくる。
たまらず、その場にしゃがみこんだ。腕の中に顔を埋める。
きっと一花に怒られる。呆れられる。最悪嫌われる。
こんな時でも一花にどう思われるかを考えてしまう自分も嫌になる。
走って歩いて、足はもうパンパン。
もう疲れて歩けない。
しゃがみこんで立ち止まってしまったから、さらに不安が渦巻いてきて、気持ちも体も落ち込んでいく。
ゴロンタ......どこにいるの────
ゴンッ!!!!!
────っっっっったぁぁぁ!!!!!!
更に腕の中に顔が埋まったじゃん! って何!? 痛い! 殴られた!? 何に、誰に!?
バッて思わず頭を抑えながら上を向いて視線を向けると、
「おっ前はっ......! こんなところで、何やってるっ!?」
めちゃくちゃ息を切らしている一花が握りこぶしを作りながら、しゃがんでいるあたしを見下ろしていた。
え、え!? 一花ぁ!?
驚きすぎて、頭を押さえたまま、しゃがんだ体勢から後ろの地面にペタンと尻餅をついてしまった。
「い......一花?」
「ったく! 全っ然帰ってこないからどうしたかと思えば! 携帯も部屋に置きっぱなしで連絡の取りようもなかったわ! 花音も大層心配してたぞ! こんなところで何をやってるんだ、お前は!?」
ハアハアと息を整えながら怒ってくる一花を、只々茫然と見上げてしまった。
だ、だって、だってさ。
「なんだ? どこか怪我してるのか? 何にも反応ないな」
「っ......」
「は......? お、おい、舞?」
びっくりしすぎて引っ込んでいた涙がジワジワとまた込み上げてきて、どんどん溢れてくる。そんなあたしを見て、明らかに慌てだす一花がいるけど、止まらない。
「おい、ま......」
「い、いなく......なっちゃった」
「は?」
ポツリと出てきた言葉は、涙声で擦れてしまっていた。一花も訳が分からなそうにポカンと口を開けてた。でも一花を見て、安心して、だけど言うのが怖くて、それでも言わなきゃって思って、無理やり言葉を出した。
「いなくなっちゃったんだよぉ......」
「......えっと......誰がだ?」
「ゴロンタが、ゴロンタがいなくなっちゃったんだよぉ! どうしよう、一花ぁ!」
「葉月と一緒にいるが?」
「そうなんだよぉ! 葉月っちにっ、べったりのあのゴロンタがっいなくなっ............うん?」
「だから、葉月のパーカーの中にいるぞ? あいつと花音も周辺でお前のことを探してるからな。こちらにもすぐ来ると思うが?」
......ん?
......んんん?
今、一花は何を言ってるのかな?
「いなくなって......」
「ないぞ」
「だって、起きたらゴロンタいなくて、それで......」
「お前......それでこんな時間まで探し回ってたのか? ハア......」
心底呆れたように溜め息をついた一花が腰を屈めて、前みたいにあたしのおでこをツンツンと突いてきた。そんなの気にしていられなくて、今度はこっちがポカンと一花を見たけど。
「あたしらが寮に帰ってから、衣川さんが連れてきてくれたんだよ」
「ユカリが?」
え、でもユカリ、部屋にいなかったよね?
「寮の廊下でゴロを見つけて、部屋に行ったけど誰もいなかったから、帰ってくるまで預かっていたと言っていた。『お腹空いてるみたいだったから、食堂でミルクもらって飲ませたよ』ともな」
......もしかしなくても、すれ違い!?
「帰ったらお前はいないし、それに一向に帰ってこないし......どうしたかと思ってたら、今の時間まで探し回ってたとは......いなくなったと気づいた時点で連絡してくれればよかっただろ? ゴロの首輪には発信機を入れてるから、すぐにどこにいるか分かる」
「は?」
「言ってなかったか?」
聞いてないんですけど!?
え、じゃあ何? あたしの今までの探し回った時間は無駄だったってこと!? せっかくの休みの半分を費やしたのに!?
いや、いやいや、でも待って、ちょっと頭が混乱中。
じゃあ、じゃあゴロンタは、
「ゴロンタ、いなくなってない?」
「そう言ってるだろ」
「いなくなって、ない」
ゴロンタ、お腹空かせてる訳でも、葉月っちと離れ離れでもない。
その事実が、どんどん頭に浸透してきて、安心してまたボロボロと涙が出てきた。またぎょっとしたように一花が見てきたけど、そんなの気にしていられない~!
「ふぇぇ!! 良かった、良かったよぉ~!!」
「ハア。おい、泣くな」
「だって、だってぇ~!! 車にもし轢かれてたらどうしよう、とか、葉月っち、絶対ゴロンタがいなくなったら自分がいるせいだって思うかも、とか色々思ってぇ~!! あたしがちゃんと見ていなかったせいだって思って~!!」
「大丈夫だ。ゴロのことはちゃんと考えてる。万が一にもそんなこと起きないようにしてるさ。それに、鴻城の護衛にちゃんと発信機でゴロの居場所を常に確認させている」
用意周到じゃんかぁ!! ちゃんと教えといてよ、そんな重要なこと! でも良かった良かったぁ!!! 本当に良かったよぉ! 罪悪感でいっぱいだったんだよぉ!
ボロボロとまだ涙は出てくる。安心して一気に強張っていた体から力が抜けていくのが分かった。「全く......」っていうまたまた呆れた一花の声が聞こえてきたけど、本当にどうしようって不安でいっぱいだったんだよ! 仕方ないじゃん!!
グスグスと零れてくる涙を自分の服の袖口で拭いてたら、一花の左手が伸びてきて、あたしの頬に触れてきた。へ!? いきなり何っ!? 一瞬ドキッとしてしまって、ポカンと一花を見上げると、困ったような表情で見下ろしてくる。
「もう泣くな。大体、お前もみんなに心配させてたんだからな? ちゃんと分かってるのか?」
「うっ......ご、ごめん」
そのまま、優しく親指で目元に残っている涙を拭ってくれる。
その指が優しく感じて、一気に心臓がバクバクしてきた。怒ってるのに、こんな優しくするとかズルい。
「今度からはちゃんと先に連絡しろ。大抵のことは何とかしてやる」
一気に頬が熱くなる。
何そのセリフ!? カッコよすぎるんですけど! さらに心臓やばくなってくるから!!
「怪我とかはしてないな?」
「ううう、うん......」
「そうか。それならいい」
擦れた声で何とか返事したら、安心したように一花がフッと微笑んでくれた。
か、かかか、可愛い。かっこいい。
それでさらにブワワワワっと体温が上昇してくる。
「あまり心配させるな」
一花も心配してくれていた。
それがまた嬉しくなって堪らない。
よく見ると、一花の額にもまだ汗は残っている。心配して、あたしのことを探し回ってくれていたんだ。そう思ったら、また堪らない。
ポンポンと今度は頭に手を置いてきた。それが「もう大丈夫だ」って言ってくれてるような優しい手で、キューっと胸の奥が締め付けられる。
ああ、どうしよう。
本当、好き。
一花が好き。
めっちゃ好き。
「帰るぞ。花音がお前のためにご飯を用意してくれてる。今日はもうゆっくり休んだ方がい......」
「────き」
「......ん?」
気持ちがどんどん溢れだす。
一花。
一花、あたし、
「一花が............好き」
どんどん目を大きくしていく一花。
だけど、止まらない。
もう、止められない。
言葉が、勝手に口から出てくる。
「あたし......一花が好き」
好きな気持ちが、溢れ出た。
お読み下さり、ありがとうございます。




