4話 Wデート
「おい、舞......」
「何だい、一花?」
「なんで牧場なんだ?」
え、一番ほのぼのするかなって思って。
「いっちゃん、いっちゃん! 牛がいるよ!!」
「やめろ、柵を乗り越えていこうとするな」
「むー! 乗ってみたいじゃないか!」
「乗るな」
「あ! あっちには馬がいる~!」
「だから柵を登るなっ!」
「葉月、危ないから降りようね?」
「むー......」
花音に言われて渋々柵から手を離した葉月っちに、一花は早速疲れている様子。
あたしたちがやってきたのは、ちょっと遠出をしたところにある牧場! ここ、乗馬体験や牛の搾乳体験も出来るんだってさ! それに近くに湖畔もあって、そこはデートスポットで有名だったりする。
「葉月、やっぱりお弁当、私が持つよ。リュックに入れてたら、グチャグチャになりそうだし」
「ん? いい、自分で持つ」
「そう? 大丈夫?」
「うん。花音の卵焼き、大事」
よいしょっと自分のリュックを前にして肩に掛け直している葉月っち。すごく大事そうに抱えてるのを花音が嬉しそうに見ていて、手を繋ぎだした。
「一花......なんか幸せオーラが伝わってきたんだけど......」
「慣れろ」
慣れない。この甘々の空気。本当、羨ましすぎる!!
チラッと横の一花を見てみると、呆れたように二人を見ていた。
一花は羨ましいとか思ってなさそう......。恋人とかやっぱり興味ないのかな? そうするとあたしの望みは薄いってことに......あ、やばいやばい! ネガティブな思考になっちゃうところだった!
「よっし! 一花、あたしらも手を繋いでおこうか!」
「なんでそうなる!? やらんわ!」
ちょ、速攻断らないでくれない!? さすがにショックだから!! 今の流れで乗ってきてくれると思ったのに!!
「それよりとっとと行くぞ。あいつが勝手に馬に乗り出したら敵わん」
「えっ!? あ、あっはっはっ......それもそっか! よっし、葉月っち! 向こうで乗れるみたいだから、先に乗馬体験しよっ!」
内心落ち込んでいるのを悟られないように、花音と手を繋いで楽しそうにしていた葉月っちに声を掛けると「するっ!」っていう元気な返事が返ってきた。
ま、まだまだ今日は始まったばかりさっ! うんっ! とりあえず、今を楽しもう!
それからは乗馬体験やら牛の搾乳体験やらを4人で楽しんだ。葉月っちは案外大人しく馬に乗ってたよ。もっと暴れるかなって思ったけど、気の回しすぎだった。意外にも馬の扱いは丁寧だったね。
「いっちゃん」
「なんだ?」
「あったかいね」
「......そりゃ生きてるからな」
「そっか」
どこか嬉しそうに葉月っちは馬の首元を撫でていたよ。馬も葉月っちのことが気に入ったのかスリスリと顔を擦りつけている。そんな葉月っちを、一花と花音が嬉しそうに眺めていた。
あたしも、どこか嬉しくなったよ。
このまま葉月っちにとって、生きてることが嬉しいことだって思ってくれればいいなって思うから。生きてるから、暖かいって感じれるんだよって伝えたいから。
一花のこととは別に、あたしは葉月っちにいっぱいいっぱい生きてれば楽しい事あるよって教えてあげたい。これからいっぱい色んなところに連れて行こうと思ってる。もちろん、花音や一花も一緒に。
思わず自分も口元を緩ませてたら、葉月っちが気付いたのか、きょとんとした顔を向けてきた。
「いっちゃんいっちゃん......舞がニヤニヤしてる」
「なんだ? 変なモノでも食べたか?」
「何でそうなるのさ!! ただ、あたしも葉月っちが楽しそうだったから良かったって思っただけなのに!」
「舞のニヤニヤしてる顔、気持ち悪い」
「失礼だよ、葉月っち!?」
心外すぎる!! こっちはちゃんと葉月っちのこと考えてたのに!! 一花もなにさ! なんで変なモノ食べたってなるの!?
むきーって一人憤ってたら、苦笑していた花音が「そろそろお昼にしようか」って促してくれた。仕方ない。花音のお弁当に免じて、さっきの葉月っちの気持ち悪い発言は見逃してあげようじゃない。
「おい、舞」
「ん? 何、一花?」
「......感謝する」
「へ?」
仲良く手を繋いで歩いている葉月っちたちの後ろを歩いていたら、何故かいきなり一花にお礼を言われた。でも、何のお礼?
「今日、ここに連れてきてくれたことだ。葉月のこと考えて、連れてきてくれたんだろ?」
バレてる。
た、確かに......生き物と触れあえば、葉月っち、命をもっと大切にするようになるかなとは思ったけど。
「楽しそうだ。もう大丈夫だっていうのは分かってるが、こんなに心配しないで見ていられるのは久しぶりだ」
目元を緩ませて、一花は前を歩く葉月っちを眺めていた。
少しモヤっと嫉妬しちゃったけど、でも......うん......。
「葉月っちには花音がいるから大丈夫だって」
「......ああ、そうだな」
嬉しそうに笑う一花を見ると、こっちだって嬉しくなるんだよ。
一花にとって葉月っちは特別。
一花には、葉月っちが笑っていることが必要。
やっぱり嫉妬はするけれど、でも、それ以上に、
一花が喜ぶことを、あたしはしてあげたい。
「いっちゃーん、舞~、ここで食べれるって~!」
葉月っちがお弁当を食べれるスペースを見つけて、笑って手を振っていた。
「ほら、いこ! 急がないと葉月っちにおかず食べられちゃうよ!」
「......そうだな」
何も考えないで自然と一花に手を出していた。
そうしたら、一花も何も考えていないのか、そっと握ってきてくれた。
あ、あれ? 予想外!!
手、ちっちゃ! 柔らか!
「......どうした?」
「いいいや、何でもない!!」
何でもなくない!! 心臓やばっ!! さっきは拒否ったくせに、なんで今度は乗ってくるかな!? 嬉しいから大歓迎だけど!!
ほんのちょっとの間だったけど、
手に一花の温もりを感じて、
これ以上ない幸福感に包まれた。
お読み下さり、ありがとうございます。




