228話 いつも、見ていた —花音Side
「一花、ちょっと待ちなって!!」
「舞、悪いな。今はそれどころじゃない」
肩を掴んだ舞の手を振り払って、一花ちゃんが厳しい表情で振り返っていた。
一花ちゃん、今の電話って――?
「一花、どこにいるか検討がついていますの?」
「――制服を着ているらしい。だから、ここのどこかにいるかもしれない」
「それでしたら、お父様にも言って人を動かしますわ。それと、鴻城の人間も動きますのね?」
「そうだ……」
「一花様」
何人かの人間が続々出てきて、私たちの周りを囲む。
この人たち――水族館にも来た人たちだ。あの運転手のお姉さんもいる。
先輩たちもいきなりの黒服の人たちの登場で、驚くように周りを見渡していた。
レイラちゃんは心得たように動き出す。
「一室用意しましょう。一花はそこで確認を」
「助かる。お前たち、レイラについていけ。そこにモニター設置。他からの報告も1分毎にさせろ」
バタバタとレイラちゃんを筆頭に動き出す。一花ちゃんも行こうとしていた。たまらず一花ちゃんの肩を掴む。
「一花ちゃん、葉月どうしたの……?」
「っ……花音」
「教えてっ……葉月が、いなくなったの?」
さっきの舞みたいに私の手を振り払わないで、一花ちゃんは眉を顰めてじっと見てくる。
さっきからドクンドクンと心臓がうるさい。一花ちゃんの何も言わないその間で、焦燥感がどんどん溢れてくる。
観念したかのように、一花ちゃんはそっと目元を伏せた。
「…………そうだ」
その返事で、ギュっと思わず一花ちゃんの肩を掴む力が強くなった。
葉月が、いなくなった。
どうして?
――違う。
どうしてなんて決まってる。
「だったら、あたしも探すよ! さっきレイラに言ってたよね!? 葉月っち、ここに来てるの?」
舞もまた隣に来ていて、一花ちゃんの顔を覗き込むように問いかける。ふうと一花ちゃんは顔を上げて、私と舞を見上げてきた。
「……制服を着ていたらしい。でもそれが確かなのかは分からない。患者の1人が星ノ天の制服を見たと言っていたと。それが葉月なのかどうかは不明だ。ただ……あいつが何かを企んで、病室に制服を仕込んでいた可能性もある。病室のソファがひっくり返されていたそうだ。だからまずは徹底的にこの学園の各部を探す。病院からここまでの経路、周辺、全部」
「わかった――じゃあ、あたしと花音はまずこの学園内だね!」
「いない可能性も十分あるぞ。それに時間もない」
……わかってる。
「葉月が…………自分を傷つける前に、だね」
言っていて、少し声が震えた。
今も葉月の体は傷だらけだ。一番深い宝月さんに刺されたところも、何度も傷が開いてしまっていて、まだ塞がっていない。
「待ちなさい、あなたたち」
東海林先輩の声が響いた。そうだ、先輩たちもいたんだった。
振り返ると、先輩たちは先輩たちで話し合っていた。東海林先輩と月見里先輩は手に持っていた祝いの花束を、近くの地面に置いている。一花ちゃんが訝し気に東海林先輩を見上げていた。
「寮長、悪いが今は説明している暇はない」
「いいわ、その説明は。要するに、いるかもしれない小鳥遊さんを見つければいいのよね? だったら、私たちの方がこの学園に詳しい、そうでしょう?」
「――手伝うと?」
「東雲さん、あなたのさっきの姿を見ると、あの人たちを動かす立場なのよね? 何人か私たちに貸して。初等部、中等部、幼等部。私たちの指示に従って探した方が早いわよ」
「そうだよ、東雲。ずっとここに通ってたんだ。東雲だって分かるだろう?」
「それに、この星ノ天は増築もかなりされてるからな。図面なんて当てにならないぞ」
「(コクコクコク)」
先輩たちが次々に一花ちゃんに訴えてる。
こんな時に思う事じゃないかもしれないけど、とても頼もしい。
「俺ら生徒会を舐めすぎだろ。お前も、鴻城もな」
一番後ろから、会長がいつもの不機嫌そうな表情で一花ちゃんの前に出てきた。何故か一花ちゃんは半目で会長を見上げていて、どこか呆れた様子。な、なんで?
でもすぐにハアと溜め息をついてから苦笑して、今度はパチンと指を鳴らした。また何人かの人間が出てくる。
ずっと隠れてたの!? と驚く間もなく、一花ちゃんが「会長たちに従え」と短く命令すると、その人たちもすぐに「かしこまりました」と返事している。唖然としてしまった。一花ちゃん、やっぱり謎だよ! 何でこの人たち一花ちゃんに従ってるの!?
戸惑っている会長たちを、一花ちゃんが不敵な笑みでまた見上げていた。
「好きに使っていい。もし葉月を見つけたら、会長たちも絶対あいつには手を出すなよ? 逆に返り討ちにあう」
「あなたに連絡すればいいのね?」
「それもいらない。近くの誰かに言えば、あたしに伝わる。お前たち、もし葉月を見つけたら、会長たちを守れ」
「「かしこまりました」」
「水族館でのことが無かったら、一花の今の命令おかしいでしょってツッコんでたよ……」
舞が疲れたようにボソッと呟いた。私はこの大人たちに命令している姿にツッコみたくなってきたよ。
それから一花ちゃんは、さっきレイラちゃんが言っていた教室に向かった。
実は街中に付けられている鴻城の隠しカメラから、葉月を見つけるらしい。前に会長と私が街中で絡まれた時も、それで見つけてくれたんだとか。鴻城の隠しカメラが街中至る所にあるって知って、それも驚いたよ。
会長たちも、一花ちゃんの部下っぽい人たちと、それぞれの場所に分かれていった。
「一花もあれ出来るって事?」
「舞?」
「いや、葉月っちと一花って、あたしが思ってるよりすごい人間だったんだなって思っちゃって」
それは、私も思うよ。私はどっちかって言うと、一花ちゃんの有能さの方が驚きっぱなしだけどね。私たちと話している間にも、報告を聞いて次から次へと指示を出してるんだもの。全部把握してるの? すごすぎる。
私と舞もそれぞれに分かれて、校舎の中と外を探し回る。私のそばにはあの運転手のお姉さんがいて、一緒に探してくれていた。
そのお姉さんは通気口の中も隈なく探していて、え、そこも? と内心驚いたよ。顔に出ていたのか、そのお姉さんはうんうんと頷いている。
「葉月お嬢様はこんなところも平然と通りますから」
……確かに美術館の時もそうだった。
その他も1つ1つ見て回る。この学園、私も知らないところが一杯あった。なんで隠し扉こんなにあるの!? こんな通路知らないんだけど!! 九十九先輩の言っていた増築が関係してるんだなって、探しながら思っちゃったよ!
そんな発見もありつつ、探し回ったけど、葉月はどこにも見つからない。
一旦、一花ちゃんのいる教室に集まることになった。教室に入ると至る所にモニターが設置されていて、会長たちも次々入ってくる。見逃さないように、一花ちゃんはカメラの映像を見ながら、マイクで誰かと話していた。
「いないわね……」
「もしかしたらって思ったけど、幼等部の非常用通路にもいなかったよ」
「こっちもです。初等部であいつが暴れたところも探してみたんですが……」
「(コクコクコク)」
「ちっ――まだ俺らが知らないところがあるってことか?」
先輩たちも焦っているのか皆暗い表情だ。
葉月、一体どこにいるんだろう。
「一花、そっちの方は?」
「ダメだ……見当たらない。あいつ、鴻城の隠しカメラの位置は全部知ってるからな……唯一病院から少し離れたバス停の近くの映像だけだ――くそっ……」
「歯痒いですわね。葉月が行きそうなところも空回りでしたし……」
一花ちゃんもレイラちゃんも相当焦っている。
私も舞もそう。
教室の空気も重い。
ダメだ。
時間もないのに。
ちゃんと考えなきゃ。
考えを切り替えるために外の空気を吸おうと思って、窓を開けた。
春らしい心地いい風が、重い空気が漂っている教室に入り込んでくる。
空を見上げる。
今日は快晴。
卒業式にはもってこいの天気。
……そういえば。
そういえば、葉月はいつも空を見ていた。
こんな晴れの日も。
雨の日も。
昼も。
夜も。
葉月は空を眺めていた。
葉月の好きな、空。
ふと、あの時の葉月の顔を思い出す。
そう、遊園地。
あの時、葉月は言っていた。
『空がね! 見えるんだよ!』
目を輝かせて、タワーのアトラクションを見上げていた。
『落ちてるときにね! 空が見えるんだよ!』
楽しそうに、笑っていた。
鼓動が段々早くなっていく。
葉月は、いつも何を見ていた?
空を見ていた。
この学園では?
いつもの中庭で、空を見ていた。
そして――――。
その考えが浮かんだ時に、バッと窓から身を乗り出す。
この場所からは少し離れているけど、ちゃんと見える。
「一花ちゃん……」
小さく、一花ちゃんに呼び掛ける。でも、聞こえてない。
慌てて窓近くから、一花ちゃんの傍にいくと、驚いたようにカメラの映像から私の方に視線を向けてきた。
「花音?」
「一花ちゃんっ――あれ! あの場所の周辺のカメラある!?」
「――待て、今出す」
「舞、さっきあそこの周辺行った!?」
「ち、近くは回ったけど、でもいなかったよ?」
困惑しているような舞。
いなかった……? 違うのかな?
「ですが、そこは厳重に管理されてますわ。お父様が鍵を持っていますが」
「そうね、あそこの鍵だけは学園長が管理されてる」
「あそこの周りは誰も入れないように柵もあるし」
「老朽化も進んでますからね。今年の夏に補修が入る予定になってますが……」
「(コクコクコク)」
「学園の生徒は危ないからと、あそこに近づくのは禁止している――――だが、確かにあそこは誰も立ち寄らないな」
レイラちゃんも先輩たちもが考え込んで唸っていた。
でも、一花ちゃんの次の一言に皆が注目する。
「…………ビンゴだ」
一花ちゃんの視線の先。
カメラの映像に映っているのは、その場所の柵の周りを歩いている葉月の姿。
「葉月……」
私が思った場所の中に入っていく葉月。
「何分前の映像だ?」
「20分――ですね」
ちっと大きく舌打ちした一花ちゃんが勢いよく席を立ち、周りの大人たちに指示を出し始める。
「ここの下に人を集めろ。あと周辺捜索。車も待機。すぐに病院に行けるようにしろ」
「優一様は?」
「兄さんには一通りの診療器具を持ってこさせろ。最悪、下で治療できるように準備を」
「かしこまりました」
バタバタとまた周りが動き出す。一花ちゃんも私たちも教室を出て、カメラに写っていた場所に向かうために走り出した。
「会長たちは残ってていいんだぞ?」
「馬鹿を言うな。生徒の一人があそこから飛び降りてみろ。ニュースどころの話じゃない」
「……最悪、もう落ちているかもしれないんだ」
一花ちゃんの重い一言。皆が黙り込んでしまう。その姿を想像できるから。
葉月が、もう死んでいるかもしれない。
……だけど、どうしてかな。
「大丈夫、だと思う」
「花音?」
舞が不思議そうに呼んでくる。
でも葉月は、
葉月は空を見ている。
そんな気がする。
「そう願うさ……」
一花ちゃんの悲しそうな声が響いた。
どこか懇願に近い。
皆がきっと、そう願っている。
まだ間に合うと。
あの場所に着くまで、誰も一言も話さなかった。
□ □ □
目的の場所に辿り着くと、入り口が開いていた。近くの地面に鍵らしきものが落ちている。
誰かが開けたのは言うまでもない。
中に入ると、地面は埃塗れ。でも、足跡が螺旋階段の方に続いている。これは葉月の足跡だ。
天井まで続いているかのように見える螺旋階段を、私たちは駆けあがっていった。
ハアハアと息が切れる。
未だかつて、こんなに走ったこともないし、こんな勢いで階段を上ったこともない。途中、階段からはミシミシと音が聞こえてきた。本当に建物自体が古くなっている。
階段を踏み外してしまいそうな時に、グイっと腕を掴まれて引っ張られた。
「――――会長」
「落ちるなよ」
会長も先輩たちも汗まみれで、息が切れていた。
しっかりしなきゃ。
会長たちもいてくれる。
一花ちゃんも一旦足を止めて、心配そうに見下ろしてきた。
大丈夫、こんなの何でもないよ。
体を奮い立たせて、また駆けあがっていく。
途中、一花ちゃんが耳に着けているイヤホンに報告が入った。
周辺に人の姿はないということ。
それはまだ葉月が上にいるということ。
まだ間に合うかもしれない、ということだ。
でも、こうして登っている最中にも葉月は事を済ませてしまっているかもしれない。
そんなことしたら、誰でも助からない。
一番上の階まで上がった。
重苦しい扉が開いている。どうやら最初からこういう造りみたい。
けど、それ以外の周りを見る余裕なんかなかった。
塀の上に、望んでいた姿を見つけたから。
外の塀に腰掛けて、
空を眺めている後ろ姿があったから。
「葉月っ!!!」
その後ろ姿に向けて、かけがえのない愛しい名前を、思い切り叫んだ。
お読み下さり、ありがとうございます。




