206話 会長からの誘い —花音Side
「明日ですか?」
「そうだ……明日行くところに少し付き合え」
生徒会室で仕事していたら、何故か会長がぶっきらぼうにそう告げてきた。今はこの部屋に2人きり。
いきなりどうしたんだろう? そもそもどこに付き合えと? と思ったので、書類に目を通している会長に聞いてみる。
「えっと……どこに付き合うんですか?」
「……行けば分かる。明日、昼ぐらいに寮に迎えに行く」
もう確定事項。私の都合はお構いなしですか。少し呆れる。
けど、意味もなしに会長がどこかに付き合えというわけもない。何か理由があるのだろう。仕方ないなぁ、と肩を竦めた。
「どこに行くかぐらいは、教えてくれてもいいじゃないですか」
「行けば分かるから、明日まで待っておけ」
「だから何でそんなに偉そうなんですか……」
明日は特に何かをする予定もなかったからいいけど。強いて言えば、葉月と一花ちゃんにあのチョコを持って行くぐらいかな。
今日のお昼にもそれは届けた。葉月はすっかり私の事を警戒していて、一花ちゃんの小さい背中に隠れていたよ。それも地味にショックなんだけど、そのチョコを渡した時は心なしか目が輝いてたように見える。気に入ってくれたかな?
それに今度のバレンタインにはハッキリ伝えようと思っている。葉月の中で、少しでも変化があればいいな。今から少し緊張してるけどね。
どこに行くかは分からないけど、少しはこの緊張がほぐれるかもしれない。会長には悪いけど、少しの息抜きになるかも。淡い期待が芽生えてしまう。
それにしても、どうして私なんだろう? どこか出掛けるにしても、月見里先輩とか仲のいい人と行けばいいのに。
……あれ? ああ、なんだ。2人じゃないよね。いつも月見里先輩たちも一緒じゃない。明日も皆で出かけるってことかな。そうだよね、2人で出掛けるってそんなのデートだもの。
1人で納得していたら、生徒会の他のメンバーが戻ってきた。舞には他の先輩が伝えたのかなぁなんて考えてたら、どうしてか月見里先輩が私と会長を見比べて、いきなり笑いだした。
「月見里先輩?」
「いや……ごめん。何でもないよっ……」
顔を背けて肩を震わせ、どう見ても笑っている。なんで?
東海林先輩は何故か呆れた目で月見里先輩を見ていて、他の先輩はどこか居心地悪そうに、どちらも視線を彷徨わせていた。舞は舞で分からなそう。
皆で笑いだした月見里先輩を見ていたら、会長がカタンといきなり席を立った。
「……笑いすぎだろ」
「悪い悪い。ぷっ、はは」
悪いといいつつ、月見里先輩はまだ笑っている。そんな月見里先輩にイラついているのか、会長の耳が若干赤くなっていた。
ふんっと鼻を鳴らして、ツカツカとカバンを持って入口に足を運び、あれ、と思ってしまう。帰るの? まだ17時だけど。
「……もういい。後は任せるからな」
「あら? 今日、先に帰るの?」
「外せない用事があるんだよ、今日は。確認済んだ書類は机の上に置いてある。あとで教師のところに持って行け」
珍しい。会長が先に帰るなんて。まだ笑っている月見里先輩の頭を軽く叩いてから、会長は出て行ってしまった。
「全く。先に用事あること教えてくれてれば良かったのに。神楽坂さん、これ届けてくれる?」
「りょ~かい!」
会長が置いていった書類を舞に渡している東海林先輩。確かに言ってもらえれば、その書類も私たちで確認したのに。まあ、会長は結局自分でやらないと落ち着かないか。
その後は、皆で仕事。といっても、東海林先輩と月見里先輩、3年生から私たち下級生への引継ぎだけどね。
もう来月には先輩たちはいなくなる。寂しくなるけど、仕方ない。卒業はおめでたいことだし、嘆いていても、先輩たちが残るわけにはいかないし。
コンコン
もう今日の仕事は切り上げようかと話していた時に、生徒会室のドアがノックされた。ああ、きっとレイラちゃんだ。今日は3人でご飯食べようって話してたから。
案の定、現れたのはレイラちゃん。先輩たちも突然現れたレイラちゃんを不思議そうに見ていたから、このあと一緒に帰る予定だと伝えた。
「じゃあ、もう今日はここまでにしましょう」
「あ、待った。あたし、これだけ届けてくるよ」
舞が手にしていたのは卒業式の書類。明日でもいいと思うけど? でも舞は忘れそうだからと、私のその言葉を遮った。
「花音とレイラは先に帰ってなよ。食材も買って帰るんでしょ?」
「待ちますわよ? わたくしも家に連絡しなければいけませんし」
「ううん。これ先生に確認してもらって、あと少し授業で分からなかったところをついでに聞くからさ、ちょっと時間かかると思う。だから先帰っていいよ。終わったら、あたしも走って帰るし」
舞って実は真面目なんだよね。見た目は派手だけど、勉強とか真面目にやってるし、先生にも積極的に分からないところを聞いてるし。これは本当に少し遅くなるかもしれない。そんな舞に、おいしいご飯作って待っててあげますか。
「じゃあ舞、いくら近いとはいえ、気を付けて帰ってきてね」
「花音たちもね! じゃ、後で!」
舞はさっさと職員室の方に向かってしまう。「それぐらい待ちますのに」とレイラちゃんは少し不服そうだった。まあまあとそんなレイラちゃんを宥めて、改めて2人でスーパーへの道を歩いていく。
先輩たちはさっき学園前で別れてしまったけど、東海林先輩には後でデザートを届ける予定。
スーパーに着いて、必要な食材を籠に入れていった。レイラちゃん、今からそのスナック菓子は太ると思うなぁ。
今は19時過ぎ。寮に帰って、お風呂の準備をしてと、ご飯20時すぎるな。それまでには舞も帰ってくるはず。
「重いですわ……」
「レイラちゃん、お米は私が持つよ。こっちの方が軽いから」
スーパーから出て、レイラちゃんが重そうにお米を持ってくれる。そういえばお米もうなかったと思い出して、急遽買ったんだよね。レイラちゃんにはさすがに重いと思う。私はもう慣れてるから、私が持った方がいいよ。
「これぐらい、平気ですわよ!」
「意地にならなくて大丈夫だから」
「い、意地になってなどっ――いませんわ!」
そうは言っても、ここから寮まで歩いて10分はある。無理にでも、お米と私が持っている袋を交換しようとした時だった。
キッ
と、目の前で車が止まった。
レイラちゃんと2人、私たちの進もうとしている道を遮られて、一緒に首を傾げてしまうと、窓が下がっていった。「あら?」とレイラちゃんが声をあげる。私も窓から出てきた顔に、あっと小さく声をあげてしまう。
「レイラ様。何か大変そうですね」
「まあ!」
若干嬉しそうにレイラちゃんがその子の名前を口に出した。うん、この子、レイラちゃんの友達の子。
……それにしても、こんなメイクする子だったんだ。口紅も真っ赤だし、チークも濃い。学園でレイラちゃんと一緒にいた時とはすごく雰囲気が変わってる。よく見なければ同一人物だとは分からないよ。
その子は穏やかな口調で、レイラちゃんとニコニコと話していた。レイラちゃんは嬉しそう。
そんなレイラちゃんとその子のことを微笑ましく見てたら、レイラちゃんが満面の笑みで私に振り返ってきた。
「花音、彼女が寮まで送ってくれるそうですわ!」
「え?」
「よかったらどうぞ?」
突然の申し出。どうぞ? って言われても、いやいや、寮まで10分で着くのに。わざわざこの車で送ってもらうほどの距離じゃないよ。
「い、いえ。歩いてすぐですから」
「いいじゃありませんの! 近くても、このお米を持って歩くのは大変ですわよ!」
「だからレイラちゃん、私がそれ持つ――って! わわっ! 押さないで!」
レイラちゃんはさっさとそのお米を車に押し込んで、そして私の背中を押してきた。私も袋持っていたから、あっという間に車の後部座席に押し込まれて、レイラちゃんは隣に座ってくる。
「では、お願いしますわ!」
「レイラちゃん……」
「花音、折角の厚意なんですから、ありがたく受けましょう!」
せっかくの厚意って、レイラちゃんがお米持ちたくないだけだよね?
思わずジトっとレイラちゃんを見ると、ひゅーひゅーと鳴らない口笛を吹いて素知らぬ顔。ハアと息をついた時に車はゆっくり発進してしまった。これ、もう出られない。
「ごめんね」
「気にしないでくださいな。レイラ様にはお世話になっておりますもの」
ふふって助手席にいる彼女は何てことのないように笑っていた。私はほとんどこの子と接点ないから、申し訳ない。
その子は私とレイラちゃんに紙コップを出してくる。なんで紙コップ?
思わず受け取ってしまったけど、何も入っていない。レイラちゃんも不思議そうに、そのコップの中を見ている。
「桜沢さんは舌が肥えているとレイラ様が仰ってました。よかったら、これを飲んでみてください」
見ると水筒の蓋を開けて出してくる。何の飲み物? というよりレイラちゃん、なんてことを彼女に伝えてるの? レイラちゃんたちの方が舌肥えてるでしょ。
後でレイラちゃんには言っておくとして、このまま飲みたくないなんて言えるわけもないから、一杯注いでもらって飲んでみた。濃い緑茶みたい。
えっと……普通かな。レイラちゃんも彼女にコップに注いでもらって飲んでいる。
「どうですか?」
「え? あー……えっと、うん。おいしいよ」
「花音、こういうのはハッキリ言わないとだめですわよ。これは濃すぎますわ!」
「レイラ様、手厳しいですわね」
ハッキリ言いすぎだよ、レイラちゃん。彼女は苦笑い。こんなレイラちゃんにも慣れていますって感じ。まあ、友達だから、いいのかな?
まだ隣でレイラちゃんは助手席にいるその子にアドバイス的なことをしている。それにしても寮に着かないな。車だから、もう着いてもいいと思うんだけど。
ふと、車の外を見た時だった。
あれ……? ここ、どこ走ってるんだろう?
「あ、の――――」
助手席にいる彼女に視線を戻そうとして、グラっと視界が霞んだ。
え――?
何、これ――?
唐突なめまい。
グラグラと視界が揺れ出す。
「ああ、やっぱり即効性は効くわね」
満足そうな声がその子から放たれる。
隣のレイラちゃんが、突然体をガクッと前倒しさせていた。
な……に……?
体が重い。
どんどん眠気がやってくる。
「レイラ様は余計だったけど、まあいいか」
彼女が何を言っているのか分からない。
意識が遠のいていって、それどころではなかった。
「これでやっと……手に入れられるわね、ふふ」
笑った声が聞こえた気がする。
だけど眠気に抗えなくて、
瞼が重くて、
何も、考えられなくて、
意識と一緒に暗闇に落ちていった。
お読み下さり、ありがとうございます。




