250話 あれ? —花音Side※
「ぎゃああ! 葉月っち! なんてもの持ってるのさ!? こっちこないで!? お願いします!」
舞が叫びながら部屋の中を駆けずり回って、葉月から逃げている。葉月の手にはタランチュラが乗っていた。中等部の頃に飼っていたらしい。
……さ、さすがに今の葉月に近づくのは無理。ごめん、舞。私、蜘蛛だけは……蜘蛛だけは無理なんだよ。
今はお屋敷の葉月の部屋に皆で寛いでいる。
さっきまで鴻城さんたちとお茶飲んでたんだけど、すぐ帰るのつまらないって舞が言いだしちゃって、見かねた一花ちゃんが「じゃあ葉月の部屋でも行くか」と提案して今に至る。
それにしても、鴻城さんたちとのお話面白かったな。もし自分が会社を興すとしたらっていう話だった。今の如月さんたちの経営している会社のシステムも聞いていて楽しかったし、色々と勉強になったよ。何故かレイラちゃんと舞がポカンとした表情だったのが不思議だった。
鴻城さんにもいつでも遊びにおいでって言われた。嬉しいな。鴻城さんが経営していた会社のこととかも、もっと聞いてみたい。だって世界の経済の一端を担っている会社を作った人だから。
葉月と一花ちゃんは何故かジト目で鴻城さんを見ていたけどね。2人は昔から鴻城さんを知っているから、何か思うことがあるのかもしれない。
今は葉月の部屋の本棚を見ている。色々な国の本があって、どれもこれも面白そう。まあ、私のお目当てはそれじゃないんだけど。
実はさっき、ケーキを持ってきてくれたメイド長さんに聞いてみたんだ。葉月の子供の頃の写真とかないですか? って。そうしたら、無表情の顔がどこか緩んだような気がした。
『あそこの本棚にアルバム置いてますよ』
優しい声で言われたよ。何故か嬉しそうだった。
というわけで、私はそのアルバムを探してるんだけど、この本棚、大きいからいっぱい本が置いてある。他にもちゃんとした書斎がこの屋敷にはあるらしいのに。
……あれ、これかな?
何もタイトルが書かれていない背表紙の本があった。でもアルバムとは違うような?
ひとまず、その本を取って捲ってみる。
『〇月×日
今日は快晴。いい天気。こんな日は葉月と浩司さんとピクニックしたいわね。
それにしても憂鬱だわ。なんで次から次へとミサイル飛んでくるのよ、この国。バカじゃないの? それでどれだけ泣いてる人がいると思ってるのよ。愚痴も書きたくなるってものよ。ハア……帰って葉月をギューってしたい。いいなぁ、浩司さん。今回は居残りで、今頃葉月と楽しくやってるんだろうなぁ。もう帰ったら絶対葉月とお風呂入る! 決めた! さっさとこのミサイルの嵐を止めて帰りましょう! 待ってて、葉月! 』
……思わず手を止めちゃった。
これ、葉月のお母さんの日記? 葉月の名前も出てくるし、それに浩司さんって、葉月のお父さんの名前じゃない?
チラッと葉月の様子を見る。一花ちゃんにさすがに怒られて、「ちぇっ」って言いながら、タランチュラを虫かごに戻していた。葉月……これ読んだことあるのかな?
つい好奇心で、次のページを捲った。
『×月〇日
最っ悪!!
あのくそ親父! マジで殺してやりたいわ!!
葉月のこと何勝手に連れまわしてんのよ!!? しかも大砲ぶっ放す国に連れていくとか、頭おかしいんじゃないの!? この怒り、どこにぶつけてやろうか!? まずはこの紙にぶつけてやるわ!!
地味に痛い足の小指ぶつけてしまえ! 髪が毎日抜ける薬をその大層な頭に塗りたくってやるわ!! ついでにお母さんにチクって1年ぐらい監禁してもらうのもいいわね!!
とにかく葉月を鴻城の役割だかなんだかに巻き込むな!!
よし、今から行って来よう。
明日の私、大丈夫。全部やり遂げて、きっと晴れやかなはずだから 』
……中々、個性的なお母さんみたい。
ページをまた捲ってみた。
『〇月〇日
やばい。
葉月が可愛すぎてやばい。
何、あの動き。もうこねくり回してあげたい。こねくり回したけど。
クルクル回って一回転したあの葉月の愛くるしさ。たまらん。
涼花、あの子はバカね。一花より葉月の方が可愛いに決まってるのに、それでこの私に勝とうとするなんて百万年早すぎる。蘭花はどういう教育をしてるのかしらね。
ハア、もう葉月が可愛すぎるのが罪だわ。よく私からあんな妖精みたいな愛くるしい子が産まれたと思って。浩司さんに似てるから余計可愛い。
将来が心配ね。あの子に群がる男共が想像できる。
今の内に潰しとく? そういえば鳳凰のあの女が葉月を狙ってるのよね、自分の息子と結婚させようとしているから。あんな男じゃ葉月に釣り合わないのが分からないのかしらね? 今の内に潰そう、そうしよう。また忙しくなりそうだわ 』
……パタンと本を閉じた。
葉月のお母さん……溺愛してるとは言ってたけど、ここまでとは。可愛いのは完全に同意します。しかも鳳凰。あの文化祭の時に、一花ちゃんのお母さんが話していたのきっとこれのこと。
そして……すいません、お母さん。葉月に群がったの、女の私です。
これ以上読み進めると、絶対取り返しがつかなくなりそうで静かに本棚に戻したよ。
葉月のお母さん……生きてたら話したかった! 葉月の可愛さを語り合いたかった!! 葉月を取り合いたかった!! 何で死んじゃったんですか!?
声にならない叫びを心の中で叫んでから、ふと本棚の下の列にまた背表紙に何も書かれてない本を見つけた。これ、アルバムっぽい。
いつの間にかソファに座ってケーキを食べていた一花ちゃん。一花ちゃんなら知ってるよね?
「一花ちゃん。もしかしてこれ、アルバム?」
「ん? ああ、そうだな。多分メイド長が入れたんだろ」
「見ていいかな?」
「別に構わない」
メイド長さんが言ってたアルバム、これのことだね。一花ちゃんも見ていいって言ったし。
そのアルバムを本棚から取り出して私もソファに座った。舞も見たいって言って隣に座ってきたね。
ゆっくりページを捲ってみる。
――――え?
視界に入っていたのは、子供の頃の葉月たちが映っている写真。
でも、それどころじゃない。
写っていたのは、夢に出てきた女の子。
これ……葉月……?
髪が長くて、一花ちゃんと一緒にお煎餅を食べている子供の葉月の写真。
見間違い?
でも……。
あれ以来、あの子は夢に出てこなくなった。
本当はまた抱きしめてあげたいと思ってるけど、でも出てこない。夢だから、もうおぼろげ。
でも最後に見たのが、確かこんな顔だった。
そっと、その葉月の子供の頃の写真を撫でる。
……あの子、葉月だったのかも。
そっか。子供の葉月、だったのかも。
どうしようもなく胸を締め付けてきた。
何とかしてあげたいとずっと思ってた。
最後に抱きしめた、あの子の温もり。
そっか。
そうだったんだ。
ううん、そうだったらいいな。
嬉しくなって、口元が綻んでいく。
「うっわ、3人とも可愛いじゃん!」
「ふふ、本当だね」
「葉月っち、こんなに髪長かったんだね!」
「そだね~」
「葉月、長い髪も似合ってるね」
「そう?」
「うん。すごく可愛い」
葉月もいつの間にかタランチュラのところじゃなく、ソファに座ってケーキを食べ始めていた。甘くなかったのかな? 紅茶に淹れる砂糖をかけだしちゃった。
次のページを捲る。どれも葉月と一花ちゃんとレイラちゃんの子供の頃の写真。楽しそう。
「あっはっは! レイラ、この頃からこの髪型だったんだ!」
「な、なんで笑いますのよ! 可愛いじゃありませんの!」
「だから言っただろ。それは悪役がする髪型だって」
「一花のそれは意味がわからないんですのよ!」
縦巻ロールは悪役がする髪型なんだ。それは初めて聞いたなぁ。
また葉月がケーキにシロップかけ始めた。うーん、まだ甘さが足りなかったのかな?
それにしても、どれもこれも可愛い写真だけど、目当ての写真が見つからない。
次のページを捲ってみる。
「あ……」
見つけた。この写真……うん、理想的。持ち帰りたいけど、一花ちゃんに聞いてみようか。
隣の舞が首を傾げてるけど、気にしていられない。
「ん? 花音、どうしたのさ?」
「……あの、一花ちゃん」
「なんだ?」
「この写真もらっていいかな?」
「ん?……ああ、いいぞ」
一花ちゃんにその写真を見せたら、どこか納得したように頷いてくれた。良かった。これで写真がないってなっても、一花ちゃんが鴻城さんたちに言ってくれるよね。
アルバムからその写真を取り出して、曲がらないように慎重に、ハンカチで包んで自分のバッグに入れた。この写真、葉月喜んでくれるといいな。
またケーキにシロップをかけようとした葉月に、さすがに一花ちゃんが殴って止めていた。
「さすがにかけすぎだ!」
「だって~」
「また舌おかしくなったらどうするんだよ!?」
「その時はその時です」
「割り切るな!?」
「どれどれ~? あっまっ!! 何これ!? 砂糖がジャリジャリするし!」
「もう少し甘いのがいい」
「まだ足りないの!?」
舞がさすがに甘さで「うえ」ってなっている。うーん、もう舌が甘さに慣れちゃったのかな?
またシロップをかけようとした葉月の隣に移動してその手を止めると、きょとんとした顔を向けてきた。
「こっちで我慢しようね、葉月」
一度紅茶で甘さをリセットした方がいいなと思ったから、まだ砂糖もミルクも入れていなかった自分の紅茶を葉月に差し出す。
不思議そうにそれを飲んでたから、その隙に自分に出された最初のケーキを一口分フォークに刺して、葉月の口に運んであげた。
「はい、あーんして」
またまた不思議そうに見てきたけど、口をパカっと開けてそのケーキを口に入れている。うん、今度は大丈夫そうだね。甘いって顔に書いてあるもの。
甘さに慣れるとまた甘くないってなるだろうから、たまに紅茶を飲ませて、全部食べさせてあげた。
この満足そうな顔。
見てるだけで幸せな気分になるなぁ。
「一花……私さっきの葉月っちのケーキより胸やけ酷いんだけど。前は感じなかったのに」
「慣れろ」
「あ~! 恋人ほしい!」
「無理だ」
「酷くない!?」
「その内に現れますわよ、多分……」
「レイラまで!?」
葉月の口の周りがクリームだらけになったから予備のハンカチで拭いてあげてたら、向かいの舞が叫んでいる。
舞……一花ちゃん、今の全然気づいてないよ。本当は嫉妬してほしかったんだよね? でもやっぱりそれだと絶対気づかないし、違う勘違いされちゃうんじゃないかな?
その後、皆でお屋敷を後にした。如月さんたちと連絡先を交換していたら、葉月は鴻城さんに「いつでも帰っておいで」と言われ、素直に「わかった」と返していた。
もうここは、葉月の帰る場所だって思えるようになったのかもしれない。
それにまた是非来たいな。
今度は葉月の笑顔を2人に見せるために。
「葉月、疲れた?」
「ん……んー少し」
車の中で欠伸をした葉月。病み上がりだからね。体力もまだ全然戻ってないから、少しの遠出でも疲れるよ。
ポンポンと自分の膝を叩いて、そこに寝かせた。葉月は膝枕も好きだよね。
眠ってしまった葉月の頭を撫でていく。本当、可愛いなぁ。寮に帰ったら、大丈夫かな? 葉月、嫌がらないかな? 少し不安になってきた。
「一花ちゃん、葉月、嫌がらないかな?」
「ん? ああ、大丈夫だろ。任せろ、そいつは単純だ」
助手席にいる一花ちゃんがあっさりそう返してきてくれる。何て頼もしい。
一花ちゃんがそう言うなら、信じるよ。
少し期待に胸を弾ませながら、寮に着くまで葉月の寝顔を眺めていた。
お読み下さり、ありがとうございます。




