244話 葉月のご両親 —花音Side
「寝てるねぇ」
「さっきだよ、寝たの」
「相変わらず花音のハグはすごいな……なんであんな一瞬で、こいつを寝かせられるんだ?」
「秒で寝る葉月がおかしいんですのよ」
今は葉月が眠ったところ。
病室に来たら驚いたよ。目が充血してて、少し目の下に隈があったんだもの。昨日はあまり寝付けなかったらしい。
基本、昼は私が抱きしめると寝ていて、夜は先生が少し眠剤の入っている薬を飲ませて寝ていると聞いたけど、昨日はその薬があまり効かなかったとか。
一花ちゃんもレイラちゃんもいる中で、ついハグしちゃったよ。そうしたらすぐに寝た。これまでのランキングベスト3に入るぐらい早かった。そして少し遅れて舞が来て、今に至る。
そっと寝ている葉月の髪を梳く。気持ち良さそうに寝ている葉月はやっぱり可愛い。
モグモグと、私が持ってきたドーナッツを、舞が勝手に食べていた。いつの間に。
「そういやさ、聞きたかったことあるんだけど?」
「いきなり何ですの、舞? というか、わたくしにも1つドーナッツ取ってくださいな」
「お前……最近太ったんじゃないか?」
「……一花、言っていい事と悪い事がありますわよ?」
レイラちゃんが爆発しそうになった時に、ドーナッツを渡したよ。すぐ機嫌が直ってくれた。「事実を見ないと後が大変だと思うがな」と、余計なことをまた言いそうな一花ちゃんにもドーナッツをあげて黙らせた。レイラちゃんが泣くと、それこそ後が大変なの知ってるのに。
「それで何だ、舞? 聞きたい事って」
「葉月っちの両親って……事故で?」
ちょっと言いにくそうに舞がそう2人に聞くと、あからさまに空気が変わる。
でも、私もそれを実は聞きたかった。葉月のご両親が亡くなってしまったから、葉月は死ぬことを考えるようになったんだよね。
「そうだな、あれは事故だ」
「運が悪かったとしか言いようがないですわね……」
ドーナッツを割って、一口分を口に入れて食べる一花ちゃん。レイラちゃんはその時のことを思いだしたのか、ドーナッツを食べるのを止めてしまった。
舞がさすがに聞いちゃいけないことだって思ったのか、「ごめん……」と謝っている。
「何も謝ることじゃないさ。レイラの言うように、運が悪かったんだ。相手の運転手が居眠りして、葉月たちの乗っている車の運転手が避けきれずに、ガードレールに突っ込んだ。そこから崖下に落ちて、運転手は即死。葉月の両親もすぐに息を引き取って、葉月は意識不明の重体。正直……こいつが生きてるのが奇跡だったんだよ」
「それって……葉月のご両親が、葉月を守ったから生き残ったってこと?」
「……確かに、葉月を守るように2人は抱きしめていたらしい。当時の事故現場の写真とかは、さすがにあたしも見せてはもらえなかった」
「葉月のご両親も、当たりどころが悪かったと聞いていますわ。それで救助が間に合わなかったと」
そうなんだ。
どんな人たちだったんだろう?
どうやって、葉月のことを愛していたのかな。
「最初、信じられなかったな。あの人が事故で死ぬとか」
一花ちゃんがポツリポツリと呟く。
それはご両親のこと?
隣でレイラちゃん思い出したのか苦笑する。
「本当に……あの方が、とは思いましたわね」
「それってさ、葉月っちの両親の事だよね?」
「葉月の母親だな。父親は穏やかで優しい人だった」
「葉月の母親が鴻城を継いでたんですのよ。当時の鴻城家当主はわたくしたちの間でも有名でしたから。わたくしの母はファンでしたわね」
ファンがいるくらい凄い人だったってこと?
「葉月のお母さんって……どんな人だったの?」
「爆弾だ」
「は?」
私の問いに答えた一花ちゃんの一言で、舞の呆けた声が聞こえた。え、いや、うん? ば、爆弾?
「凄まじかったな、美鈴さんは……」
「でも、カッコよかったですわ。あのおじい様と喧嘩した時に、本物の爆弾を投げ込んでいましたわね。おじいさまは結局、その爆弾をバッドで打ち返して、空が爆発してましたけど」
「いやレイラ、文字通りの爆弾って事!?」
舞が慌ててツッコんでる。気持ちは分かる。
――爆弾って何!? しかも爆発したの!? そしてバッドで打ち返したって!?
「あたしの母は嘆いていたけどな。いつもフォローさせられていたから」
「葉月のお父様も苦労されてましたわね。たまに会うと、げっそりと痩せこけてた時もありましたわ」
葉月のお母さん、何をしたの!? お父さんは何をそんなにフォローしたの!?
ポッカーンと舞と一緒に口を開けてしまってると、一花ちゃんが悲しそうに笑っていた。
「でも……葉月のことを誰よりも愛していた」
誰よりも。
その言葉が、ジンと胸に響いてきた。
それは、分かる。
死ぬことを選ぶくらい、葉月は愛されることを怖がった。
誰よりも、愛されたことがあるからだ。
そっと頬に指を添わせると、葉月がスリッとまたその頬を擦り寄らせてきた。気持ちよさそう。
この顔からは、あんなに死を願っていたなんて考えられない。
一花ちゃんとレイラちゃんは、その他の葉月のお母さんのエピソードも聞かせてくれる。つい耳を傾けてしまうよ。
「あの人、あたしの姉と喧嘩していたこともあったな」
「一花のお姉さんと?」
「ああ……そういえばありましたわね。幼等部の頃でしたか。どっちがより可愛がってるか、でしたわね?」
「そうだったな。いい歳して何を言ってるんだこの二人……って思ったものだ」
「確か……涼花さんからの一花への愛が“激愛”で、美鈴さんの葉月への愛が“超愛”――でしたわ」
「お前、よく覚えてるな、その単語……」
愛という言葉がそんなに出てくることがすごいと思う。一花ちゃんのお姉さんの溺愛ぶりは知ってるけど……葉月のお母様もすごいな。
どこか遠い目をして一花ちゃんは少し嘆いていたよ。「あのバカ姉……こう考えると全っ然成長してないな」って、ボソッと呟く姿に哀愁を感じてしまった。い、一花ちゃん。しっかり。
「葉月への溺愛ぶりは異常だったな。葉月を守ろうとして、危うく一国が潰されかけたこともある」
「どんだけなのさ、葉月っちのお母さん!?」
うんうんと一花ちゃんは懐かし気に頷いているけど、舞も私も、さらに葉月のお母さんのこと想像できなくなっちゃったよ……。
けど、一花ちゃんにとっても、葉月のお母さんは思い出深い人だったんだなって、そう思えた。
「だから事故で亡くなる、とは思わなかったな」
「あれだけ危ない事もしていて、潜り抜けてましたものね。わたくしも最初は耳を疑いましたわ」
「あの人なら、そういう事故でも簡単に脱出できたと思うが……仕方ないさ。シートベルトが壊れて、動けなかったらしい。さすがのあの人も、そんなトラブルがあるとは思わなかったんだろうな」
でも、葉月だけはちゃんと守ったんだ。
すごいな。
そんな中、私だったら葉月のこと守れたかな?
私もただ守られるのは嫌だから、守れるようになりたいな。
まだ見たことない葉月のお母さん。
そして葉月のお父さん。
会ってみたかったな。
「……驚いた、こいつが死にたい理由を話した時は……」
一花ちゃんもまた葉月の頭を撫でていた。
そういえば……一花ちゃんもレイラちゃんも驚いてたね。
「てっきり……両親の後を追って、死にたいんだと思ってた」
「ご両親の?」
「こいつも……あの2人が大好きだったからな」
ペシペシと軽く葉月の額を叩いている。「んむぅ」と葉月が身じろいだけど、でも起きることなくスウスウと眠っていた。
苦笑している一花ちゃん。
どこか嬉しそうにも見える。
葉月にとっても……大切な両親だったんだものね。
「こいつは受け入れていたんだな。あの2人が死んだことを」
そう、なのかもしれない。そうじゃなかったら、周りの人たちを遠ざけていないから。
周りの人たちに自分を守らせないようにしていた葉月は……ご両親のことを、ちゃんと受け入れていたのかもしれない。
「…………花音、ありがとうな」
「え?」
いきなりお礼を言われて一花ちゃんの方を見ると、とても嬉しそうに笑っていた。何のお礼?
「お前が、葉月から引き出した。あの理由を知らなかったら……あたしたちはずっと誤解したまま、葉月をもっと追いつめていたかもしれない」
追いつめて?
「ずっと、葉月に言い続けてきた。お前が大事だと、お前のことを皆が大事に思っていると。でも、それは葉月にとっては重荷だったんだ。言われれば言われるほど、葉月は死にたくなったんだろうな。そのせいで皆死ぬと」
でもそれは……一花ちゃん、それは当然だったんだよ。
一花ちゃんや鴻城の人たちは、葉月のことが大事で、大切だったんだから。
死なないでほしいと思うのは、当たり前だよ。
「思えば……如月の沙羅さんや魁人さん、鴻城家当主のあの人に会った時に、こいつは死のうとする行動を取っていた。こいつがあの人たちを大切に思っている証拠だったんだ。少し考えれば分かることを……あたしは勝手な思い込みで消していた」
「そんなのさ……一花のせいじゃないじゃん。それに、葉月っちは傲慢だと思うな」
珍しく怒っている様子で舞が呟いた。
「だって、こんなにみんなに愛されてるのに、何で死にたいって思うのさ。世の中にはさ、愛されない人間もいるんだよ」
「舞の言う事も尤もですわね。美園だってご両親が愛情を持って育てたら、あんなことしなかったと思いますわ」
「あ、ごめん。レイラ。あたしはそれ思わないわ」
「そうだな。宝月の場合は、逆にもっと酷いことになってただろうよ。自分が愛されるのは当たり前、とか思ってるはずだしな」
「そんなこと分からないじゃありませんの!!」
「「無理だと思う」」
「即答しないでくださいな!!」
一花ちゃんと舞に即答されて、レイラちゃんは心外そうだ。レイラちゃんにとっては、彼女はまだ大事な友人なんだなぁ。私たちでは知らない何かがあったのかもしれない。
それにしても、愛されないか。
舞が言ったことは、きっと自分のことなのかな。お父さんは愛してくれたけど、舞は本当のお母さんには捨てられた過去があるから。
そっと寝ている葉月の髪を避けてあげる。
「確かに、葉月の理由は身勝手で傲慢な理由かもしれないね」
「え、花音がそう言うとは思わなかった」
舞が驚いたように目を丸くさせていて、少しクスっと笑ってしまった。
「愛されなくて、苦しんでいる人たちが世の中にいるのはちゃんと分かってるよ。でもね、葉月の怖いって思う気持ちも少し分かるかな」
それは想像するしか出来ないけど、でも、私ももしお父さんたちがいなくなったらって思うと怖くなる。
ましてや葉月の場合は、前世からそういう経験をしてきたってことなのかもしれない。
時計塔で葉月は“みんな”と言っていた。
その“みんな”というのは、前世の人たちのことかもしれない。
自分に関わった人たちが、次々死んでいなくなる。
それは、想像するだけでも怖くなる。
だから、葉月は自分の存在を否定したのかなって思ってしまう。
「葉月は、自分がいるせいでみんないなくなるって、心の底から信じてた。葉月の周りではそうだったから、信じて疑わなかったんだね」
「そうだな。こいつはバカだからな。誰もそんなこと思ってないっていうのに」
「でもさ、それってかなり贅沢な悩みじゃん。やっぱりあたしは、愛されないで孤独を感じてる人達のこと考えちゃうよ」
口を尖らせている舞に、一花ちゃんは困ったように笑っている。
「まあ、舞の言うことは尤もだからな」
そうだね。舞の言うことは尤も。
愛されて、それでいなくなるのを勝手に怖がって、自分がいるせいだって思いこんで。
贅沢で、身勝手で、傲慢な理由。
でもそれ以上に、
「葉月は、みんなが大好きで大事なんだよ。だから死を選んだ」
自分よりも周りを大事にする、誰よりも強い優しさを持っている。
それをきっと、葉月を愛した人たちは知っていた。
「自己犠牲ってやつ? そんなの葉月っちの自己満足じゃん! はぁ……こうなったら、あたしが葉月っちのその性根、叩き直してくれる!!」
「舞がですの?」
「お前にこいつが止められるのか?」
「それは無理だね!! それは一花の仕事じゃん! あたしがやるのは、生きてれば、みんな嬉しいし楽しいってことを教えるだけ!! 葉月っちが他の愛されない人達に手を差し伸べることを覚えるかもしれないし、それで救われる人が出てくるかもしれないじゃんか! あたしはそっちを考える方が断然いいね!」
あまりにもハッキリ舞が言うものだから、ついまた笑ってしまったよ。確かにって思っちゃって。
そういえば、舞のお父さんは養護施設に多額の寄付もしているらしいし、慈善事業にもかなり力を入れているんだとか。
もしかしたら、舞の提案なのかもしれない。
孤独を感じている子供たちのことを、舞は理解できるから。
そんな舞に、一花ちゃんもレイラちゃんも呆れかえってたけどね。多分、葉月を止めるのをハッキリ無理って言ったことにだろうな。
「一花は、まだ葉月のストッパーを続けるんですの?」
「続けるさ。まだ完全になくなったわけじゃないからな、こいつの死にたいっていう欲が」
「欲ねぇ……葉月っちの悪戯は確かになくならないかもだけどね」
「あたしはそっちのストッパーじゃないんだが?」
「一花、甘いよ。何年ストッパーやってるのさ? 一花の背中に張り紙されてるからね?」
「はっ!?」
舞に指摘されて、一花ちゃんがバッと背中についていた紙をベリっと剥がしていた。
き、気づいてなかったんだ。さっき寝る前の葉月がパッと貼り付けてたんだよ。てっきり後で剥がすかと思ってたんだけど。
怒りの形相に変わっている一花ちゃんが、唐突にフルフルと震えて、その紙をグシャグシャにしている。
ちなみに書かれている内容は、『いっちゃんの身長を高くするための寄付金をお願いします』だ。
「はぁづぅきぃ!!! 起きろ!!」
「ぐふっ!!」
立派な一花ちゃんの踵落としが葉月のお腹に炸裂してしまった。
い、一花ちゃん。せっかく傷塞がったのに、それだとまた開いちゃう。
ゲホゲホっと咳き込んだ葉月は起きちゃったみたいで、きょとんとした顔で、怒っている一花ちゃんを見上げていた。
「なんだい、いっちゃん? 怒ってるね?」
「そうかそうか。怒っているように見えてよかったよ――ってそうじゃないわ! 何つー張り紙つけてるんだ、お前は!!?」
「あ」
「あ、じゃないわ!!? お前、忘れてたのか!?」
「やだなぁ、いっちゃん。忘れてないよ? だって寄付金、こんなに集まってるよ」
いつの間にか、葉月の手にはお金が詰まったガラス瓶があった。それ、一花ちゃんへの寄付金だったんだ。知らなかった。たまに一花ちゃんいない時に数えてたんだよね。……一花ちゃんの怒りは限界突破しそうだけど。
葉月はそれを察してか、ピョンとベッドから降りて病室の中を逃げ回りだした。一花ちゃんもしっかりと追ってるよ。
……うん、平常運転だね。
「いっちゃんいっちゃん、これで手術したら大きくなるよ!」
「誰がするか!? そしてそれをさっさとこっちに渡せ!! 返してくる!!」
「やだなぁ、いっちゃん。寄付金だよ? 誰がこれにお金入れてくれたか、わからないよ?」
「病院のカメラでそんなもの突き止めてやるわ!」
「それができたら苦労しないよ、いっちゃん」
「やかましいわ!? お前が言うな!!」
ドタドタと2人の追いかけっこの音が病室に響き渡って、さっきまでのしんみりした空気が一変してしまった。
葉月……腕のそれ、血じゃない? 点滴の針、無理やり抜いたよね?
「まだまだ、一花のストッパーは終わりそうにないね」
「わたくしは絶対手伝いませんわよ。巻き込まれるのが――ごふっ!!」
レイラちゃんの顔に、さっきのガラス瓶のふたが命中しちゃったよ。痛そう。
……ふう、そろそろ葉月もベッドに戻らせなきゃね。その腕の血も止めないと。
カタっッと椅子から立ち上がると、舞も葉月も一花ちゃんも一斉に振り向いたから、ニッコリ笑った。
「葉月、ベッドに戻ろうね」
「……はい」
「一花ちゃんも、椅子に座ろうね。そこでお説教して」
「……わ、わかった」
「舞、レイラちゃん起こしてあげて。椅子から落ちちゃってるから」
「りょ……了解」
「さて、先生呼んでくるついでにお茶淹れてくるよ。皆いつものでいいかな?」
「「「はい……」」」
うん、いいお返事だね。おいしいの淹れてこなきゃね。
先生を呼んできて、葉月にまた点滴打ってもらったよ。その後は皆でお茶を飲んだ。
葉月がまた一花ちゃんをからかいそうになったから、強制的にハグして寝てもらいました。今日は本当、寝付くの早いなぁ。
でも、葉月のご両親の話を聞けて良かったかもしれない。
いつか、挨拶出来るといいなって思っていたら、その機会は意外と早く訪れた。
お読み下さり、ありがとうございます。




