209話 救出
「え、え? なんで水族館なのさ? 3人とも?」
「そう」
「なんで葉月っち分かるの!?」
「だって、そうとしか考えられないもん」
「訳分かんないんだけど!?」
2台の車はそこにいったとしか考えられないもん。ルートもそうだし、最後に映ってた場所もそうだし。考えられるとしたら、その先の水族館。
いっちゃんが険しい顔で考え込んでいた。
「確かか、葉月?」
「そだね」
舞が持ってきてくれてた水を飲んで、いっちゃんを見る。水族館は明日のイベントの舞台のはずだけども。
それに花音とレイラが乗っていった車は誰の車? レイラの家の車だったら、なんで水族館に行ったのかも分からないし、それに会長の車はなんで水族館にいったんだろ? さすがに映像だけではそこまでは分からないや。
でも場所はわかった。
ふうと息を吐いて、またいっちゃんを見た。
「いっちゃん、行く」
「だめだ」
「だめ、行く」
「だめだ、今のお前は危険だ」
「でも行く」
「葉月っ!」
いっちゃんが声を荒げて、私を睨んでくる。舞がビクッと体を震わせた。
でも、私はいくよ。
会長と花音の2人がいるんだもん。
花音がいるんだもん。
花音が笑うためには、会長が必要だもん。
いっちゃんが目を見てくる。私の意思が変わらないのがわかったのか目を伏せた。
「いっちゃん。いっちゃんが一緒にくればいい」
「……鴻城の人間を手配する。それまで待て」
「だめ、すぐ行く」
私の意思が固いのを見て、いっちゃんが諦めたかのように、とても長い溜め息をついた。
「……仕方ない。車の手配だけはさせろ。あとは車の中で全部やる」
「うん」
私といっちゃんが立ち上がるのと同時に、舞が慌てた様子で立ち上がった。
あ、舞のこと忘れてた。
「舞は残って~?」
「え、やだよ! あたしだけ残るなんてさ!」
「残れ、舞。大丈夫だ。なんでそこにいるかは分からないが、迎えに行って来るだけだから」
「…………やだよ、一花。あたしも行くから!」
思わずきょとんとしてしまった。
舞はここぞって言う時にはちゃんと今まで引いてくれてたから。私が花音と離れた時も、鴻城の家に行った時もそうだった。納得はしなくても、引いてくれてた。
だから、こうやって引かないところを見るとちょっと意外だよ。いっちゃんも少し驚いているみたい。
「おい、舞――」
「だってさ、だって……前も一花、そう言ったじゃん!!」
うん? 前? えっと、いっちゃん、何のこと?
だけど、いっちゃんも首を傾げてる。分かってないみたい。
舞はギュッとスカートを握って下を俯いていた。少し震えているみたいに見える。でも、なんで?
「舞、お前何を――」
「前、一花がそう言ってさ……でも葉月っち、怪我して帰ってこなかったじゃんか!」
え、えっと? あの時? あ、いっちゃんがそういえばって顔してるね。忘れてたの?
「あたし、あの時一花の言う事信じて待ってたよ……でも待ってる間……怖かったんだよ。一花、すっごい怖い顔してたしさ」
「それは……す、すまなかったと思ってる。だがな――」
「あの後、花音も泣きながら葉月っちの血塗れの服持って帰ってくるし……あたし、それ見て余計怖かったんだよ……あたしが葉月っち止めなかったからだって、責めたよ」
今にも泣きそうに目元を歪めさせてる。
そだよね。舞にも怖い思いさせちゃってたね。花音のことしか考えてなかったね。
「やだよ、もう待つのはさ! あたしだって、友達のために何かしたいよ!」
「だがな、舞。本当に今回は迎えにいくだけで――」
「じゃあ、いいじゃん! 一緒にいくよ! あたしだって花音とレイラ心配なんだから!」
舞のすごい剣幕にいっちゃんが圧倒されてるよ。いっちゃんに詰め寄って、胸倉掴んで揺らしてるもんね。仕方ないなぁ。
「いっちゃん、連れてこ」
「葉月っち!」
「いや、だがな」
「時間もったいないよ。それに今回はまだ私大丈夫だよ。前より自覚できるし、声も聞こえてこないよ」
「えっと、葉月っち? 自覚……? 声?」
「……はぁ……全く。仕方ない」
「一花!」
「だけど、あたしの言う事は聞けよ?」
「わかったよ! ありがとう一花、葉月っち!」
舞がいっちゃんに抱き着いてグリグリしてる。嬉しそう。
前回はお兄さんたちに絡まれるっていうのが前提にあったからね。それで、私ももしかしたらって欲がこう沸々ときたんだけども。今日はまだ冷静だ。
冷静でも、こういう風にいきなりいなくなるのは勘弁してもらいたいんだけども。
ということで、鴻城の車を呼んで、私たちは水族館に向かった。
ただ、やっぱり分からない。なんで水族館に行ったのか。あの車は誰の車なのか。それにこの時間に行く理由も分からない。もう閉館してるのに。
「ねえ、いっちゃん。何で水族館か分かる?」
「考えられるのは、明日の事だが……」
「2人とも、何の話さ?」
車中で、いっちゃんに聞いてみても、首を捻るばかりだ。それは私もだけども。
「いっちゃん、水族館のカメラある?」
「パソコンは置いてきたぞ?」
あ、そうだった。でも、運転してくれてる人があるって言って、助手席の人が渡してくれた。受け取ったいっちゃんがカチカチやって操作してる。
「あ、あのさ。葉月っち。前から思ってたけど、何で鴻城で雇われてる人たちが、一花に従ってるのさ?」
「うん? いっちゃんは皆のアイドルだからね」
「誰がアイドルだ」
いや、そうだよ? 皆いっちゃんを尊敬してるんだよ? コホンと助手席の監視のお姉さんが咳払いした。
「一花様は葉月お嬢様を止められる唯一の方なのです。従うのは当然です」
「えっと……葉月っち?」
「この人たちを何度もぶっ飛ばしてるから」
「何してるのかな!?」
「おい、騒ぐな。出たぞ」
あ、映像出たみたい。
え~……これはどういうことかな?
映像に映ってるのは何人もの男たち。
しかも全員スーツ姿にサングラス? これは何かのドラマ撮影かな? あーこれは何か厄介ごとの予感? 花音もレイラも会長も中に運ばれてますけども? つまり、誘拐? 何の為に?
しかも3人は抵抗していない。体ごと運ばれてる。眠らされてる? 何故にいきなり推理ドラマの展開に? 乙女ゲームの展開でありなの、これは?
いっちゃんは渋い顔をして、舞は青褪めてた。
「ね、ねえ。これ本当に警察に言わなくていいのかな!? 本職の人に任せた方がよくない?!」
「……それは大丈夫だが」
「大丈夫なの!?」
「さっき言った人数より、倍の人数来るようにしてくれ。人選は誰でも構わない」
「かしこまりました」
いっちゃんが助手席にいる人に指示を出して、その人が連絡を取ってくれてる。舞、そんなに心配しなくても大丈夫だよ? 多分……。
「おい、葉月。お前、本当に大丈夫か?」
「多分」
「なんで一花はここで葉月っちの心配なのさ!? 3人の心配でしょ、普通!?」
「こいつの方が厄介なんだよ」
「どんだけなの、葉月っちは!?」
今のところは大丈夫。まだ“こっち側”に引き込まれてないね。抑えられる感じ。
あれかな? さっきの3人が怪我した様子がないからかな? 前のお兄さんたちみたいなタイプはどうしようもないって分かってるからかな?
まあ、少し頭は冷えてる感じだけども。誘拐した人たちが、鴻城の監視の人たちと同じようなスーツだからかな。
そこまで「どうやって死のうかな~」って、欲が湧いてこないね。いや、そういう欲はあるけども。強そうにも見えないし。ナイフとか持ってたら別だけども。
いっちゃんが心配しつつ、舞がすごい緊張した様子で車は水族館に到着した。
「舞、お前は残れ。さすがに危険だ」
「い、いやだよ。ついてくから。あんな人達が花音たちのそばにいるんだよ!? 放っておけないよ!」
「あのな、だからってお前に何が出来る? ここで待て、すぐ他の鴻城の人間もくる」
「そそそれを言うなら、一花と葉月っちだってそうじゃん!」
いっちゃんは武術の達人だよ? そんじょそこらの人に負けませんよ。
ん? いっちゃん、何かなその目は? もう少し待てないかって目だね。無理。ツカツカと入口に向かって歩き出す。
「ああ、くそ! 1人は舞の護衛でついてこい。もう1人は他と合流してから中に。一応病院に連絡。いつでもすぐに行けるようにしておいてくれ」
いっちゃんがイライラしてるね。舞が結構強情だからね、今日は。そしていつ私も欲塗れになるか分かりませんしね。結局、女の人が舞の護衛でついてくることになったよ。
さて、じゃあ迎えにいきますか。花音たちが怪我してませんように。
「葉月っち、でもどこから入るの? 鍵掛かってるんじゃないの?」
「正面からだけど?」
「は?」って顔をしてる舞を放っておいて、正面の自動ドアに向かう。ポケットから愛用の針金を出して、地面近いところにある鍵穴に差し込んでカチャカチャやって開けた。簡単すぎる。つまらない。でも舞はポカンとしてた。
「葉月っちってさ……どんな鍵も開けれるわけ?」
「寮の屋上は無理」
あれはまだ私も解錠出来てないんだよ。メイド長がおかしいんだよ。
中に入ったらだ~れもいない。警備の人もいなかった。というか飼育員さんもいないのかな? この時間にイルカさんとかに何かあったらどうするんだろうね?
「葉月、ちょっと行ってみていいか?」
「うん? いっちゃん、心当たりがあるの?」
「まさかとは思うんだがな……お前もなんか大丈夫そうだし、今のところは」
「だから、どんだけ葉月っちはやばいのさ!?」
「葉月お嬢様が世界で一番厄介です」
「護衛の人にここまで言われてるの!?」
世界とは言い過ぎだと思うんだけども。それより、舞。ちょっと声は抑えてね。さすがに誘拐犯に気付かれると厄介だから。花音たちが傷つけられるかもしれないじゃんか。
いっちゃんが先導して目的の場所に向かう。それまで誰にも会わなかった。見張りもいないのかね?
いっちゃんが進む後を私たちも追う。あ、クラゲだ。食べたら美味しいのに。
ピタッと、あるホールの入り口付近でいっちゃんが止まった。うん? ここ?
「なんなんですの、あなたたちは!? これを今すぐ外しなさいな!!」
あ、レイラの声。元気みたい。いっちゃんの予測が当たったのかな?
舞は一瞬ビクッてなってたけど、いっちゃんが黙ってろって合図してきた。そろりそろりと入口に向かう。扉はない。
ちょっと中を見てみると、そこは大きな水槽があるホールだった。何人かの男たちが囲んでいる。
奥に花音とレイラが縛られて、床に寝転がされていた。いや、上半身だけは起きてたね。水槽を壁にしている。
花音も厳しい表情で男たちを見てた。
うん、無事みたい。
大丈夫。
まだ、大丈夫。
落ち着いて、自覚する。
「いこっか、いっちゃん」
私がそう言うと、いっちゃんはハアと息をついてた。舞は「え、え?」って私といっちゃんを交互に見てくる。何故か監視の人も溜め息ついてたけど、気にしない。
ツカツカと中に入っていった。
「み~つけた」
いっちゃんと舞と監視の人を置いてけぼりにして、誘拐したスーツ姿の男たちに声をかける。
花音とレイラがこっちに気づいて、目を大きく見開いていた。
「は、葉月……」
なんで、そんな泣きそうな顔になるのさ。
来たよ、花音。
「一花に舞まで……? あなたたちどうしてここにいるんですの? というか、もう1人は誰ですの?」
私が前にぶっ飛ばしたことがある監視の人です。レイラは全然空気読まないね?
ザッと男の人たちが一気に振り向いて警戒してる。さて、こいつらどうしよ――。
ギィ……。
横の方から扉が開く音がして、ん? って気づいて、顔をそっちに向ける。
「またあなたなの?」
数人の男を連れた知らない女が、そこから入ってきた。
いや、誰?
お読み下さり、ありがとうございます。




