188話 やっぱり......だけど —花音Side※
冬の時期の外の空気は本当に寒い。
ドレスだけだと凍えるよう。
だけど、改めて思ったの。
こんなにも胸が高鳴るのはあなただけ。
こんなにも切なくなるのはあなただけ。
寒いのも忘れて、一瞬釘付けになって、
ああ、私、葉月が好きだって……心の底からそう思う。
ダンスパーティーはまだ終わっていない。だけど私と葉月は今外のバルコニーにいる。私が葉月を追いかけてきたから。
空を見ている葉月の名前を呼んだら、葉月も寒いのか白い息を吐いていた。
ゆっくり体を横向きにして、顔を私に振り向かせてジッと見つめてくる。
さっきは一瞬だったから、改めて正面から見ると葉月は綺麗だなって思った。
「風邪引くよ~?」
ふうと白い息を吐きながら、仕方なさそうに口を開いてくれた。そんな様子の葉月に少し傷つく自分がいる。葉月は私と話す気がなさそうだから。
でも、怯むわけにはいかないよ。緊張で喉が渇いてきた。
「話が……したいの」
「それはまた今度かな~?」
「お願い……」
間髪入れずに断ってくる。葉月は全く私と話す意思はない。今のでわかった。だけど引き下がろうとは思わないよ。
ジッと葉月を見つめる。少しでも視線を外したら、すぐいなくなりそうだから。そんな私を見て、今度は溜め息をついていた。
「じゃあ、中入ろ~?」
「入ったら……葉月は逃げるんじゃない? 部屋替わってから、私から逃げてるよね?」
そうだよね? だから寮でも学園でも会わなかった。寮では隣の部屋なのに、偶然でも会う事がなかった。
それに中に入ったら、生徒達でホールは溢れかえっているもの。それに紛れ込まれたら、私じゃ葉月を捕まえられない。葉月の足の速さには、私は追いつけないのは分かってる。
「ここだと風邪引くよ~? 中入ろ~?」
「……平気」
寒くても葉月とちゃんと話したい。だから絶対目は外さないよ。その意思を込めてジッと見る。
すると葉月が肩を竦めたかと思えば、いきなり自分の着ている制服のブレザーを脱ぎだした。え、何で? それ脱いだらもっと寒いのに?
いきなりのことだから、思わずきょとんとしてしまった。でも葉月は脱ぐのを止めなくて、そしてまた息をついたかと思えば、私に近寄ってそのブレザーを私の肩にかけてくれた。
ブレザーに残っていた葉月の温もりが体を包んでくれて、さっきより寒さが感じない。
「中の方が温かいのに……」
目の前の葉月はどこか呆れたように声を出していた。近くにきた葉月に自然とまた心臓が騒いだけど、なんか前にもこんなことあったなと思う。
……ああ、初めて会った頃だ。あの時も葉月は自分のパーカーをいきなり目の前で脱ぎだして、戸惑う私に貸してくれた。
あの時から、葉月は変わらないんだね。
「……一緒だね」
思わず苦笑してしまって、ブレザーから離そうとしている葉月の手を握ってしまうと、葉月は不思議そうに首を傾げてこっちを見てきた。手、冷たくなってるのに、本当に分かってなさそう。
「初めて会った時と一緒」
「そうだった?」
「あの時も今も……葉月は葉月だね」
そう言うと、また葉月は訳が分からなそうにしている。
あの時も、自分が雨に濡れることなんて考えてなくて、私に傘と服を貸してくれたじゃない。今もそう。寒いのに、自分の上着を私に掛けてくれた。きっと自分が寒い事考えてないんだろうな。
「自分だって風邪引くかもしれないでしょ?」
「今の花音よりは厚着だけど?」
「それでも……やっぱり冷たいよ」
そっと握った葉月の手を自分の頬に触れさせた。久しぶりの葉月の手。
やっぱり冷たくなっていて、冷たいけど葉月の優しさを感じるよ。自分の体のことより、他人を心配してるんだもの。
そんなの……やっぱり好きになっちゃうよ。
「花音……それで?」
その手を私から静かに外して一歩下がる葉月は、続きを促してくる。まるで早く終わらせたいみたい。それも少し悲しい。
だけどそうだね……私も話がしたくてここに来たから。離れた葉月をまたジッと見つめた。
葉月も私の話が何なのか、予想はついているんだよね?
「ねぇ、葉月…………私、もう大丈夫だよ?」
私がそう言うと、葉月は黙り込む。やっぱりという顔で、黙ってこっちを見てきた。でも葉月、そうなんだよ?
「もうきちんと眠れる」
「……」
「もう元気」
「…………」
「もう笑える」
「…………」
あの時に葉月が言ったことだよ。
ちゃんと眠って、元気になって、笑って。
離れた葉月に自分から近付いた。ジッと私を見てくる葉月の顔を覗き込む。
「約束……守ったよ?」
葉月の胸元にあるシャツをギュッと握る。
動かない葉月。何も言わない。何を考えているのか、その表情からは読み取れない。一抹の不安が過る。
だけどね、私の願いは変わらない。
「帰ってきて?」
だからそのまま願いを告げた。
ちゃんと約束守ったから。
私はもう大丈夫だから。
けど、葉月はフッと寂しそうに微笑んでいた。
その顔を見て、ああ、やっぱりって思う。
胸がまた切なくて悲しくて、ギュッと締め付けられる。
ゆっくり、シャツを掴んでいた私の両手を握ってきて離されていく。
葉月、やっぱりあなたは…………
「だめだよ、花音……不合格」
戻る気が…………ないんだね。
予想通りの答えが返ってきて、だけどやっぱり信じたくなかった。顔を見れなくて、俯いてしまう。
でもどうして……?
私、元気になったよ?
約束守ったよ?
だから「どうして?」と尋ねるように呟くと、葉月は「足りないから」って答えてくる。何が……?
「足りない?」
「もっと笑って、元気になって、夢を見ないぐらい眠れるようにならないと……戻る気はないよ」
どうしてまだ夢を見ていることを知っているの?
誰が? ああ……いる。葉月に教えられる人がいる。舞がきっと教えたんだ。私が魘されているのを舞だけは知っている。レイラちゃんに励まされてから、段々悪夢を見る回数は減ったけどゼロじゃない。
「……舞から聞いたの?」
「……そだね」
舞にも心配かけていたから、何も言えない。どうして話したの、なんて見当違いに責められるわけない。
それにさっきの葉月の不合格という言葉が、やけに頭の中をグルグル回る。
それって、合格と不合格の基準が葉月にあるということだから。
葉月の言う合格ってなんだろう?
私が夢を見なくなること?
私がどれだけ笑っているか?
どれだけ元気になっているか?
そんなの、葉月がそう思うか思わないかで変わってくること。
そうだよ、私、
分かってたよ。
「ねぇ、葉月……」
「ん?」
私より少しだけ目線が高い葉月を見上げる。
あの時から、
葉月が自分のせいだって思ってるって分かってた。
だから、ねえ、葉月。
「約束…………守る気ないよね?」
最初から、なかったんだよね?
それを肯定するかのように、葉月はニッコリと作り笑いをする。
「ずっと……そうやって言うつもりなんだよね?」
「そんなことないけど?」
「そうやって、不合格って……言うんだよね?」
「ちゃんと合格って言うよ?」
「そうやって、私を離そうとするんだよね?」
「何言ってるの、花音?」
ニコニコと、葉月は答えてくる。
答えるたびに、それが嘘だって分かるよ。
ギュッと目を瞑って、たまらず葉月の腕の服を掴んだ。
私が眠れなくなって、笑えなくなったのが自分のせいだって思ってる。
その葉月が戻ってくるわけがない。
ちゃんと最初からそうじゃないかって思ってはいたんだ。
だけどね、自分が悪いとも思っていたの。
だから、ちゃんと元気になって葉月を安心させたかった。
自信を持って大丈夫だよって言って、戻ってきてほしかった。
だから葉月が言った約束にしがみついた。
けどもうあの時、葉月は決めていたんだね……。
「……………………葉月は……」
認めたくなくて、声が震える。けど悲しい気持ちはそのまま声に出てしまう。
「もう…………帰ってくる気がないんだね……」
もう2度と、ルームメイトに戻るつもりがないんだね。
自分が近くにいると、私がまた怖くなって眠れなくなるから。
葉月の明日を心配して、笑えなくなるから。
優しい葉月。
自分より他人を優先させる私の元ルームメイト。
私の好きな人。
戻ってくる気がないのを実感させられて、どうしようもない虚無感が私の心に渦巻いた。
もう戻ってくる気が全然ない。
私からはもう絶対離れる気なんだ。
きっと明日からも、葉月は会わないようにするんだろうな。
――じゃあ、もし葉月が私のことを好きになってくれたら?
ふと、そんな考えが浮かんできた。
葉月が私を好きになれば、きっと離れたいって思わない。
そうすれば、葉月のそばで笑って、元気な姿を見せられる。
安心してもらえる。
私も、葉月の笑顔をそばで見られる。
そうだよ。
今、葉月は戻らない。
何をしても言っても、信じないで戻らない。
だったら、これから葉月にちゃんと意識してもらうために行動していけばいい。
前はルームメイトだったから、知られたら気まずくなるのが嫌で、気を遣わせるのが嫌だった。
でも今は違う。
好きだよって示せる。
じゃあ告白?
ううん、だめ。
だって、葉月は全然私のことなんて意識してないんだもの。そんな状態で告白しても、葉月はこれ幸いにと断ってくる。離れる理由をもっと与えてしまう。
だったら、意識してもらう。
嫌でも分かりやすい方法で、葉月に私が自分のことを好きかもって思ってもらう。
私を好きになってもらう。
そうすれば、葉月の中で何か変わるかもしれない。
そう思ったら、不思議とさっきまでの虚無感はどんどんなくなっていった。
はっきりと、自分がこれからしたいことがわかったからかな。
だから、最初の一歩。
「でもね、葉月……」
ずっと黙っていた葉月に唐突に話しかけた。ゆっくり下に向けていた視線を葉月に戻すと、何故か驚いている様子だったけど気にしない。
離されそうになっていた手を、葉月の頬にそっと触れさせると、冷たさが伝わってくる。
「私は……また会いにくるよ」
このまま離れてしまうなんて絶対嫌だから。
あなたが離れたいとしても、私はそんなの認めない。
嫌いになったとかじゃなく、私を心配させないために離れるっていうなら絶対認めない。
近くに顔を寄せると、瞳を丸くさせて見てくる。ほら、その顔も可愛くて仕方ないんだよ?
「葉月にもう大丈夫だって伝えたいから」
その目をパチパチとさせて見てくるから、思わずおかしくなって笑ってしまう。
私は本当に大丈夫だけど、葉月は信じないんだよね?
だったら何度でも伝える。
伝えるために、また葉月に会いに来る。
「葉月に安心してもらいたいから」
だから葉月も私を安心させてほしい。
さっきの作った笑顔じゃなく。
「会いにくるから」
そっと頬を撫でる。冷たいけど、確かに葉月の暖かさを手に感じた。
「本当のあなたにまた会いたいから」
あの時見せてくれた葉月に、
最後の夜に見せてくれたあなたに、
あの綺麗で優しい目をしていたあなたに会いたいから。
「だからまだちゃんとそこにいてね」
勝手に死んだりしたら駄目だよ?
最後に確かめるように、葉月の頬にそっと自分の唇を触れさせた。
柔らかさと温もりが唇から伝わってくる。
それだけで幸せな気持ちでいっぱいになる。
すぐ触れられる距離に唇を離して、そのまま葉月の目を見ると、茫然としているように思えた。あ、固まってる。
その様子がおかしくて笑ってしまう。
それが見られたから、少し満足かも。
ゆっくり顔と手と体を離して一歩離れると、やっぱり葉月が茫然としていてポカンと口を開けていた。これは、少しでもどうしてキスしたかって思ってくれたかな?
パクパクと口を開けたり閉じたりし始めちゃった。その葉月の様子が面白くて、なんだかスッキリした気持ちになった。
「このブレザー今日借りるね。あとで一花ちゃんに渡しておくから」
ブレザーはこのまま借りてしまおう。葉月が貸してくれたんだからいいよね? ああ、そうそう。
「それと、葉月が部屋に帰ってくるの諦めたわけじゃないからね?」
ちゃんとそれも伝えておかないと。もう私が諦めたって思ったら、ますます葉月は近寄らなくなりそう。
さっきから葉月は何も言わないで、ただポッカーンという表現が似合うような表情で私を見ている。キスされるなんて思わなかったんだろうなぁ。
「何か吹っ切れた。ありがとう、葉月」
うん、これからどんどん葉月にアピールしていくからね。葉月がもうはっきり戻る気ないこと教えてくれたおかげで、本当吹っ切れたよ。
「またね」
ふふって笑ってから、そんな葉月に背中を向けて中に戻った。
また曲調が変わっている。中心では生徒会メンバーだけじゃなく、生徒たちも踊り始めていた。皆が楽しそうに笑っている。その様子がとても私の心を温かくさせてくれた。
肩に掛かっていた葉月の制服で体を包み込む。あ、葉月の香り。
さっきの葉月の茫然として顔を思い出して、クスっと思わず笑ってしまった。
これからもっと驚かせることになるだろうな。
だけど覚悟してもらわないとね。
葉月のことを諦めることは出来ないから。
これからどうしていこうかと考えていたら、一花ちゃんが葉月を探している姿を見つけた。あのままだったら葉月も風邪を引いちゃうな。バルコニーにいたよって教えると、目を丸くさせて驚いてたよ。機嫌がいいのバレたかな。
会長には少し怒られたよ。私の後に多くの女子生徒にダンスに誘われて大変だったらしい。それに生徒会の皆に私が制服のブレザーを掛けていたから驚かれた。誰のだろうって思ったのかな?
「何かいいことあった?」
舞は何故か嬉しそうにそう聞いてきた。また顔に出てたらしい。
そうだね。
あったよ。
やっと私の中でやることがはっきりしたから。
肩にかかっている制服を落とさないように、また手で掴んだ。
葉月の温もりが包んでくれている気がしたから。
その日はずっと、唇に葉月の頬の感触が残っていた。
お読み下さり、ありがとうございます。




