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222話 会えない —花音Side

 


「おい、舞……いい加減離れろ」

「やだよ。だって一花、すぐ出て行こうとするじゃん」

「だからってくっつきすぎだ! 鬱陶しい!!」


 ベリッと一花ちゃんが無理やりくっついてくる舞を剥がしていた。ぶーっと口を尖らせて、舞は仕方なしに離れている。やっと会えた一花ちゃんだから、舞は嬉しかったんだろうな。


 その様子の舞を見て、ふうと息をついた一花ちゃんは、先ほど淹れたハーブティーを口に運んでいた。


 改めて見ると、一花ちゃんはすごく疲れた顔をしていた。目の下の隈も酷い。少しやつれたようにも見える。


「一花ちゃん、大丈夫? 少し痩せた?」

「……平気だ。ほとんど病院で暮らしているから問題ない」


 病院で暮らしてるの? それって、葉月のそばにいるってことだよね。


 舞も気になったのか、前のめりになっていた。


「葉月っち……そんなに悪いの?」

「悪くないさ。あの時の怪我も大丈夫だ。だから心配するな」

「じゃあさ……なんでいきなり休学なのさ?」

「……レイラからも聞いただろ? 少し長引きそうなんだ。前と同じだ。暴れて傷が開くからな。完治に時間がかかる」


 一花ちゃんはまたハーブティーを飲んでいる。確かに前に腕を怪我した時も、何度も傷が開いたせいで退院が遅くなってしまった。


 だけど、どうしてかな。

 今の一花ちゃんは、そう言って誤魔化しているように感じるよ。


 一花ちゃんはその話をしたくないのか「宝月(ほうづき)の件だが」と、話を方向転換してきた。


「あいつはもうお前たちの前に現れることは無い。特に花音、お前に何かをすることもないから安心しろ」

「宝月さん……どうなったの?」

「しかるべきところに送ってやっただけさ。あいつが喧嘩を売ったのは鴻城(こうじょう)だぞ? むしろ、あんな処罰だけで済んで感謝してほしいところだ」


 し、しかるべきところって、どこ? そしてあんな処罰ってどんな処罰? 「うへえ……鴻城こわ……」って舞が呟いてるのを見て、私もそう思っちゃったよ。一体どんな処罰を受けたのか、想像するだけで恐ろしい。物の1分で建物の所有権を取れる鴻城家。どれだけの権力を持っているのか計り知れないよ。


「そういやさ、あの時の彼女が言ってたことって何だったの? ほら、サクヒカとか主人公とか」

「気にするな。あいつのバカな妄言だ」


 舞のその疑問にもスパッと切り裂いた一花ちゃん。妄言で済ませちゃうのか。結構気になってはいたんだけどな。あれだけ私のことを恨んでいたから。


「バカな女だ。現実とゲームは違うってことが分かってない」

「ゲーム?」

「こっちの話だ、気にするな」


 やれやれと言ったように、一花ちゃんは首を振っていた。


 やっぱり一花ちゃんは彼女の言っていることが分かっているように思えるけど、でもこれ以上は話す気無さそう。舞はそれでも気になるのか、一花ちゃんに聞いていた。


「あの子さ、つまり会長のことが好きだったってこと?」

「そうだな。会長にあれだけのトラウマを植え付けるくらいには好きだったんだろうさ。会長の方はどうだ? 女に怯えるとかぐらいのトラウマだと思うが」

「いや、普通だよ。ああ、でも、学園の女子のことは避けてるかも……」

「それはそうだな。あれだけしこたま体中好き勝手にされたんじゃ、そうなるさ」


 そ、そうだね。なりふり構わず気持ち悪いって言ってたものね。今更ながら、会長をあの時助けてあげられなくて申し訳なく思うよ。


 ただ、あの時は私もレイラちゃんも縛られて動けなかったし――いや、言い訳だね。会長、今度好きなモノ作っていきます。


 そういえば、結局会長に付き合えって言われたのは流れてしまった。あれ以来会長も話題に出さないし、結局、どこに付き合ってほしかったんだろ? 時間があった時に聞いてみようか。


 「会長、不憫だなぁ」と舞がグデっとテーブルの上で腕を伸ばしていた。


 まさにキスしているところを舞が見たら、不憫以上に可哀そうって思うと思うよ、うん。あの宝月さんの満足そうな顔を見たら、呆気にとられるよ。すごく自信満々だったんだから。会長のあの反応を見て、ああいう顔するとか私には絶対出来ない。


「あ、それで一花。葉月っちにいつ会いに行けるのさ? やっぱ元気な葉月っちに会いたいんだけど」


 顔を上げて、舞が直球に聞き出した。

 そうだね。命に別状はないっていっても、やっぱり一目会いたい。


 私も期待を込めて一花ちゃんを見ると、一花ちゃんは難しい表情になっていた。




「…………会わせることは出来ない」




 ……え?


 思わず言葉を失う。

 会えない?


「は!? だ、だって怪我は大丈夫なんでしょ!? なんで!?」

「無理だ。今は葉月に会わせられない」

「だから何で!?」

「……今は無理だ。大丈夫になったら、こっちからまた連絡する」


 無理の一点張り。

 でもどうして……?


 話は終わりだというように、一花ちゃんは立ち上がった。


「ちょちょっと待ってよ、一花!!」

「悪いな、2人とも。また連絡する」

「だからどうしてっ!?」


 悲しそうに眉を顰めて、一花ちゃんは私と舞から視線を逸らした。


 葉月の命に別状はない。

 けど、会わせることは出来ない。


 やっぱり葉月に何かあったということ。


「一花ちゃん……」


 たまらず私も立ち上がる。一花ちゃんは何も言わずに、私を見上げてきた。


「葉月に何が起こってるの?」

「……」

「私……葉月に会いたいの」

「分かってる……そうだろうな……」

「何かあったんだよね、葉月に……」

「悪いが花音……今の葉月に、お前と舞を会わせることはできないんだ」


 辛そうに、苦しそうに一花ちゃんは顔を俯いて、そう言葉を絞り出す。もう何かがあったことは決定的。今の葉月って言ったから。


 だけど、一花ちゃん。


「それでも……会いたいよ」


 一目でいい。

 葉月の顔が見たい。

 何が葉月に起きているのか、ちゃんと知りたい。


 グッと一花ちゃんの肩に手を置いた。

 一花ちゃんは眉を顰めて、言い辛そうに私を見上げてくる。


「葉月に何が起きてるのか、ちゃんと知りたい。葉月の顔を見たいんだよ」

「…………」


 じっと見てくる一花ちゃん。そうしたら、舞が私と一花ちゃんの間に入ってきた。


「あたしもちゃんと知りたいよ、一花」

「舞……」

「あのさ、もういい加減教えてよ。秘密なしにしてよ。一花たちが話してくれなかったら、あたしたちだって何も出来ないじゃん」


 一花ちゃんの表情は相変わらず厳しい。だけど舞の言葉はとても真摯に聞こえてくる。舞も一花ちゃんと葉月のことをすごく心配しているから。嫌だよね、もう分からないのは。


「あたしだって、葉月っちのことが心配だし、一花のことも心配。でも分からないままだと、秘密にされると、何も助けることも出来ないよ。一花と葉月っちのために何かしたいのに、何も出来ないじゃん」

「私もそうだよ、一花ちゃん。舞と同じ。確かに葉月のことが好きっていうのもあるけど、ちゃんと力になりたい。一花ちゃんの力にもなりたい」

「もっとあたしらを頼ってよ、一花」


 舞と一緒に一花ちゃんに懇願する。舞の言った、頼りにしてほしいっていうのは本心だから。


 私だって、葉月が昔に死のうとしたことしか知らない。

 狂っている、の意味も本当は分かっていない。


 ちゃんとした事実を、私は結局知らないまま。


 一花ちゃんは少しの間私と舞の顔をじっと見上げていたけど、ふうと息をついた。


「……あいつが……寝ている時ならいい」


 静かに、一花ちゃんがそう呟く。

 それって。


「会いにいっても、いいの?」

「起きてるあいつには会わせられないが……寝ている時なら会わせられる」


 寝ている時なら……?

 疑問に思ったけど、今はそれでもいいと思った。

 葉月にまずは会いたいから。


 舞は一花ちゃんのその言葉を聞いて、私を押しのけて抱きついていたよ。


「だから抱きつくなっ!!」

「いいじゃん! ありがと、一花!!」

「言っておくが、寝ている時だからな……とてもじゃないが、起きている時は会わせることは出来ない」

「その理由もちゃんと教えてよね!」

「――考えておこう」


 またベリッと舞を自分から剥がして、一花ちゃんは私の方を見てくる。何かを言いたげだ。


「…………もっと辛くなるかもしれないぞ?」


 それは、葉月の過去のことを言っていた。


「分かってる」

「今のあいつを見て、離れた方がいいと思うかもしれない」

「それは絶対有り得ないよ」

「愛想がつきるかもな」

「それも有り得ない」


 私が好きなのは、葉月の全部だから。


 ふふって笑ったら、やっと一花ちゃんも相好を崩した。困ったというように笑っている。


「今日は無理だ。明日、放課後に迎えを寄越す。その車に乗って病院にこい」


 一花ちゃんはそう言って部屋から出ていった。


 その小さい背中が、どこか嬉しそうに感じたのは気のせいかな。


「あのさ、花音……」

「何、舞?」

「さっきの会話、花音は葉月っちの何かを知っているってこと……?」

「……一部だけだよ。ほとんどは分からない」

「じゃあ明日、一花、話してくれるのかな?」

「……だと思う」


 きっとそう。


 辛くなると言っていた。

 離れた方がいいかもしれないとも言っていた。


 でも私はちゃんと今度こそ受け止める。

 怖いと言って逃げないよ、葉月。


 密かに心の中で決心してたら、また舞が「あのさ」と話しかけてきた。今度は何だろう?


「そういえば、一花を見て思い出したんだけど……」

「うん、何?」

「水族館で、花音のキスマークのこと言ってなかった?」


 サアッと血の気が引いていった。舞はあの時のキスマークに気づいてなかったから。


 ツンツンと肩を突いてくる舞。その顔がジト目になっている気がする。


「……まさかと思うけど、葉月っちにつけたわけ?」

「舞、もう学園行く時間だよ。準備しようね」

「全っ然誤魔化されてないからね!? その話、聞いてないんだけど! いつの間にそこまで葉月っちと進んでたのさ!?」

「ああ、明日の放課後のこと、東海林先輩たちにも伝えなきゃね。今日は忙しくなりそう」

「だから全然誤魔化せてないから!! 詳しく聞かせてよ!! あと前からツッコミたかったんだけど、スキー旅行の時も、葉月っちにあれ、手にキスしてたでしょ!?」


 あれこれと詮索してくる舞を放っておいて、朝ご飯を作りに行ったよ。


 舞、過去のことは気にしちゃだめだよ。過ぎ去ってしまったことはもう消せないの。



 ……さすがに、嫌がる会長にキスしている宝月さんを見て反省したし。


お読み下さり、ありがとうございます。

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