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176話 ルームメイト解消

 



「部屋ね、私、舞と替えてもらうよ。もう申請受理されてるから」




 花音の目が大きく見開かれて、私を見てくる。


 でも、これはもう決定事項なんだ。


「明日からは舞が花音のルームメイトだから」

「は……づき……?」

「もう舞の了承は得てるから」

「ま……待って、葉月、私は……」

「待たないよ。もう寮長にも申請受理してもらったからね」


 花音が首を振る。でも、変更はしない。

 どんなに嫌だって言っても、これ以上はだめだよ。


「私、嫌だって言ったよね」

「うん。でももう離れよう?」

「嫌だよ……どうして……」

「もう何日眠れてないと思ってるの?」

「っ……」


 さすがに花音が黙ってしまった。自分が一番分かってるから。


 カップを置いて花音の横に座った。両手で花音の頬を挟み込む。目の下に隈ができて、肌もカサカサ。



「もう、花音が限界だよ」



 目に涙を溜めて、今にも零れそうになっている。ギュッと挟んでる私の手を握ってきた。


「いや……いやだよ葉月。限界じゃない……私、限界じゃないよ……」


 我慢ができないのか、その涙が零れていく。私の手を濡らしていく。


「私……もういやなの……葉月がいなくなるの……怪我した時みたいに、この部屋に葉月がいないのが、いや」

「離れた方がいいんだよ、花音」

「私、大丈夫だよ……」

「何回、私が死ぬ夢見たの?」

「っ!?」


 涙を零しながら、花音の目がまた大きく開かれた。


 気づいてないと思ってたの? あれだけ私の名前呼んで、魘されて起きて、私に抱きついてきたのにさ。あれは夢だと思ってたのかな。思わず苦笑してしまう。


「あんなこと、教えなきゃよかったね」

「……」

「そうだよね。あんなこと言われたら怖いよね。死ぬかもしれないって怖くなるよね。花音は優しいから、心配になるよね」

「ち、ちが――」

「違わないよ、花音。違わない」


 花音の頬に流れる涙を、そのまま親指で拭いとってあげた。


「今から冗談でしたって言ったら、花音信じてくれる?」

「っ……葉月……」

「無理だよね。それもそっか、そうだよね……もうこの傷も見ちゃったしね」

「葉月っ……!」


 コツンと額を合わせると、花音が黙ってこっちを見てくれる。


 安心してほしくて、私は笑った。




「だから、離れよう……花音」




 あんなにイヤイヤ言ってた花音が、ピタッと固まった。


 今は“こっち側”に引っ張られてない。

 それをちゃんと自覚して、本当の私を見せている。


 かなり神経使うから普段はしない。これをすると、後で自分の中の欲が膨れ上がるから。


 でも、しっかり今は意識する。

 花音に信じてもらうために、自分自身に言い聞かせる。


 今は私はここにいる。

 狂う前の私がここにいる。


 いつもと違うのが伝わったのか、花音が私を見て、動かなくなった。


「明日、いっちゃんと一緒に先生のところに行っておいで」

「はづ……き……?」

「花音も会ったことある先生だよ。私の主治医だから。カウンセリング、受けてきて」

「…………」

「私から離れれば、もう花音が悪夢を見ることもなくなると思うから」


 レイラがそうだったから。


 私と離れて、それでレイラは回復したから。




「花音……私、ちゃんとここにいるよ」




 先生といっちゃんとの合図を言う。


 訳が分からないだろう。でも、少しでも安心してもらう為に伝えるよ。


「離れても、ちゃんとここにいるよ。だから大丈夫」

「…………」

「分からないと思うけど、大丈夫なんだよ。ここにいるから。いっちゃんに聞けば分かるよ」

「…………」

「今は花音をね、眠れるようにしてあげたい。私に構わず、前みたいに笑ってほしい」


 頬を撫でると、少しずつだけど、安心したような顔になっていた。


 ちゃんと伝わっているといいな。


 花音の手が今度は私の頬にゆっくり触れてきて、恐る恐る確認するように撫でていく。それを無理には遮らない。


「花音、これ以上、一緒は無理だよ」

「…………」

「これ以上は花音、壊れちゃうから」

「…………そんなこと……ない……」

「花音」

「……離れたくないよ」

「じゃあ、証明して?」

「証……明……?」

「離れて、眠って、元気になって、笑って……それが出来るようになったら、ルームメイトに戻ろう?」


 嘘をつく。

 花音が元気になるように嘘をつく。

 にっこり笑って嘘をつく。


 もう戻るつもりがないのに嘘をつく。


 だって、それしか方法が思い浮かばないから。

 離れて、私のことを忘れてもらうしか思い浮かばないから。


 もっと早く離れていればよかったって、後悔が止まらないから。


 花音が縋るように私の目を見てくる。


「それが出来たら、この部屋に戻ってくるよ」

「……出来たら?」

「そう。出来たら」


 今の花音は子供みたいだね。そういう花音も可愛いけどさ。


 でも、やっぱり、笑った顔の方が一番だよ。


「それなら、花音もいいでしょ?」

「……」

「ね、そうしよう?」


 目を泳がせて、迷いながら……花音は静かに目を閉じて、



 呟くように「わかった」と言ってくれた。



 しがみつくように、私の首に腕を回してきてギュッとしてくる。



 これが最後のハグだね。



 自分もそっと背中に腕を回してキュッと力を込める。耳元で花音が囁いた。


「今日……一緒に寝て?」

「いいよ」


 最後の甘えんぼだね、花音。


 いいよ。それで花音が安心するなら。



 その日、花音は幾分か眠れたみたいだった。



 だけど、私は眠らなかった。



 眠れなかった。



 朝まで花音の寝顔を見て、





 いっちゃんに花音を頼んで、舞と部屋を替わった。


お読み下さり、ありがとうございます。

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