227話 卒業式の日 —花音Side
「あっという間だったね」
「うん、そうだね。素敵な式だった」
舞が後頭部に自分の手を置いて、先輩たちの様子を見ていた。今は月見里先輩たちが、多くの生徒たちに囲まれている。
卒業式の日。
会長の答辞は、それはもう完璧だった。
至る所から女子生徒の泣いている声が聞こえてきたし、男子生徒も真剣に会長の言葉を聞いていた。
実は九十九先輩も泣きそうになっていたのは、生徒会メンバーだけの秘密。
「何だ。寮長に一言言おうと思ったが、今は無理そうだな」
え――あれ、この声?
「一花っ!?」
舞がそう叫んだように、一花ちゃんがいつの間にか私と舞の隣にいて驚いたよ。え、ええ? 葉月は? ちゃっかり制服も着てるし。
「一花ちゃん、ここにいて大丈夫なの?」
「……まあな。すぐに帰るが、今日ぐらいはと思ってな」
「葉月っち、今日は?」
「さっき眠らせてきたから、大丈夫だとは思う。それに兄さんも姉さんも、さらには母さんもいるしな」
そっか。東雲家がほぼ全員いるんだ。でも、何で気まずそうに視線を逸らすの?
すると一花ちゃんに気づいたのか、レイラちゃんも私たちのところに駆け寄ってきた。
「一花、何でここにいますのよ?」
「悪いか。あたしにだって、世話になった寮長に言いたい事はある」
「あら、それは光栄ね」
東海林先輩が花束を多く持って、私たちのところに来てくれた。――後ろで先輩のファンが、かなり私たちのことを恨みがましく見てきたけど、ま、まあ今は気にしないようにしよう。
「寮長、世話になったな。卒業おめでとう」
「ありがとう、東雲さん。あなたも大分苦労しているみたいね……今も」
「……まぁな。あいつを連れてこられなくて残念だ」
ふっと一花ちゃんが苦笑すると、東海林先輩も苦く笑っていた。この2人、前から思ってたけど、映画に出てくるような戦友みたいになってない?
「来たところで中等部の頃の二の舞よ」
「それもそうだな。中等部の頃の卒業式は――めちゃくちゃにしていたな、あいつ」
「まあ、今となっては忘れられない思い出ね」
葉月、中等部の卒業式に何をやったんだろう? 思い出したのか、先輩の笑顔が黒くなってる気がするんだけど、気のせい?
「……レイラレイラ。葉月っち、何しでかしたのさ?」
「東海林先輩の生写真をあちこちに売ってましたわね。それこそ、寮での着替えの写真とか」
レイラちゃん、舞はかなりコソコソと小さい声で聞いていたのに、そんな堂々と大きな声で話したら、意味ないと思うよ。ほら、東海林先輩が全然笑っていない笑顔を向けてるよ?
今日は折角の卒業式なんだから、先輩にこんな黒い笑顔はしてほしくないなぁ。
だから、舞とレイラちゃんより一歩前に出た。仕方ないなぁ。
「先輩、卒業おめでとうございます」
「ありがとう、桜沢さん」
「たまに、相談とかの電話をしてもいいですか?」
「もちろんよ。相談だけじゃなくても、いつでも掛けてきなさい」
ふふって綺麗な微笑みを浮かべて、先輩はポンポンと頭を撫でてきた。本当、優しい先輩だな。先輩のおかげで、私もこの学園生活を楽しめてる。勉強も教えてもらったし、生徒会での仕事も一杯フォローしてもらった。感謝しかない。
「いつか先輩に恩返しできるように頑張りますね」
「楽しみに待ってるわ」
先輩が今の寮を出るまでまだ日数あるから、遊びに出掛けるのもいいかもしれない。後で予定を聞いてみよう。
「桜沢」
最後に写真撮ろうって舞が言いだして、皆で写真を撮っていたら、会長が声を掛けてきた。会長にも挨拶しないとね。
「会長、卒業おめでとうございます」
「……もう会長じゃねえよ」
「それもそうですね」
でもずっと会長って呼んでたから、今更“鳳凰先輩”とか呼びにくいな。
「――ちょっとついてこい」
「はい?」
「いいからついてこい」
何て呼ぼうか考えていたら、何故か不機嫌そうに会長は踵を返して、スタスタと歩いていく。
ついてこいって、どこ行くつもりなんだろう? 会長に挨拶したい生徒、まだいっぱいいるのに。けど、このままついていかなかったら、いつかみたいに担がれそう。
仕方ないから会長の後をついていく。
連れてこられたのは校舎裏。
何故? あそこの広場じゃダメだったのかな。
ずっと私に背中を向けている会長は、立ち止まったまま何も話さない。
「会長?」
つい慣れている会長の名前で呼んだら、やっとゆっくりこっちを振り向いてくれた。
――ん? あれ?
どこか熱っぽい視線。
耳まで赤くなってる。
あれ……これ、どこかで見たことあるような……。
会長は何も言わず、じっと私を見てきた。
卒業生たちの喧騒が遠くに聞こえる。
な……何か既視感がある。
どこで?
――あ、そうだよ。中学の頃、こういう場面だったかも。
今の会長と同じように、男子に呼び出されて、顔中真っ赤になってて、
告白――された――。
――って、え? いや、まさか。
会長が?
いやいやあり得ない。
あの会長が、私を?
ありえないと思いつつ、でも目の前の会長が緊張しているのが伝わってくる。
変に私も緊張してきた。
「――――桜沢」
「は、はい……」
まさか、まさかねと思いながら、会長の言葉を待つ。ゴクッと喉を鳴らしているのが、分かってしまった。
か、会長。
全然気づかなかった。私、葉月の事鈍感だってもう言えないかも。私が鈍感だったよ。
まさか私の事が好――――
「お前をモデルにした絵を描いていきたい」
――――きとかじゃないね、これ。
絵のモデル? そんな顔を真っ赤にして言う事?
途端に緊張してた気持ちがほぐれてしまった。あ、大丈夫。私、鈍感じゃなかった。
会長の前に描いてくれた絵も素敵だったし、そんなのもちろんいいに決まってる。
「いいですよ」
「…………は?」
普通にいいと言っただけなのに、どうしてそんなポカンとした顔になってるんですか? え、まさか断られると思ってたの? 絵のモデルで?
「会長の描く絵、好きですし。モデルいいですよ」
「い、いや……あのな……」
いきなり戸惑いだした会長。
ああ、そうか。会長ってそうだよ。こういう頼み事とか苦手な人だものね。だからあんな緊張してたのか。顔も真っ赤になって、てっきり告白かと勘違いしちゃったんですけど。
ふふって笑うと、また会長が頬を赤くさせていた。
「断りませんよ。いつがいいですか?」
「いや、だからな――」
ピピピピピピ
携帯電話の音が大きく鳴り響いた。ん?
その音の方を振り向くと、何故か先輩たちと一花ちゃん、舞、レイラちゃんが、草むらに隠れるようにしてこっちを覗いている。舞、レイラちゃん……また覗き?
「ちょちょっ……一花! なんで音消してないのさっ!?」
「わ、悪い……つい……」
あたふたしながら、一花ちゃんが携帯電話を操作している。
一花ちゃんまで覗いてたの? もう呆れるしかない。舞が引っ張ってきたんだろうけど。でも、今回は生徒会の他の先輩たちも覗いてる。
ジーっと先輩たちを見てたら、月見里先輩が「あははは……」と観念したかのように出てきた。
「先輩方……?」
「ち、違うんだよ、桜沢――そ、そうたまたま。たまたま2人がこっちに歩いていくのが見えてさ。何してるんだろうって、そう思って――」
「怜斗……それ、ただの言い訳よ?」
「つ、椿だってついてきたじゃないか!?」
「さ、桜沢、とりあえず落ち着け? まずその笑顔やめてくれないか?」
「(コクコクコク)」
九十九先輩と阿比留先輩は顔青褪めさせてるし、月見里先輩は言い訳だって認めちゃってるし。全く、会長がそんなに誰かに頼み事するのが見世物なんですか?
それと、
「舞……レイラちゃん……」
「ちょちょちょっと待ってよ、花音! これは違うんだって! レイラ! レイラがあたしをここに連れてきたの! 面白そうだって!」
「は!? 何を言ってますのよ! 舞が言ったんじゃありませんの! 告白に違いないって!」
残念。私も一瞬そう思っちゃったけど、ただのモデルの依頼だったよ。
それにしても、それを面白そうだって覗くのはどうかな?
「前回、覗きに関しては反省したと思ったんだけどなぁ?」
「ひぃっ!! ちち違う! ちゃんと反省してるから!」
「そそそそうですわよ! こここ今回のは、そう! 月見里先輩が言ってたじゃありませんの! たまたま! たまたまですわよ!」
さっき告白だって思って面白そうだって言ってたのに、なんでそんな180度変わったのかな?
ふふ、これ、どうやって反省してもらお――
「…………いなく……なった?」
一花ちゃんのその言葉が響いて、一気に先輩たちも舞たちも静かになった。
――いなくなった?
「――待て。待て待て。どういうことだ? カメラに映ってたんじゃないのか?」
ドクンドクンと心臓が騒ぎ出す。
一花ちゃんは焦っているように、電話口で相手と話している。
「すぐに病院内、外、閉鎖しろ! 誰も逃がすな! 兄さんはそこにいるか?! 代われ!!」
怒鳴り声で一花ちゃんは電話口に叫び出す。一瞬にして、ここの空気も緊迫した雰囲気に変わっていた。皆が黙って、様子が変わった一花ちゃんを見ている。
「……ああ、ああ。くそっ……じゃあ病院内にはもういないのか。いつカメラの映像が変わっていることに気づいた?…………最悪だ。……制服? 制服なんて用意――病室が? そうか、あいつ……そうだな、一応来てくれ」
一花ちゃんが電話を切った。またどこかに掛けていた。
喉が渇く。
「い、一花……? 何が――」
「――あたしだ。全員、総動員だ。星ノ天の初等部、中等部、高等部、大学部、病院から学園に至るまでの全部の経路、全部探させろ。いいか、絶対逃がすな。見つけろ。あいつに先にやられたら、もう手遅れだ」
舞の声が聞こえてないのか、一花ちゃんはそのまま電話で話をしている。
その内容が、ザワザワと胸の奥を騒がせていく。
「あたしが許す。鴻城のカメラを全起動。何としても葉月を見つけろ」
一花ちゃんの決定的なその言葉で、頭が真っ白になった。
葉月が、
いなくなったんだ。
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