255話 乙女ゲームのヒロインに攻略されました
花音は可愛い。
花音のご飯はおいしい。
花音の手は気持ちいい。
花音に抱きしめられるとあったかい。
花音に抱きしめられるといい香りがする。
花音のそばはすごい落ち着く。
花音のそばは居心地がいい。
花音が笑うと見ていたくなる。
花音がいないと不安になる。
花音が怪我してないか心配になる。
花音が泣くと悲しくなる。
花音が辛そうだと胸がギュッと締め付けられる。
これが、私が花音に感じること。
だけど、それが恋愛なのか分からない。
花音は私を愛してると言ってくれた。
だけど、私の気持ちが恋愛なのか分からない。
花音と同じ好きなのか分からない。
久しぶりのオムライスはおいしかった。今は向かいで花音はお茶を飲んでいる。部屋が替わる前までの習慣だ。
花音はどうしたいんだろう?
あれから何も言ってこない。
やっぱり聞いてみるのが一番かも。と思って、目の前にいる花音に聞いてみた。
「ねぇ、花音?」
「うん?」
「花音はどうしたいの?」
「どうしたいって?」
逆に聞かれてしまったよ。うん? なんて返そうか? ああ、舞が、返事がどうとか言ってた。
首を傾げてる花音に、再度聞いてみる。
「舞にね」
「舞?」
「返事したのかって言われたんだよ」
花音の顔が途端に赤くなっていきました。うん、やっぱり可愛いよね。
静かに「そ、そう」ってカップを置いていた。あの、花音、大丈夫? 耳まで真っ赤だよ? いや、可愛いんだけども。
そんな花音を眺めていたら、ふうと息をついて、こっちを見てきた。
「ねえ、葉月?」
「うん?」
「葉月はその……やっぱり嫌?」
きょとんとしてしまったよ。何が?
「その……同性にそういう風に想われるの、嫌かなって」
ああ、そういうこと。でも前にいっちゃんとも話したけど、それ自体は特には。
「花音、可愛いから。そういうのは気にしないかな」
「――あの、ね……葉月……そういう風に言われると嬉しいんだけどね。心臓が持たないから」
も、持たないの? 顔覆っちゃった。え、え、どどうすれば? あ、復活したっぽい。すっごい深呼吸してる。顔赤いままだけど。
「葉月が無自覚天然鈍感だっていうことは知ってるから、大丈夫だよ」
すっごい言われようじゃない!? そんなにっこり笑って言う事かな?!
そんなに私は鈍感なのか、そして天然なのか、さらに無自覚なのか!?
「そういうところも好きだから安心してね?」
それ、安心できるの!? なんかチクチク刺さってくるんだけども!!
「それで、葉月はどう? 私のこと好き?」
一気に花音は冷静になったね!! 逆にこっちが動揺してますよ!?
いや、その、花音は好きだよ? でもそれが花音と同じかと言われると、分からないわけで。
「私のことはそういう風に見れないかな?」
「……あの、花音?」
「ん?」
「花音はそれで、私が好きって言ったらどうするの?」
「抱きしめてキスしますけど?」
ストレートですね!? まっすぐストレートですね!?
どこか余裕を取り戻した花音が、クスっと笑ってこっちを見てくる。
いつのまにか、ずっとなりを潜めてた、あの熱の籠った瞳に変わってた。
その目はやばい。
「でも、私のファーストキス、葉月が奪ってるけどね?」
……はい?
にっこり笑ってるけど、そんな記憶は――。
「海で助けてくれてありがとう?」
あ、ああ。あれか。
「いや、でもあれは人口呼吸――」
「やっぱり葉月だったんだね」
え? 思わず目をパチパチとさせた。
あれ、そういえば、花音は会長に助けてもらったって誤解してたんじゃ……?
「会長がお正月にね、自分じゃないって教えてくれたんだよ。じゃあ誰がって考えたときに、葉月しか思いつかなかったんだ」
「そ、そう」
「会長が教えてくれるまで、会長にされたと思ってたんだけどね。でも葉月だったから、嬉しかったかな」
ふふって楽しそうに笑ってるけど、そ、そう。嬉しかったんだ。
ちょっと落ち着こうと、ハーブティーを口に入れようとして、
「でも、大変だったよ? 誰かさんがそれはもう無自覚に人を誘惑してくるからね。思わず寝てるときに抑えられなくてキスしちゃったけど」
――ちょっと噴き出しそうになったよ! 今なんて!?
「葉月が気づかなかったから安心してたけど、一花ちゃんにはバレてたね……はぁ……」
ままま待って!? それっていっちゃんが水族館に言ってたことかな!? キスマークのことかな!? いつのまに!? 会長じゃなくて私につけてたの!?
「葉月が悪いんだよ?」
「へ?」
「一緒に寝るんじゃなかった、あの時。葉月が退院して、安心したくて一緒に寝てってお願いしたんだけど、それはもうあんな無防備な可愛い寝顔見ちゃったら……無理、限界」
いや、いやいや! なんで思い出して顔を手で覆ってるの!?
そういえばそんなこと言ってたね!! あの時つけたの!? そして結構前だね!! そんな前から私のこと好きだったの!? 全っ然気づかなかったんだけど!!
そして、何でプルプルモード!? 今までのプルプルモードは私のこと思い出してたの!? 会長じゃなかったの!? さっきから口に出せないけど、ツッコミが止まらないんですけど!!
「ハア……でも一番はここ最近かも……キスしてからもう抑えるの大変だったんだよ? あの時、葉月を止めるためだったとはいえ、もうダメ、無理。毎日思い出すし。葉月がちゃんと私を好きになってくれるまで、返事待つつもりだったのに――なのに、どうしたいって」
「か……花音?」
「そんなのキスしたいに決まってるし、もうずっと抱きしめてたいし触れたいし、もう他の人と話してほしくないし、一花ちゃんに何度嫉妬したことか……」
い、いっちゃんに嫉妬してたの? いっちゃん強いから返り討ちにあうよ? そして他の人と話してほしくないんだ?
「でも全っ然葉月気づかないし! 指とか手とかに抑えられなくてキスしてもあんまり反応ないし――なのに可愛いし、嫌いって言われる方が怖かったし、でもあの見せてくれた本当の優しい笑顔がたまらないし、でも反応ないし、もう少し私を意識させてから告白しようと思ってたけど、でもそんな気配ないし……だから告白があんな場面になっちゃって……皆見てたのに」
「か、花音?」
「さっきの顔も危なかった……キスしそうになったよ……葉月、どれだけ無自覚なのって思っちゃうよ」
「い、いや、あの花音?」
「これじゃあ、すぐに葉月を好きになっちゃう人出てくる――そっか、そうだね。そうだよ」
いや、あの、何を今納得したのかな!? というか、さっきから私の声聞こえてないよね!?
花音がやっと顔をあげたら、すっごい捕食者の目になってたよ!
「葉月? 私を好きだよね?」
無理やりだね!? 確定事項で確認してるね!? これはちょっと暴走してる感があるね!? 花音、こんな風に暴走するタイプだったの!? 初めて知ったんだけど!!
ちょ、ちょっと深呼吸しよう。
「あの、花音?」
「うん、好きだよね?」
「ちょっと落ち着こう、ね?」
「私は落ち着いてるよ?」
――どこが!? 回り込んで迫ってきている状況のどこが落ち着いてるの!? あまりの迫力にもうベッドのところまで、私下がってますけど!!
「ね、葉月、好きって言って?」
「かかか花音? だからちょっと、ちょ~っと落ち着こうか!?」
「だめ? 私じゃだめかな?」
ひいっ! 逃げ道がありません! ベッドの両脇に手を置かれてしまいました!
しかもあの目! 完全に熱で浮かされているような目!
これ、あれだ! 欲情している目ですね! 今わかりました! 顔がもう間近に迫ってますね!
ととととりあえず、ちょっと離れようか! と思って、花音の肩に手を置いたら、それを掴まれました!
「葉月、好きだよ……もう無理だよ……」
何が無理なの!? しかも手に柔らかい感触! キスしてますね!? 相変わらず心臓うるさくしますね! どかどかしてますね!
「かかかか花音? ちょちょちょっと落ち着こう? ね?」
「じゃあ、好きって言って?」
「いいいいいや、あのね、花音? 私はそれを確認したくてね?」
「やっぱり嫌い?」
「それはないです」
思わずハッキリ言ったら、花音が目を丸くして、さっきまでの気迫が消えた。
少しポカンとしてる感じ。まあ、ほとんど至近距離だからね。ハッキリ分かっちゃったよ。
「嫌いじゃ……ないんだ」
「えっと、それはないよ?」
「そうなん……だ」
「そうだね」
何でそんなポカンとしてるの? あ、でも今のうちかな。
「あのね、花音。私は花音のことちゃんと好きだよ?」
「え?」
「ただ、ね……それが花音と同じ好きかが分からないだけなんだよ? 本当だよ?」
「…………」
つ、通じたかな? あ、手を放してくれましたね。でもちょっと茫然としてますね。え、何故に片手で顔抑えて、思いっきり溜め息ついてるの?
「葉月……」
「は、はい……」
その状態で呆れた感じで声出してきたから、思わず敬語で返しちゃったんだけども。
けど、花音はその状態で話しだした。
「今からちょっと質問するからね?」
え、質問?
「私と一緒にいて、胸ドキドキするかな?」
「うん? うん、たまに……」
「私が笑うと嬉しいとか思ったりする?」
「それはイエスだね」
「……じゃあ、離れてる時に会いたいって思った?」
「ん? 会いたいっていうより、笑っててくれないかなと」
「……つまり、離れてる時に私のこと考えてた?」
「そう、だね……怖い夢見てないといいなと」
「……私が誰かと一緒にいる時に、胸がモヤモヤしなかった?」
「……した」
「……私が指とか手とかにキスした時、本当はどう思ってた?」
「目が離せなくて心臓うるさかったです」
「……もし私が他の誰かとキスするってなったら、どう思う?」
え、花音が他の人とキス?
ん~……とりあえず会長とキスしてるところ想像してみて――あ、やだ。想像もしたくないや。
「やだ」
はっきり言ったら、花音がまた深い深~い溜め息をついていた。え、え? なんで? 花音がゆっくり顔を覆っていた手を下ろしていく。
珍しく、呆れた感じで見てきた。
「あのね、葉月」
「うん?」
「それ、私のこと好きだからね」
「え、うん」
「葉月、また分かってないね。恋愛の方だからね」
え、あれ? そうなの?
「葉月、私とキスできる?」
「うん?」
「一花ちゃんとはできる?」
「いっちゃんは違う」
「どうして?」
「うん? 違うって感じ」
「じゃあ、私とは?」
花音とキス?
花音のプルプルの唇見ると、うん、触りたくなる。というか、指で触ったらフニフニする。それだけで心臓うるさいな。
花音が目を大きく見開いていたけど。
うん、したいかもね。
「したいかも」
そう言ったら、花音が顔を真っ赤に染め上げた。え、え、なんで?
戸惑ってたら、花音が触ってた手をギュッと握ってくる。顔赤いまま、ジト目で見てきたよ。だから、なんで?
「葉月、ちゃんと自覚して。私をそういう対象で好きってことだからね」
そ、そうなの? これが?
好き、好き?
花音が好き?
友達じゃなくて?
む、難しい。
自分がおかしいこと自覚するより難しい。
「私といてドキドキして、いなければ私のこと考えて、しかも他の人と一緒にいたら嫉妬して、キスしたいと思って、それでどうして友達の好きと勘違いできるの? 一花ちゃんが他の人と一緒にいても、嫌だなって思ったりしないでしょ? 一花ちゃんといて、心臓がバクバクしたりしないでしょ? 一花ちゃんがそばにいない時に、何してるかなってずっと考えないでしょ? 一花ちゃんとキスしたいと思う?」
考えないな。いっちゃんがどこで何しててもお好きにどうぞって感じだな。ただ、いざって時は私を止めてくださいねって思うだけだな。
別にいっちゃんが誰かと話してても、全然モヤモヤないな。それに、いっちゃんの口にキスしたいとも思わないな。怒るの面白いから、ほっぺにはしようとするけど。
「それが好き。恋愛の好き」
はっきりと、花音がもう言い聞かせるように言ってきた。
真っ赤な花音が目の前にいる。
心臓はさっきから鼓動が早くなってうるさい。
花音がいないと、花音のこと考える。
花音が会長といるだけでモヤモヤする。
これが、好き。
恋愛の好き。
そう、なんだ。
私、
花音が好きなんだ。
納得したら、ストンと心に落ちてきた感覚がした。
目の前の花音が可愛い。
顔真っ赤にしてる花音が可愛い。
可愛くて、でもそれが綺麗で、ずっと見ていたい。
触れたい。
握られてない手の方で、そっと抱き寄せた。
「え――は、葉月?」
花音の香りがくすぐってくる。
花音の温もりが伝わってくる。
ずっとこの香りを感じたい。
ずっとこの温もりに包まれたい。
――なんだ、そっか。
花音のこと好きだったんだ。
思わずフフって笑いが零れた。
「はづ――」
「好き」
「え?」
花音の耳元で声が漏れる。
「ちゃんと好き」
花音の体がビクッて震えた。
「花音が好き」
花音の心臓の鼓動が、これ以上ないくらい早く伝わってくる。
花音の熱がどんどん伝わってくる。
ギュッと服を掴んできて、ボソッと呟いてきた。
「不意打ちすぎるよ……」
だって、なんだか嬉しくなったんだもん。
認めたらポカポカしてきたんだもん。
「好きだよ、花音」
さっきまでと違う。
言葉を声に出して形にするだけで、これ以上ないくらいジンワリと身体が温かくなっていく。
「私も好きだよ、葉月」
抱きしめてる花音の囁きが身体に沁み込んで、ポカポカしてきて嬉しくなる。
好き、ちゃんと好き。
花音が好き。
抱き締めている手を緩めると、花音がそっと顔をあげて、こっちを見てきた。
耳まで真っ赤になって、熱に浮かされた瞳で、私から目を離さない。
それすらももう可愛くて、見ていたくて、こっちも目を離せなくなる。
そっと頬を撫でると、花音も顔に手を添わせてきた。
距離がどんどん近くなっていく。
花音の吐息が近くなる。
柔らかくてあったかい花音の唇が、自分の唇と重なった。
あったかい。
柔らかい。
甘い吐息が花音から漏れて、唇をくすぐってくる。
これ、気持ちいい。
つくかつかないかの距離に唇が離れた。
でもお互いの吐息が唇をくすぐる。
近くで見る真っ赤な花音が綺麗だった。
思わず笑みが零れる。
嬉しくなる。
ポカポカする。
「葉月……それ、だめだから」
うん? 何が?
「それ、誰にも見せちゃだめだからね」
訳が分かりませんが?
花音がそっと手で頬に触れてくるけど、ふふ、それすらも今は嬉しく感じる。
その手がやっぱり心地いい。
「私以外に見せないでね?」
やっぱり訳が分からないけど、花音が喋るたびに吐息がかかって、それでまたポカポカする。花音が少し疲れた感じで見てきたよ。なんで?
「本当にわかってる?」
「うん? わかってない」
「そうだよね……葉月だもんね」
何か心配なのかな。でも大丈夫だよ?
「花音、大丈夫だよ?」
「えっと、何が?」
「だって、私」
「うん?」
『桜咲く光を浴びて』という、乙女ゲームのヒロイン。
「花音に攻略されたんだもん」
花音がパチパチと目を瞬かせてる。
ふふ、でもそうなんだよ、花音。
何故か私だったけど。
会長じゃなかったけど。
色々あったけど。
死んだ方がいいと思ってたけど。
でも花音に会って、
花音が可愛くて、
花音に抱きしめられて、
花音が愛してるって言ってくれて、
花音が幸せだって言ってくれて、
もう少し、生きてみようって思って。
「葉月? 何の話?」
「えへへ~こっちの話~」
近くにある花音の唇にまた自分の唇を重ねた。
花音の温かいぬくもりが唇から伝わって、また体に沁み込んでいく。
その日はずっと何度もキスをした。
こうして私は、
乙女ゲームのヒロインに攻略されましたとさ!
お読み下さり、ありがとうございます。




