217話 豹変 —花音Side※
前話の花音視点ですので、流血、刺傷シーンあります。苦手な方は無理に読まずに221話まで飛んでいただきますようお願い申し上げます。221話前半はあらすじみたいなものが本文に入っておりますので、無理に読まなくても大丈夫です。
「連れて行きなさい」
宝月さんの冷たい声が響き渡る。
周りの男の人たちが私に向かってきた。
「おい、やめておけ。これ以上あたしを怒らせるな」
「はっ! どうせ今だってそこから動けない癖に、何言ってるのかしら?」
一花ちゃんが宝月さんと話しているけど、それどころじゃない。このままだと、鮫のいる水槽に落とされる。
宝月さんは、それを目的に、私をここまで誘拐してきたんだ。
冗談じゃない。
だって、私はまだ葉月に告白していない。
宝月さんの意味の分からない恨みで、どうしてそんな目に遭わなければいけないの?
会長が好きだと言うなら、あんな方法じゃなく気持ちを伝えればいいのに。
男の1人が後ろで縛られている腕を掴んできて、無理やり立たされた。
「いやっ!」
「悪いな。このお嬢さんに逆らったら、俺たちが代わりに水槽の中に入れられるんだよ」
「花音を離しなさいな! うぐっ!!」
「レイラ!」
レイラちゃんが私を助けようとしたけど、違う男の人に払われた。舞の声が聞こえてくる。いや。いやだよ。
「あんたが悪いわけじゃないんだがな……悪いな」
「離してっ!!」
足を縛っていたロープを外された。だけど無理やり引っ張って行かれる。力が強くて抗えない。
周りの男の人たちは、宝月さんの命令で仕方なくやっている。それは分かる。だけど、このまま連れていかれるわけにはいかないんだよ。
向こうでも、一花ちゃんや運転手のお姉さんの周りに、宝月さんの部下の男の人たちが群がっていた。
あ、れ……?
葉月が……いない。
「花音に……触らないでくれないかな~?」
腕を引っ張っている男の後ろから冷たい声がして、
背筋がゾクッと震えた。
ドンッと、前に押されるように背中から衝撃がきて、思わず前のめりになる。
慌てて振り返ると、そこにはさっき腕を掴んでいた男が、葉月に床に倒されている姿。違う男の人が葉月に手を伸ばすと、葉月がその腕を掴んで、周りの他の男の人に投げ飛ばす。
一瞬の出来事。けど、私はそれどころじゃない。
葉月が、笑っていた。
ゾワっと恐怖が包み込む。
いけない。
これ、だめだ。
あの時の葉月と同じ。
あの刺された時、絡んできた男たちを煽っていた葉月と同じ。
止めなくちゃ。
「葉月!」
止めたくて、葉月の名前を呼ぶと、さっき床に倒した男の人を踏みつけて、ゆっくり私の方に振り返ってきた。
葉月の過去に踏み込んだ時の冷たい目をしていて、
恐怖が襲う。
さっきから嫌な感じで心臓がドクンドクンと騒いでいる。前みたいに、葉月は危ないことをしようとしている。
向こうから、男の人の悲鳴みたいなのも聞こえてきた。
一花ちゃんは今あそこ。
葉月を止める一花ちゃんは、すぐ来れない。
葉月が踏みつけている男の人が起き上がろうとした。だけど葉月は、躊躇いなく足でその男の人の頭を床に勢いよく押し付けた。
たまらず悲鳴があがりそうになった。その男の人が床から血を流していたから。
葉月はニッコリ笑って、その様子を見ていた。言い知れない恐怖が体を蝕んでいく。
だめ。
だめだよ、葉月。
「葉月……だめだよ、やめて?」
若干声が震えた。
葉月がまた首を傾げて、こっちを見てくる。
だけど目は全然笑っていない。
口元は端が上がっていたけど、全く笑っていない。
何をするか、分からない。
ゴクッと唾を飲み込んだ。
ただ、前とは違う。
あの時は私の声も届いてなかった。
今はちゃんと聞こえてる。
私でも葉月を止められるかもしれない。
ゆっくり葉月は足元の男に視線を移し、それから顔を上げて、周りにまだ立っている男の人たちを見渡した。彼らに何かするつもりだ。
「葉月、危ない事はだめだよ?」
そう言うと、またゆっくりと私を見てくる。
その動きが緩慢で、どこか危ない気にさせる。
酷く胸騒ぎがして、止めないとって思ってしまう。
葉月、お願い。
やめて?
もう帰ろう?
私、葉月のおかげで傷もないから。
だけど、その願いは届かない。
葉月はにっこり笑ってから、周りの男の人たちに視線を変えた。ゆっくり足を彼らに向けて歩き出す。
「葉月! お願い、やめて!」
今度は葉月は振り向かない。
真っすぐ彼らに歩いていく。
さっきから体は震えていた。
どうしよう。止めないと。
またあの時みたいなことが起きるかもしれない。
けれど、体が言うことを聞いてくれない。
「は――」
声を出そうとして、固まった。
視界に映り込んだのは、葉月の向こうにいる宝月さんの姿。
彼女の姿が、葉月の後ろ姿に被った。
周りにいる全員が、動きを止めた。
何?
何で?
葉月の体がグラっと動く。
何とか踏みとどまったみたい。
だけど、様子がおかしい。
ポタッと、赤い液体が葉月の足元に落ちた。
「葉月っ!!??」
うそ。
うそうそ。
まさか、あれは――。
サアっと血の気が引いていく。
前に刺された時と、同じ光景に見えてくる。
宝月さんが葉月から離れた時に、赤い液体がボタボタと2人の足元に零れていく。
「あんたら、何やってるのよ。さっさとあの女を連れて行きなさいよ」
宝月さんが周りにいる彼らにそう言っているのが聞こえたけど、それどころじゃない。
だって、あれは血だ。
葉月の血だ。
よく見ると、宝月さんの手には血塗れの何かを持っている。
カタカタと体がさっきより震えだす。
後ろ姿の葉月は動かない。
いや。いやいや。
「はづっ――!!」
「あは……あはは……! あはははははははは!!!」
突然、葉月が笑い出した。
大きな声で、笑い出した。
今までの笑い方じゃない。
こんな笑い方、聞いたことない。
上を向いて笑っている。
「はづ――き……?」
葉月?
刺された――んじゃないの……?
だって、それ……血だよね……?
「葉月!」
「葉月っち!?」
「だめ、だめですわ! 葉月!」
一花ちゃんの声が聞こえた。
舞の困惑する声が聞こえた。
レイラちゃんの悲痛な声が聞こえた。
「あなた……なんで笑ってられるのよ?」
宝月さんの茫然とした声が聞こえた。
「ふふ! あは! あっははは!!!」
嬉しそうに、
おかしそうに、
葉月の笑い声が辺りに響く。
葉月……?
どうしたの?
なんで笑っているの……?
茫然と、笑っている葉月の後ろ姿を見た。
手を高々に上げ、その手は葉月の血で塗れている。
ああ、やっぱりあれは葉月の血だ。
どこか夢のような気持ちになった。
葉月がその血に塗れた手で、宝月さんの顔を掴んでいる。
「やっと死ねるよおおおお!!!!! あははははははははは!!!」
とても嬉しそうにそう叫ぶ葉月の姿。
それがとても悲しくて、
苦しくて、
死ぬことを喜んでいる葉月に、
言葉が何も出てこなかった。
前話と同じ後書きになりますが、あくまで葉月の中の“死なないと”という欲に染まってしまったという認識でいただければと思います。




