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201話 旅行先で —花音Side※

 


「倒れた?」

「そうなんだよ。いきなり目の前で倒れてさ。もう焦ったのなんのって」


 コンテストも終わって片付けも終わり、会長から貰った絵を持ちながら、カバンを持って帰ろうとした時に、いなくなってた舞が戻ってきたと思ったら、そんなことを言いだした。


 倒れたって、葉月が? な、何で?

 ま、まさかキスしたのが嫌すぎて!?

 というか、大丈夫なの?!


「そ、それで!? 葉月は!?」

「ちょちょちょっ!? 気持ちは分かるけど落ち着きなって! 葉月っちは大丈夫だよ! もう目も覚めてるし! 今頃一花のお説教くらってるから!」


 ついカバンとか放り出して、舞に詰め寄って肩を揺らしてしまった。大丈夫って言われて安心して、その手を止めると、舞がハアと疲れたように息を吐いていた。そ、そんな呆れたように見なくても。


「行って来れば? まだ保健室にいると思うよ?」

「……でも」


 ……さっきキスしたりしなければ良かった。それで1人浮かれていたのが馬鹿みたい。


 体調悪かったのかな? そんな風には見えなかったけど、でも実際倒れたわけだし。あの時気づいていれば、倒れるなんてことなかったかもしれない。


 後悔して言い淀んでいたら、舞が「あのさ」と声を掛けてくる。


「やっぱりちゃんと葉月っちと話しなよ。結局話してないんでしょ?」

「え?」

「葉月っちとの約束。元気になれば――だっけ? 花音、元気になったじゃん」


 ――どうしよう。さっき会って、しかも本人の許可なくキスしました、なんて言えない。舞は心配して言ってくれてるから、尚言えない。しかも約束は葉月の嘘だったなんて、さらに言えない。


 内心青褪めてたら、舞が腕を組んで何かを考え始めた。


「まあ、葉月っち、花音のこと避けてるもんね。逃げてるところ見たし。話が出来ないか……」

「あ、あの……舞?」

「よっし! あたしに任せてよ! 今日は……葉月っちも倒れちゃったから、休まないといけないし無理だけど、絶対葉月っちと花音が話せる場を設けるから!」


 え、ええ? あの舞? 私、実は葉月と何回か会っててね? なんて言える空気じゃなくなった。あんまりにも張り切ってるから、申し訳なく感じてしまって。


 「こうしちゃいられない! 先帰ってて!」と私を残し颯爽と教室から出て行ってしまったから、ポカンとその後ろ姿を見るしか出来なかった。



 その舞は約束した通り、今度のスキー旅行に葉月と一花ちゃんを連れて行くと言いだした。先輩たちとの最後の打ち上げで行くことになったんだけど、その約束も取り付けたというから驚くしかなかったよ。


 あの葉月を説得したってことだよね? というより、一花ちゃんもいいって言ったんだ?


 一花ちゃんに葉月が倒れたことを聞いたら、舞の言うとおり大丈夫と言われてしまった。その日は別に体調も悪いとかなかったらしい。病院に無理やり連れて行って検査もしてきたとか。結果は異状なし。


 それならよかったけど、いきなり倒れたとか心配になるよ。


 そして何故か一花ちゃんに呆れたように半目で見られた。あ、あれ? 私、一花ちゃんには何もしてないんだけど、どうしてあんな目で見てきたのかな?


 ま、まあそれはともかく。旅行にはレイラちゃんも誘ったらしい。


 そういえば、この5人で揃うの久しぶりかもしれない。舞は「絶対その時話して!」と凄んできた。私も葉月と話せるのは嬉しいから、舞には感謝かな。


 そうだね。もう1回葉月に戻ってきてって言ってみようか。多分返事は不合格だろうけど、でも私は諦めないって伝えたいから。



 □ □ □



 旅行当日。

 場所はやっぱり会長の家の鳳凰家の別荘。スキー場も近いからって、ここを貸してくれた。


 目の前の別荘は大きくて綺麗な建物。ハアと思わず感嘆の声をあげてたら、東海林先輩がクスクスと隣で笑っていた。


「無駄に大きいわよね、ここも」

「無駄とはなんだ、無駄とは」

「まあまあ翼。椿は褒めてるんだよ」


 苦笑して会長を宥めている月見里(やまなし)先輩。でも、使わせてもらえるのはありがたいです。


 何故か後ろで、舞がレイラちゃんの機嫌を取っているのが聞こえてきた。


「あのさ、レイラ! 今日の夕飯は花音にレイラの好きなデザート作ってもらうことになってるんだよ! 何がいい?」

「そうなんですの? そうですわねぇ。わたくし、やはりケーキが……」

「ああ、そうだよね! レイラ、ショートケーキ好きだよね! 花音、というわけでよろしく!」


 え、初めて聞いたんだけど?


「ちょっと神楽坂さん? ここまできて何を桜沢さんに我儘言ってるの。桜沢さんも今日はそんなことしなくていいからね? 羽を伸ばすためにきたんだから」

「ちょちょちょっと、先輩!? 先輩たちだって花音のケーキ食べたいでしょ!?」


 どこかワタワタしている舞。作る分には構わないからいいんだけど。レイラちゃんは訳が分からなそうにしているし、ごめん、私も今初めて舞にそれ聞いてね。というか材料ここにあるんだろうか?


「会長? あの、材料とかあったら作っていいですか?」

「あ? 材料があるかとかはさすがに俺も分からん。聞いてみるか」


 ここの執事さんらしき人に聞きに言ってくれたよ。会長、すいません。あ、阿比留先輩たちが荷物持っていこうとしている。先にそれを手伝わないと、と先輩たちに近づいた時に、後ろの方で「レイラ~! 捕獲!」という明るい葉月の声が飛んできた。


 今着いたんだ。振り返ると、満面の笑顔でレイラちゃんに抱きついている葉月の姿。


 元気そう。レイラちゃんは悲鳴をあげていたけど、でも倒れたって聞いてからも、やっぱり避けられて会えてなかったから、顔見れて良かった。


 ……レイラちゃん、頑張って葉月を引き離そうとしてるなぁ。


「ひいっ!! ななななんですの!? 嫌な予感しかしませんわ!」

「レイラ、ごめん……その犠牲は忘れないから!」

「ちょちょちょっと、舞!? どういうことですの!?」

「はあ……おい葉月、まだだ。先に荷物置いてからな。その後こいつは好きにしていいから」

「一花まで!? どういうことですのよ!?」


 前と変わらない皆の会話。思わず苦笑して見ちゃったよ。たった2ヶ月しか経ってないのに、すごく懐かしい気分になる。気になるところはあるけど。なんで舞はレイラちゃんに手を合わせてるの?


 あ、東海林先輩。やっぱり呆れたように葉月を見てた。


「ハア……あのね、小鳥遊さん。あまり円城さんをいじめたら駄目よ?」

「何言ってるの、寮長? いじめてないよ、まだ」

「まだということは、いじめるわけね……」

「すまないな、寮長。だが、それで他の問題が全て片付くぞ?」

「それじゃあ仕方ないわね! じゃあ、円城さん。頑張って玩具になってちょうだい」

「東海林先輩まで何を言っておりますの!?」


 あっさりレイラちゃんを見捨てちゃった。レイラちゃん、葉月の玩具になるのか。


 私と会長以外の先輩たちも合掌してる。え、どうしよう……レイラちゃんが可哀そうに思えてきたよ。そ、そうだ。うんとおいしいケーキを作ってあげればいいか。


 その後は、一旦各部屋に荷物を置いてからゲレンデに集まることに。私は今回東海林先輩と同じ部屋。ここには大浴場もあるらしい。少し楽しみかな。スキーもスノボも借りれたから良かった。


「桜沢さん、どれぐらい滑れるの?」

「普通です。中学の時に習ったぐらいですから」

「そう……じゃあ、中級者コースの方がいいかしら? 初心者コースもいいと思うけど」

「先輩たちは上級者コースですか?」

「そうね。怜斗たちはそうだと思うわ」


 スキー板を取り付けていたら、東海林先輩が真剣に考えてくれている。東海林先輩も上級者コースかな? もしかして、私に合わせてくれようとしてる?


「先輩。私は中級者コース行きますから、先輩は上級者コースにいってください」

「でも1人はね……」

「大丈夫だよ、椿。翼が中級者コース行くみたいだから、桜沢と行かせればいいさ」


 準備を終えた月見里先輩が、私と東海林先輩のところに滑ってくる。


 会長が? あの人は問答無用で上級者コース行くと思っていた。その会長は、少し不機嫌そうに月見里先輩の後ろから歩いてきた。


「……俺も久しぶりだからな。肩慣らしに先にそっちで滑ることにしたんだよ」

「ということだから、桜沢が1人になることはないよ。それに、東雲(しののめ)も神楽坂も中級者コース行くみたいだし」


 舞も一花ちゃんも? あれ、じゃあ葉月は? と思ったら、東海林先輩もそれを気になったのか聞いている。


「小鳥遊さんは?」

「えっと……円城を連れて、どこか行っちゃったね」

「何をするかは聞かないでおきましょう」


 苦笑いしてる月見里先輩の返事を聞いて、東海林先輩はきっぱりと言っていた。ここまで先輩が誰かを切り捨てるのも珍しいなぁ。


 ああ、でもレイラちゃんのことを何とも思ってないわけじゃないみたい。「帰ってきたら、労わってあげなきゃね」と呟いてたもの。私も戻ってきたら、レイラちゃん用においしいケーキ作ってあげよう。そうしよう。



 結局私は会長と滑ることになった。私もスキーは少し久しぶりだったから上手く滑れるかなと思ってたけど、何とか滑れたみたい。今日は天気良くて良かった。滑ってて風も心地いい。


 少し休憩と思って途中で板を止めたら、会長も近くで止まった。


「何だ、疲れたか?」

「ええ、少し。会長は滑ってていいですよ」

「……別にいい。もう少し滑ったら俺は上に行こうと思うが、どうする?」

「そうですね……」


 確かに、この感じだと上級者コースに挑戦してもいいかもしれない。


 うーんとどうするか悩んでたら、ふいに頭上に影が射した。ん? と思って見上げると、そこにはスノーバイクが1回転している光景。…………どんな光景!?


 茫然と見ていたら、私と会長の少し下でそのスノーバイクが着地して、その後ろで何かも落ちてくる。あの縦巻ロール見覚えが――ってレイラちゃんだよ! そしてスノーバイクに乗っているのは葉月だね!


 慌てて2人の近くまで滑っていった。レイラちゃん……完全に失神してる。葉月は何てことなさそうにこっちを振り向いてたけど、これはさすがに危ないよ。


「葉月、さすがにやりすぎだよ?」

「円城、おい円城。駄目だな、起きないぞ……」

「そのうち起きるよ?」

「だめだよ。危ないことはだめだって前に言ったでしょ?」


 まるで「何が?」というように首を傾げている葉月。危ないことだって全然認識してない。


 逃げようとするのがわかったから、先回りしてキーを取ってあげたよ。これで遊ぶとレイラちゃんも持たないと思うし。


 キーを取り上げられたのが分からなかったのか、葉月が動かないバイクを見ている。


「もうバイクはおしまいにしようね?」


 危ないことも平気だってやっちゃうからね、葉月は。


 私に気づいて少し目を丸くさせてたけど、次第にむーって頬を膨らませ始めた。……この顔見るの、久しぶりだな。ついクスって笑っちゃった。


「返して~!」

「だ~め。これ以上はレイラちゃんが可哀そうだよ。他ので遊ぼうね。葉月ならこれじゃなくても遊べるよね? それとも遊べない?」

「むー! 遊べるよ! 他にも考えてるもん!」

「どんなことで遊べるの?」


 そう促してあげたら、葉月はうーんと斜め上を向いて考え始める。ふいにスノーバイクから降りて、レイラちゃんのところに行ったと思ったら、そのレイラちゃんを転がし始めた。


 うーん、まあ、それならレイラちゃんも大怪我しなくて済むかな。どんどんレイラちゃんを転がしていって、あっという間に降りて行ってる。


 ……レイラちゃんの悲鳴が聞こえたような気がしたけど、気のせいかな? 会長が呆れたようにため息をついて、いつの間にか隣に立っていた。


「あれ……大丈夫なのか?」

「さっきよりは……大丈夫だと思いますけど」


 確実に遠くになっているレイラちゃんの悲鳴が聞こえてきたけど……う、うん。きっと大丈夫。さっきよりは、きっと。……夕飯もレイラちゃんの好きなモノ作ってあげよう。


 その後少し滑ってから、早めに別荘に戻ったよ。腕によりをかけて作ってあげたくて。


 夕飯時になって、「さっきゲレンデにいたはずでは?」というレイラちゃんの不思議そうな発言が、食卓の料理を囲んでいた皆の耳に痛く響いてきたのは言うまでもなかった。


 ご、ごめんね、レイラちゃん。まさかあの後、記憶が飛ぶくらい辛いことをしたとは思わなかったの。



 葉月は1人満足そうに水飲んでいたけど……ああ、そうか。何か変だと思ったら、前みたいにおいしそうには食べていない。味覚がないから、あの顔は見れないんだな。


 早く治ればいいなと、途中から違うことを考えていた。

お読み下さり、ありがとうございます。

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