248話 会ってみたかったな —花音Side※
「ねえねえ一花。これどこに続いてるの?」
「行けば分かる。というか、舞とレイラは屋敷で待ってても良かったんだぞ?」
「いや、ここまで来たら一緒に行くしかないでしょ!」
「それにしても懐かしいですわね、ここ。葉月に追い掛け回された記憶がありますわ」
「そうだな。お前が木からよく落とされてたな」
周りは木々で覆われている。
ここは、さっきまでいたお屋敷の外にある林。
舗装された道を、鴻城さんたちの後から私たちも歩いていた。舞はどこか呆けたように周りを見ていて、レイラちゃんと一花ちゃんは懐かしそうに思い出話を話している。
隣の葉月もどこか懐かしそうに、目を細くさせながら見渡していた。
さっき、葉月は鴻城さんたちと本当の意味で再会した。見ていてそう思ったよ。
鴻城さんたちの葉月への愛情が、見ているこっちにまで伝わってきて、思わず泣きそうになっちゃった。
それに鴻城さんは、葉月の両親がどれだけ葉月を愛していたかも話していた。
葉月もそれが伝わったのか、静かに涙を流していた。
そして今から、そのお二人に会いに行く。
この林の先に、お二人のお墓を立てたらしい。
それにしても、ここで子供の葉月が一花ちゃんたちと遊んでいたのか。
私もその木々を見渡した。あのレクリエーションで落ちた時に彷徨った森とは違い、暗いわけでもなく、空の太陽が差し込んで、木々の葉っぱを色鮮やかにしてくれている。歩いていて、空気が澄んでいるのが感じるからか心地いい。
「葉月の子供時代か。見てみたかったな」
「普通だよ?」
「お前の普通は普通じゃないと、いい加減自覚しろ」
後ろの一花ちゃんからのツッコミに不思議そうにする葉月の手はもう震えていない。握っていてそれが分かる。鴻城さんたちに会って、落ち着いたのかもしれない。
それにしても、葉月は今までの悪戯を普通だと思っているのかな? そもそもレイラちゃんを木から落とすのって普通じゃないと思うけどな、と、少しおかしくなってクスクス笑ってしまった。
昔の葉月はどんな子供だったのかなって想像しながら、辺りを見渡す。前を歩く鴻城さんたちが、たまに優しく暖かな目で振り返って見守ってくれているのが、また心を温かくしてくれた。
先を進んでいくと視界が広がり、色とりどりの花が一面に咲いている場所に出た。
すごい、綺麗。
思わず感動しちゃったよ。後ろの舞はその感動を声に出していた。
視線を先に向けると小高い丘になっていて、その丘の上にはガラス張りの建物がある。その建物も綺麗だった。まさか、ここがお墓?
建物に入ると、左右に小さい池があって、その中心で小さい噴水が水を出していた。地面が芝生になっていて、中央の道の先に少し開けたスペースがあり、中心に四角い白い石が佇んでいる。
あれが……葉月のご両親が眠っている場所。
石の周りはさっきのお花畑に咲いているような色とりどりの花たちが囲んでいて、葉月のご両親らしき人たちの写真がいっぱい飾られていた。
ガラス張りの壁や天井からは太陽の光が降り注いでいて、どこか温かみを感じる。
この場所で健やかに眠ってほしい、という鴻城さんたちの気持ちが伝わってくる造りだった。
その白い石の前で鴻城さんたちが止まり、後ろにいる葉月を穏やかな目で振り返ってくる。葉月は握っていた私の手を離し、静かに1人鴻城さんたちのところに足を進めていた。
ここからは、私たちが進む場所じゃない。
だから葉月のその後ろ姿を見守る。
石の前で膝をつく葉月は、その写真を見ているようだった。
「きたよ……」
……今にも泣きそうな声に聞こえる。
ここからじゃ葉月の顔は見えないけど、きっと雨の日に見せるような表情になってるんだろうな。
「パパ、ママ……会いにきたよ」
見えてるのかな。
お二人にも見えているといいな。
幽霊でもいいから、まだここにいてくれているといいな。
現実的ではないけど、ついそう思っちゃった。
「葉月がきたよ、美鈴、浩司君」
「ふふ、姉さんがやっときたって怒ってるわよ、きっと」
「もう6、いや7年経ってるからな。葉月が大きくなって、きっと驚いてるぞ」
鴻城さんたちも嬉しそうに笑っていた。葉月をここに連れてこられて、とても満足そう。
鴻城さん、前に言ってたものね。2人が会いたがっているって。葉月の姿を、2人に見せたかったんだろうな。
葉月はそっと手を石に触れさせていた。
今、何を思ってるのかな?
一花ちゃんが言っていた。葉月はずっと両親の話をすることはなかったって。おかしくなってからも、正気に戻ってからも、そのことは一言も口に出したことはないって。
一花ちゃんたちも、思い出すのが辛いからだと思って、両親のことを暗黙の了解のように話さなかったとも言っていた。
ゆっくりと、立てかけられている写真を撫でている葉月。それは、2人の顔を思い出しているようにも見える。
しばらく誰もが口を噤んで、そんな葉月を見守っていた。
「葉月……少し1人で話すかい?」
「うん……」
鴻城さんが気を遣ったのか、葉月にそう言葉をかけた。3人にしてあげたいって思ったんだろうな。
鴻城さんたちに連れられて、皆で建物を出ようとした。
私も邪魔したくないと思ったから。
でも、建物を出る前に葉月の姿を振り返ってみたら、そう出来なくなった。
膝を抱えて座り込む葉月の後ろ姿を見たら、
切なくなって、
1人にしたくないって思って。
「鴻城さん……すいません、葉月のそばにいていいですか?」
自然と、建物の入り口に立っている鴻城さんにそうお願いしていた。他の皆はもう出ていて、外のお花畑を周りながら見ている。
立ち止まった私を、鴻城さんは待っててくれた。
「いいよ。一花ちゃんから、君のことは聞いているから」
優しく穏やかに微笑んで、鴻城さんはそう言ってくれる。
一花ちゃん、何を鴻城さんに言ったんだろう? もしかして、私が葉月に告白したのも言ったとか?
内心驚いていると、ふふって笑って、鴻城さんは踵を返して建物から出て行ってしまう。
き、気になるけど、それは後にしよう。
……気になるけど、溺愛している孫の葉月を好きになった私のことをどう思うか、気になるけど……。
違った緊張感を心に封じて、私も葉月のところに向かう。
近づくと、じっと葉月はご両親の写真を眺めているように見えた。つい私もその写真を見る。
そこには、幸せそうに笑っている美男美女が映っていた。
ふわりと腰まである髪で、スタイルがいい綺麗な女の人。横には穏やかで優しそうな雰囲気で、その綺麗な人を愛しそうに微笑んで見ている男の人。
「この人たちが葉月のお父さんとお母さん?」
つい言葉に出してしまった。こんな理想的なカップルがいたなんてって思って。
少し驚いたように見上げてくる葉月。この2人の子供が葉月なんだ。うん、納得。しっかり遺伝してるのが分かって、つい口元が緩んでしまう。
「皆と行かなかったの?」
「1人にしたくなくて、無理言って残らせてもらったの」
葉月の隣に静かに座った。葉月は隣に座った私を不思議そうに見てきたけど、嫌がる素振りは見せない。それが少しホッと安心しちゃった。邪魔だなって思ってなさそうで良かった。
改めて写真の葉月のご両親を見てみた。
笑った時の子供のようなあどけなさは、お父さんに似ている。優しそうな所もかな。でも、全体的な顔とかスタイルとかは、お母さんに似ているなぁ。
葉月のお母さんは綺麗の一言に尽きる。まるで宝石みたい。葉月も本当、綺麗だから。
隣の葉月を見ると、うん、やっぱりそう。
「葉月はお母さんに似てるかな」
「そう?」
「うん。目の辺り、そっくりだよ」
こんな綺麗な目をしている。そっくり。
それが嬉しくてふふって笑っていると、葉月はそうかな? と自分の目元を触っていた。本人、綺麗だってまったく自覚してないものね。
それにしても、本当に幸せそうな2人。
「優しそうなご両親だね」
「うん……」
「葉月の苗字って」
「うん……パパの旧姓」
「そうだったんだ」
「ただ使ってるだけ。戸籍は鴻城だよ」
やっぱり。葉月のお母さんが鴻城家当主だったって聞いたから、もしかしてとは思ってたんだよね。お父さんが婿養子で入ったって、さっき葉月と再会した鴻城さんも言ってたし。
どうして小鳥遊の姓を名乗ってたかは――いつか教えてくれるのかな。教えてほしいな。葉月とのお父さんの思い出とか、お母さんとの思い出とか。まだまだ葉月のこと知りたいから。
改めて、葉月のお母さんたちの写真に向き直る。
葉月のお父さん、お母さん、初めまして。
心の中で2人に語り掛けてみた。
葉月のことを好きになりました。
あなたたちの娘を好きになりました。
あなたたちが守ってくれたから、私、葉月に会えました。
葉月は、いっぱいの幸せをくれますよ。
お二人も、きっとそうだったんですよね?
写真の2人は、どこまでも幸せそうに見える。
会いたかった。
ちゃんと会って、挨拶したかったな。
反対されたかな? 一花ちゃんはお母さんが葉月のことを溺愛してたって言っていたから、好きになること自体反対されてたかもしれない。
それでも、私は諦めないけどね。
今だって、葉月はまだ私のことを好きになったわけじゃないから。
でも、もし、
お二人が生きていて、応援してくれたら、いっぱいいっぱい相談したかった。
ふと、隣の葉月を見てみた。
また胸が締め付けられる。
静かに、涙を流していたから。
「葉月」
膝を立てて、そっと涙を流している葉月の頭を抱き寄せる。
声も出さないで、ただ静かに泣いている葉月の頭を撫でてあげた。
……そうだよね。
葉月にとっては、まだ悲しい現実だよね。
「……いいんだよ、葉月。泣いていいんだよ」
2人が亡くなった時、葉月は事故で意識不明の状態。
目を覚ましたら、もう2人はいなかった。
「そのまま、泣いていいからね」
絶望して、
そのまま葉月は死を求めるようになった。
葉月は、その時泣いたのだろうか?
きっと泣いてないんじゃないかな。
悲しさを、今、感じているんじゃないかな。
腕の中の葉月を見てそう思う。
泣いていることに今気づいたように、自分の頬を触っていた。
2人との記憶を、思い出してたんだよね。
「ねえ、葉月。いいご両親だったんだね」
大好きだったんだよね。
「優しかったんだね」
分かるよ。
写真を見ただけで分かる。
赤ちゃんの葉月を、とても愛おしそうに抱きしめている。
「いっぱい葉月を愛してくれたんだね」
どれだけの愛情を、葉月に注いだんだろう?
それは私には分からない。
「私も会ってみたかった」
2人と一緒に笑っている葉月に、会いたかった。
優しく、葉月の頭を撫でる。
縋りつくように、葉月が顔を擦り寄らせてきた。
こうやって、2人も葉月を抱きしめたかったはずだから。
「……花音」
「うん」
今にも消えそうな葉月の声。
だから壊れないように撫でてあげる。
ポツリポツリと葉月は言葉を紡いでいく。
「あったかかったよ」
「うん」
「幸せだったよ」
「うん」
「パパとママ、幸せだったかな?」
「うん、だって」
2人の顔は、とても嬉しそうだから。
「葉月がいたから、絶対幸せだったよ」
ギュッと抱きしめる力を込める。
葉月は静かに声を押し殺して泣きだした。
会いたくてたまらないというように泣きだした。
手で私の腕を掴んでくる。
宥めるように、そっと震えている葉月の背中を撫でた。
「また来よう、葉月」
今日は葉月がやっと2人と会えた日。
「今はいっぱい泣いて大丈夫だから」
だから、悲しみに身を委ねていいよ。
2人を想って、いっぱい泣いていいよ。
「次は笑顔でここに来ようね」
次は、葉月の笑顔を見せにこよう?
きっと2人も、葉月の笑顔を見たいはずから。
だけど、ずっと葉月は泣くことさえしてこなかった。
2人が死んだ悲しみを、忘れるように生きてきた。
「ご両親だって、今日は許してくれる」
今日だけは、許してくれるよ。
葉月が自分たちのことを想って泣くことを、許してくれる。
ううん。
葉月のお父さん、お母さん。
葉月が泣くことを、許してください。
次に来た時に、絶対葉月は笑っているから。
私が、笑顔にさせてみせるから。
心の底から、泣いている葉月を抱きしめながら、そう祈った。
お読み下さり、ありがとうございます。




