213話 あなただったんだ...... —花音Side※
葉月の地味顔発言で、場がものすごく静まり返ってしまった。
なんというか、本当そんなことを言われるとか、宝月さんが可哀そうすぎる。葉月は思ったことをそのまま言っただけだろうけど、本当、可哀そうすぎる。
そして今も、さすがに爆発して葉月に何か言っているけど、全部あしらわれて……見ていられない。舞が葉月の口を押えてしまうの分かる。見ていられない。
宝月さんはもう怒りで顔が真っ赤。
「本当に毎回毎回邪魔してくれちゃって。今頃は翼様とイチャイチャしてる頃だったっていうのに」
会長のあの嫌がりようを無視して……イチャイチャかぁ。それは会長が可哀そうになってくる。宝月さん、会長のことがそんなに好きだったなんて。婚約者になったのも、会長のお母様に言われたからじゃなかったんだなぁ。
「おい、宝月……お前、何した?」
一花ちゃんが葉月より一歩前に出て、宝月さんに話しかけている。あれ、一花ちゃんも何かを怒ってる? いつもより厳しい表情に見える。
「はっ……何が?」
「何でお前が会長の婚約者になってんだ?」
「苦労したわよ、あれ。翼様のお母さまにもうあれこれ気に入られるように、礼儀や贈り物、あの人の趣味、好きなモノ、嫌いなモノ、全部調べて振る舞ってあげたもの。おかげで婚約まで取り付けたのに……あの狸爺が下手打ってくれちゃって!」
なるほど。この子は会長のお母様を味方につけて、婚約まで取り付けたのか。それはそれですごい。
「み、美園? あなた……喋り方が違くありません?」
「あ~あ。何を今更言ってるのよ。本当レイラ様ってバカだよね」
レイラちゃんが宝月さんのキャラが変わったことにすごく驚いてた。だけど、こっちが宝月さんの本性だよね。
そしてその言い方、さすがに少しカチンとくる。舞もそれは同じみたいで、普段見ない怒った顔で宝月さんを見ていた。
「あのさ! 何、その言い方! レイラがあんたにどれだけの事してくれたと思ってるのさ!? 今通ってる学校だって、住んでる場所だって、レイラが協力してくれたからじゃん!」
「ギャルは引っ込んでてくれない? そんなの勝手にやったんでしょ。わたしが頼んだわけじゃないわよ。っていうかさ、何でここがわかったのよ? しかも無断で入ってきてるし。ここ、叔父様の所有してる水族館なんだけど?」
勝手にやったって……レイラちゃんはあなたのことを心配してたんだよ? 助けになりたいと思って、自分のお父さんに協力を頼んだりしてくれてたのに。
舞の言うとおり、レイラちゃんが色々してくれなかったら、きっとマスコミにまだ追われる生活だったんじゃないのかな? それを勝手にやったって。
私も彼女の言い分にモヤっとしていたら、葉月が何故かニコニコ笑っている。
「ねえねえ。だから好き勝手してるの~?」
「当たり前でしょ。叔父様の物を自由にするのを、どうしてわたしが遠慮しないといけないわけ? というか、あなたは黙っててほしいんだけど?」
あなたの叔父様のモノが、何故あなたのものになるのか分からないなぁ。そもそも、その叔父様との縁を持ったのもレイラちゃんなのに。
「んふふ~。なんかイラっとしたから、取り上げてあげるね~?」
葉月、取り上げるって何をするつもりなんだろう? 宝月さんも「何言ってるの?」という顔で葉月を見てた。
「は?」
「いっちゃん、ここの所有権を鴻城にお願いね」
「……はぁ、話の腰を折るなよ。まあ、レイラと舞に対する言い方はあたしもイラついたしな。すぐ終わる」
え、え? すぐ終わる? 一花ちゃんは肩を竦めて、誰かに電話をかけ始めた。ここの所有権を鴻城にって、そんなのすぐ出来るわけ――。
「終わったぞ」
「だって~」
出来たの!?
葉月は満足顔。一花ちゃんはなんてことない顔。舞もさすがにぎょっと驚いている様子で、葉月と一花ちゃんを見ていた。
宝月さんも疑問に思ったらしく、それを葉月たちに問いかけてるけど、でも、答えはもう鴻城に変わっているという返答。
嘘でしょう? 鴻城が名家だっていうのは知ってるけど、それにしたって……。
私も驚いて声も出ない状況だったけど、宝月さんの電話が鳴って彼女はそれに出ていた。みるみるうちに驚愕の顔に変わって、葉月たちを見ている。
これ、本当にこの水族館の所有が鴻城に変わったんだ。
「あ、あなた……何者よ?」
「お前、知らなかったのか? こいつの祖父が鴻城なんだよ」
「はああ!?」
「やばいわ……鴻城怖いんだけど、あたし。なんでものの5分で買収が終わるの……」
舞、激しく同意するよ。レイラちゃんは少し悲しそうに宝月さんを見ている。鴻城家がそれをやったことには、何の疑問も感じてない様子。
「じゃ、じゃあ……あの狸爺の不正って」
「リークしたのはこいつの祖父だぞ?」
またまた驚愕の事実が一花ちゃんの口から出た。今なんて? え、ええ? 宝月さんのお父様の不正を鴻城さんが暴いたの!? ニュースではそんなこと一言も言ってなかったのに!
あ、宝月さんの顔がまた赤くなっている。この子、表情クルクル変わるな、なんて現実逃避しそうになる。
「ふざけんじゃないわよ!? 大体、なんで鴻城が婚約に口出してんのよ!? だからあの爺が変な欲だしたんじゃない!!」
「え~あなたのパパが変な欲だしたから、おじいちゃん怒っちゃったらしいけど? ちなみになんて言ったの~?」
「あ、あの葉月お嬢様……それがですね、この子を養女にして後継者にしてほしいと要求されたそうで……」
そ、それはまたすごい要求を鴻城さんにしたんだな、宝月さんのお父様。
それより、婚約に口を出した? どうして鴻城の人が彼女の婚約に口を出したんだろう? それってつまり……会長に婚約してほしくなかったってこと?
さっきから分からなくなることばかり。そしてそんな分からないことが、実は裏で色々あったことに驚きしかないんだけど。
「……不憫だね~」
「あなたが同情しないでくれる!?」
葉月が何故か同情めいた目で宝月さんを見てたよ。服とかメイクとかはそんな目で見てなかったのに、なんでいきなり哀れんでるのかな? 宝月さんのいい分がもっともだって思ってしまったよ。
「大体……大体、あなたが邪魔するから婚約って方法取るしかなかったのよ! ホンット最悪だわ!」
葉月が邪魔する? 葉月がここに来た時も言ってた。でも葉月は何のことだか分かってなさそう。
「ずっと邪魔って言ってるけどさ~? 私、今日初対面だよね~?」
「1回会ってるけどね!?」
レイラちゃんに初めて会った時だね。確かにこの子もレイラちゃんの後ろにいたから。
葉月は全く覚えてないんだろうな。一花ちゃんがその時のことを伝えても、ピンときていない様子。というか、はっきりレイラちゃん以外覚えてないって言っちゃった。
「それで~? それが邪魔だったの~?」
「ハアハア! つ、疲れる! さらっと流されると疲れが一気にくるわねっ……!」
覚えてないものは仕方ないよね? と言いたそうに簡単にその話をスルーした葉月に、宝月さんはどこか疲れた様子。息切れしてる。さっきから大声でツッコミ入れてるからかな? その姿もどこか可哀そうだなって思う。東海林先輩もこういう風に葉月と話していて、疲れているよね。
「あなたがそこの女を悉く助けたおかげでこっちの計画はね、狂ったのよ! だから婚約って方法取ったんじゃない!」
「え、私?」
勝手に東海林先輩と重ねていたら、いきなり私を指差されてしまった。しかも、恨みがましいように睨んでくる。
確かに悉く葉月に助けられているけど、なんで宝月さんが知ってるの?
「そうよ! そもそも、あんたがいなければ全部上手くいったのよ! 何、いつもこいつに助けられてるのよ! ふざけんな!」
「ええええ……」
いきなり罵声に切り替わった。そ、そんなこと言われてもなぁ。どうして宝月さんにこんな恨まれてるんだろう?
「校外学習の時だって、わざわざこいつは別で閉じ込めたって言うのに! わたしの苦労返しなさいよ!」
「「え?」」
葉月と声がハモッてしまったけど、それどころじゃない。校外学習って、あの誰かに呼び出されて閉じ込められた時のことだよね? 確かにあの時、葉月も閉じ込められたって言っていた。
「えっと~? あの時、私と花音閉じ込めたの、あなた~?」
「そうよ! 邪魔だったんだもの! そもそも、あそこは職員も近づかない場所だったのに、何で脱出してるのよ!?」
「え、あれで閉じ込めたつもりだったの~? びっくり~」
「だから、どうしてそういう反応がくるのよ!?」
葉月の反応も違う気もするけど、でもどうして葉月と私を閉じ込めたの? その時も彼女とは特に接点なんてないのに。
「あの時私を呼び出したの、あなただったんだ……」
「ええ、そうよ。でもこいつに邪魔されたけどね」
「なんで葉月まで?」
「こいつがそれまでにも邪魔してきたからね。だったら、こいつがいなければいいと思っただけよ」
「それまでにも?」
確かにそれまでにも何回か葉月に助けられたことはある。今の言い分だと、彼女は葉月が嫌いじゃなくて、私に恨みがあったってことだよね。
まさかそれまでのって……体育祭の時とか、レクリエーションの時のことを言ってる……?
「そうよ! 大体、夏休みだって本当はわたしが翼様と遊園地行って、海行って、夏祭り行く予定だったのに! そこの縦ロールのバカな女に無理やり旅行に連れていかれて! 本当に最悪!」
夏休み……? 遊園地、海、夏祭り――確かに生徒会メンバーで行った。
でもおかしい。どうして知っているの? それこそレイラちゃんと一緒に旅行に行ってたはずなのに。夏祭りなんて、海から帰ってきてから決まったことなんだよ?
……それにしてもレイラちゃんのことを明らかにバカにしている。一花ちゃんの葉月に対するバカとは違う。
一花ちゃんのはちゃんと思いやりが伝わってくるもの。レイラちゃんは宝月さんのことを大事な友達だと思ってるのに、彼女からは全然親しみも何も感じてこない。レイラちゃん、大丈夫かな。
「美園……? あなた……そ、そんな風に思っていましたの? あんなに、あんなに楽しそうだったじゃありませんの?」
「楽しいわけないでしょ? この際だから言っておくけどさ、レイラ様ってバカすぎるのよ。何がピクちゃんよ。それに、何でこの女のジャージ汚すだけで満足してたわけ? 学園から追い出してやるって息まいてたからさ、手を出さなかったのに。期待して、あれだけガッカリさせられるとは思わなかったわよ! しかも今じゃ仲良しこよしじゃない! 懐柔されてどうするんだって話よ!」
「――あんた、本ッ当に最っ低だね! レイラの好意をあんなに受けといて、よくそんなに貶せるよ!」
「だから、ギャルは引っ込んでなって言ってるじゃん! そもそもあんた部外者でしょ、何でここにいるのかも分からないんだけど?」
舞に対しても暴言を放ってる。でも舞の言うことに私は賛成。レイラちゃんはあなたが退学した時、すごく泣いてたんだよ。
彼女に対して嫌悪感を持ったけど、でも分からない。すごく嫌われてるのは分かるけど、どうしてここまで私のことを嫌いなんだろう?
「ねえ、あなた。私の事嫌いみたいだけど、どうして? あんまり話したことないよね?」
レイラちゃんの傍にいたのが、全部私への嫌がらせのためだって思えてくる。でもどうして? それが分からないと、この苛立ちを吐き出すこともできない。
「決まってるじゃない」
「決まってる?」
「あんたの存在が気に入らないのよ!」
そんなどうしようもないことで嫌ったって事……? 存在が嫌いって、それって生理的に受け付けないってことだよね?
「そもそも体育祭の時だってそう! わざわざあれ積み重ねるのも苦労したのに、そこの女に守られちゃって無傷だし! 図書館の時はわざわざ閉館してあげたのに、それでも翼様とちゃっかりこなしてるし!」
思わず目を見開いた。
あの体育祭の時の……さっきはまさかと思ったけど、本当に彼女が仕掛けたことだったんだ。
前日まで、あそこはあんなに荷物が無かった。誰かが積まなきゃ、あんなことにはならなかった。誰がとは思ってたけど、彼女だったなんて。
あれは一歩間違えば大事故だ。しかも、あそこには剝き出しのカッターナイフが無造作にダンボールに入れられていた。あれがなかったら、葉月がこめかみを切ることもなかったのに。
グッと悔しさが積もってくる。
「レクリエーションの時に死んでれば良かったのに! あそこから落としてあげたのにさ! 結局、この女に助けられてニコニコしやがって! どんだけ図太いわけ!?」
――――あの時のも気のせいじゃなかった。
誰かに押された感覚。
気のせいにしてたのに。
あの時最後に会話したのは、確かにこの子。
でも、それのせいで、葉月まで危ない思いで私のことを助けにきてしまった。
「あれも……あの時、背中押したのもあなただったんだね」
沸々と、目の前の彼女に怒りが込み上げてくる。
私が嫌いなら、堂々と言ってくれれば良かったのに。
葉月のことを巻き込まないで、堂々と言ってくれれば、ちゃんと相手にしたのに。
なのに、コソコソと裏からしてくるなんて。
「そうだ……思い出したよ! この子同じグループにいたよ! 地味すぎて思い出せなかった!」
「誰が地味よ!? まあ、仕方ないわ……あの時は記憶も不安定だったし。本当は、GWも生徒会勧誘も入学式も邪魔してやりたかったけどね!」
舞も思い出したみたい。
けど彼女は訳が分からないことを言いだした。
あの頃は彼女と会ったことも話したこともない。最初の接点はレイラちゃんの時。
「私、前に会ったことあったの? そんな前から恨まれること、あなたにした覚えがないけど?」
「別にあんたはわたしに何もしてないわよ?」
「じゃあ、どうして?」
やっぱり存在が嫌だから? そんなどうしようもないことで恨まれるのはごめんだよ。そんなの逆恨みじゃない。
けれど、彼女は何故か自慢げに見下ろしてきた。
「あんたが『サクヒカ』の主人公だから」
やっぱり意味が分からなかった。
お読み下さり、ありがとうございます。




