154話 文化祭前に —花音Side
「花音ちゃん、ちゃんと寝れていますか?」
教室でお昼ご飯を皆で食べていた時に、ユカリちゃんが心配そうに覗き込んできた。いきなりどうしたんだろう?
「大丈夫だよ?」
「そうですか? 顔色が最近悪いような気がしますけど……」
「花音、今日は葉月っちのところ行かないでさ、寮で寝たら? 代わりに行ってくるからさ」
舞まで不安そうに見てきた。そんなに酷い顔してるかな……朝、鏡を見た時は普通だと思ったんだけど。
葉月が入院して数日。
放課後はすぐに葉月の病室までお見舞いに行っている。
文化祭の必要な書類の仕事も、寮に帰ってから目を通したりしているから、確かに少し寝不足気味かもしれない。
だけど、舞。行かないっていうのは私の中でないんだよ。葉月の顔を見て、抱きしめて最近安心しているから。少しでもそばにいたいから。舞が心配してくれるのは嬉しいけどね。
苦笑して軽く横に顔を振ったら、ユカリちゃんとナツキちゃんも不安そうに見つめてきた。
「ねえ、舞。小鳥遊さん、そんなに怪我酷いの? まだ退院するまでかかるんだ?」
「葉月っちが動き回るんだよ。それで傷が開いちゃっての繰り返しでさ。一花は諦めていたけどね。葉月っちの傷が開くのを予想してるから、傷が完全に塞がるまでは入院させるみたい」
「そうなんですか。東雲さんも学園には来ていませんよね? ずっと付きっきりなんですか?」
「ううん、午後に学園に来てるよ。朝は葉月っちの病院で、放課後に私と花音と一緒に、葉月っちのお見舞いに行ってるから」
そう、一花ちゃんは今、病院と学園を行ったり来たりしている。しかも今、一花ちゃんは私と葉月の部屋で過ごすようになった。葉月のベッド使って寝ていたりする。
舞は一花ちゃんが好きだから本当に申し訳ないと思うんだけど、その舞も実は私のベッドで一緒に寝ていて、実際3人であの部屋で寝泊まりしているよ。
私も葉月がいなくて心細いというか、寂しいからありがたいんだけど。
「一花ちゃんと舞には、本当感謝してもしきれないよ。生徒会の書類の方も大分助けてもらっちゃったし」
「それぐらいなんてことないさ! ま、まあ……一花の処理の方が断然早かったんだけどね」
そんなに気まずそうにしなくてもいいよ、舞。すごく助かったのは事実だし。
まあ、確かに一花ちゃんは書類の捌き方がすごかった。読むのも早いし、それに明日から始まる文化祭に関しての業者さんの手配が的確だった。
どうやったかは聞かなかったけど、次の日にはその業者さんたちが会場に入っていたんだもの。凄すぎる。東海林先輩たちも大助かりだったみたい。
「早く良くなるといいよね、小鳥遊さん。翼様の怪我は、もうほとんど治りかけだっていうのにさ」
ナツキちゃんが紙パックの飲み物を飲みながら息をついていた。
その会長は昨日、葉月にお礼を言いに来た。実際対面したら言い辛そうにしていたけどね。途中で私は外してほしいって言われたから、席を立っちゃったけど。
会長が帰った後、葉月に会長と何を話したか聞いても教えてくれなかった。ただ、何かを会長にする顔をしていたから釘は刺しておいたよ。玉ねぎの単語が出てきただけで「しない」って即答してたけど。
「花音、ちょっといいか?」
お弁当をしまおうとしたら、教室の扉を開けて一花ちゃんが入ってきた。
今学園に着いたのかな? バッグを持ってる。私たちのところまで来て、お弁当を見てから何故か申し訳なさそうにしていた。
「すまない。食事中だったか」
「ううん、食べ終わったところだよ。一花ちゃん、お昼は? 一応、一花ちゃんの分のお弁当も持ってきてるけど」
朝、一花ちゃんは早く出る。だからお弁当を作っても渡せないんだよね。
自分のバッグの中からそのお弁当を取り出すと、「ありがとう、後でいただく」と受け取ってくれた。そして代わりに、何枚かの紙を渡してくる。
「警備の準備もしておいたし、人数も手配済みだ。後は来賓の方たちへの手土産だが、それも手配しておいた。明日の朝一で会場に届けられるはずだ。学園長にも全部話は通してある」
手際が良すぎるよ、一花ちゃん。うっかりポカンとして、立っている一花ちゃんを見上げてしまった。
会長の確認なしに直で学園長の方に話をつけてしまうなんて。ユカリちゃんもナツキちゃんも、一花ちゃんを驚嘆の眼差しで見つめてるよ。
「どうした?」
「ううん……全部やってもらって申し訳ないなと思って……」
「気にするな。これぐらい、いつもやっていることに比べればなんてことない。むしろ楽だ」
肩を竦めて平気そうに言う一花ちゃん。だけど、いつもやっていることって……葉月を止めることじゃなかった? それよりこっちの方が楽なの?
「それより、今日も放課後、病院に来るか?」
「え? うん、そのつもりだけど」
「そうか、舞はどうする?」
「もちろん行くさ!」
「じゃあ放課後に車を学園前に手配しておく。悪いがこれからあたしも用があってな。放課後一緒に行くことは出来ないんだ。病院には行くが少し遅くなる」
用事? でも珍しい。最近は一花ちゃんもずっと一緒だったから。
「え、一花? これから用って授業は? 今来たばかりでしょ?」
「授業より行かないといけない場所でな。悪いな、2人とも。また後で」
時計を見ながら一花ちゃんは慌ただしく教室から出て行ってしまった。
それにしても、まさかこの書類届けに来てくれたの? 忙しそうなのに。しかも放課後に病院に行く車まで手配してくれるなんて。今日の夕飯、エビフライ揚げてあげよう。
「随分忙しそうですね、東雲さん」
「学園長に話通してるとかすごいね……学園長ってこう、迫力あるのに」
「それはレイラに頼んだんじゃない? レイラは一応学園長の娘だし」
あの、舞。レイラちゃんは正真正銘学園長の娘だよ? 一応じゃないからね。
チラッとさっき一花ちゃんが渡してくれた書類を視界に入れた。
本当に助かっちゃった。今日は明日に備えて少し早く寝れそうかも……まあ、葉月がいないから寝付きにくくなってるんだけど、皆には言わないでおこう。心配させてしまうし。
□ □ □
放課後、東海林先輩に一花ちゃんからもらった書類を渡して、私と舞は病院に向かった。東海林先輩、感激してたな。手配まで追いついてなかったから、本当によかった。
病院に着いたら、葉月が何故かロープでぐるぐる巻きの状態になってベッドに横たわっていた。
さすがにびっくりしちゃったよ。どうやらまた病院から抜け出そうとしたらしい。すぐお姉さんに捕まったらしいけど。
「だめだよ、葉月。ちゃんと治さないと」
「むー。だって暇なんだもん」
「葉月っち、これじゃあまた退院が伸びちゃうよ?」
「むむ、それはいや。いっちゃんは?」
「用事があるんだってさ。それから来るって」
「ふーん」
いとも簡単にそのロープを解いていく葉月。え、どうやって解いたの? というか自分で解けたの?
舞と2人で驚いてると、いきなりガラッ! とドアが開いてお姉さんが現れた。すごいタイミングで入ってきちゃった。
「あら、一花ちゃんは? って葉月! 何解いてるのよ!!」
「だって~動きにくいんだも~ん」
「動くなっつってんのよ!! あんた、またそれ血滲んでんじゃない! 傷が開いてんじゃない!」
「んん~? ホントだ~。お姉ちゃん、縫って~」
本当だ。少し包帯に血が滲んでいる。げんなりと疲れ切った様子で、お姉さんが悔しそうに縫うための道具を取りに行ってしまった。
この光景もこの数日で見慣れてしまったなぁ。舞も舞でハアと溜め息をついていた。
「あのさ、葉月っち。治す気あるの?」
「あるよ~? でも勝手に開くんだもん」
「全く自分の行動を見直さない葉月っちはすごいよ……ハア、あたし勝手に紅茶もらうね、ってあれ? ポッドにお湯ないじゃん!」
「さっきお姉ちゃんが捨ててた」
「何で!?」
「うん? トカゲのしっぽ漬けてたのがバレて」
「何でそんなの漬けてんの!?」
「おいしいかと思って」
「おいしくないから!?」
これは舞をからかって楽しんでいる顔だね。舞がそういうの苦手だって知ってるのに。
その舞は喉が渇いたのか、ジュース買ってくるって出て行っちゃったけど。
またベッドから出ようとする葉月。
慌てて怪我してない方の腕を掴んで、ベッドに戻らせた。
「だめだよ。お姉さん来るまでジッとしてようね」
「平気だよ~?」
全然平気じゃないよ。心配になるから。
血を見てしまうと、どうしてもあの時の葉月を思い出してしまう。
ギュッと掴んで心配していると、葉月は罰が悪そうにしだした。チラチラと見ながら、ベッドに座り込んでくれる。
「花音、怒った?」
「心配してるんだよ。あまり無茶してほしくないの」
「平気なのに?」
「それでも、見てると心配になるよ」
怒られた子供のようにシュンッと落ち込んでいた。可愛いけど、でもそれとこれは別だから。
ハアと息を少しついて、落ち込んでいる葉月をゆっくり抱きしめた。
「花音?」
「危ないことしないで……ね?」
「…………」
最近、葉月はこう言うと黙ってしまう。
だけど、もう危ないことしないでほしいの。
もうあんな場面見たくないんだよ。
この温もりが感じられなくなるの、嫌だよ。
ポンポンと、また葉月は私の背中をあやすように撫でてくる。
「大丈夫だよ? 元気だよ?」
「……うん」
「花音が心配するほどの怪我じゃないよ、本当だよ?」
「……うん」
でも、どうしても不安が残るんだよ。
またいつかって、思っちゃうんだよ。
ギュッと甘えるように葉月に擦り寄った。
最近は毎日こう。病院に来て、2人になった時にこうやって葉月に甘えている。
どうしても、この温もりを確かめたくなる。
「明日、文化祭でしょ? ここに来ていていいの?」
話題を変えてきた。昨日も言ってた、来なくていいって。
迷惑じゃないって言ってくれたけど、やっぱり迷惑なのかな……だけど、迷惑だって直接言われるとショックかも。
「大丈夫だよ。準備も万全だし。一花ちゃんと舞が大分助けてくれたから」
「……そっか。楽しめるといいね、花音。花音は星ノ天の文化祭、初めてだもんね。舞もか」
ふふって耳元で笑う声が聞こえてきた。これは本当にそう思っている感じ。
でもね。
「葉月とも一緒に楽しみたかったな」
「そだね~。でもさすがに抜け出すと、いっちゃんに怒られるからね~」
「一花ちゃんだけじゃなくて、皆で怒るよ。私は玉ねぎを持ってこようかな」
「抜け出しません」
即答する葉月に少しおかしくなって笑ってしまったら、葉月がまたポンポンと背中を宥めてくる。
「そろそろ舞も戻ってくるよ~。それに私も喉乾いたから~何か飲み物~」
欲しいってことだね。もう少しこうしていたかったけど、葉月に嫌がられる方が嫌だな。
名残惜しいけど、少し体を離して顔を覗き込むと、大好きな笑顔を浮かべている。
この笑顔を見るのが何よりも好き。
すごく安心する。
「何飲みたい?」
「甘くて冷たいの~」
「わかった。買ってくるね」
確か自販機にハチミツレモンのジュースがあったはず。
ちょうどベッドから降りた時に、舞も戻ってきた。腕で4人分の缶ジュースを抱えている。何でそんな慌てている感じなんだろう?
「一応皆の分買ってきたよ!」
「おお~舞! いいタイミング~!」
嬉しそうに葉月は舞から渡されたジュースを飲んでいた。舞は舞で「あたし、気が利くっしょ!」とふんぞり返っているけど……どこかよそよそしい。病室に入ってくるのもタイミングよかったし、もしかして見ていたとか? まさかね。
一花ちゃんもその後すぐに来て、とても疲れた顔をしていた。何をしていたんだろう? 気になるけど、きっとはぐらかされるだろうな。
寮に帰ってから、お礼も兼ねて一花ちゃんにエビフライを揚げてあげたら、すごく喜んでいた。よかった。それにデザートもおいしそうに食べていたし。
最近はあまり凝ったもの作れてないけど、それでもおいしいって言ってくれたのが嬉しいよ。
葉月にお弁当とか作っていってあげようかと思ったけど、今は控えている。病院でも患者さんに合わせて作ってくれているから悪いと思って。
退院したら、葉月の好きなモノをいっぱい作ってあげるつもり。
早くその日がきたらいいな。
お読み下さり、ありがとうございます。




